Dr. Jason's blog

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脳脊髄液減少症: 裁判官殿もっと科学を勉強してもらわないと困ります.

2008-05-26 | Medicine
 交通事故と「脳脊髄液減少症」との関連について,以下の報道にある,「髄液漏れ関係を否定 事故被告に罰金 静岡地裁判決」の記事は,元々の裁判官の判決が非科学的なのか,あるいは,報道している記者の方が非論理的なのか判然としないが,ちょっとレベルが低すぎるのではないか?

髄液漏れ関係を否定 事故被告に罰金 静岡地裁判決 (静岡新聞 05/19 14:58)

 まず,慢性化した脳脊髄液減少症全般について,全般的かつ簡単な確定診断の方法はないが,それは複合的な症状の症候群ではごく普通のことであろう.しかし,実際に「脳脊髄液の漏洩」が継続していれば,正しい手順でいくつかの検査をすれば,その診断はそれほど難しいものではない.
 
 医学あるいは医療近接領域の専門家でなくても,少しの科学的な知識と理解力があれば,『脳脊髄液減少症ガイドライン』を読んで,どうすれば「脳髄液の漏洩」が確認できるか理解できるはずである.
 すくなくとも,『診断基準も確立していない』というのは,裁判官の単なる不勉強による事実誤認だとしかいえない.

 『髄液漏れは医学的に広く認められていない』というのも,なにかの誤解としかいえないと思う.医学の専門家でなくても,少し医学に知識のある人であれば,「腰椎穿刺等のあとに髄液がもれること」,あるいは,「何らかの理由で髄液が漏れるとどんな症状になるか」ということは結構知られている.
 『症状自体が学会で認められていない』というのは,どこの学会の話だろうか?

 実際に,漏れが続いている場合には「RIシンチグラフィー」での結果をみれば「髄液の漏洩」そのものは明白だ.また,状態によっては,水分を強調して画像化する「MRミエログラフィー」等でも診断できる.脳脊髄液漏出の検査と診断等の方法は,脳神経外科の分野ではごく常識的なものだ.

 一般の整形外科や内科の医師などに,広く知られていないのは,腰椎穿刺や大きな外傷がなくても,衝撃のかかり方によっては,「容易に硬膜に穴があいて,髄液が漏れること」と「通常知られているよりも幅広い症状があること」等というのが順棟な現状分析だと思う.
 しかし,この記事では『尻もちやせきなどの日常生活で発症したとの報告例もある』として,髄液が『日常生活のちょっとした衝撃で,容易に漏れる』という事例があることを,述べている.完全な矛盾である.

 論理的に考えれば,「尻もちやせきなどでも容易に発症する障害」であれば,交通事故による「頸椎への外傷」(いわゆる『むちうち症』)の衝撃でも,発症する可能性が高いと考えるのが,合理的であろう.
 もちろん「他の何らかの影響で発症した可能性」があることは当然であるが,前提に対する科学的な理解不足や事実誤認があっては,論理的な法的判断が行われるとは考えにくい.

 『医学会では否定的な見解が根強い。一部の医師からは血液の凝固作用で漏出を止める「ブラッドパッチ」が有効との意見もあるが、確立された治療法もないとされる。』これも,状況認識が明らかに間違っている.
 「髄液の漏れ」は,漏れが継続していれば,ほとんどの場合に,いくつかの診断で明白にわかるし,漏れていれば,「ブラッドパッチ」で漏れそのものは止まる.その意味では,「髄液の漏れ」に対する,基本的な治療はあるのだ.
 # もちろん,やみくもに「ブラッドパッチ」だけすれば良いというものでもない.

 問題は,「脳脊髄液の漏洩」をもたらすような事故から正しい治療開始まで時間がかかると,「漏れをとめても」症状が「完全には消失しない」==「後遺症が残る」事例が多いということである.しかし,これは,どのような疾病や外傷でも同じことである.
 つまり,普通のことばでいうと『「脳脊髄液の漏洩」を止める基本的な治療は確率しているが,発症から最初の治療が遅れた場合には,様々な後遺症が残り,それについては,未解決の問題が多い.』というのが,正しい状況認識だと思う.

 一番よくわかっていないのは,「脳脊髄液減少症」ではなくて「脳と脊髄のシステム」「自律神経のシステム」全体だと思うのは,私だけだろうか?



 交通事故やその他の事故で,頸椎,腰椎への外傷が絡む裁判やその周辺の医療行政にかかわる,裁判官,弁護士,官僚等の方は,少なくとも,以下の『脳脊髄液減少症ガイドライン』を必ず通読していただく必要があるだろう.
 これを,読んで理解できない人は,少なくとも,この件の裁判官は辞退していただきたいものだ.

脳脊髄液減少症ガイドライン (2007)

メディカルレビュー社

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# 2010/12/11 誤字修正
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4 コメント

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ろくろさんのところからきました。 (ゆめ)
2008-05-26 12:03:09


脳脊髄液減少症について連日記事を書いてくださり、
ありがとうございます。

私たち交通事故被害者が、いくら現実に体験したことを訴えても、
否定派医師や否定派保険会社の言い分の方を、
裁判官が肩持つことは、本当に悲しく残念に思います。

この交通事故後遺症がどんなに恐ろしいものか、放置されればどんな危険が起きるか、
本人の人生も家族もどれだけ2次被害3次被害に巻き込まれていくか、

まだ裁判官も、否定派医師も、まだまだご存知ないのだと思います。



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初めまして♪ (さな)
2008-05-30 00:29:08
私も交通事故被害者です。
今年の初めに脳脊髄液減少症の診断を受けましたが、紹介された東京のS病院でブラッドパッチは出来ないと言われ、大学病院でスパイナルドレナージの治療をしました。入院後に症状は少し緩和されましたが、今も後遺症が残っています。治療が続いているにもかかわらずいきなり損保からは治療その他の差し止めに合い、代理人を立てて動き出したところです。
この判決の新聞をネットで見た時は唖然としました。
被害者の思いを代弁して下さりありがとうございます。
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Unknown (・・・)
2008-06-10 23:50:51
これは静岡新聞が間違ってますよ
他は脳脊髄液減少症と言っているのに
何故か一社だけ「髄液漏れ」としています。
調べてみてください
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見出しや用語の問題ではありません (Dr.Jason)
2008-06-12 03:28:59
・・・さん
交通事故等による外傷性の「脳脊髄液減少症」は,そのきっかけが,首,背中,腰等への何らかの外的な「力」によって,脊髄のどこかから「髄液漏れ」が発生するところが症状のはじまりということになっています.ですから,呼称としての「脳脊髄液減少症」を見出しに使わないかどうかは,「状況認識の間違い」という問題の本質ではないでしょう.
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