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imaginary possibilities

Living Is Difficult with Eyes Opened

フェア・ゲーム(2010/ダグ・リーマン)

2011-11-01 22:24:35 | 映画 ナ・ハ行

 

これまでのダグ・リーマンの作風からはやや意外な本作。

おまけに、カンヌのコンペに選出されていたりもして、やや違和感。

しかし、これはダグ・リーマンの華麗なるネクスト・ステージか!?とも期待しつつ、

なかなか決まらぬ日本公開に些か痺れをきらしているうちに、作品の存在を忘却(笑)

 

IMDbやらRottenなんかの評価では軒並好評そうなスコアだから、

期待も昂ぶり観賞するも・・・好くも悪くもリーマン・ショックと呼べる変革何ら無し。

だって、何故にわざわざシネスコで揺れまくる映像撮ったりするんだ?

「人間」やら「社会」やらを凝視しようとした作風、めざしたんじゃない?

一体〈誰〉が視てんだよ・・・手持ちのあの揺れってそういう必然性ありきなんじゃなかろうか。

ただの臨場感とか緊迫感を演出(というより捻出)するための安易な選択な気がするなぁ。

ボーン・シリーズ意識したとかか?(ちなみに、撮影はダグ・リーマン自身が担当)

 

そもそも、周知の有名事件を題材にしているのだから、

観客は展開に対するハラハラドキドキなどそもそも期待できぬ(してない)わけで、

描くべきは作り手が投げかけたい「問い」であったり、提示したい「テーマ」であるべきでは?

そこのところが極めて希薄。何を描きたいのかが不明瞭。主演二人の演技に依存しすぎ。

本国での高評価も、カンヌ・コンペ選出も、「この事件を早くも映画化した」という事実に対し、

敬意を表しているのか否定を封じる空気が作用しているのか・・・そう思えるほど凡庸なのだ。

「国家」を描くにはスケール小さすぎ、「社会」を描くには切り込まなすぎ、

「個人」は描くもステレオタイプ。(達者な二人の演技が余計そう感じさえる気もしてしまう)

 

これはあくまで個人的な意見(というより要望?)だが、

この事件における諸悪の根源(という言い方は適切ではないかもしれぬが)は、

どう考えても〈国家〉だとか〈アメリカ〉などではなく、

むしろ〈大衆〉及びそうした群衆こそが動かしている「民主主義」なのだろう。

だからこそリークやら報道やらが〈武器〉になり得るわけで。

リークした人物の卑劣さだとか、そうした構造の傲慢さを叫ぶより、

そうした「からくり」の前提や背景を丁寧に描くことで、

それを駆動している〈何か〉を浮き彫りにしてこそ、

社会の根源的な考察にも迫れるというもの。

 

確かに、ラストのジョー(ショーン・ペン)の演説(講義)では、

そうした民主主義の実体と(それ故に必要な)実感を説いて終ろうとしている。

しかし、そうした不信の矛先が「われわれ」を脅かすほどに迫ってくることが結局ない。

だから、彼の言葉も民主主義の危険性を説いているようで、それを説くという行為によって

(さらには、ラストの実際VTRを引用することによって)「勝利」として捉えられて終ってしまう

(そうすると、結局安堵ばかりが広がってしまって)民主主義の称賛に収斂されてしまう。

決して新しくなどない(むしろ実際は原初的な「政治」のあり方である)民主主義の不変的な

問題点をしっかり押えつつ、新たな問題(大衆やメディアという新たな脅威)を喚起し、

そうした問題の所在や責任は常に「われわれ」にあるのだという自覚を促すような警鐘が

もっとじわじわ微かにずっと鳴らされ続けもしていたら、

歴とした社会派佳作になり得たろう。

 

 

◆脚本家の人選を間違ったのではなかろうか。フィルモ的に怪しいJez Butterworth とか

   新人(おそらく)のJohn-Henry Butterworth とか。

 

◆ジョン・パウウェルは今をときめく映画音楽家で、ダイナミックなスコアにはもってこい。

   だからこそ、本作のような〈動〉というより〈静〉な印象で進める「ドラマ」においては、

   別の人選っていうのもあり得た気がするな。

 

◇最近はすっかりWOWOWで映画を観なくなってしまった私だが(ダサいロゴ目立ちすぎ)、

   ドラマは結構観てしまっており、そんなWOWOWで放映中のドラマに出演してる俳優が

  本作には二人も出ておった。ほんのチョイ役で『私はラブ・リーガル(Drop Dead Diva)』に

   出演中のDavid Denmanが出てたり、『クリミナルマインド FBI行動分析課』スピンオフの

   『クリミナルマインド 特命捜査班 レッドセル』出演中のMichael Kelly(映画出演も多いが)

   なんかは主人公(ナオミ・ワッツ)の上司(?)だったりした。

   どうでもいいことだけど、ちょっと嬉しく、でもそれ故にちょっと安っぽく感じたのかも。

 

◇不満たっぷりっぽい感想を書いてしまったが、ダグ・リーマンは基本的に好き。

   ただし、『Mr.& Mrs.スミス』とか『ボーン・アイデンティティー』とかの無思考全力疾走系が。

   そういえば、『go』とかも学生時代に劇場観賞したんだよな。

   それも伝説の新宿ピカデリー4で!

 

 

 


ブリッツ(2010/エリオット・レスター)

2011-10-16 21:37:58 | 映画 ナ・ハ行

 

100分未満[というより90分台って響きの方が甘美かな(笑)]

という無敵の免罪符を携えやって来た以上、自ずと診る眼もやさしくなるというもので・・・

まぁ、特段語るようなところもないものの、無難に適度にハラハラドキドキできんじゃない?

実際はハラドキくらいだったりするけれど。デートムービーなんかにはもってこい。

『メカニック』の抜け目ない綿密なハリウッドメイドな優等ぶりが味気なく思えた自分には、

終始曇天陰鬱な街並で展開されるイギリス発な雰囲気味わうだけで、そこそこ満足。

ただ、本当いまや世界中どこでも映画が「テレビドラマ」化してんだなぁ~なんて思ったり。

いや、海外ドラマなんかだと、ドラマの質があがって映画っぽくなってるのかもしれないが。

 

そんなこと思ったのはおそらく、本作の「おはなし」があまりにも小ぢんまりし過ぎだからかも。

アメリカはじめ、各国の海外ドラマはいまや刑事物・犯罪物のオンパレードで、

本作で描かれる殺人犯も、そんなシリーズの一作として出てきそうなレベルだし。

そうした印象をやや逸脱してる部分としては、ジェイソン・ステイサム演じる主人公の

「逸脱」っぷりなんだけど、それほどオリジナリティ感じるような逸れ方してる印象もなく、

いつも通りのステイサム様っぷりで、本格的にエクスペンダブル化が始まった!?

 

そして、主人公の相棒(バディ、というよりパートナー?)となるゲイの刑事役を演じる

パディ・コンシダイン(Paddy Considine)が英国テレビドラマの佳作『レッド・ライディング』の

第2章に主演していたというのも、私がテレビドラマ的印象を受けた一因かもしれない。

ただ、この『レッド・ライディング』は三作いずれも力作で、監督もキャストもとにかく豪華。

第2章の監督はジャームズ・マーシュ(『マン・オン・ワイヤー』)だし、

第1章も第3章も映画畑中心のスタッフ&キャストで制作された充実っぷり。

ちなみに、本作で記者のダンロップを演じていたデイヴィッド・モリッシーも出演しており、

第3章では主演。ちなみに第1章の主演は今をときめくアンドリュー・ガーフィールド。

スターチャンネルでは今月放映があるようだ(18日から3夜連続)。

 

というわけで、適度な重さを画面にたたえつつ、しかし良くも悪くも後をひかない軽度な小品。

それはそれで、或る種の「ステイサム印」が確立されつつあるかのようだ。

今年公開された3本とも(『ロシアン・ルーレット』『メカニック』と本作)に共通するし。

 

脚本を担当しているネイサン・パーカーは、

ダンカン・ジョーンズ(『ミッション:8ミニッツ』めちゃくちゃ楽しみ)の長篇デビュー作であり

なかなかの佳作『月に囚われた男』で脚本を手がけていたらしいのだが、

本作では大して唸るような台詞も展開もなかったなぁ・・・

 

エンドロールでカサビアン(“Julie And The Moth Man”)が流れてくるんだけど、

二列に並んだ「Special Thanks」の名前の一番上に(二列の上の真ん中にドーンと!)

「KASABIAN」の名が置かれているところが興味深かったりもした。

(ちなみに、ジェイソン・ステイサムの最新作『Killer Elite』のサントラにも

  KASABIAN の 「Turkish Acid Bath」が収録されている。又もやエンディングに流れる!?)

あと、本作のエンドロールでは使用楽曲が「適度にスペースを空けて」「一列で」表示され、

音楽ファン恒例の「高プレッシャー確認ミッション」にとって極めて優しいクレジット表記。

ミュージックビデオとか多く手がけた監督だけに、音楽ファンの気持を察してくれたのか?

(二列表記だと本当「格闘」が強いられるからね・・・)

 

ところで、前述のパディ・コンシダインといえば、

今週末から開催される第24回東京国際映画祭のワールドシネマにおいて

監督作(『ティラノサウルス』)と出演作(『サブマリン』)が上映されるということで、

今月はちょっとしたコンシダイン祭りの様相です(その二作も観る予定なので)。

そういう意味では、本作がTIFFのプレイベントっぽく助走になってよかったのかも。

ま、見事に「軽かった」から丁度好いウォームアップだったってことで。

 

今年のワールドシネマはかなり地味な印象だけど(フィルメックスの特別招待が逆に派手)、

だからこそ予期せぬ傑作との邂逅なんかが潜んでいそうで、実は結構期待もしてる。

9本を観賞予定だが、体調や仕事の都合をしっかりクリアして完走できるか今から心配。

クレイジー・ホース』が仕事で観られず落胆するも、配給が決まったと聞いて一安心。

同日夕方のユーロスペースでの『ボクシング・ジム』上映時にワイズマンは拝めるし。

あわよくば翌日の舞台挨拶(ユーロでの『基礎訓練』上映前)にも駆けつけたいが・・・

基本的に、映画は「まったり」観たい人間にとって、映画祭とは鬼畜な女神よのぉ(笑)

 

 


5デイズ(2011/レニー・ハーリン)

2011-10-10 21:45:49 | 映画 ナ・ハ行

 

アキ・カウリスマキ、レニー・ハーリン、テロ・クリスティアン・ピトカマキ。

さて、三人の共通項は?

そう、み~んなフィンランドの方々です。

ノキアやマリメッコなど、世界的にお洒落さんを取り込む一方で、

妙な世界大会とかがやたらと開かれる(エア・ギター選手権とか)フィンランド。

当然、レニーは後者的フィンランドからの使者。

 

え?それより誰だ、最後の奴って?槍投げの選手です。

私自身が学生時代陸上部員だったこともあって、陸上の世界大会を観るの好きだけど、

色んな国の選手達を観察してるとキャスティング・ディレクター気分が味わえる。

ブラシッチは絶対「究極のビッチ」か「極上のファム・ファタール」だし、

ルメートルなんかはデプレシャン映画とか出させてあげたい・・・

とかね。マニアックすぎて、すみません。

何せ、本編に関してあんまり語ることないもんですから(笑)

 

だって、レニー・ハーリンだよ!

重みも深みも思想も痛みも、期待する方が間違いさっ!って御方だよ。

いやいや、けっして嫌いじゃない。むしろ実は、結構好き。

胃もたれしない派手派手感は、小数点以下斬捨御免な潔さ(何だそれ?)。

とはいえ、結局いまいち「ハーリン印」とかまでは編み出しきれずに

いささか尻すぼみな感じで来てる印象だけど。

 

改めて調べてみると、レイー・ハーリンってまだ50歳ちょいなのね。

『ダイ・ハード2』を撮ってたときには30歳なるかならないかだったという計算。

随分と若くして成功していたんだなぁ~。ここんとこ見事に失速気味だけど。

爆破系にそろそろ飽きたのか、『ザ・クリーナー 消された殺人』なんかでは、

社会派を匂わせるサスペンスに手を出したものの、門外漢ゆえ当然失敗。

「やっぱり火薬好き」なレニーの野望はネクストステージへ。

そうした性を活かしつつ、社会派路線への飛躍願望満たしてくれるもの・・・

そう、それは戦争映画!

って、流れで決まったかのような、

スペクタクルと告発を双方テキトーにブチ込んだ、

妙な映画に仕上がりました。ま、それでも憎めぬハーリン映画。

 

基本的には主人公のジャーナリスト(ルパート・フレンド)が軸となって展開するものの、

彼の眼から見たといった印象がきわめて薄い・・・だって、爆撃やら銃撃やらを、

やたらと俯瞰で「カッコよく」撮ってばかりいるものだから、

戦場にいるかのような臨場感どころか恐怖すら皆無。

アクション映画のごとき、ドンパチドッカーン。

明らかに「魅せ」爆発の火薬量。

 

主人公が歩いてくる後ろでビルが爆発するシーンとか、

完全にアクションヒーローがドヤ顔で敵陣に乗り込んでくる定番絵図じゃんか・・・

不必要にスローモーション多用したり、煽情的な「わかりやすい」叙情スコア垂れ流し・・・

そんなんだから、もうどっちにも肩入れする気になれず、だから然程心配もせず、

ヴァル・キルマーはどこいったのかなぁ~とか、

ルパート・フレンドってやっぱオーランド・ブルームに似てるよなぁ~とか、

ヘザー・グラハムってやっぱあれ(冒頭の数分間)だけなのかなぁ~とか、

余計なことばかりをゆっくりと頭ん中で思ってみたりする暇たっぷり。

展開は速いけど、脳みそ全部使うと退屈しそうだからね(笑)

 

いくらスペクタクルに撮ったとしても、

折角「報道」という新たな(でもないか)切り口を主軸に添えて

戦争映画に新鮮さをもたらしうる可能性はもっと活かしきれただろうに・・・

やっぱり「社会派」肌ではないのでしょうよ>ハーリン君。

ラストであんな免罪符なのかサービスなのか判然としない(どちらでも不味いが)

誰もやらないようなセンチメンタリズムちゃんこ鍋状態。ある意味、すげぇ。

 

「直接」はアメリカが参戦してない戦争だったからって、好き放題やらせてもらうよんっ☆

って感じだったのか!?

そう思えるほど、楽しみまくって撮ってるとしか思えぬ戦争場面。

どうやったら恐怖や傷みが伝わるかより、

どうやったらアガるかばかり考えて撮ったとしか思えない(笑)

おまけに、主人公がジャーナリストだったり、狙われるのが「映像」だったりする必然性、

ほっとんど感じなかったんですけどねぇ。「戦争と報道」などというテーマは二の次で、

「報道」はあくまで「戦争」を面白くするための道具、みたいな。

いや、これはもしかすると、それこそ究極のアイロニー!?

 

ロシア側にだって「心ある」「若者」いるよん、とか

どんなに非道な奴だって本当は殺しはいやなんだ!、とか

グルジア国旗のなかにも星条旗混ぜてみたりしてみたよん、とか

国連の旗だって入れたもんね、とか

やっつけフォローがパレードパレード。

 

ジャーナリストの映画だと思って観たら、

あらあらソルジャー映画だったのね。しかも、戦闘ラヴな傭兵ものじゃん(笑)

 

結構詰めれば面白い描写や構図を引き出せそうだったのに。

オセチア軍の人質と、主人公たちの「人(?)質(メモリーカード)」の対比や差異とか。

軍人の銃と、ジャーナリストのカメラの、二つの「SHOOT」の威力についてとか。

 

冒頭にわざわざ掲げたハイラム・ジョンソン(米上院議員)の言葉、

「The first casualty of war is truth.(戦争の最初の犠牲者は、真実である)」なんて、

壮大な釣りでしかなかったようで。真実の番人はいつでもいる!みたいな楽観にまみれすぎ、

個人の葛藤も社会の欺瞞も付け足し程度に後退してて、やっぱりそこには興味ない!?

この映画における「最初の犠牲者(主人公の恋人)」にも、最後に目配せ欲しかった。

 

まぁ、そうなんだかんだ言っても、

そこそこ楽しめた(それじゃ本当はダメな映画なんだけど)から、

今度は社会貢献的色気は捨てて、思いっきりバカ丸出しな爆薬映画でお願いします。

 

 

◇グルジアといえば、やっぱり(俺のなかでは)イオセリアーニ。

   世界的には、スターリン。ということで、スターリン像のある広場も出てくるが、

   あれは実際の場所で撮影されたのだろうか?

   今ではあの像は撤去されてなくなっているらしいが。

   (像の撤去に関しては長らく議論が続いてきていたらしいが、

     激しくアンビバレントな精神性を象徴する「像」だよなぁ・・・)

 

◇始めの方でケイティ・メルアの歌声が流れてきたものだから、

   「おぉ、懐かしい」と思って調べてみたら、彼女はグルジア出身なんですな。

   さすがグルジア全面協力だけあって、隅から隅までグルジア上等!!!ってわけですか。

   ま、「プロパガンダ」としての洗脳力なら全く期待できないB級アクションだから、

   そのへんは別に気にならないどころか、もっとやらかしてくれてもよかったくらい(笑)

   (って、俺が気づかないだけで、もっともっとグルジア万歳ポイントあるかも)

 

◇これにて「デイズ祭り」終了しました。ちょっと寂しい気がしたり(笑)

   というより、どれも内容・集客的に寂しくて、そもそも全く「祭り」になっていない・・・

 

 


4デイズ(2010/グレゴール・ジョーダン)

2011-09-27 06:41:08 | 映画 ナ・ハ行

 

原題は『Unthinkable』。

(劇中でサミュエル・L・ジャクソンが一度だけつぶやきます。

  キャリー=アン・モスじゃなく。そこに意味があるのでしょう。)

でもって、邦題『4デイズ』。『スリーデイズ』と同日公開という奇遇。

とはいえ、もともと本作は4月公開予定だったものが、(震災絡みで)延期に。

それにしても、どんだけ「デイ(ズ)」好きなんだ!?>日本の配給会社

数字+デイ(ズ)の組み合わせだと・・・

 

原題由来のものでは、 

  〇『トゥー・デイズ』(1996/ジョン・ハーツフェルド)同監督作には『15ミニッツ』もあり。 

  〇『13デイズ』(2000/ロジャー・ドナルドソン) ケネディの「光」にクローズアップ。見応有。

  〇『シックス・デイ』(2000/ロジャー・スポスティウッド)「シックス・センス」同様「sixth」が・・・

  〇『28DAYS』(2000/ベディ・トーマス)サンドラ・ブロック主演のビデオスルー作品。 

  〇『80デイズ』(2004/フランク・コラチ)ジャッキー主演の八十日間世界一周。未見。

  〇『7デイズ U2を呼べ!』(2005/フェルナンド・カリフェ)知らなかった・・・メキシコ映画。

  〇『セブンデイズ』(2007/ウォン・シニョン)これは面白い。

極めつけは、

  〇『5デイズ』(2011/レニー・ハーリン)『スリーデイズ』『4デイズ』の翌週公開って・・・。

     (ちなみに、ティモシー・ハットン主演の同タイトル海外ドラマあり。)

 

原題にデイ(ズ)なしは、

  〇『9デイズ』(2002/ジョエル・シューマカー)原題は「Bad Company」。未見。

  〇『12デイズ』(2007/ディーン・ケイン)from スペイン。原題は「Hidden Camera」。

  本作『4デイズ』もこちらですね。

 

他にも、『6デイズ/7ナイツ』(1998)とか『30デイズナイト』(2007/続編もあるようだ)とか

プラス・アルファ・ヴァージョンもあるし、探せばまだまだありそうだけど、

とりあえずゼロ年代映画タイトルのちょっとした流行だったのかな、と。

だからゼロ年代も終った今、こうした邦題には微妙なレトロ感が漂うわけだ。

まぁ、シアターNとかシネパトスでかかる作品には合ってる気もするけどね。

というわけで、配給会社の皆さん、『8デイズ』は早い者勝ち!

 

そんな脱力系邦題作品『4デイズ』。

シネパトス以外はほとんどブルーレイ上映の本作。

最近減少傾向にあった「劇場公開」看板取得目的で既成事実つくるタイプだね、明らかに。

ちゃんとしたデジタル上映に関しては偏見(笑)もなくなってきたものの、

ロードショー公開作品でブルーレイ上映とかって(DVD上映なんかは論外)どうなの?

劇場によっちゃぁ、操作画面とか画面表示とかまで映っちまうこともあるから、尚更興醒め。

先月開催されてた「三大映画祭週間」の主催者なんかはツイッターで、

「今ではカンヌなんかでもブルーレイ上映が普通です」みたいなこと平気で書いてたけど、

それはプレスやバイヤー向けの上映なのでは?そういう事実を混同して援用する精神に、

俺は危機感おぼえるけどね。「安上がり」「手軽」ってだけで手段を決めるという意味では、

パソコンとかDVDとかでレンタルもしくはコピーの映画しか観なくなる人間と同じ発想でしょ。

発信者がそういうスタンスで好いのだろうか。

映画ファンはおろか、消費者だってそこまでバカじゃないだろうに。

一般的なユーザーを取り込めなくなったら、少数のマニアの足元みる作戦に切り替えるのか。

音楽業界がそれで自爆してるってぇのに。音楽ならまだ「ライブ」が残ってるけど、

映画における「ライブ」こそが劇場観賞なわけだから、最後の砦まで自壊しやがった今、

いいかげん自戒すべきだろ・・・「損して得取れ」とまでは言わないものの、どんな市場でも

ブランド性や安定した固定ファンの確保こそが生き残りというビジネスモデルが

いまや主流なわけだから、映画業界ももう少し(「まとも」とは言わないまでも)

賢明な判断や選択を採る傾向が強まっても好いはずなんだけど。

映画版CCCDみたいな現象か?(3D推しはその典型でもあるわけだけど)

 

あいかわらず作品内容に入るまえに力尽きそうな展開だ。

本作は、なんと本国アメリカでは劇場未公開。実際に観てみると、それも納得ではある。

クオリティが低いとかではなく、内容の過激さというか、確実に「問題」作になりうるから。

だって、核爆弾を3都市にしかけ、爆発まで残り数日という状況で、犯人は自首同然で逮捕。

そして取調べが始まるのだが、そのやり方がまさに拷問そのもの。

しかし、犯人は容易く口割らず。エスカレート・・・

 

そうした展開が一つの要素ならまだしも、「それだけ」だからね。

つまり、本作の中心は「拷問による取調べ」であり、その是非を考えさせる端緒どころか、

拷問映像の無残さに「やめろ!」となる自分と、「犯人吐かなきゃ死んじゃうし・・・」な自分で、

観客までもが自己分裂へと向かう精神状況(劇中の登場人物の葛藤と重なる)に

追いつめられてゆく。その不快感や不気味テイストは、なかなかのもの。

 

序盤から漂う不穏さはかなり際立っていて、国家もFBIもCIAも何もかも、至極渾沌。

実際には、あそこまで交通整理も情報交換もない状況にまではさすがに陥らぬだろうが、

それでも究極の「非常事態」に直面すれば、指揮系統の崩壊や権力構造の転覆もそりゃぁ

起こりうるだろうなぁと説得するだけの緊迫感というか切迫感は見事に演出されている。

(予算の都合もあるのだろうが)安っぽいセットやロケほぼ皆無の密室展開というのも、

本当にやばいことには要人ノータッチといった皮肉や終末目前の閉塞感なんかが

巧く出てる気がしてしまう。しかし、そこには「手に汗握る」興奮とかカタルシスはない。

手を握るほどの力も抜けて、厭ぁ~な汗がじっとり・・・

いつしか狂言であって欲しい願望ばかりがふくらんで・・・

という、マゾヒスティック・サスペンス。やってることはサディスティックなはずだけど、

そうしたことによる爽快感なんて一切ない。まぁ、その辺の描写からするに、

制作者側の「拷問」に対する考えはやや明白な気もするけれど、

それでも極力フラットに問題提起をしようとしていると思うし、そこそこ成功してる。

 

というわけで、全篇観終っても全く「答え」は用意されていないので、

引きずることは必定で、引きずらなかったら引きずらないで感性が疑われもする感じ。

したがって、これほどデートに向かない映画もない。まぁ、銀座シネパトスにデートで行く

って事自体、ないとは思うけど・・・横浜や川崎じゃシネコンでかかってるから、心配(笑)

上映時間も短いし、何も知らないで暇つぶし感覚で観たカップルとかいたら不幸すぎる・・・

でも、逆に議論好きな(ただし、気心知れた)友人なんかと(「お題」前提で)観に行く分には、

そこそこ盛り上がれること請け合い。そして、本作における理想のイベントゲストは、勿論、

マイケル・サンデル!(笑)

ただ、映画による「疑似体験」は、

「対話」だとか「議論」の無力さを浮き彫りにするところに着地しがちだし、

「まずは絶句から」って状況こそが「正しい」気もするし(こういう作品観賞後やたら雄弁な

輩[しかも、自信たっぷりに持論をここぞとばかりに展開する]とかマジ勘弁)、

そう考えると最悪のゲストかも。まさに、水と油みたいな。

社会科学〈理論〉と文学〈実践〉の関係って難しい。

 

とまぁ、「問題提起」それ自体は一級ながら、それだけって感じもする。

ただ、提起する内容の深刻さは、他の作品では回避したりオブラート包んだりしてるところを

全て見せつけようとするかの暴走で「新鮮」でもある。だから、ユニークはユニーク。

とはいえ、個々の出来事や展開が現れては消えていくような印象は否めず、

それらの有機的な連関や全体を包む「物語性」(国家的にも個人的にも)が

作品全体を蓋っていもしたら、提起の粗雑さはやや和らいだかも。

ただ、そこが好い気もするし、なかなか厄介な作品だ。

 

とはいえ、どうしても観ながら失望の反復を禁じえなかったのが、

キャリー=アン・モスの「O脚」具合(そこかよっ!?)

折角、なかなかのハマり役でバッチリきまってるのに、

脚が映るたび、残念な気分がこみあげる。

『マトリックス』の時とかそんな印象なかったのに。

しかし、あの絶妙なスカートの丈こそ、本作最大の不穏ファクターだったのか!?

 

 


ピラニア3D(2010/アレクサンドル・アジャ)

2011-09-13 02:25:26 | 映画 ナ・ハ行

 

ビバ!脳天気!!

騒げや、騒げ!

酒“血”肉林!!! 主知憎りんっ!!!!

バカにならなきゃ損だよ、全員集合!!!!!

 

というわけで、何にも語ることはございません(笑)

この夏のハッピー・ブラッディ・ムービー・ナンバーワン!

なんでもっと早く観なかったんだよ>俺

なんでもっと早く公開しなかったんだよ>配給?映画業界?

やっぱりR-15とかになったから、「夏休み映画」としては外されたんかな?

それとも、海水浴関連団体からの圧力か何か?それとも大きめ配給会社の圧力?

だって、今年の夏は全くろくな娯楽映画なかったじゃん・・・

おかげで、お盆休みに折角久しぶりに映画観に行こうとし、

間違って『ツリー・オブ・ライフ』とか観ちゃって、

「しばらく映画いいや」とかなっちゃった人、少なからずいそうだし。

そうそう、俺が本作を観るときも、チケット売り場で「ブラッド・ピットの映画!」と言って

チケット買ってる女性が隣にいたなぁ。

一方では、『ゴーストライター』とかチマチマと公開してるし、

本作の吹替版は渋谷と横浜だけだったのに、渋谷なんか一週間で打切状態だし・・・。

なんか、最近の興行界ってうまくいってないのかなぁ。

 

とはいえ、上映館・上映回数がもはや稀少になりつつある本作を、

TOHOシネマズ府中のレイトで観てきたわけだが、今週はなんと最大箱(499席)での上映!

一応THX認定だし(そのなかではクオリティそんなに高くない印象だけど)、

やっぱこういうムービーをウォッチするならスクリーンもデカくなきゃっ!

ってことで、デカスクリーンでの観賞切望ならば、府中へGO!

ま、でも、「21:10開始1回のみの府中」って条件は、低くはないハードルだけど。

でも、シネスコいっぱいに広がるバカヤングとピラニアたちのブラッディ・パーティは、

是非是非視界いっぱいで楽しんでいただきたい!

ちなみに、府中のスクリーン2は、「J列が目線の位置」なのだそうだが

(と窓口のお姉さんは教えてくれる)、前めでも平気な質なら、

G列くらいまでなら感度良好な気がします(あくまで独断です)。

 

というわけで、最高な環境で最高にアガりまくって(仮眠までとって臨んだくらいだから(笑))

十二分堪能しまくったわけだけど、やっぱり唯一の惜しむらくは・・・吹替で観たかったかも。

やっぱり「3D(効果)」を最大限に享受するには、あの「飛び出し字幕」は邪魔すぎる・・・。

だって、字幕が出るときは字幕が最も飛び出すように映るから、折角の飛び出し感台無し。

こういう意見って少数派なのかな。3Dで字幕・吹替共に上映している劇場でも、

回数は圧倒的に字幕が多かったりするのが常だし。ってことは、それで集客のバランスが

とれてるってことなんだろうけれど。3Dでなくとも字幕で観賞する習慣が希薄な海外では

3Dまで字幕で観ようとしてる(というか、観ている)日本人をどう思うんだろうか。

ま、俺だって基本は字幕派だけど、臨機応変で3Dは断然吹替派。

というか、「2D字幕版」と「3D吹替版」こそが個人的には最も求めるフォーマットなのに、

一般的にはそれらこその上映館・上映回数が僅少だったりする現実。

それって、本当に一般客の需要反映の結果なんだろか?

 

いかん、いかん。

せっかくの、うれしい!たのしい!大好き!な映画を愚痴ばっかで終わらせちゃ。

それにしても、全くもって衒いはないのに、ちょっぴりテレはある、

そんな微妙な甘酸っぱさがほとばしる。さわやかスキモノ系監督、アレクサンドル・アジャ。

さすがソルボンヌ大学卒業という芳しいキャリアの持ち主らしく、

「どうだぁ!」なんて下品な誇示に興味なく、「テヘッ」ってはにかみで提示される小ネタ集。

そんな雰囲気ゆえか、「この撮影、楽しそぉーーー!」って観ながら終始思ってて、

特にあの水辺の大パニック撮影には「参加したかったぁ~」って心底思えるほどの

最高の思い出保証付き、爽やかバカエロパーティーぶり。

これから、Tシャツ濡れるだけで吹き出しそうだ(笑)

 

エロ・グロ・ナンセンスが溢れかえっているのは事実。

しかし、中盤の水中で裸の美女二人が舞うあの華麗さは、ハンパないハイセンス。

しかも、BGMはマイ・フェイヴァリットなレオ・ドリーブ『ラクメ』の「花の二重唱」。

手頃な手垢感の楽曲選曲も、ペダンチック未満で好感。

 

まぁ、いろいろとオマージュやら引用やらのオンパレードっぽくもあるけれど、

それらのオリジナルに関する知識も思い入れも然程ない自分すら、

「映画愛」がみなぎってる空気は共有できたし、第一そうしたネタ仕込ありきではない、

あくまで作品内完結を念頭に置いてつくっているかのような直向さに超好感!

そんな匙加減に自然とシンクロできる気がするのは、同世代だったりするからだろか。

日本とフランスでも、「同時代に生きてる」ことって連動するのかなぁ。

 

◇ちなみに、本作の公式サイトは極めてウザいんだけど(笑)

 吹替に参加してる出川の「ヴォイス」とか全く要らんし(しかも、しつこい)、

 作品情報とか観るだけでもいちいち妙な音を発する仕様だし、

 一時期流行ってたWeb制作者自己満足型サイトの典型。

 まさか、これもノスタルジー効果を期した戦略とか!?

 いやいや、単なる時代錯誤だな。

 映画の公式サイトってBGM以外にもやたらと効果音とか入れたがる傾向あるけど、

 ああいうのにワクワクする人って多いのかね?ま、人それぞれなんだろうけどね。

 俺はひたすら煩わしくて、閲覧止めたくなる。やべ、また結局愚痴ってる・・・。