やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

“非好酸球性”喘息

2009年09月05日 06時37分28秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
気管支喘息にはうんざりするほど多くの要因が関与し、さまざまな側面を持つ。可逆性の気道狭窄、過敏性といった呼吸生理学的な観点から喘息を定義した時代もあったが、現在その本態は慢性気道炎症であると理解されている(N Engl J Med 1990; 323: 1033-1039)。単純化して言えば、気道に浸潤している好酸球や肥満細胞がIgEを介して活性化され、放出されたケミカルメディエーターが気管支平滑筋や気道上皮細胞に直接作用することによって気道狭窄や過剰な粘液産生をきたす、このプロセスは炎症そのものとそれに随伴した事象であると説明されているのだ(日呼吸会誌 2003; 41: 589-594)。そしてこの炎症はTh2優位の反応に由来するというのが現在の理解であり、病理組織学的に好酸球の存在が特徴的であることから、Reedは喘息を“一種のdesquamating eosinophilic bronchitis(剥離性好酸球性気管支炎)”と称したのである(Ann Allergy 1989; 63: 556-565)。

このように認識されている病態は基本的に喘息一般に妥当するものとされ、“アトピー型”と“非アトピー型”にしても病理組織所見に違いがないことなどから、疾患メカニズムは多くの部分を共有しているとみなされている。事実、現在用いられている各種のガイドラインにおいても、治療方針の決定は重症度ないしコントロールの程度によることとされ、病態の違いは考慮されていないのである。

しかしながら、従来の“常識的”な喘息の概念に疑問を呈する研究者は少なくない(Thorax 2005; 60: 529-530)。治療の面に限ってみてもロイコトリエン拮抗薬に不応性の患者群が存在し、また、重症喘息患者においてステロイド抵抗性が観察されることがある。その原因として、気道リモデリングの成立のような炎症以外の要因に加え、ステロイド低感受性ないしステロイドで抑制が困難な好酸球性炎症、さらに好酸球性以外の異質の炎症の関与も推測されているのである(Am J Respir Crit Care Med 2005; 172: 149-160)。このように喘息の表現型には無視しえない差異があることが改めて注目され、必然的に臨床的意義を意識した亜型の抽出と(Am J Respir Crit Care Med 2008; 178: 218-224)、その差異をもたらす機序の探求が熱心に行なわれている状況にある(Am J Respir Crit Care Med 2009; 179: 869-874)。

中でも、好酸球が関与しない一群の存在をめぐって活発な議論があり、そこで主役と目されているのは好中球である。特に、職業性喘息や重症喘息症例の中には気道に好酸球がほとんどみられず、好中球が炎症細胞の主体を占めるものが知られ、たとえば重症喘息患者の気道組織における浸潤細胞を検討した報告によれば、好中球浸潤のみが目立つ群と好酸球浸潤も伴っている群に区別されるという(Am J Respir Crit Care Med 1999; 160: 1001-1008、Eur Respir J 2003; 22: 470-477)。しかも重症喘息のみならず、軽症~中等症喘息でも約半数に非好酸球性炎症が見られると報告されており(Thorax 2002; 57: 643-648)、重症度に関係なく非アトピー型喘息では好中球浸潤が特徴的であることを指摘するものもある(Am J Respir Crit Care Med 2000; 162: 2295-2301)。また、喘息発作にしばしばウイルス感染が関与しているのは日常的に経験されるところだが、ここにも好中球が関わっていることが示されている(Clin Exp Allergy 2002; 32: 1750-1756)。ただし、ここで取り上げている研究のほとんどは気管支生検ではなく喀痰中の好酸球の多寡(Cutt offは2-4%)により評価しているものであることに注意を促しておきたい。

この好中球性炎症形成の引き金として、吸入された微粒子(細菌のendotoxinや大気汚染微粒子、オゾン)への暴露やウイルス感染により気道上皮やマクロファージからケモカインが産生・遊離されることが想定されている(Thorax 2002; 57: 643-648)。そこで好中球の局所集積にIL-8が重要な役割を果たすとされており(Chest 2001; 119: 1329-1336)、さらに血管内皮細胞でのICAM-1の発現に関与するTNF-α、IFN-γなどの作用も推測される。重症喘息患者において気道上皮および気道上皮下のIL-8陽性細胞や気道平滑筋でのIL-8発現、同様に気道上皮下のIFN-γ陽性細胞が中等症喘息患者に比較し有意に増強していることが示されている(J Allergy Clin Immunol 2005; 116: 544-549)。さらに最近Th1、Th2の他に新たなhelper T細胞のサブセットとしてTh17細胞の存在が証明されており(呼吸 2008; 27: 755-763)、これも好中球優位な非アトピー型の重症喘息の病態形成に関わっている可能性が指摘されている(医学のあゆみ 2008; 226: 281-289)。

だが、ここに述べた好中球の役割は必ずしも十分に証明されているわけではない。好中球は健常者でも気道に多数存在する。単独で喘息を発症させ得るか否かについては、現時点では尚、否定的見解が強い。一部の症例では好中球浸潤がステロイド吸入による二次的な事象である可能性も指摘されている。非好酸球性喘息が存在するとしても、好酸球性喘息に移行しうるものなのか、あるいは全く独立に起こりうる亜型なのか、不明な点が多い。しかし、いずれにせよすべての喘息で好酸球が主役を演ずるわけではなく、気道過敏性と可逆性気道閉塞にいたる経路を共有しながらも、そこにいたる炎症メカニズムは複数存在しうることの証拠が蓄積されつつあるようである(Thorax 2002; 57: 566-568)。

ところで気管支喘息も非専門医の診療に大きく依存しているいわゆるcommon diseasesの一つである。ガイドラインに従えばほとんどの症例で適切に管理されるが、それでも稀に致死的になりうる疾患であることを忘れることはできない。では身近に呼吸器科医が存在し、気軽にコンサルトできるかと問えば、多くは否と答えるに違いない。地域差はあるだろうが、呼吸器科医は不足しているのが現状だ(日医会誌 2009; 138: 984-988、日呼吸会誌 2006; 44: 312-318)。しかしそのことをいくら訴えたところで直ちに充足されるものでもないだろう。繰り返し述べているように、プライマリケア医との連携・協力のためのしくみづくりが先決だと考える。 (2009.9.5)