Dr. Jason's blog

IT, Engineering, Energy, Environment and Management

乳がんと牛乳 その3

2009-05-10 | Medicine
昨日の記事「乳がんと牛乳 その2」の続き

Breast Cancer Around the Worldのページの,国毎の人口10万人当りの乳がんの発生率の図からピックアップする国に,中国,ロシア,シリアの3つの国追加して,20カ国とした.

 国別の乳がんの発生率(単位:人,人口10万人当り.年齢補正済み.2002年統計.)は,

 日本 32.7
 米国 101.1
 カナダ 84.3
 イギリス 87.2
 フランス 91.9
 ドイツ 79.8
 イタリア 74.4
 イスラエル 90.8
 ニュージーランド 91.9
 オーストラリア 83.2
 パキスタン 50.1
 インド 19.1
 アルゼンチン 73.9
 ブラジル 46
 トルコ 22
 韓国 20.4
 タイ 16.6
 中国 18.7
 ロシア 38.8
 シリア 44.8


 上記の20カ国について,参考文献に示した統計資料の本の「1人1日あたりの食品供給量」(世界国勢図会〈2005/06〉pp.478-480) から「牛乳・乳製品」のデータ(単位:g/日,1人1日当り,国別,2002年)だけでなく,さらに「肉類」のデータ(単位:g/日,1人1日当り,国別,2002年)もピックアップして,改めてグラフ化した.

[20カ国の乳癌発生率と乳製品の摂取量 (2002年)]

Dr. Jason Suzuki 作成
参考文献
http://www.time.com/time/2007/breast_cancer/
世界国勢図会〈2005/06〉矢野恒太記念会


ここで,乳癌発生率と乳製品の摂取量の相関係数は 0.927 であった.

中国,ロシア,シリアと,違う地域,違う人種,違う文化の3つの国を加えても,この相関はわずかしか変動(低下)していない.(この3カ国を追加前の相関係数は 0.929)



[20カ国の乳癌発生率と肉類の摂取量 (2002年)]

Dr. Jason Suzuki 作成
参考文献
http://www.time.com/time/2007/breast_cancer/
世界国勢図会〈2005/06〉矢野恒太記念会


ここで,乳癌発生率と肉類の摂取量の相関係数は 0.862 であった.

肉類の摂取量のわりには乳癌の発生率の高い国:イギリス,パキスタン,シリアは乳製品の摂取量が比較的高いこと,また逆に,肉類の摂取量のわりには乳癌の発生率の低い国:韓国,中国では乳製品の摂取量が比較的低いことも読み取れる.


因果関係はともかく,すくなくとも上述の20カ国の2002年のデータでは,乳癌発生率との相関は,乳製品の方が肉類よりも少し高いことがわかった.



参考文献

乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

ジェイン・プラント

径書房

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乳がんと前立腺がんの死亡者はなぜ増えるのか (扶桑社新書 36)

横田 哲治

扶桑社

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[世界の地域別の乳癌発生数] (TIME誌のWeb, 2002年度のデータによるもの)
Breast Cancer Around the World (TIME)

[入手しやすい世界の統計データの参考書] (2002年のデータが収録されている版)
世界国勢図会〈2005/06〉―世界がわかるデータブック

矢野恒太記念会

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がんと食事

2009-05-09 | Medicine
 「がん」と食品の関係,がんと生活習慣の関係について興味のある方には,以下の文献,資料に目を通されることを強くおすすめする.



[乳がんと牛乳の関係について]

自身が乳がん患者であった地質学/地球化学専攻の科学者の視点
乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

ジェイン・プラント

径書房

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農業,食品ジャーナリストの視点
乳がんと前立腺がんの死亡者はなぜ増えるのか (扶桑社新書 36)

横田 哲治

扶桑社

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[がんと食事の関係について]

米国対がん協会(American Cancer Society)のガイド(2001年度版の翻訳)
「がん」になってからの食事療法―米国対がん協会の最新ガイド

米国対がん協会

法研

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米国対がん協会は,権威ある米国最大の「ガン」に関する非営利民間団体だが,米国国立がん研究所(National Cancer Institute),ガン関連製薬会社,ガン関連検査機器会社等との利害関係や団体の体質に疑問を呈する人々も少なくない.
また,本書の基となっている論文やデータが,概ね1999年ごろまでのもので,乳がんがんと乳製品との関連に関する2000年以降の研究成果は反映されていない.しかし,ホルモンの影響を受けるがんとして知られている,前立腺がんについては,カルシウム摂取の視点から乳製品を避けるべきという記述がある.しかし,基になっている論文は1996年に発表された,食事と前立腺がんに関する,疫学調査なので「本当にカルシウムが問題だったのか」どうかは怪しい.カルシウムではなく,乳がんの場合と同じメカニズムで,「牛乳,乳製品」そのものが問題である可能性もある.


生物工学専攻の女性がん予防研究者の視点(2008年前半までの約300万人の女性の調査結果に基づくレポート)
乳がんからあなたを守る食事とライフスタイル (mag2libro)

大藪 友利子

パレード

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がんの疫学研究者の視点
食べ物とがん予防―健康情報をどう読むか (文春新書)

坪野 吉孝

文藝春秋

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[がんと生活習慣の関係について]

遺伝子研究と臨床現場の両方を知る医師の視点
ガンは「生活習慣」が「遺伝」の10倍 (講談社プラスアルファ新書)

飯塚 啓介

講談社

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[科学的根拠に基づくがん予防法]

疫学専門研究者の視点
がんになる人ならない人 (ブルーバックス)
津金 昌一郎
講談社

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喫煙による発がんリスクについて,広島の原爆での被爆量との比較の説明の部分だけでも,一読の価値あり.


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乳がんと牛乳 その2

2009-05-09 | Medicine
 しばらく前から,google.co.jp で,「牛乳 乳癌」と検索すると,私の blog の記事「乳癌と牛乳の関係」 2009-01-17 が1番最初に検索結果として表示されるようになった.
 この記事を書いた当初は一番だったが,最近また,このページにリンクを張っているblog等(特に乳がん患者の方のblog等)が増えてきているようだ.
# キーワドを逆にして,「乳癌 牛乳」とすると,3番目に表示される.


 この記事で紹介した本:
乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

ジェイン・プラント

径書房

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 は,インターネット上ではあちこちで色々と話題になっているが,国内の新聞やテレビ等の大手マスコミではほとんど,取り上げられていない.しかし,乳製品のメーカーは大手の広告主であることを考慮すれば,マスコミでは取り上げられないのは当然かもしれない.


 この本を読んだあとで,訳者の山梨医科大学名誉教授 佐藤章夫 先生と直接やりとりして,関連する論文などをいくつかご紹介いただいた.また,自分でも関連する分野について,専門の論文,様々な書籍,インターネット上の情報など,色々と勉強してみた.


 そのなかで,TIME誌の「Global Breast Cancer」という特集のWebページはとても勉強になった.
 特に,Breast Cancer Around the Worldのページには,人口10万人当りの乳がんの発生率を国毎に(世界地図にマップして)表したとても見やすい図がある.

 この地図に示される,国別の乳がんの発生率(単位:人,人口10万人当り.年齢補正済み.2002年統計.)をいくつかピックアップしてみよう.

 日本 32.7
 米国 101.1
 カナダ 84.3
 イギリス 87.2
 フランス 91.9
 ドイツ 79.8
 イタリア 74.4
 イスラエル 90.8
 ニュージーランド 91.9
 オーストラリア 83.2
 パキスタン 50.1
 インド 19.1
 アルゼンチン 73.9
 ブラジル 46
 トルコ 22
 韓国 20.4
 タイ 16.6


 ここで,上記の国について,文末に示した統計資料の本の「1人1日あたりの食品供給量」(世界国勢図会〈2005/06〉pp.478-480) から「牛乳・乳製品」のデータ(単位:g/日,1人1日当り,国別,2002年)を拾ってみる.

 日本 184
 米国 717
 カナダ 570
 イギリス 633
 フランス 755
 ドイツ 724
 イタリア 701
 イスラエル 618
 ニュージーランド 521
 オーストラリア 723
 パキスタン 420
 インド 172
 アルゼンチン 444
 ブラジル 325
 トルコ 268
 韓国 81
 タイ 52


 米国では日本の3倍以上の乳製品を摂取して乳がんの発生率も約3倍,タイでは,日本の1/3以下の乳製品を摂取して乳がんの発生率は約半分である.


 これらをグラフにプロットすると以下のようになる.

[国別の乳癌発生率と乳製品の摂取量 (2002年)]

Dr. Jason Suzuki 作成
参考文献
http://www.time.com/time/2007/breast_cancer/
世界国勢図会〈2005/06〉矢野恒太記念会



 特に統計の専門知識がなくても,上記のグラフをみただけで,国別の乳癌発生率と乳製品の摂取量の間にはとても高い「正の相関関係」があることがわかる.
 ここで,乳癌発生数と乳製品の摂取量の相関係数は 0.929 である.

# ニュージーランドが,オーストラリアよりも乳がんの発生が多いことについては,以下の仮説を持っている.オーストラリアでは食肉牛の牛肉が相対的に安いため食肉牛の牛肉が多く消費されている,それに対してニュージーランドでは,乳牛を含む牛肉がひき肉の形で消費される比率が高い.乳牛の肉は,食肉牛よりも「乳がんと牛乳」の中で指摘されているとおり,IGF-1(インスリン様成長因子1)もホルモンも濃度が高い.


 このように,ほんの少し統計データをみただけでも,乳製品の摂取が多い国では,明らかに乳がんの発生数が多いことが,非常に直感的に理解できるだろう.

 いずれにしても,おおざっぱに言えば,
「乳癌(あるいは前立腺がん)のリスクが高い人,乳癌(あるいは前立腺がん)の患者は,牛乳と乳製品の摂取はすぐにやめるた方がよさそうだ.」
 というのが,工学者としての私の理解である.

 この事に気がついてから,私自身は,牛乳,チーズ,ヨーグルトは極力摂取しないようにしているし(豆乳や豆乳ベースのヨーグルトに切り替えた),家族や友人にもこのことを説明している.




 佐藤先生らが2005年に発表した論文,"The possible role of female sex hormones in milk from pregnant cows in the development of breast, ovarian and corpus uteri cancers"(Medical Hypotheses (2005) 65, 1028–1037)によると,世界40カ国の牛乳,乳製品の1人1日あたりの消費量(g/日)と,乳がんの発生数(人/人口10万人当り)には,相関係数 0.817 という高い相関があると報告されている.ここでは,IGF-1よりも,牛乳の中に含まれているホルモンが問題とされている.
 この論文で計算の基となっているデータは,乳がんの発生に関しては1993-97年,乳製品の消費については1961–97年である.(日本で,普通の家庭の食卓にいつごろから牛乳が出てくるようになったか?小学校,中学校の給食で毎日牛乳を飲むようになったのはいつからか?も思い出してみてほしい.小学校の給食で,毎日牛乳を飲むようになった世代の女性は,その前の世代の女性よりも乳がんの発生数が多く,初発年齢も相対的に低いという研究もある.)


 もちろん,乳がんへの影響が疑われる食品として,乳製品だけを取り上げるわけではないが,これまでよく言われてきた動物性のタンパク質や脂肪にだけとらわれて,乳製品の摂取について十分に吟味しないのは非常に危険であると言えよう.




[乳がんと牛乳の関係について]

自身が乳がん患者であった地質学/地球化学専攻の科学者の視点
乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか

ジェイン・プラント

径書房

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農業,食品ジャーナリストの視点
乳がんと前立腺がんの死亡者はなぜ増えるのか (扶桑社新書 36)

横田 哲治

扶桑社

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[世界の地域別の乳癌発生数] (TIME誌のWeb, 2002年度のデータによるもの)
Breast Cancer Around the World (TIME)

[入手しやすい世界の統計データの参考書] (2002年のデータが収録されている版)
世界国勢図会〈2005/06〉―世界がわかるデータブック

矢野恒太記念会

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乳癌と牛乳の関係

2009-01-17 | Medicine
 この数ヶ月,あるきっかけがあって,乳癌について色々調べている.

 すでに,あちこちで,食生活と色々なガンについては多くの情報がでまわっているが,一つ,これまで私が見聞きしたことがあるものとは,とても違う内容を提起している本と出会った.


 結論を先に言えば,「乳癌(男性の場合には前立腺癌)が疑われる人,あるいは,治療中の人,親類に患者がいる人,その他発症リスクが高いと言われている人は,ただちに,牛乳および乳製品の摂取をやめるべきである」と,工学者として科学的な視点でみて,信じるに至る内容である.
 
 本書で,乳癌発生の原因として指摘されているのは,牛乳および乳製品に含まれている,「IGF-1(Insulin-like Growth Factor-1):インスリン様成長因子1」と呼ばれる,細胞成長を促進する物質である.牛乳の中には,乳牛の体内よりも多くの,あるいは人間の母乳よりも非常に多くのIGF-1が含まれている.(非常にやっかいなことに,通常の加熱,醗酵などのプロセスでは,その活性はほとんど失われないために,牛乳以外の乳製品にもそのまま含まれている.)
 IGF-1が乳癌のがん細胞の増殖を促すことは,1990年前後からすでにいくつかの研究ではっきりしていることを初めて知ったが,牛乳中のIGF-1の影響について,あまり大きく取り上げられていないのは非常に不思議である.
 
 動物性のタンパク質や脂肪とガンの相関,あるいは牛乳中のエストロジェンとガンの相関については,これまでも色々と指摘があった.しかし,総体としての乳製品と乳癌発生の関係,あるいは,牛乳中のIFG-1と乳癌と関係について,これほどはっきりと明言した例を知らなかった.
 化学,生物学があまり得意でない読者でも,本書の112ページ,153ぺージに示されたグラフとその前後の説明を読めば,「乳癌のリスクが高い人,乳癌の患者は,牛乳と乳製品の摂取はすぐにやめるべきである」という考察の背景が,非常にはっきりした状況証拠によるものであることが理解できると思う.
 特定の食物と,特定の癌の発生とのあいだで,これほどはっきりとした「正の相関」のある説明を見たのは初めてである.


 筆者のジェイン・プラント(Jane Plant)教授は,1945年生まれ,地球化学の専門家,その研究功績によって1997年に大英帝国勲章(CBE: Commander of the British Empire)を受け,現在,英国インペリアル大学(Imperial College of Science, Technology and Medicine) 教授,2005年より英国王立医学協会(Royal Society of Medicine)終身会員という科学者である.
 プラント博士は,1987年に42歳で最初の乳癌が発見され乳房切除手術をうけ,その後4度の乳癌再発を経験して,放射線や抗がん剤の治療を受けた.つまり,筆者自身が乳癌患者であったのだ.
 その再発と治療のなかで,乳癌の原因について研究,考察した成果をまとめたものが,本書である.
 研究,考察の結果,「乳癌は乳製品の摂取で起こる」という結論に達し,1993年以降「乳製品を一切避ける」食生活を実践して,抗がん剤治療でも効果のなかった鎖骨上リンパ節に転移した乳癌も完治し,以降15年間再発をみていないという.
 

 本書の原書は,2000年に出版され,その後2003年,2007年と改訂され,これまで,15カ国で,翻訳されているにもかかわらず,日本では,今回訳書がでるまで,8年間も翻訳されなかった.日本は科学分野の訳書が出るのは非常に早いので,おそらく,牛乳や乳製品に関わる企業から訳書の出版に関して何らかの圧力があったのではないかと疑わざるを得ない.
 
 訳者は,環境保健学が専門の山梨医科大学(現在は山梨大学と統合して山梨大学医学部)名誉教授の佐藤章夫先生.
 生活習慣病を予防する食生活というWebサイトで,食生活と生活習慣病やガンの関係について活発に情報発信されている.佐藤先生による「訳注」が非常に親切かつ詳細であり,本書の学術的な価値を非常に高いものにしていると思う.(原著をだけでは判らない貴重な情報がこの日本語版にはあちこちに含まれている.)


 ご自身や,家族,近親者に,乳癌(あるいは前立腺癌)の方がいる場合には,必読の書.乳癌の治療に当たっている医師や医療関係者の方にも是非一読をおすすめする.

乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか
ジェイン・プラント(著),佐藤章夫(訳)
径書房

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原著に興味のある方はこちらをもぞうぞ.
Your Life in Your Hands: Understand, Prevent and Overcome Breast Cancer and Ovarian Cancer

Jane PlantVirgin Books

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脳脊髄液  浮力と側脳室

2008-06-26 | Medicine
 以前から,人間の脳室の形について「変な形しているな」とおもっていた.
 2008-05-30の記事で紹介した本や,他の解剖学の本をみていて,気がついたことがある.

 
2008-05-24の記事「脳脊髄液減少症: 脳と圧力 -流体力学者の視点-」
を書いた時は気がつなかったが,そのあと,流体の講義の準備と解剖学の本の相乗効果から,ふと思いついた.

 脳室の形状については,例えば「脳外科医 澤村豊医師」のサイトの記事がわかりやすいと思う.

 細かい計算をしてみたわけではないが,色々な解剖学系の資料を見た私見では,側脳室とよばれる左右の脳室が,あのような形をしているのは,
  浮力による圧力を分散する
  脳の重心位置のバランスをとる
 ためであるように思う.
 
 脳の内側の空洞で,脳脊髄液で満たされる部分は,浮力を受け持つ脳の表面積を増やし,また,側頭葉のマスを減らして,重心位置をかえ,断面2次モーメントを小さくする効果があるのだと思う.


 脳脊髄液減少症の患者さんのCTかMRIの画像のなかに,側脳室が縮退している画像をみたことがある.

 上述の視点で脳室の脳脊髄液との関連での流体力学的な効果仮説が正しいとすれば,脳脊髄液減少症の後遺症としての側脳室が縮退は,脳に以下のような負荷を与えているということになる.

 脳表面に加わる単位面積あたりの応力の増加
 脳の重心位置のずれ
 # 脳が外から回転力をうけたときの,力のかかり方の変わる.

 ブラッドバッチで,脳脊髄液のもれをとめても,色々な症状がのこっている患者さんで,側脳室が縮退が改善してない人の場合には,「側脳室の体積と表面積の減少」そのものが,上述の「脳への負荷」を発生させているという視点での,検査と治療が必要なのではないだろうか?

 脳脊髄液の量がある程度以上回復していても,側脳室の体積と表面積のある程度の減少があるだけで,脳への浮力と重力の影響が大きくなることは,原理的に明らかである.
 特に,脳室の「表面積」減少は,(圧力は「面積当りの力」であるので)脳への圧力の増加に直結している.



※文章を少し修正しました.カテゴリーを訂正しました. 2008/06/29
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脳脊髄の解剖学

2008-05-30 | Medicine
 本書は,最近入手した,脳脊髄関連部分の解剖学の専門書である.

 米国の医学部で,脳神経外科の臨床のための教科書として使われているもの.950ページの大冊.
 とにかく,カラフルな図がすばらしい.ある角度,あるビューの図がみたいと思うものは,殆どふくまれている.イラストだけでなく,MRI画像等も抱負.また,解剖学的な解説だけでなく,臨床的に重要な100以上の症例についての解説がある.英語も,解剖学独特のラテン語系の専門用語以外は比較的よみやすいので,脳神経の専門でない医師の方だけでなく,医学専攻ではないが脳神経について専門的な興味のある人でも,少し辞書などでしらべながら,医学辞典的に活用できる.

 「脳脊髄液の循環」についての図や解説も,非常にわかりやすい.

 筆者のHal Blumenfeld 博士は,米国イエール大学医学部神経科の神経および神経生物学研究部長で,助教授(MD, PhD, Director of Medical Studies, Assistant Professor, Neurology and Neurobiology, Department of Neurology, Yale University School of Medicine).

 脳神経の解剖学的な詳細に興味のある方,「脳脊髄液の循環」について解剖学的な知識を確認したい方に,おすすめできる一冊.


 それにしても,米国の先生は厚い教科書かきますねぇ.これだけの内容で950ページを一人でまとめるというのはすごい.

 目次

Preface
Acknowledgments
How to Use This Book
1. Introduction to Clinical Case Presentations
2. Neuroanatomy Overview & Basic Definitions
3. The Neurologic Exam as a Lesson in Neuroanatomy
4. Introduction to Clinical Neuroradiology
5. Brain and Environs: Cranium, Ventricles, & Meninges
6. Corticospinal Tract & Other Motor Pathways
7. Somatosensory Pathways
8. Spinal Nerve Roots
9. Major Plexuses & Peripheral Nerves
10. Cerebral Hemispheres & Vascular Supply
11. Visual System
12. Brainstem I: Surface Anatomy and Cranial Nerves
13. Brainstem II: Eye Movements & Pupillary Control
14. Brainstem III: Nuclei, Pathways & Vascular Supply
15. Cerebellum
16. Basal Ganglia
17. Pituitary & Hypothalamus
18. Limbic System: Homeostasis, Olfaction, Memory, & Emotion
19. Higher-Order Cerebral Function
Epilogue: A Simple Working Model of the Mind Index to Cases Subject Index


Neuroanatomy Through Clinical Cases

Sinauer Associates Inc

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脳脊髄液減少症の診断と海外文献  医学の細分化,専門化の弊害?!

2008-05-29 | Medicine
 脳脊髄液減少症に関する,一般向けの書籍としては,以下の『「むち打ち症」は治ります!―脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の決定的治療法』が,よく知られている.

あなたの「むち打ち症」は治ります!―脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の決定的治療法

山口 良兼,守山 英二,篠永 正道

日本医療企画

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 この本をみると,
『腰椎穿刺や脳や脊髄大きな外傷がなくても,衝撃のかかり方によっては,「容易に硬膜に穴があいて,脳脊髄液が漏れること」』
そのものが,多くの医師から「実感されていない」ことが,多くの医師のコメントとして綴られている.

 脳神経外科以外を専門とする医師,特に内科の医師などは,「脳脊髄液減少症」について,直感的な理解がなくても「しかたない」かなとも思う.
 しかし,脳神経外科の専門の医師の場合でも,「RIシンチグラフィー」での結果をみて,すなわち「脳脊髄液の漏洩」の映像を自分の目で目視したあとでさえ,すぐには,「軽度の頸椎ねんざ」とおもわれる交通事故の患者さんが,(事故時の衝撃によって)現実に脳脊髄液の漏洩を起こしているということを,理解できなかったという告白もある.
また,中には「脳神経外科では,主に脳に気をとられているので,首から下については,なにか特別の目的がなければ,MRIの画像等を詳しくみる習慣があまりない」という主旨の記述もあった.
 また,比較的はっきりした診断のできる,「RIシンチグラフィー」や「「MRミエログラフィー」の検査は,「脳脊髄液が漏れているかもしれない」という疑いがなければ,通常の,頭痛や自律神経の不調等ではもちろんおこなわれない.
 つまり,もし,交通事故で頭部,首,腰などの打撲やねんざがあって,そのために「脳脊髄液が漏洩」が発生している場合でも,単に,頭部CTや首や腰のレントゲンをとるだけでは,「脳脊髄液が漏洩」という問題そのものが永遠に発見されない可能性が大きい.
 また,「脳脊髄液の漏洩による減少」が発生して,症状が慢性化すると,頭蓋内での脳脊髄液が減った分の体積は「静脈の拡大」等によって補填され,脳脊髄液の圧力が上がっているように見える場合があるために,単に,脳脊随液の圧力を計った場合すら「脳脊髄液の漏洩」を発見できるとは限らない.


 これらの背景には,おそらく,医学の細分化,専門化の問題がある.
「脳脊髄液減少症」について疑問視する人々からは,「脳脊髄液減少症」関連する海外の学術専門雑誌での論文等の情報がすくないという意見があるが,実際には,例えば,Google で,

 cerebrospinal fluid CSF leak road traffic accidents RTA

等のキーワードで検索すると,けっして少なくない量の論文が見つかる.
 これらの中には,日本の脳神経外科系の「脳脊髄液減少症」の研究者と連携して研究をしていることで知られている研究者による論文もあるが,多くは,脳神経外科系のジャーナル(専門学術雑誌)だけではなくて

  麻酔科
  耳鼻咽喉科
  口腔外科

の関係とおもわれるジャーナルである.
 臨床系の医師の多くは,洋の東西を問わず,自分の専門領域以外の文献にはあまり目をとおしていないようだ.


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脳脊髄液減少症: 裁判官殿もっと科学を勉強してもらわないと困ります.

2008-05-26 | Medicine
 交通事故と「脳脊髄液減少症」との関連について,以下の報道にある,「髄液漏れ関係を否定 事故被告に罰金 静岡地裁判決」の記事は,元々の裁判官の判決が非科学的なのか,あるいは,報道している記者の方が非論理的なのか判然としないが,ちょっとレベルが低すぎるのではないか?

髄液漏れ関係を否定 事故被告に罰金 静岡地裁判決 (静岡新聞 05/19 14:58)

 まず,慢性化した脳脊髄液減少症全般について,全般的かつ簡単な確定診断の方法はないが,それは複合的な症状の症候群ではごく普通のことであろう.しかし,実際に「脳脊髄液の漏洩」が継続していれば,正しい手順でいくつかの検査をすれば,その診断はそれほど難しいものではない.
 
 医学あるいは医療近接領域の専門家でなくても,少しの科学的な知識と理解力があれば,『脳脊髄液減少症ガイドライン』を読んで,どうすれば「脳髄液の漏洩」が確認できるか理解できるはずである.
 すくなくとも,『診断基準も確立していない』というのは,裁判官の単なる不勉強による事実誤認だとしかいえない.

 『髄液漏れは医学的に広く認められていない』というのも,なにかの誤解としかいえないと思う.医学の専門家でなくても,少し医学に知識のある人であれば,「腰椎穿刺等のあとに髄液がもれること」,あるいは,「何らかの理由で髄液が漏れるとどんな症状になるか」ということは結構知られている.
 『症状自体が学会で認められていない』というのは,どこの学会の話だろうか?

 実際に,漏れが続いている場合には「RIシンチグラフィー」での結果をみれば「髄液の漏洩」そのものは明白だ.また,状態によっては,水分を強調して画像化する「MRミエログラフィー」等でも診断できる.脳脊髄液漏出の検査と診断等の方法は,脳神経外科の分野ではごく常識的なものだ.

 一般の整形外科や内科の医師などに,広く知られていないのは,腰椎穿刺や大きな外傷がなくても,衝撃のかかり方によっては,「容易に硬膜に穴があいて,髄液が漏れること」と「通常知られているよりも幅広い症状があること」等というのが順棟な現状分析だと思う.
 しかし,この記事では『尻もちやせきなどの日常生活で発症したとの報告例もある』として,髄液が『日常生活のちょっとした衝撃で,容易に漏れる』という事例があることを,述べている.完全な矛盾である.

 論理的に考えれば,「尻もちやせきなどでも容易に発症する障害」であれば,交通事故による「頸椎への外傷」(いわゆる『むちうち症』)の衝撃でも,発症する可能性が高いと考えるのが,合理的であろう.
 もちろん「他の何らかの影響で発症した可能性」があることは当然であるが,前提に対する科学的な理解不足や事実誤認があっては,論理的な法的判断が行われるとは考えにくい.

 『医学会では否定的な見解が根強い。一部の医師からは血液の凝固作用で漏出を止める「ブラッドパッチ」が有効との意見もあるが、確立された治療法もないとされる。』これも,状況認識が明らかに間違っている.
 「髄液の漏れ」は,漏れが継続していれば,ほとんどの場合に,いくつかの診断で明白にわかるし,漏れていれば,「ブラッドパッチ」で漏れそのものは止まる.その意味では,「髄液の漏れ」に対する,基本的な治療はあるのだ.
 # もちろん,やみくもに「ブラッドパッチ」だけすれば良いというものでもない.

 問題は,「脳脊髄液の漏洩」をもたらすような事故から正しい治療開始まで時間がかかると,「漏れをとめても」症状が「完全には消失しない」==「後遺症が残る」事例が多いということである.しかし,これは,どのような疾病や外傷でも同じことである.
 つまり,普通のことばでいうと『「脳脊髄液の漏洩」を止める基本的な治療は確率しているが,発症から最初の治療が遅れた場合には,様々な後遺症が残り,それについては,未解決の問題が多い.』というのが,正しい状況認識だと思う.

 一番よくわかっていないのは,「脳脊髄液減少症」ではなくて「脳と脊髄のシステム」「自律神経のシステム」全体だと思うのは,私だけだろうか?



 交通事故やその他の事故で,頸椎,腰椎への外傷が絡む裁判やその周辺の医療行政にかかわる,裁判官,弁護士,官僚等の方は,少なくとも,以下の『脳脊髄液減少症ガイドライン』を必ず通読していただく必要があるだろう.
 これを,読んで理解できない人は,少なくとも,この件の裁判官は辞退していただきたいものだ.

脳脊髄液減少症ガイドライン (2007)

メディカルレビュー社

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# 2010/12/11 誤字修正
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脳脊髄液減少症: 脳と圧力 補足

2008-05-25 | Medicine
 昨日の,blogに書いた,以下の脳の重さとフットプリントにかかる圧力の計算は,非常にラフなものである.

 『....つまり,非常におおざっぱにみると,立っている状態では,髄液の浮力等がなければ,脳の自重によって,脳の底部では,700 Pa 程度の圧力(単位面積あたりの力)が加わるはずだと推定できる.これは,圧力としては,たいした大きさではないが,豆腐におき変えてみると,実感がわくだろう.
[豆腐3丁分の面積に4.5丁分の重さ]
 普通の豆腐のパックはいくつか大きさに種類があり,例えば,10.5 x 7 x 5 cm で,約350g である.そうすると,3パック分の底面積でちょうど約 220 cm2 となり,重さが,1600g とすると,約4.5パック相当となる.固めの豆腐でも、3個を並べた上に,さらに,1.5個分重さをがくるので,その3個分の底面にかかる重さは,片手でもてば,体感的にもけっこうずっしりするはずだ.』

 しかし,脳の自重に対して,脳脊髄液の浮力の助けがない場合の圧力のオーダーとしては,概ねのイメージがつかめると思う.

 脳には,脳室等の空洞があるので,その部分は脳としての体積が減る(髄液で満たされる)勘定になる.その結果,全体としての脳の表面積が増える方向になるので,脳のある面が受ける力を細かく知るのは,意外と難しい.
 いずれにしても,脳の自重による圧力あるいは応力と,低気圧による大気圧の変動の幅のオーダーが,大気圧への普通の人が持つのイメージよりも,近いところにあることは,明らかだろう.

 また,「脳脊髄液減少症」の方の症状には,体温調整に代表される自律神経系の不調がよく知られている.
 直感的に,『何らかの理由で体温調整等の自律神経が不調の人は,大気圧への対応のための体内のシステムも「応答遅れ」等が発生する』という仮説が成り立つとすると,そのせいで,大気圧の変動の影響による追加の圧力を受ける時間が健常者よりも長くなることになる,そうすると,脳の圧力の影響を受けている部分への圧力によるストレスが強化されて,さらに体調不調になるというのは,単純すぎるモデルだろうか?


 気圧と体調については,「医療健康情報」にとても参考になるコラムがあった.
 「天気が良くなってゴルフに行こうとすると盲腸の手術が入って行けなくなる事が多い」というジンクスから虫垂炎発症の免疫系のメカニズムと気圧の変化の関係を明らかにした研究者がいるらしい.
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脳脊髄液減少症: 脳と圧力 -流体力学者の視点-

2008-05-24 | Medicine
 知人の大学教授(理学博士,地学系)と,脳脊髄液減少症について,色々とやりとりをしていたところ,いくつか気がついたことがあった.それをその知人の先生にメールしたところ,「他の人の参考になりそうなので,是非ブログにまとめてください」ということになったので,いくつかまとめておくことにする.

[脳髄液減少症]
 脳髄液減少症は,簡単にいえば「何らかの理由で,脳や脊髄の周りにある,脳脊髄液が減少し,その結果,様々な症状が出る症候群」である.この脳脊髄液は,150ml 程度といわれており,脳や脊髄の周りで薄いクッション的な役割をしていると考えられている.
 脳髄液減少症は,当初,脳や脊髄の病気の手術や治療,あるいは,脊髄液の検査(腰椎穿刺)で起こることは知られていたが,医師の間でもそれほど一般的な症状とは考えられてこなかった.しかし,近年,首,背中,腰等への外傷(特に自動車交通事故での打撲やねんざ)で発症することが知られるようになってきている.

 脳髄液減少症の主な症状としては,以下のものが広く知られている.
 ・激しい頭痛と腰痛、起立性頭痛
 ・気力や集中力の低下
 ・記憶力、思考力の低下
 ・倦怠感と脱力感
 ・睡眠障害
 ・顔や四肢の痺れ
 ・発汗異常
 ・視力の低下
 ・食欲不振
 ・めまい、立ちくらみ

 これらの症状は,自律神経失調症等と似ているので,脳髄液減少をうたがって,それを確認する検査を行わなければ,なかなか,「脳髄液減少症」という診断にならないという問題も発生している.

 思考力の問題に関連した症状としては,ある種の言語障害の発生も報告されている.これは,例えば,関西出身の人の母語が関西方言の日本語だった場合に,
 関西弁日本語 > 標準語(東京弁日本語) > 英語(第一外国語) > ロシア語(第二外国語)
 という順番で,修得したとき,あとから修得した言語ほど,脳髄液減少症する前のレベルで操れないという症状である.

 また,脳髄液減少症のある人は,天候の変動などによる,気圧の低下によって症状が全体的に悪化することが多いらしい.患者さんの中には,気圧の変化を自前の気圧計で計測して,気圧と体調の変化について自らのblogに記載している方もいるほどだ.

 脳髄液減少症の場合以外でも,神経痛や骨折等の神経にも損傷があったような古傷を持つ場合には,気圧が下さがり始めると,痛みが出るという症状は比較的よく知られている.気圧の変化と痛みの相関についてのメカニズムを明らかにするために動物実験等を含む研究も行われている.


 「脳脊髄液減少症」そのものについては,以下の文献に詳しい.
 
脳脊髄液減少症ガイドライン (2007)

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[大気圧]
 普通の人は,大気圧がどれくらいの力かということについては,天気図の低気圧と高気圧の数字ぐらいしかなじみがなと思われるので少し解説しよう.
 圧力の数え方は色々あるが,工学の分野では,1平方メートル当りの(単位面積当りの)力として定義されている.1平方メートルに1 N(ニュートン)という力が加わっているとき,その圧力を,1 Pa(パスカル)という.
 標準的な海面での大気圧は,標準気圧といい,1 atm (アトム)という単位(いわゆる1気圧)だが,これは,1atm = 101325 Pa に定義されている.
 桁が多くて,通常の場合には扱いにくいので,天気予報等では,1/100にして,
1013 hPa (ヘクトパスカル)を1気圧と表記している.
 この1013 hPa というのは,1平方メートル当り 101325 Nの力,すなわち,重量にすれば,約10 t(トン)の重さによる力が加わっていることに相当する.
 つまり,普通,直感的に考えられているよりも,「空気は重い」ものであり,その空気による圧力「大気圧」も大きなものである.
 我々が,地表や海上にいて,1平方メートル当り約10 tの重量に相当する力をうけてもつぶれないのは,体内の圧力が「大気圧と釣り合うようにする」ようなメカニズムを体内にもっているからである.
 
 この大気圧と体内の圧力のバランスをとるために,人間を含む殆どの地表の動物には,気圧の変化を察知して,それにあわせて体内の状態を調整するメカニズムがあると考えられる.
 気圧の変化に応じて,体内の圧力がどのように変化するかについては,例えば,
北大の大学生について気圧の変化と血圧の変化の関係を調べた研究等がある.この研究では,翌日が低気圧のとき,前日から血圧が上がり始めることがわかっている.つまり,人体は,気圧の時間時間変化の傾きに(気圧の加速度)に敏感で,低気圧がくる前にその圧力変化への調整をしようとしていると考えられる.

「脳脊髄液減少症」の場合,気圧計の数字の上では,ほんのわずかな気圧の低下,例えば,4-5 hPa という気圧の低下で症状が悪化するらしい.
 このことについて,流体力学的に考えてみた.


[脳の体積とそれを支える底面積]
 まず,普段,脳にはどのような力が加わっているだろうか?

 脳の体積は,1400 - 1500ml ぐらいといわれている.計算を簡単にするために,脳を球と仮定して,その体積と表面積を計算する.仮に,脳を1500ml = 1500cm3 の球とする,その体積は4/3 πr3 であり,半径r = 7.1cmとなる.その球の表面積は,4πr2 であるから,表面積=633.5cm2 となる.
 ここで,立位(立っている場合)を想定し,そのとき球の下半球側の面積に脳自身の重さがくわわると仮定する.下半球側の面積は,表面積の半分は,= 316.8 cm2 となる.この半球の側面の部分は,脳の重さをほとんど支えないとして,実質的な脳フットプリント(足跡になる底面積)は,下半球の表面積の70%程度とすると,= 221.76 cm2 となる.端数を切り捨てると,1500ml の脳のフットプリントは約 220cm2 と推定できる.

 また,脳の重さは,1500-1600g ぐらいと言われている.ここで,1600gの重さの脳を220cm2 の面積で支えるとすると,7.27g / cm2 の単位面積あたりの重さである.重力加速度 g = 9.81 m/s とすると,この圧力は,713.2 Pa となる.

 つまり,非常におおざっぱにみると,立っている状態では,髄液の浮力等がなければ,脳の自重によって,脳の底部では,700 Pa 程度の圧力(単位面積あたりの力)が加わるはずだと推定できる.これは,圧力としては,たいした大きさではないが,豆腐におき変えてみると,実感がわくだろう.


[豆腐3丁分の面積に4.5丁分の重さ]
 普通の豆腐のパックはいくつか大きさに種類があり,例えば,10.5 x 7 x 5 cm で,約350g である.そうすると,3パック分の底面積でちょうど約 220 cm2 となり,重さが,1600g とすると,約4.5パック相当となる.固めの豆腐でも、3個を並べた上に,さらに,1.5個分重さをがくるので,その3個分の底面にかかる重さは,片手でもてば,体感的にもけっこうずっしりするはずだ.

 この豆腐4.5パック分の脳を,脳髄液の浮力で,支えているということになっている.文献によると,髄液の中の脳は,髄液の浮力によって,通常の体内では,実際の重さの3%程度の重さ相当になるらしい.例えば,1500g のものが,50g 相当ということだ.
 平常の状態で,脳と精髄のまわりを脳脊髄液が満たしている場合,そこに働く浮力は,流体力学的には,脳脊髄液を押しのけている,脳脊髄の実際の体積と脳脊髄液の比重で求められるが,アクティブな脳の体積そのものの正確な推計は難しい.


[大気圧の変動の値と脳の自重による圧力」
ここで,大気圧が,標準状態の 101325 Pa = 1013 hPa から 少し気圧がさがって 998 hPa となった時を考える.998 hPa は,少し大きな低気圧ならめずらしくない値である.見た目の差は,15 hPa だが,h をとると,これは,1500 Pa の変動である.
 「脳脊髄液減少症」の方の体調が悪化するというちょっとした気圧の低下 5hPa は,500 Pa である.つまり,脳の自重による、面積あたりの重さによる圧力に比べると、絶対値としては,大気圧の変動幅は結構大きな圧力変動であることが言える.

 ここで,髄液のクッションのようなものがないと,脳の自重で700 Paかかるところに髄液の浮力等のおかげで、脳の底面部分には,脳の自重の約3% 20Pa しか圧力が加わらない状態が正常と仮定する.
 しかし、「脳脊髄液減少症」で,髄液の量や代謝に問題があって、通常の1/10の浮力となって,脳の底の自重による圧力が200 Pa になっているとする.そこに,気圧が 5 hPa さがったとする.大気圧が下がると,体内の圧力もある程度の時間のあとには、大気圧にバランスするように下がるはずだが,調整中の状態からすると,5 hPa の大気圧の変動は,すなわち,500 Pa の負の圧力の変動を脳の底に加える可能性があるということではないかという仮説が思い浮かぶ.
つまり,体内の圧力が大気圧とバランスするまでの時間 t で,脳の底のあたりでは,200 ... 700 ... 200 Paという圧力の変化が発生している可能性あるのではないだろうか?

 脳や神経細胞が,正常に耐えられる,圧力には,当然,(工学的にみれば,設計の想定上の仕様としての)「閾値」があるとおもわれる.
 通常,機械や建築などのシステムの設計では,自分は自分の重さを支えられる程度にはつくられる.これは,自然界でも同様の法則が成り立つ場合が多い.脳の自重をすべて自分のフットプリントで支えた場合の圧力が、650 - 700 Pa 程度だったと仮定すると,その程度の値が脳や神経細胞た正常に耐えられるある閾値になっているというのは,直感的にわかりやすい仮説であると考えられる.



[生理学,解剖学等の参考書]
 
好きになる生理学―からだについての身近な疑問
田中 越郎
講談社

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好きになる解剖学―自分の体をさわって確かめよう
竹内 修二
講談社

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人体解剖図

ベンジャミン・リフキン,ジュディス・フォルゲンバーグ,マイケル・J・アッカーマン
二見書房

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CT/MRI画像解剖ポケットアトラス 第3版 第1巻 頭部・頸部

町田 徹
メディカルサイエンスインターナショナル

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[流体力学の入門参考書]

流れのふしぎ (ブルーバックス)

講談社

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基礎から学ぶ流体力学
飯田 明由
オーム社

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極少量の抗ガン剤による延命的治療

2006-04-09 | Medicine
 医学や薬学は専門ではないが,父親を食道ガンで亡くしてから,ガン治療について色々勉強している.
 昨年の5/5のblogでも,日本における抗ガン剤の実態について書かれた,平岩正樹先生の本を紹介した.

 先週,友人の母上にガンが見つかったとの連絡があったが,たまたまその直後に,本書を店頭で見つけた.

 通常の日本の抗ガン治療は,主に「奏功率」==ガン組織がどれくらい小さくなるか,に注目して選択されている.しかし,本来は,「生存期間中央値」==どれくらい長く生きられるか,すなわち,トータルでの延命性と,同時にQOL(生活の質)を重視して選択すべきであるというのが,本書筆者 梅澤 充先生 の主張である.
 まだ,公的に認知されたエビデンスがあるあるわけではないが,実際の100例余の治療経験に基づく十分に説得力のある内容である.
 
 ガン治療,特に,抗ガン剤の治療に興味のあるすべての方にオススメの一冊.


間違いだらけの抗ガン剤治療―極少量の抗ガン剤と免疫力で長生きできる。
梅澤 充
ベストセラーズ

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医学は科学ではない

2005-12-23 | Medicine
 数日前に,店頭で「書名」だけをみて購入.

 筆者の 米山公啓先生 は,神経内科医,元聖マリアンナ医科大学第二内科助教授.作家として,多くのエッセイ,小説,医療実用書などを執筆する傍ら,現在も父診療所で診療を続けている.

 まえがきの冒頭から,
 「医学というのは,科学的な根拠にもとづき,体系づけられた学問だと信じられている.ところが,実際の臨床の現場では,意外にも医師の経験にもとづく判断であったり,いわゆるカンで治療が決めめられたりしている.EBM(実証に基づく医療)によって,治療や診断が行われているのは,医療行為のうちの半分にも満たない.」
 という書き出しではじまる.

 第1章 統計学が医学なのか
 第2章 医学は芸術であった
 第3章 医者は科学的根拠で治療しているか
 第4章 人間的だからこそ科学ではない
 第5章 医学を科学と誤解する人たち
 第6章 患者は医療に何を求めるのか
 第7章 健康食品と代替医療
 第8章 医学をどう考えるべきか

 工学出身で,子供のころから医学に興味をもっている私からすると,全体的に,
 「やぅぱりねぇ...」
 と思う記述が満載.

 現在の医学,特に臨床医療の実際が,いわゆる「科学」ではないことを,様々な角度から具体的に示したうえで,今後の医学のありかの問題点や「医学の新しいルール」の必要性を説く良書.

 現在の医学や臨床医療に,問題や疑問を感じているすべての人にオススメしたい一冊.

医学は科学ではない
米山公啓
筑摩書房

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 浅学なため,パルスオキシメータ(酸素飽和度計測器)が日本人の発明であることを,本書で始めて知った.
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家族や親戚が脳の病気になったら

2005-10-10 | Medicine
 お医者さんにも,「上手い下手」があることは,ある程度は一般に知られている.特に,歯科は患者も医者も多いし,下手な先生にかかると,痛みがあったりできあがりの美観に問題があったりするので,素人の患者にも技量の差がすぐにわかる.

 現在の臨床医学の中で,医者の技術の差が一番大きいのは,おそらく「脳神経外科」の分野であろう.
 本書は,世界中で,(同業者からも)「神の手を持つ」といわれている,日本人脳外科医 福島孝徳 先生 の経歴や活動等を紹介したものである.

 福島先生は,脳外科の中でも頭蓋底の難しい部位の手術を,「鍵穴手術」と呼ばれる,1-2cmの比較的小さな穴から顕微鏡や特殊な器具を用いて行う手法を確立,発展させたことで世界的に知られている.現在は,米国の デューク大学 ウェストバージニア大学 の医学部の教授を兼任している.
 また,おそらく,現時点で,地球上で,一番沢山の脳外科手術の臨床経験,執刀経験をもつ脳外科医である.
 福島先生の一番凄いところは,ご自分の技術や器具を広く外部に開示している所だと思う.世界各地でご自分の実際の手術に現地の医師を立ち会わせて指導されている.さらに,後進の育成のために,国際脳神経外科教育基金(INEF)を設立している.


 家族,親戚,友人などに,難しい脳の手術が必要になったら,福島先生かその弟子先生の手術を受けることをお勧めする.
 # 年に1-2回は,日本にもどり執刀されるそうです.

 問い合わせ先は,以下ののとおり.(日本語でOK)
  fukushima@carolinaneuroscience.com
  Fax: (919) 239-0266


福島孝徳 脳外科医 奇跡の指先

PHP研究所

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 しかし,それにしても,東京生まれで東京育ち東大卒である,福島先生の活動の本拠地が東京でないというのは,非常に大きな日本の社会システム上の問題だと思わざるを得ない.
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小児救急医療の整備を!!

2005-09-19 | Medicine
 先週の 東洋経済 の 2005 9/17 号(pp.102-106) に,「小児救急が危ない!!」という特集記事があった.

 日本は,地方の医療,特に,救急医療に問題があると聞いていたが,小児救急はとても「先進国」とは言えない状態である.
 なんと全国の4割の地域が,小児科については,24時間対応の体制になっていないという.

 今回の特集の冒頭は,2002年に岩手県一関で起きた「佐藤頼(らい)ちゃん事件」(生後8ヶ月の頼ちゃんが,インフルエンザで高熱がでていたが,小児救急の体制が不十分だったために,脱水症状で亡くなった事件.)について綴られている.
 米国なら,適切な診察や指示をださなかった医療関係者が,すぐに訴えられて負けているような話しだ.
 「シンポジウム小児医療を考える」の記録のページ には,この事件の頼ちゃんのお母さんや,他の小児医療事件のご遺族の声がある.
 是非,「これが自分の家族だったら」と考えながら読んでほしい.
 
 この頼ちゃん事件が,一つの契機となって,厚生労働省もやっと,輪番制,拠点病院の態勢整備などに力を入れ始めたという.

  遠隔医療システム の導入や研究も少しづつ進んでいるが,まだまだこれからの状態だ.
 
 医療環境の整備,特に,救急医療や小児医療の整備こそが,全国レベルで態勢整え,いかにして都市と地方の格差をなくすべきかという,地方における最も重要な命題の一つだと思う.
 病院の救急態勢整備にも,遠隔医療システムにも,救急に対応できる小児科医の育成にも,とにかくお金がかかることははっきりしている.
 地方交付税はの予算は,土木や建築工事にではなく,このような分野にこそ重点的に計上すべきだ.
 このような問題こそ,地元の国会議員のイニシアチブが必要なのではないだろうか?


 また,誤解を恐れずいえば,老人福祉よりも,小児医療の充実の方が明らかに重要である.子供たちが,元気に成長できなかれば,我々に将来はないことだけは確かだ.


追記:
   子育て支援サイトの e-mama に「小児救急が危ない!?」という特集記事があります. 参考になります.

 
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Jason's Library  何故日本人の発明した抗ガン剤が使えないのか!

2005-05-05 | Medicine
 連休中は,普段よりも多めに本を読んでいる.これは,そのうちの一冊.

 週刊現代の「読む抗ガン剤」の連載や,「がんのWeb相談室」で知られている,平岩正樹先生の比較的最近出版された本である.

 本文の冒頭から「抗癌剤がどうして効くのかということは,ほとんどわからない.」と言い切る潔さが良い.
 私は,10年ほど前に,父親を食道癌でなくしているが,父が癌とわかった直後から,当時の様々ながん治療について大分勉強した.しかし,先端医療の分野では,10年前は「昔」である.
 本書のおかげで,この10年数年の間に,抗がん剤による治療は技術的,臨床的に大幅な進歩をとげたことがわかった.

 また,臨床の世界では,やはり勉強不足の医者が多いこともわかった.
  New England Journal of Medicine
  Lancet
などの,海外の一流と云われる論文誌に発表される論文を読んでいない医者にかかっては,「助かる命も助からない」ことが多いようだ.


 さらに,この本を読んではっきりわかったことは,日本の癌治療における行政上の課題である.

  1) 癌治療や脳神経の病気のような治療に使う新薬の承認を簡略化すること.

  2) 日本人の発明した新薬は,日本で承認すること.
  # 日本人が発明した新薬で,ヨーロッパでは使えて,日本で承認されていない
  # ものが複数あるらしい.

  3) 国内で未承認薬でも,米国,EUなどでは,効果のある知見がでているもを
  患者本人の希望で使う場合の手続きを簡略化すること.

  4) 癌治療などの難しい処方,投薬には,ある程度の「技術料」をつけること.
  # 現在は,なんと,輸液管理量の900円だけらしい.

  5) 腫瘍マーカーの検査を抗がん剤治療のサイクルの現実にあわせるために,
  5回/月程度まで味認めること.
  # 現在は,月1回までしか認められていないらしい.

  6) 国立の医療技術ガイドラインセンターを作り,インターネットで情報を
  開示すること.
  # 米国では, National Guideline Clearinghouse (NGC) が,色々な医療の診療指針を出している.


 250ページの手頃な厚さの本だが,色々な意味で勉強になった.これを機会に,抗がん剤についてもう少し勉強してみよう.

 癌治療だけでなく,広く医療に感心のある様々な人に,オススメの一冊である.また,癌治療などの先端医療に問題意識のある,国会議員の先生方に是非読んでいただきたい一冊といえる.


 また,本書は,女性や若い世代向けの雑誌などで知られている 祥伝社 から,この春,新しく創刊された,「祥伝社新書」シリーズの最初の一冊である.今後の展開が期待される.


抗癌剤―知らずに亡くなる年間30万人

祥伝社

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