新手の耐性菌が次々に現れ注意喚起がなされている状況にありながら、MRSAがもつ意味は依然として大きい。1960年代に出現したMRSAは医療機関・介護施設に蔓延しており、今やすでに喀痰から検出される黄色ブドウ球菌の約8割を占めるとも言われる(日胸 2004; 63: S121-S126)。とはいえ、そのほとんどは上気道系への付着・定着状態にとどまり、入院あるいは手術、長期療養施設への入所、透析、カテーテル等の留置、などの感染リスクをもつ者を除けば、感染症にいたるものはそれほど多くない(日内会誌 2007; 96: 584-595)。しかも、退院時にMRSAのキャリアであったとしても、抗菌薬による選択圧力が少ない市中では淘汰され消滅してしまうため、ヒト-ヒト感染など起こらず、あくまでも院内あるいは介護施設で気をつけていればよいとされていたことから、外来診療においてはほとんど注意が払われていなかった(Infectious Diseases 3rd ed. Mosby 2010)。ところが、このような院内感染型MRSA(hospital-acquired MRSA: HA-MRSA)に対して、1981年に市中感染型MRSA(community-acquired MRSA: CA-MRSA)が報告され、MRSAをめぐる様相が変わりつつあるのだ。
何をもってCA-MRSAとするかは必ずしも文献によって一定しないが、一般に、外来ないし入院後48時間以内に分離されたもので、MRSA感染やcolonizationの既往がなく、過去1年間に入院や介護施設への入所、透析、外科手術を行われておらず、カテーテルや医療機器を留置・植え込まれていないもの、とされている(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。一見すると、感染の場が単に院内から市中へ拡大したにすぎないかのようだ。しかしながら、実はそうではなく、この両者は疫学・臨床所見のみならず、病原因子・毒素や抗生剤感受性、遺伝子などにいたる様々なレベルで違いがあり、その由来からして異なるものである。たとえば、遺伝型については、ST型やコアグラーゼ型など種々あるけれども、MRSAを対象とする場合、SCCmec型が用いられることが多い。このSCCmec(Staphylococcal Cassette Chromosome mec)とはもともと他の細菌に由来するといわれるmobile genetic elementで、ここにMRSAの耐性を担うPBP2a(PBP2’とも呼ばれる)をコードするmecA遺伝子などが存在する(N Engl J Med 1998; 339: 520-532、日内会誌 2002; 91: 2934-2942)。このSCCmecにそれぞれ薬剤感受性パターンの異なるいくつかのタイプがあることが知られ、HA-MRSAがSCCmec typeⅡ、Ⅲをもち、マクロライドやクリンダマイシン、フルオロキノロン、さらにテトラサイクリン、ST合剤にも様々な程度に耐性であるのに対し、CA-MRSAはSCCmec typeⅣ(まれにⅤ、Ⅵ)を有するものが多く(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)、耐性はβラクタムとマクロライドのみに限られる傾向があるという。
このCA-MRSAによる感染の第一の特徴は、従来指摘されていたような危険因子をもたないことにある。1990年代後半に注目されるきっかけとなった肺炎・敗血症による死亡例もとくに基礎疾患のない小児・若年者であった。MRSA共通粘着群に加え、特異な定着因子をも有し、皮膚接触により感染が拡大するとされ、学校・託児所、陸海軍、レスリングなどの競技チーム、刑務所、男性同性愛者、感染者のいる家庭、薬物使用、刺青、災害避難民などが感染リスクの高い環境として認識されている。さらに、HA-MRSAが肺炎や尿路感染、敗血症、術創感染の起炎菌として問題になるのとは対照的に、CA-MRSAは皮膚・軟部組織感染が70~80%と際立って多く、 創傷感染は10%、尿路感染、副鼻腔炎、中耳炎、菌血症、呼吸器感染はそれぞれ2~7%と少ない(日内会誌 2007; 96: 584-595)。
そしてとりわけ警戒されているのが、しばしばPanton-Valentine leukocidin(PVL) toxinをもつことで、海外のデータによればSCCmec typeⅣ陽性株の40~90%がPVLを産生している(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。もともとMRSA肺炎は生体・宿主側の病態を反映して、血液検査にて強い炎症所見を認めないことが多く、稀ならず非典型的な胸部画像所見を呈し、空洞や膿瘍を形成する例はすくないとされていた(日胸 2004; 63: S121-S126)。ところが、このPVL陽性MRSAは激しい炎症を起こし、急速に進行して組織破壊と空洞化をきたしやすく、壊死性肺炎に至るものが多いのだ(Science 2007; 315: 1130-1133)。PVL遺伝子をもつ黄色ブドウ球菌性肺炎16例の検討によれば、危険因子のない若年者が主体で、入院前の2日間にインフルエンザ様症状を示したものが多く、さらに39℃以上の高熱、140/分以上の頻脈、喀血、胸水、白血球減少が特徴的であった(Lancet 2002; 359: 753-759)。さらに、入院後48時間での生存率はPVL陰性群が94%であったのに対し、PVL陽性群は63%で、necropsyでは気管・気管支粘膜の壊死性潰瘍と肺胞隔壁の広範な出血性壊死を認めたという。このような壊死性肺炎の予後不良を予測する因子として、教科書には気道出血、紅皮症、白血球減少が記載されている(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)。
ところが幸いなことに、日本で分離されるCA-MRSAのほとんどはPVLを保有していない(日呼吸会誌 2008; 46: 395-403)。それぞれの大陸・地域においては遺伝型の異なるクローンが流行しているのだという(Infectious Diseases 3rd ed. Mosby 2010)。一方、日本国内においてもMRSAはその出現の時から今にいたるまで変遷を続けており、かつて院内感染が社会問題化した1980年代初めにはtypeⅠおよびⅣ SCCmecをもちPVL遺伝子も陽性だったのだが、現在の病院においては、数多くの薬剤耐性遺伝子を伴うtypeⅡ SCCmecを有するものに置き換わっているのだ(感染症誌 2004; 78: 459-469)。すでに海外では、地域に蔓延しているMRSAが逆に院内に持ち込まれ、アウトブレイクの原因となった例が報告されている(J Clin Microbiol 1999; 37: 2858-2862)。また最近では、もはやCA-MRSAとHA-MRSAを臨床的な背景因子のみから区別することはできず、予後も変わらなかったとする報告がある(Clin Infect Dis 2008; 46: 787-794)。CA-MRSAによる市中肺炎はまだ多くの地域ではまれとされているものの、IDSA/ATSによる市中肺炎ガイドラインでも懸念されているように、今後の動向から目が離せない状況だ(Clin Infect Dis 2007; 44suppl 2: S27-S72)。院内感染対策にしても従来のように院内にばかり目を向けているわけにいかないのは明らかだろう。警戒を怠らず、情報を日々更新し、万全の体制で臨まなければならない。そして、人的・経済的裏づけを欠いた、机上の理想から振りかざされるマスメディア的“正論”が臨床の現場では何の役にも立たないというのは確かにそうなのだが、それが社会の、医療に対する見方をおおむね代表していることも認識しておかなければならないと思う。 (2011.1.17)
何をもってCA-MRSAとするかは必ずしも文献によって一定しないが、一般に、外来ないし入院後48時間以内に分離されたもので、MRSA感染やcolonizationの既往がなく、過去1年間に入院や介護施設への入所、透析、外科手術を行われておらず、カテーテルや医療機器を留置・植え込まれていないもの、とされている(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。一見すると、感染の場が単に院内から市中へ拡大したにすぎないかのようだ。しかしながら、実はそうではなく、この両者は疫学・臨床所見のみならず、病原因子・毒素や抗生剤感受性、遺伝子などにいたる様々なレベルで違いがあり、その由来からして異なるものである。たとえば、遺伝型については、ST型やコアグラーゼ型など種々あるけれども、MRSAを対象とする場合、SCCmec型が用いられることが多い。このSCCmec(Staphylococcal Cassette Chromosome mec)とはもともと他の細菌に由来するといわれるmobile genetic elementで、ここにMRSAの耐性を担うPBP2a(PBP2’とも呼ばれる)をコードするmecA遺伝子などが存在する(N Engl J Med 1998; 339: 520-532、日内会誌 2002; 91: 2934-2942)。このSCCmecにそれぞれ薬剤感受性パターンの異なるいくつかのタイプがあることが知られ、HA-MRSAがSCCmec typeⅡ、Ⅲをもち、マクロライドやクリンダマイシン、フルオロキノロン、さらにテトラサイクリン、ST合剤にも様々な程度に耐性であるのに対し、CA-MRSAはSCCmec typeⅣ(まれにⅤ、Ⅵ)を有するものが多く(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)、耐性はβラクタムとマクロライドのみに限られる傾向があるという。
このCA-MRSAによる感染の第一の特徴は、従来指摘されていたような危険因子をもたないことにある。1990年代後半に注目されるきっかけとなった肺炎・敗血症による死亡例もとくに基礎疾患のない小児・若年者であった。MRSA共通粘着群に加え、特異な定着因子をも有し、皮膚接触により感染が拡大するとされ、学校・託児所、陸海軍、レスリングなどの競技チーム、刑務所、男性同性愛者、感染者のいる家庭、薬物使用、刺青、災害避難民などが感染リスクの高い環境として認識されている。さらに、HA-MRSAが肺炎や尿路感染、敗血症、術創感染の起炎菌として問題になるのとは対照的に、CA-MRSAは皮膚・軟部組織感染が70~80%と際立って多く、 創傷感染は10%、尿路感染、副鼻腔炎、中耳炎、菌血症、呼吸器感染はそれぞれ2~7%と少ない(日内会誌 2007; 96: 584-595)。
そしてとりわけ警戒されているのが、しばしばPanton-Valentine leukocidin(PVL) toxinをもつことで、海外のデータによればSCCmec typeⅣ陽性株の40~90%がPVLを産生している(Dis Mon 2008; 54: 763-768)。もともとMRSA肺炎は生体・宿主側の病態を反映して、血液検査にて強い炎症所見を認めないことが多く、稀ならず非典型的な胸部画像所見を呈し、空洞や膿瘍を形成する例はすくないとされていた(日胸 2004; 63: S121-S126)。ところが、このPVL陽性MRSAは激しい炎症を起こし、急速に進行して組織破壊と空洞化をきたしやすく、壊死性肺炎に至るものが多いのだ(Science 2007; 315: 1130-1133)。PVL遺伝子をもつ黄色ブドウ球菌性肺炎16例の検討によれば、危険因子のない若年者が主体で、入院前の2日間にインフルエンザ様症状を示したものが多く、さらに39℃以上の高熱、140/分以上の頻脈、喀血、胸水、白血球減少が特徴的であった(Lancet 2002; 359: 753-759)。さらに、入院後48時間での生存率はPVL陰性群が94%であったのに対し、PVL陽性群は63%で、necropsyでは気管・気管支粘膜の壊死性潰瘍と肺胞隔壁の広範な出血性壊死を認めたという。このような壊死性肺炎の予後不良を予測する因子として、教科書には気道出血、紅皮症、白血球減少が記載されている(Mandell, Douglas, and Bennett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed. Churchill Livingstone 2010)。
ところが幸いなことに、日本で分離されるCA-MRSAのほとんどはPVLを保有していない(日呼吸会誌 2008; 46: 395-403)。それぞれの大陸・地域においては遺伝型の異なるクローンが流行しているのだという(Infectious Diseases 3rd ed. Mosby 2010)。一方、日本国内においてもMRSAはその出現の時から今にいたるまで変遷を続けており、かつて院内感染が社会問題化した1980年代初めにはtypeⅠおよびⅣ SCCmecをもちPVL遺伝子も陽性だったのだが、現在の病院においては、数多くの薬剤耐性遺伝子を伴うtypeⅡ SCCmecを有するものに置き換わっているのだ(感染症誌 2004; 78: 459-469)。すでに海外では、地域に蔓延しているMRSAが逆に院内に持ち込まれ、アウトブレイクの原因となった例が報告されている(J Clin Microbiol 1999; 37: 2858-2862)。また最近では、もはやCA-MRSAとHA-MRSAを臨床的な背景因子のみから区別することはできず、予後も変わらなかったとする報告がある(Clin Infect Dis 2008; 46: 787-794)。CA-MRSAによる市中肺炎はまだ多くの地域ではまれとされているものの、IDSA/ATSによる市中肺炎ガイドラインでも懸念されているように、今後の動向から目が離せない状況だ(Clin Infect Dis 2007; 44suppl 2: S27-S72)。院内感染対策にしても従来のように院内にばかり目を向けているわけにいかないのは明らかだろう。警戒を怠らず、情報を日々更新し、万全の体制で臨まなければならない。そして、人的・経済的裏づけを欠いた、机上の理想から振りかざされるマスメディア的“正論”が臨床の現場では何の役にも立たないというのは確かにそうなのだが、それが社会の、医療に対する見方をおおむね代表していることも認識しておかなければならないと思う。 (2011.1.17)