2019年5月20日(月)
「半世紀以上におよんだ動乱の時代は、この列島の社会のあり方を大きく変えてゆくことになる。たとえば、イエ(家族)やムラ(村)など、在来の血縁や地縁にもとづく共同体のしくみが変わり、また、一揆や一味同心など、地縁や血縁によらない人の結びつきが、日本社会における新たな社会編成の可能性をつくりだしてゆく。
人や土地の支配と従属の関係、女性や社会的マイノリティの地位も、この時代をさかいに大きく変化したことがいわれている。」
いつの時代についての話か、まるで現代のようではないか。これは「南北朝時代」について書かれたものである。兵藤裕己『後醍醐天皇』(岩波新書 1715)冒頭からの転記で、「この時代」と朱書した部分だけ原文の「南北朝期」を伏せたのだ。
現代を南北朝期に重ねることに意味があるかどうか、いっそう楽しみな『太平記』であり『御伽草子』である。
「日本語の世界では、この時代は、古典日本語から近世・近代の日本語へ移行してゆく時代である。また、文化史的には、能楽や茶の湯、活け花(立花)をはじめとして、こんにち「日本的」とされている諸芸・諸道の文化は、その多くが南北朝の動乱期に始発するといって過言ではない。」(前掲書 P.3)

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