いなば路快速の日記帳

鉄道ファンの管理人が日々の出来事・雑感などを綴っていきます。

若桜鉄道にDD16がやってきた!

2012年12月30日 | 日々の出来事

もう10日ばかり前の出来事になりますが、12月20日に若桜鉄道に待望のディーゼル機関車(DL)、DD16形7号機がやってきました。
その前日に、ちょうど東京・国立にある鉄道総研からDD16 7が搬出され西日本方面に陸送中という情報をネットで見たので、
もしや・・・、と思っていたところ、まさかの若桜鉄道入りということで驚きました。
【参考:回送電車・鉄道総研 DD16 7 若桜鉄道へ陸送される日本海新聞web版・走る日待ち遠しい 若桜駅にディーゼル機関車

ということで、年末の帰省で鳥取の実家に帰ってきた折に、早速若桜駅にDD16を見に行ってきました。

ともすれば整備のために検修庫の中にしまわれているかも、と思いましたが、幸いなことにお目当てはC12形蒸機の後ろに止められていました。
C12とDD16、こうして前後隣り合わせて並んでいると、まるで1970年代の無煙化進行中の光景を見ているかのように思えます。
どちらも小型の機関車で、駅の片隅にちょこんちょこんとたたずんでいる光景はなかなかよいです。


2012年にもなって、まさか自分の地元でこんな光景が見られるとは思ってもいませんでした。
これだけでも非常に心が躍る光景です。どちらの機関車にしても本線を走る日が待ち遠しいです。


さて、このDD16 7号機ですが、1972(昭和47)年日本車両の新製で長野機関区に配置、
その後篠ノ井機関区に転じて1987(昭和62)年3月に廃車になるまでずっと信州で働いた機関車なのだそうです。
廃車の時期からしてJR東日本には継承されず、それからずっと国立市の鉄道総研で試験車両の牽引車として働いてきたようですが、
調べてみる限りでは近年は稼動する機会はめったになく、毎年秋の鉄道総研の一般公開でたまに展示される程度だったようです。
【参考:Remember the DD16
それだけに、今回の若桜鉄道への入線でDD16 7に三たび活躍の場が与えられるということは大変喜ばしいことであると思います。
車庫の中にずっと保管され続けていたこともあり、外観も非常にきれいで、もろもろの整備や手続きが済めばすぐにでも12系を引っ張らせて本線に出せそうなくらいです。


ところでこのDD16、長いボンネット(1端側)には側面の白帯がなく、短かいボンネット(2端側)には白帯が入っているという妙な塗り分けとなっていますが、
本来のDD16の塗り分けは短かいボンネット(2端側)にも白帯が入っていないはずなので(キャブは白帯入り)、これはマスキングの都合でこうなったのでしょうか。
どうせキャブとボンネット端部との距離は短いし、それだったらまとめて帯を入れてしまおうというノリ?


その2端側ボンネット部分。
DE10よりももっとボンネットの長さが短いのでなかなかユーモラスな風貌です。
扇風機カバーや列車無線アンテナがないすっきりした屋根や、A寒地仕様車なので旋回窓がある点などが山陰で見かける他のディーゼル機とは異なる点でしょうか。
一見DD16は山陰とは縁がなさそうな機関車ですが、かつては米子機関区に数両の配置があったそうです。
ただし実際の働き場所は三江線の貨物列車、浜田や益田の入換運用がメインだったそうなので、
少なくとも鳥取県内では運用につくことはなかったのではないかと思いますが・・・。
(因美・若桜線、倉吉線、境線はDE10が運用されていたので)
そんなわけで若桜鉄道がディーゼル機で観光列車を走らせるという話も最初はDE10でやるのかなぁと思っていました。


C12 167とDD16 7、どちらも奇しくも「167」の部分が共通しているということで、このDD16を「赤い167号機」と呼ぶ向きもあるようで・・・。
これからはC12に並ぶ若桜駅のマスコット的存在として、多くの人々に親しまれていって欲しいと思います。
もはや稼働車は全国で5両ほどとなったDD16ですが(車籍なし機を含む)、若桜鉄道での「動態保存」によって今後とも末永く活躍して欲しいですね。

補足

若桜鉄道の公式webページでもDD16が入線した旨が発表されています。
【参考:若桜鉄道・DD16導入致しました。
駅の線路にクレーンで車体を取りおろす様子や、ホームに据え付けた様子、
この記事の写真とは反対側の側面から機関車を撮影したときの写真などがあります。
(運転室扉の通常の窓の下にもうひとつ小さな窓があるのが特徴的です)