散日拾遺

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ヤコブ問題、ドイツ語の場合

2016-09-20 08:03:16 | 日記

2016年9月20日(火)

 新約のヤコブは「ヨーロッパ諸言語でさまざまに化けている」などと大層なことを書いて、実はいくつも知りはしないのである。気になってドイツ語を確かめてみたら、これはほとんど化けていない。創世記の族長ヤコブは Jakob、新約の使徒ヤコブは Jakobusである。ギリシア語の中で前者は語尾変化なしの Ιακωβ、後者は通常通り語尾変化付きの Ιακωβος だから、ドイツ語の場合は原形を非常によく留めているといえる。

 これにはたぶん、ゲルマン文化圏とキリスト教徒の接触がラテン文化圏と比べてかなり遅れたこと、それにギリシア語との類似性が大きいラテン諸語(イタリア語・スペイン語・フランス語)に比べてドイツ語が文法的にもやや遠いことが関係している・・・のではないかしら。使徒ヤコブ Ιακωβος の名を早くから霊名として自身の生活に取り込んだラテン諸語では、それぞれの言語の歴史的発展の中でヤコブの発音や表記もそれぞれに変わっていった。いっぽうドイツ語は、受け取ったまんまの状態に近いものを残している。

 同様のことは他の使徒名にもあって、たとえばヨハネ Ιωαννης はJohn(英)、Jean(仏)、Juan(西)、Giovanni(伊)などと変化したが、ドイツ語ではJohann(ヨハン)で、綴りも発音もギリシア語にかなり近いのである。時間的にも空間的にも隔たりの大きなところで、かえって原型がよく残される。 Ιωαννης を「ヨハネ」と呼ぶ日本語もその好例に違いないが、表記についてはアルファベットとまったく別の体系なのでこれは致し方ない。

 ついでながら、ギリシア語では名詞(固有名詞を含む)語尾の格変化を起こすのに対し、ラテン諸語はこれをさっぱり捨ててしまった。かえってドイツ語の方に、名詞そのものではないがその「ラベル」にあたる冠詞に格変化が存在している・・・これはまた、別の話ですね。

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