NEVER TOO LATE

この年齢になって、チェロを始めた、、、、、

チェロとモーツアルト~その二

2006年08月25日 | クラシック音楽
 前々回、突然楽譜を届けてきた大学生のことを書いた。
その後のことを書いておこう。
連絡先のメモが入っていたのでメールをして、
8月22日夜、コンサートを開いたレストランで待ち合わせた。
第一印象、かっこいい!!しなやかなそうな細い身体に、
ごくごく普通の服装。目立たない柄の半袖ポロにベージュっぽいチノパン。
 この春有名国立大学の医学部に一発で入った一年生。
小学校六年生の時、チェロをしたくなって、オーケストラのある中高一貫の学校に進学。
今は、大学のオケに入っていて、その市のオーケストラのトップにレッスンしてもらっているという。
音大生でないだけに、本当にクラシック好きらしく、私の古いLPの話や、
ずいぶん前に聴いたコンサートでの思い出話などにも目を輝かせて反応するし、
レッスンのこと、技術論など丁寧に話してもくれる。
いるんですよね、こういう天が二物を与えたような子って。
約二時間余り、全く話がとぎれることなくあっという間に経過、
帰り道、我が家にお招きしてチェロを試奏してもらった。
丁寧な音階練習と、今練習しているというレスピーギの曲の断片、
うまい。医者になるよりチェリストを目指したら、と勧めてみたが、
まんざらでもなさそう。40歳も年の離れた友達ができるなんて、
楽器でくらいしか取り持ってくれないですよね。
例のモーツアルトはお互い練習して冬休みにでも合わせることに。
今から、楽しみ。

誕生日プレゼント

2006年08月24日 | チェロ
 コンサートが終わったからといってのんびりできるわけではない。
課題は山積しているし、次がすぐ待っている。
エプロンおばさんは、「来年はどうする、、こないだのモーツアルトのピアノ四重奏曲、
せっかく第一楽章をしたんだから、第二楽章でもしようかねぇ、独奏は考えておいてね」
いたってのんきだ。

 午後からは笛子先生、「どうでした?コンサートは」とのっけから厳しい。
「今までが50点くらいとすると75点くらいでした」
「自分の音楽を作ればいいのよ、、、」このお言葉はどういう事?
下手でもいいのよ?個性を磨いて?気になる。
で、「じゃぁ、シュレーダー、みっちりやりましょう。」
今回は重音がいっぱい、もう一曲はあちこちに移弦する。
コンサートのこともあり練習不足は否めないし、やや壁にぶつかっているのを感じてだろう、
はじめてメトロノームを持ち出してこられ「難しくても焦っちゃだめ」「これに合わせて練習することありますか?」
正直苦手だ。あのかちかちという音を聞くと、ますますせかされているようで焦りまくる。
「あなた、ほら、メトロノーム、、より早いわよ」たしかに。そっか、もっとゆっくり落ち着けばいいんだ。
たかが機械に食われることはない。
「こないだ、長谷川陽子さんの留学時の写真を見たけど、そばにメトロノームがあるの、彼女クラスでも使うのね」
言外に当然あなたは、、、、って感じ。

 先生はご存じないが、その日は私の○○回目の誕生日。
帰り際、「クリスマスイブに○○教会でチェロの合奏をするの、6人で。セカンドで入りませんか?」と、
すっごい贈り物をもらった。
「ええ、恥は書き慣れたし、失敗は成功の元、がんばります~」
最近すごく前向きになったというか、尻軽になったというかそんな自分に驚く。
バッハ、ブランデンブルグ5番、コレルリ、クリスマスコンチェルト、その他クリスマスソング。
渡された楽譜を見るとかなり高度。
重い贈り物だが、評価してくださっていると解釈しよう。
帰り道、土砂降り、落雷で信号が消えていた。
もちろん、意味はないだろうがとりあえず、慎重に落ち着いて運転したのは言うまでもない。

チェロとモーツアルト

2006年08月20日 | クラシック音楽
 次の演奏会は笛子先生の発表会が2月、エプロンおばさんが3月、
それまでにクリスマス頃にミニコンサートがあるかもしれない。
基礎練習は欠かせないが、曲を弾きたくてたまらない。

 チェロのレパートリーはピアノやバイオリンに比べると格段に少ない。
もちろん、ドヴォルザークのチェロ協奏曲や、ベートーベンのソナタ集、
バッハの無伴奏組曲などクラシックの中でもとりわけ優れた曲はあるものの、
当面私には弾けそうにない。

 当地出身の大学生が、突然連絡をくれて「この曲を一緒に弾きましょう」と楽譜を渡された。
モーツアルト:チェロのための二重奏曲K292、結構詳しい私も聴いたことがない。
調べてみるとチェロとファゴットのための二重奏曲の編曲版のようだ。
CDも、大全集物に含まれているくらいのようだ。
ちょっと弾いてみたが、それほど難しくはないが、さすがモーツアルトらしいし、
それらしく弾くのはなかなかの代物。面白い。

 モーツアルトは極めて多作家だがなぜかチェロのための曲は皆無と言っていい。
彼の時代、楽器としてまだ完成度が低かった(でもバッハやヴィヴァルディはどうなんだ)、
モーツァルト自身ピアノとヴァイオリンの名手であった。
そしてたぶん、一番の理由は、チェロの名人が側にいなかった。
多くの作曲家は、自分の腕前を披露するために、
あるいは素晴らしい演奏家に触発され曲を作る。
長谷川陽子さんも「そんな色々な理由からヴァイオリンなどに比べるとチェロは
モーツァルトにとってそれほどは親しい存在ではなかったのではないかと思います。
残念の一言に尽きます!!」とブログで書いている。

 で、アレンジものになってしまうわけだが、
そもそもチェロ用ではないのでなかなか演奏が難しいのと、
何しろモーツアルトらしくというのは極めて難しい。
ともかく、一応チェロとファゴットのためとなっているし、そういう意味では、貴重な曲だと思う。
しばらくさらって、彼と合わせてみよう。
大学の交響楽団に所属しているというが詳しい経歴は(顔さえ知らない)は不詳。
こういう出会いも、チェロをやっているからこそといえる。

演奏会を終えて

2006年08月17日 | 旅行
 徳島の友人の職場で例年阿波踊りの「連」を出す。
数年前参加して魅入られ、どうしてももう一度と思っていた。
演奏会を聴きに来てくれた家族などを連れ、14日午後から出かけた。
写真のようなプロ集団の踊りは、まさに一糸乱れぬたとえようもなく美しいもの。
芸術といえる。ある種のオーケストラだ。
でも、阿波踊りの魅力は参加できること。
太鼓、鉦、笛のリズムは激しく切なく、単調故に引き込まれ身体が自然に反応する。
右手、右足、左手左足を揃えて二拍子で歩けばそれでいい。
しかし、上手な人の後ろから視覚的に真似ようとするとこれは結構難しい。
休憩時間、プロの話を伺ったが、じつは指先からかかとまで蓄積された伝統の技があるようだ。
4面に鏡をおいて毎日チェックを繰り返すとか。
何ごとも極めるには厳しい修行を伴うようだ。

商店街や路地を練り踊ると、他の連ともすれ違い一緒になって踊り出すこともある。
およそ二時間、踊り続け、ぐっすり眠った朝は、
良質のマッサージを受け、たっぷりサウナで身体をほぐしたあとのような爽快な目覚めとなる。

お盆公演~その二

2006年08月16日 | クラシック音楽
 休憩を挟んで後半は各自独奏、それぞれ妙に多弁になったり、
そわそわ意味なく動き回ったり、以外な人物が意外と開き直っているのか落ち着いてしまっていたり、
この時間帯、性格がでておもしろい。
私は「あがり症」。周りの人からは「一番落ち着いてみえる、信じられない」と言われるが、
そこは人は見かけで判断してはいけない。
今回はブラームスの「歌の調べのように」という美しい歌曲のチェロ版を弾いた。
笛子先生ご自身に伴奏してもらっていろいろアドバイスもいただいていたし、
かなり自信を持って臨めたが、この休憩時間の緊張に負けビールを一杯飲んでしまった。
結果は、、、、ちょこっと間違いがあったが自己採点80点、過去最高かな。
注目のソプラノはもちろん素晴らしかったが、
さすが練習の時に比べると声もやや固く、動きもぎこちない。
セミプロでも、そして彼女にとっては余興のような場でもやはり緊張するんだ。
変に納得。多少安心。
そういえば、アルコール抜きではステージにでれなかったという
結局肝臓を悪くし短命だった天才ピアニストの話。
マネージャーに背中を押されないと舞台に出られなかった
有名バイオリニストの話など「緊張」にまつわるエピソードは
音楽畑だけでなく数え切れないほど伝わっている。
「腕を上げましたね}と仲間から言われたが、
年齢を重ねても「緊張癖」だけは克服できそうにない。

お盆公演~その一

2006年08月16日 | クラシック音楽
 三月から準備してきたお盆公演が終わった。
遠路はるばるゲスト出演してくださる予定だった
ピアニストの愛犬が当日朝亡くなるというハプニングもあったが、
そこはさすがプロ、悲しみをこらえて駆けつけてくださった。
ピアノのあるレストランに関係者を招いての小さなコンサートだが、
今回で三回目になる。
思えば、その第一回に招かれ、年齢、職業、キャリアはバラバラのグループだが、
そしてけっしてうまいとは言えない演奏だったが、
それがかえって二十年触っていなかったチェロ再開のきっかけになった。
あれから丸二年、皆さん下手なりに上達し、情熱はいっこうに衰える気配はない。
様々な職業を持ちながら毎週のように集まるこのメンバーに感謝。
最年長で、あちこち障害を抱える身ではあるけれど、
仲間に入れていただいて一緒に弾けるこの楽しみをさらに続けていきたいと思う。
今回の合奏プログラムは
   滝 廉太郎・ 荒城の月
   今様
   星に願いを
   七つの子
   マスカーニ・歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」」より 間奏曲
   モーァルト・子守歌
各自の希望、技量などを考慮しエプロンおばさんが選曲してくださったもの。
私は、「今様」と、「間奏曲」に参加。
今様はすでに春の発表会で弾いているので、まずまずの出来、
間奏曲は極めてゆったりしたテンポを各自維持するのが困難で、
やはり本番ではばらけてしまったが、最終的には盛り返してきちんと終了できた。
この辺が心境著しいね。

高原ロッジ

2006年08月11日 | クラシック音楽
 笛子先生とそのお仲間、お弟子さんが近くで合宿に入ったとなれば、
まして「是非どうぞ」といわれれば、たとえ自分自身のコンサートが間近に迫っているとはいえ、
行かないわけにはいかないですよ。
ナビが1時間半かかるというところを1時間で走破、
ただし山の中ですから高速道路並み、三カ所しか信号はありません。
仕事を終えてですから到着時はとっぷり暮れて、道路には狐か狸が出てきそう。
でも、「一番星がどこより輝いている」というそのロッジは、なかなか瀟洒な作り、
軽井沢にでも来た気分。
ぴったりウェルカムコンサートが始まりました。
モーツアルトの「小夜曲」など。
観衆は小学生、中学生、大学生を中心に和気あいあい。
笛子先生は、私が弾く練習曲を一緒にサラッと弾いてくれますからその実力は
認めていましたが、実際にこうした演奏会で聴くのは初めて。
いや、さすがうまい!!
吹き抜けの高い天井、白と黒のコントラストがお洒落なロビーに
軽やかな低音が響きます。
バイオリンの先生方にも、来年は是非チェロを持ってきて、、、と言われ
ついつい「行きます。笛子先生のお許しがでれば」と答えてしまいました。
ま、目標は高く持つべきだ。
飲み明かせればよかったけれど何しろ本業をおろそかにはできません。
来た道を「ビブラート、ビブラート」と念じながら時速100KM強を巡行帰還しました。

あと48時間

2006年08月10日 | チェロ
 コンサートまで残り少なくなると、プログラム作りや、
会場設定のことなどで練習どころではなくなるのがアマチュアのつらいところ。
まして、台風もそれてしまい、この過酷な暑さは気力を萎えさせる。
朝のエプロンおばさんレッスンはコメントなし。
普通、この時期になると急にいろいろ修正が入るのに??
出来が良いということか?それとも、誰が来てくれるか、当日の練習時間割などで
もう頭がいっぱいなのか?
 笛子先生のレッスンへ向かう車の外気温は99°F、冷房もあまり効かない。
このでかい楽器は、見かけによらず華奢、案の定、弦はかなり緩んでいた。
調弦を終えて、シュレーダー33番から36番まで。
指の広いポジションや細かな移弦、スタカートなどに加え重音が加わってきた。
しなやかさを失った指がきしむ。でも、笛子先生は、次の音を先取りすること、
指をばたつかせないことを基本とされているからその辺の妥協はない。
親指をはずしてでも、きちっと複数の場所を押さえるよう指導される。
「今日は、松脂が少ないのかしら」「もっとえぐったような音は出ない?」
えぐるような音?
 もちろん飴も与えてくださいます。
コンサートで弾くブラームスの「歌の調べのように」を伴奏してくださって、
「縦はあっているしきちんと弾けるからあがらないようにね」
「もう少し大きなビブラートにならないかしら、縮緬ビブラートよ」
縮緬??初耳。細かすぎちまちましているらしい。そして、
いつものようにさりげない厳しいお言葉。
「もっと全身全霊を込めて弾いて、さらっとしすぎ」
「大きく呼吸をしてエネルギーを取り込みながら弾くの」
「あなたの性格を出して、みんな違う音楽になるのはその人の性格、
大きく、ゆったりと」
ふ~ん、そういうものか。
 帰り際、「明日から子どもの生徒たちも含めて合宿をするの、
参加しません?」え!!明日?
あさって僕のコンサートだけど、明日はあいているし、、、、。
「わっかりました、差し入れ持って伺います!!」

ハルモニア

2006年08月04日 | 読書
 私用で水曜日のレッスンを休み、大阪へ行った。
そもそも飛行機はトラウマもあって嫌いなのだが、
こんな高気圧がしっかり張り出している日なら乗れないわけでもない。
でも、およそ5時間あまりかかるが電車を選んだ。
理由はまとまって読書ができること、SONYのNW-A608(ライターみたいな
ウォークマン)にパソコンからCDを取り込んで好きな曲を聴きながら。

 で、今回はまた篠田節子の「ハルモニア」を読んだというわけです。
ハルモニアとは、真の音、天上の音楽。水や、かぜ、木や花、
宇宙のすべてに音の律動があり、
人の音楽はそれを再現するだけだそうだ。
脳の手術中に起きた事故が原因で、チェロの天才になってしまった少女のお話。
楽譜は読めないが聴いたらそのまま完璧な演奏をしてしまう。
サイコ・ホラーっぽい物語だが、そこは篠田さんご自身チェロを弾かれますから、
脳科学的、哲学的、音楽論、演奏論でもあるわけです。
で、できることなら私も手術を受けたいと、、、、、。

セミプロの実力

2006年08月03日 | クラシック音楽
日曜日、仕事を終えてアジトへ向かう。
コンサートに向けて事実上最後の「合わせ」だ。
バイオリングループにゆかりさんという音大生がいる。
おとなしく、低い声で、眉を寄せたり首をかしげたりやや神経質そう。
正直、あれでよく有名音大には入れたものだと思っていた。

コンサートでは、合奏以外に各自ソロを一曲弾く。
なんと彼女は「歌」を歌うという。で、お披露目が行われた。
な、な、なんと、背筋を伸ばし、すくっと立って
右手は握手をするかのように軽く差し出される。で、いきなり
プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」から
有名なアリア「私のお父さん」。
突き刺さるようなソプラノの声が二十畳ほどの部屋で行き場を失い
ガラスがいまにも破れそうに震える。
みんな呆然、あんぐり。
あとで知ったことだが、彼女はじつは声楽科、バイオリンは趣味だそうな。
エプロンおばさんが言う「ホールの最後部まで届く音」とはこのことだ。
とても私のチェロでは太刀打ちできない。
帰りの車の中で「本場で勉強できるといいね?」と聞いたら
低い声で「行きたいっす!」