日本人イスラム教徒ゆとろぎ日記 ~アナー・イスミー・イスハーク~

2004年に入信したのに、2003年入信だと勘違いしていた、たわけもんのブログです。

ムスリマのベリーダンサーはけしからんのか? ①

2006年01月27日 17時13分50秒 | イスラムライフ
ヒジュラ暦1426年ズー・ル・ヒッジャ(12月)26日 ヤウム・ル・ジュムア(金曜日)

 【能書き】
 ええと、このブログでは、ある事象についてイスラムと照らし合わせてどうかというような内容のことはふだんあまり書いていない。‎
 そういうホームページやブログは他にたくさんあるし、あんまり難しいこと書けないし、書くの面倒くさいし、そんなもん書いちゃうと自分でも読み返すのかったるいし…。‎
 
 などとぶつぶつ言っているけど、今回は、友人のベリーダンサーAmaniのブログで「イスラムとダンスの関係について」意見を求められてしまった。

 なんでもAmaniのブログArabian Cafeに、カイロ在住の日本人ムスリマから「ムスリマがベリーダンスをやるとはけしからん。そんなことやめてもっとイスラムの勉強しろ」という趣旨のコメントが入ったらしい(感情的には、それだけでもう余計なお世話だと思う)。
 詳しく読んでいないので(削除されたため)わからないけど、中傷的な内容だったとか。

 ということで自分なりの考えを綴っていくことにするけど、‎「ムスリマがベリーダンスをすることはけしからないか」については、世界の歴史・イスラムを取り巻く現在の状況など、多少あっちこっちに敷衍することになる。

 ‎単に「イスラムとベリーダンス」という関係だけ切り出してきて、是か非かを論じるわけにはいかない。
 目の前に現れたひとつの現象にはさまざまな背景があるのが当然であり、そこまで踏み込まなければ、単純な「良い」「悪い」の平行線をたどるだけで、建設的な議論はできない。
 この問題を提出した人も当然それくらいのことはわかっているものと考えている。‎
 ということで、たぶん1回で終わらないと思うので、タイトルに①とふってみた。

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【結 論】

 「ベリーダンスは肌の露出度などを考えるとムスリマにはふさわしくない。しかしベリーダンスをするかどうかは個人の自由である。
 そして共同体全体としては、ムスリマのベリーダンサーなどもいた方が活気づき、社会の活性化・維持につながる」

 駄文だ。結局言いたいのは、「個としては否」であっても「全体としては是」ということ。そして「個としては否」だからと言って単純な批判はできないということ。
 このことについて、なぜそう考えるのか、つれづれなるままに綴っていくことにしよう。

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【全体と部分ということについて】

 と、タイトルだけ書いたけど、これから出かけなくてはならないので、続きは今晩か明日書く。

 こんなところで続きにするとは、どんなブログだ!? 我ながらふてぇヤロウだけれど、遅刻するわけに行かないので、「続く」