岩魚のひとり言

不良中年の戯言ブログ
日々の暮らしで感じた事を自由に書いていきます。

じいちゃん2

2004-09-23 09:28:40 | 日記
 じいちゃんは、小さい頃、バイオリンをやっていたらしい。
まあ、本当に珍しいなあ!明治から大正にかけての時代!
じいちゃんの親父はあまり評判の良くない人だったらしいが
教育に関しては真面目だったらしい・・・。
 じいちゃんは尋常小学校を卒業後、今で言う高等学校?とにかく上の学校に進んだ。
当時は、清水トンネルの工事でにぎわっていた村で今の町の人口以上に人が居たと聞く。
清水トンネル完成後、働いていた人達は次の仕事を求めてその土地を離れていった。
結局残ったのは地元の人達だけで、よそからきた人達はその土地に根着くことはなかった。
 時代は戦争へ進んでいたので当然のごとく徴兵制度にひかかった。しかしここからが
運の強いところでなんと身体検査で不合格になってしまったのだ。
「なに、身長が足りなかったんだ。」と言っていた。しかしそこは時代に逆らえず御国の為に
何かしなくてはならなかった。そこでやった仕事が学校の先生(尋常小学校、中学校)字や数学を
教えたらしい。じいちゃんは本当におとなしい人などだが頑固であった。教えたのは
「お国の為に、戦えとか死ぬんだぞ!」とか教えずに文字の書き方や、算数などを教えていった。
その教え子の中には、後に書道家の剣持 越逢先生(知っている人は知っている?)などがいた。
まあ、そんな時代に「お国の為に死ぬことが美徳だ」と言われていた時代に、「生きることで世の中
人生が開けるから数学や文字を学んでいきましょう。」なんて言っていたらしい、よくまあひどい目にあわなかったもんである。実際は争い事が大嫌いでのんびりとした人だ。なによりも勉強家だ。好奇心が旺盛すぎるくらい冒険家でもあるよなあ。山菜取りや、釣り、畑仕事、田んぼ仕事はじいちゃんから教わったものだ。そしていつも一緒にいた。小さい頃は親父やお袋といっしょに居たことが無い元論、家族旅行などない。
じいちゃん、ばあちゃんに育ててもらったようなものだ。だから今でも山菜取りは親父より上手い、取りに行くところがじいちゃん直伝の場所だから・・・。時期になると田舎に行って山に山菜取りにいく。
小さい頃、字や算数をじいちゃんからよく教えてもらっていた。
僕が、釣りや自然が好きなのもそんな環境にいたからなのかもしれない。