長岡育英センター・ブログ

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阪神淡路大震災から10年

2005-01-17 20:23:32 | 川上のひとりごと日記
1月17日は、阪神淡路大震災から10年目。
朝早くから阪神地区をはじめ、中越地区も含めた日本各地で、
被災地に向け、祈りが捧げられていました。

阪神の被災地は、10年経った今も、様々な問題が山積しており、
今なお多くの人たちがそれぞれの問題に苦しんでいると
いいます。

10年後の山古志や、川口町、小千谷市を見るようでも
あり、阪神の様々な事例を教訓に、一日も早く中越地区も
復興を遂げてほしいと思います。


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あの日、10年前の1月17日。

わたしは神奈川県で今とは違う営業の仕事をしていました。

早朝5時過ぎに起きて、相模原市の自宅を出て、川崎市の
得意先を訪問するために冬の街で車を走らせていると、
ラジオでは兵庫県で大きな地震があったと伝えていました。

まさかそれが、後に死者6000余名を出すことになった
阪神淡路大震災の第一報であろうとは思いもしませんでした。

当初の死者数百人という話が、時間を追うごとに、車に戻り
ラジオをつける度に、どんどん人数がふくれあがって行くのです。

家に戻り、テレビのニュースで見た映像には、言葉をなくしました。
ぐしゃっとつぶれた家、傾いたビル。倒れた阪神高速の高架橋。
至る所で黒々と立ち上る火災の黒煙。

現実の世界であるとはにわかに信じがたいものばかりでした。


その後の週末のNHK テレビでは、犠牲となって亡くなった
方の氏名を延々と放送流し続けていたのをなんてこった!と思いながら、
見ていたのを覚えています。

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被災地神戸では、震災10年ということで、震災後に生まれた、
震災を知らない子ども達が地震後に避難所として使われた学校で
1泊の避難所生活を体験したといいます。

体育館に布団を敷き、乾パンを食べ、避難所の雰囲気を味わった
そうです。


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阪神から10年。今、育英センターに来ている子ども達は、一人も
その時代を知っている人はいません。


しかし、彼らは、中越地震を経験しました。

地震が来ても、どうやって自分の体を守るべきか、みんなが身をもって
体験して知っています。実際、程度の差はあったにしても、震度6強という
大きな地震の中でそれぞれくぐり抜けてたのですから。

また、どれだけ地震が辛い生活を強いるものかも、知っています。
多かれ少なかれ、今まで通りの生活ができない期間が、全員に
あったのですから。

そして、当たり前の生活がどれだけ有り難いものかをよく知っています。

どうか、地震の体験をそれぞれの中で風化させることなく、これからの
生きる糧にしていってほしいと思います。

ね、みんな、がんばっていこう!


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ガンバロウ長岡!!!
 ガンバロウ神戸!!!
by 川上