やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

PR3/MPO以外の抗原に対するANCA

2009年07月15日 05時07分29秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
1982年に初めて報告されたANCAは周知の如く血管炎の研究のみならず日常診療の場面にも大きな影響を与えた。文字通り好中球ないし単球のcytoplasmに存在する抗原に対する自己抗体で、IIF (indirect immunofluorescence)での蛍光パターンにより主としてC-ANCAとP-ANCAに分類され、前者の90%以上はPR3-ANCA 、後者の80%はMPO-ANCAとされている。ここまでは既に常識だろうが、実はそれだけではなくC/P-ANCAとは異なる蛍光パターンを呈するものがありatypical ANCA(x-ANCA)と呼ぶことがある。以上から推測されるように、PR3やMPO以外の“minor antigen”を標的とするANCAも存在し検討が重ねられている。

ヒト好中球は少なくとも3種類の顆粒をもちそこには多様な構成蛋白を含む。Azurophilic granules {PR3、MPO、bactericidal permeability increasing protein (BPI)、elastase (Elast)、cathepsin G (Cath G)}、secondary granules {lactoferrin (LF)、lysozyme}、tertiary granules (gelatinase)などが主なものだ。いずれもANCAの標的抗原となりうるが、最も良く調べられているのはBPI-ANCAだろう。BPIは特にLPSに対して強い親和性を持ち、グラム陰性桿菌の細胞膜表面やエンドトキシンに結合して殺菌あるいは中和作用を示し、また抗原提示細胞への微生物由来抗原の輸送にも関わっている。BPIに対する自己抗体が産生される理由として、BPIのエピトープのある部分が特定の大腸菌や緑膿菌の細胞膜成分と極似していることが関係すると言われているが、それほど単純な話でもないようだ(Autoimmun Rev 2007; 6: 223-227)。いずれにせよ嚢胞線維症やびまん性汎細気管支炎での緑膿菌等のグラム陰性菌の長期定着ないし慢性感染例においては80~90%の頻度で血清中にBPI-ANCAが出現し、好中球貪食能を減弱させることにより感染症を難治化させ得ることが指摘されている(J Infect Chemother 2001; 7: 228-238、日化療会誌 2005; 53: 603-618)。

これに劣らず興味の対象になっているのが薬剤により誘発されるANCA関連疾患である。Propylthiouracil(PTU)によるものなどが知られ、検出されるのは通常P-ANCAだ。MPO-ANCA陽性で、かつ、抗LF抗体や抗Elast抗体も陽性であれば薬剤誘発性を示唆する所見であるとする報告があり総説にも引用されている(Arthritis Rheum 2000; 43: 405-413、N Engl J Med 2001; 345: 981-986、日内会誌 2007; 96: 1117-1122)。しかしながら、腎病変を合併したPTUによるANCA関連血管炎15例全例が確かにP-ANCAとMPOに対する抗体陽性で、同時にelastase(8例)、lactoferrin(7例)が陽性であったものの、それに加えてcathepsin G(9例)、azurocidin(5例)、PR3(4例)も検出されている(Am J Kidney Dis 2007; 49: 607-614)。それどころかGraves病患者では薬物治療開始前からかなりの頻度でANCAが認められる(J Clin Endocrinol Metab 2003; 88: 2141-2146)ため、薬剤とANCAの関連については慎重な評価が必要だろう。
Cath Gも抗微生物活性をもち炎症の調節にも関与するとされるものだが、これに対する抗体がSjögren症候群や小児のWegener肉芽腫症(WG)、炎症性腸疾患で検出されている(Clin Rheumatol 1999; 18: 268-271)。またCath G-ANCAがsulphonamideにより誘導され薬剤過敏性の病態にも関与している可能性を示唆する報告がある(Clin Exp Allergy 2008; 38: 199-207)。

上記以外にもElast-ANCAがCocaine-induced midline destructive lesionでしばしば陽性になり、耳鼻科領域に限局したWGとの鑑別に役立つとするもの(Arthritis Rheum 2004; 50: 2954-2965)など、診断上の有用性ないし何らかの情報を追加する可能性を示唆するものは数多く存在するが、いずれも少数例の検討で必ずしも結論が一致するものではないことから、現時点ではPR3/MPO以外の抗原を標的としたANCAの臨床的意義は明らかでないと言わざるを得ない(Autoimmunity 2005; 38: 93-103)。最近この点に関して、ELISAでMPOないしPR3に対する抗体が陰性であるにもかかわらずC-ANCA陽性であった31例とP-ANCA陽性であった31例を調査した研究が報告された。臨床診断はWG、Microscopic polyangiitisなどの血管炎、炎症性腸疾患、その他(糸球体腎炎、感染症、肺線維症、cystic fibrosis、癌、自己免疫疾患)と多岐にわたり、ELISAでANCA標的抗原を調べてみると、61%はCath G、40%はBPIに対するものであったが、重複して陽性を示すものが多く単一の抗体が陽性であったのは35%に過ぎなかった。一方12例ではCath G、BPI、LF、Elastのすべてに陰性であった。また、IIFによる蛍光パターンとELISAとの対応もまちまちで、たとえばC-ANCA patternを呈していた症例の内訳は、Cath Gが68%、以下BPI(45%)、LF(19%)、Elast(16%)で、P-ANCA patternでも同様にCath G(32%)、BPI(26%)、LF(23%)、Elast(16%)の順であった。しかもP-ANCA・C-ANCA・MPO・PR3すべてに陰性でも25%の症例でCath Gに対する抗体が陽性で、その他BPI(14%)、LF(6%)であった(Clin Exp Immunol 2007; 150: 42-48)。この結果から、minor antigenに対する抗体は様々な疾患群で陽性になるものの特異性に欠けることが伺われる。

以上、ANCAをめぐる最近の展開を概観した。単一ないし少数の検査所見の結果で診断できるのは現在でもごく一部の幸運なケースである。これまでそうであったように、今後も診断技術は病歴、理学所見、検査所見を総合した高度に知的な営みであり続けるだろうと思う。IT技術の進歩により膨大なデータベースを駆使して診断の一助とする場面があることは否定しないが、コンピュータが臨床医に取って代わるなどというのはどこかの経済学者の夢想に過ぎないと思う(イアン・エアーズ. その数学が戦略を決める. 文芸春秋 2007)。 (2009.7.15)