遺伝屋ブログ

酒とカメラとアウトドアの好きな大学研究者です。遺伝学で飯食ってます(最近ちょっと生化学教えてます)。

遺伝子の沈黙

2011-08-31 21:37:03 | BIONEWS
うつ病:採血で診断、客観的な新指標発見…広島大
BDNF遺伝子のメチル化状態がうつ病の診断マーカーとして使えることを広島大学のグループが発見しました。発表された雑誌はPRoS ONE。紙媒体のないネットだけの雑誌でして、急速に伸びた注目誌です。正直、科学雑誌と教科書は全部電子書籍でいいんじゃないかと思うのですがねぇ・・・いろんな形式が混ざった混沌もいいといえばいいんですけどめんどくさいんだ。
BDNFというのは、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor)のことでして、神経細胞の成長や機能亢進に必要なタンパク質です。このタンパク質の血中濃度ではなくて、遺伝子、いや、ゲノムDNAの方に着目したところがこの仕事のすばらしいところ。DNAというのは日本語で『デオキシリボ核酸』といいまして、デオキシリボースという特殊な糖に核酸塩基(酸なのか塩基なのかどっちやねーんという突っ込みは不可)がくっついたものです。知ってるよね? DNAの核酸塩基にはアデニン、グアニン、シトシン、チミンの四種類があって、これの並びがタンパク質の構造を決める暗号になってます。知ってるよね?? この塩基のひとつシトシンはメチル化を受けます。メチル化されたシトシンが多いとそのDNA領域は転写されなくなり、そこにコードされている遺伝子産物の発現が抑えられます。つまり、遺伝子が沈黙するわけです。こういうエピジェネティカルな遺伝子発現の制御は癌研究でも注目されていまして、この制御機構が破壊されることが癌化の過程で必要なようなのです。
DNAのメチル化というのはすべての真核細胞で普遍的にあるわけではなく、遺伝子の発現が抑えられてしまうには、DNAメチル化に続くヒストンのメチル化とそれに伴うヘテロクロマチン化の方に決定的な意味があります。細胞のストレス状態におけるヘテロクロマチン化制御に関してはDNAのメチル化のない酵母細胞でも報告されておりまして、ストレスに応じたエピジェネティカルな制御機構自体は普遍的に存在すると考えています(俺の仕事でもありますw)。神経細胞が精神的ストレスに応じてその成長因子をコードしている遺伝子領域を封じてしまう仕組みは、ある意味自衛のための応答機構のひとつなのでしょう。そして、そのためにうつ病になってしまうんですな。きっと。
さて、うつ病診断に客観的な指標が提示されたとはいえ、特定遺伝子領域のDNAのメチル化状態の検査を1人1万5000円程度って・・・ホンマかいな。はっきりした違いの出る人はいいけど、微妙なボーダーラインにいそうな人は判定難しいんじゃねぇかなぁ~と思うんだけど・・・ま、これまで問診だけが頼りだったわけですから大きな発見なんでしょうね。

本日のお酒:KIRIN 一番搾り + 菊姫 吟醸 (平成22年醸造) 
コメント
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