poliahuの旅日記

これまでに世界41ヵ国をフラフラしてきました~ 思いつきで旅先を選んでて、系統性ゼロですが(^^;)

クロアチア篇

2019年02月07日 | ヨーロッパ
  本当は2017年7月に行くはずだったクロアチア。父の具合が思わしくなく、出発前3週間を切って急遽キャンセル。Aちゃんと楽しい初旅になるはずだったのに、一人旅にさせちゃってごめんね
一度思いたった旅を引き延ばすのは性分に合わないので、その年の12月に行ってまいりました~

 上の地図中の黒丸数字は、以下に出てくる下線部の各都市に対応しています。

 1~2 ザグレブ ⇒ポレチュ(2017年12月25日)

  空港からバスでザグレブのバスターミナルへ向かう。車窓から見る街並みはどこかの国に似てるなあ・・・集合住宅の感じがロシアっぽい。ユーゴスラヴィア時代に影響を受けてたのかな?!でも市内に近づいてきて目に入るレンガ屋根の家々は全然雰囲気が異なるなあ、なんて他愛もないこと考えてるうちに到着。
荷物預け所を探す【2階に上がると見つけにくいので、1階から行くのがオススメ】。今日はイストラ半島のポレチュ泊だけど、バスの出発まで3時間くらいあるので市内観光に出かける。限られた時間の中で2大教会に行こうと決めていた。ターミナル内のキオスクで切符を買い、トラム6番でイエラチッチ広場に降り立つ。青果市場のクリスマス・リースの出店に目を奪われつつ、聖母被昇天大聖堂へ。教会の手前に立つ木に飾り付けがしてある。リツィタル(伝統菓子に由来する、ハート形のオーナメント)だ~ 可愛い(^^♪


 大聖堂から少し上り坂を行くと、聖マルコ教会が右手にど~んと現れる。単純で恥ずかしいけど、あぁザグレブだ、と思う。屋根タイルのインパクトが半端ない。ファサードの彫刻が色褪せながらも趣を感じさせてくれる。中に入れないのが残念で、なんだかぐるっと一周しちゃった

  
 ターミナルへ戻るべく再びトラムに乗り、機械で検札しようとしたら通らない。ん?念のため、2度やってもダメ。すると、そばにいたお爺ちゃんがジェスチャーで1両目に行けと示してくれた。そっか、先頭車両でやるのね。教えてくれて、ありがとう!バスターミナルより手前のザグレブ中央駅前で降り、郵便局で切手を買う。旅に出ると、同じく旅好きの友人たちにハガキを書くことにしている。郵便局は曜日や時間で閉まっていることもあるので、今回のように初日にまとめ買いできると心強い。

  
 バスターミナルではどのバスがどのホーム発車なのか全く表示がなく、ひたすら聞きまくって乗るべきバスを見つけた。いざ乗って、旅行社から送られてきたプリントを運転手(プーチン似)に渡したら、これはコピーであって切符じゃない、と激しく叱咤された。幸い発車時刻が来てバスが動き出したのでそれ以上のやり取りはなかったけど、降りる時に正規料金をもう一度払え、と言われるんじゃないかとハラハラした(そんなことはなかったけど)

  
 本日最大の関門は、夜遅く初めての地にたどり着いて、徒歩でホテルに行くというミッション。地図で確認したところ、徒歩10分くらいの距離らしい。いや、歩くのは全然いいんだけども、夜遅く出歩くのが私の一人旅ポリシーに反するのだ。15時30分にザグレブを発ったバスは、プーラを経由する遠回りで21時過ぎにポレチュに到着。幸い、ポレチュは明るかった。地図を確認しながら進んでいくと、泊まるホテルの表示が目に入った。そして、人通りもチラホラある。クリスマスのコンサートをやっている模様。暗くて閑散としてなくて、本当にラッキーだった。結果オーライだけど、ここは良しとしよう。イエラチッチ広場前に乱立していた出店のひとつでゲットしたワインで、クロアチア第一夜に祝杯を挙げる。


 
  2 ポレチュ(2017年12月26日)

  のんびりと起き、昨夜できなかった洗濯を決行。気温低いし小雨降ってるから、乾くか心配ではあるが。
ポレチュの旧市街は小さい。ホテルを出て尖塔を目に何となく歩いていくと、お目当てのエウフラシウス聖堂に難なく着いた。

入り口で外国人団体と一緒になったが、自分が鐘楼に登っているうちにいなくなっていた。半島はぐるっと海に囲まれてて、カモメの声が頭上を行き交う。観光客も含めてそこそこ人はいるけど、流れる空気が穏やか。正午の鐘が鳴るのを直下で聞こうとも思ったが、じっとしているとさすがに風が冷たい。諦めて階段を降りていると、頭上でガンガン鳴り響く。耳のためには良い選択だったかも。
鐘楼からの眺めはこんな感じ。


聖堂の壁の彫刻も何気なくステキ!ちょっと丸みを帯びた、ロマネスクっぽい造形が私好み




博物館にはほぼ人がおらず、じっくり見ることができた。モザイクを見るためにポレチュヘやってきたので、面目躍如! 
かつてイスラエルでヨルダンで、キプロスで見かけたモザイクたちもフラッシュバックする。


最後のメインは聖堂。写真ではあらかじめ見ていたけど、正面はラヴェンナのSt.ヴィターレに似てる。世界遺産に登録されてるから、しっかり修復されてキラキラしてるなぁ・・・



でも、左右のクーポラの未修復のモザイクも素晴らしい。個人的には、キラキラより好きかな。
上から覗けるようになっていた聖堂床下のモザイクは、緑がかっていた。長期的に見て保存は大変だろう・・・堂内に湿っぽい香りが漂っているのだ。海のすぐそばだからなぁ。


聖堂を出て市街をぶらついていると、ガイドブックでは冬季休業となっていたレストランが開いていた。これは行くしかない
15時という中途半端な時間帯に入ってきた客に最初は驚いた様子だったけど、通してもらえた。もちろん他の客はゼロで、貸し切り状態。
イストラ半島っぽい料理がいい。トリュフパスタと白ワインを注文。マルヴァジアかな、酸がしっかりとした好みの味。メインを待つ間に、お通しが提供される。魚、たぶん鱈のリエット。上にかかってる灰色のパウダーはイカ墨かなぁ?クセのある魚の風味が好きな私にはもう最高


パスタにはこれでもかとトリュフが載ってて、ショートの麺はもっちもち。トリュフパウダーと胡椒とクリームのソースは濃厚で美味
これを頼んでよかったぁ。超おなかいっぱいだけど、幸せ!!
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  2~3 ポレチュ ⇒カルロヴァツ ⇒プリトヴィツェ(2017年12月27日)


  今日は移動がメインの日。8時15分、カルロヴァツ行きのバスに乗る。ここで、例のプリントアウト・チケット。どこかで見かけたような俳優似の車掌がバーコードを読み取ってくれたはいいけど、すぐに運転手のところへ行く。何かしゃべってる・・・前日のドライバー(プーチン似)より全然対応はいいけど、ドキドキ
大丈夫らしい、ホッ。あと3回バス乗る予定なんだけど、なんだか不安だなぁ、紙チケット。
30分くらいでパズィンに到着。大量に人が乗ってくる。その後2回停車して乗客が入れ替わりつつ、バスは満席。
朝ポレチュを出た時、道路は濡れていたものの雨は降ってなかった。が、バスが山がちなエリアに入ると、猛然と雨が降り出す。特にリエカと思われる辺りでは降るわ、降るわ。バス乗り継ぎのカルロヴァツでは3時間余の待ち時間にうろつく予定なんだよなー 止んでほしいと かそけき期待を抱いていると、途中でぴたりと止んだ。鮮やかなコントラスト!場所によって気候がかなり違うのねぇ。

3時間半でカルロヴァツに到着。バスターミナルの目と鼻の先に大型スーパーがある。最後はそこで時間をつぶそうと思いつつ、一旦逆方向の街の広場を目指す。広場はクリスマスの装飾が丁寧にほどこされていた。そばの修道院は扉が開いてたけど、内陣には鍵が掛かってて入れず。
クリスマスツリーに提げる球体オーナメントの巨大版(直径1.5mくらい)がゴロゴロ転がる公園で深呼吸&しばし休憩。案内書を読むと、星型の城塞公園はかつてオスマン朝の侵入を幾度となく妨げたとな。


スーパーで今夜の晩酌用ワインを入手し、通りすがりに見かけたカフェに入る。カルロヴァツで、地ビールのカルロヴァチュコを飲みたいと思ってた。一見さんには敷居が高そうな雰囲気だけど、幸いすいてる。えいや、とドアを押し「ドバルダン!」 オーナーらしき男性は新聞から顔を上げ、見慣れぬ異国人に一瞬驚いたものの、ドバルダンの応酬。難なくお目当てのブツにありついた
結局45分くらいいたが、居心地は良かった。タバコ臭くなったことを除けば・・・こちらでは禁煙がはかどってないらしい。
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20分前にはターミナルに待機していたが、時間を過ぎても来ない。ま、ここに着いた時も時間過ぎてたしなぁ。
そして、10分ほどしてバスが3台やってきた。荷物を持って走る!そのひとつにプリトヴィツェと書いてある。よ~し。意気揚々と運転手にペーパーを見せると、違う会社といわれる。たしかに・・・
一緒に待ってた人たちはそれぞれ乗り去ってしまい、もはやバス待ちの人がほとんどいない中、本当に来るのかと訝しさは募るばかり。結局、予定より20分遅れてバスが来た。ああ、僥倖 
運転手のお兄ちゃんは、プリトヴィツェ広いんだけど、何処で降りるのと聞いてくる。エントランス2と答えつつ、話通じてることがそもそも嬉しい。あの不安な時間の後だけに。
バスはやはり満席に近い。シーズンオフとはいえ、私と同じ場所で降りた人もたくさんいた。閑散としてなくてよかった~

朝食以降、ビールしか入れてなかった胃が空腹を告げる。名物という鱒を食べにホテル内のレストランへ。ゆでたジャガイモ、多っ でもホウレン草はありがたい。
腹の詰め物が洋風だぁ。そういえばパンプローナも鱒が名物で、グリル食べたなあ。詰め物のひと工夫分、こちらに軍配かな。


部屋で日記を書いてると、3度ほど停電に襲われる。ん?プリトヴィツェで一番いいホテルのはず。豪風吹き荒れる音が聞こえるのと関係あるのかな? 最長で30秒くらいだから、大したことはないけど。エチオピア以来だね、停電。


  3~4 プリトヴィツェ ⇒スプリット(2017年12月28日) 

自分が目指すコースは3~4時間かかるようなので、8時の公園オープン後ほどなく入場しようと準備する。ドヴロブニクの石畳を懸念して今回はスーツケースではなくソフトバッグで旅しているのだが、冬なので衣料がかさばりパンパン。が、今日はフリースの唯一の出番なので、パッキングはいつもより楽。
パスポート、パスポート、と念仏を唱える。この国ではチェックイン後にあずかってしまうのだ。取り戻すのを忘れそうで、どうも落ち着かない。1泊でのあわただしい出発なら、なおさらだ。

覚悟はしてたけど、やっぱり雨。容赦なく降りつける。仕方ないかぁ・・・
エントランス2は休みなので、ホテルの裏のST2でチケットを買う。降られながら待っていると、エコロジーバスが来た。数分の道のり、乗っているのは私一人。ST1で降りると団体客らに行きあい、ちょっとホッとしながら、Bラインの表示に沿って進む。
上から見下ろす湖は青くて、とにかくテンションが上がる。冬は夏の水の色とは違うかもしれないと思ってたので、もう想像通りのエメラルド・ブルーに涙が出そうになる。


中国人と思しき団体の前を歩きながら、シュプリャラ洞窟に降りる。どうやら通常ルートではないらしく、団体とはここでお別れ。


さらに進んでいくと、目印のヴェリキ滝はBラインから外れるようだ。一瞬迷ったものの、ルートを外れてヴェリキに向かう。だって、行きたいんだもん。ヴェリキ滝の横の階段をのぼって、ビューポイントを目指す。が、結果的には望んでいた場所にはたどり着けなかった。ガイドブックには表示があると書いてあったけど、んなモノなかった。冬だから取り外してるのか!?まさかねえ。
下に示すのが、今回自分が見たベストビュー



一度湖面にくだってエントランス1に行き、トイレを済ませて再び湖面へ下る。目指していたビューポイントはあの辺りだろうと見当はついていたが、だいぶ悩んであきらめた。幅の狭い木道で団体の後ろにつくと、予想以上に時間がかかる。それに、容赦ない雨でダウンコートはもちろん、髪も濡れていた。4時間防水のスノーブーツも限界が近そう。そうして気持ちに蓋をして、ホテル方面へ向かう船の出るP3へ向かう。途中、澄んだ水底に惚れ惚れしつつ。


警戒していた寒さは、ユニクロ様のおかげで快適そのものだった。恐るべし、「超極暖」。
でも、ヒートテックは動いていないと機能しない。湖面を渡る船で10分以上、心底冷えた。まだ旅の先は長いので、ここで風邪ひきたくないのだが・・・


バスは到着時刻が前後するので、早めにバス停にいろとな。過去3日間の感じからして、早めはない、ベストでオンタイムと思いつつ、25分前から待つ。が、もちろん定刻には来ない。屋根のある停留所で雨は避けているが、足先が冷えてくる。つま先用カイロは健在なので、スノーブーツの防水で耐えきれなかった水分が上から攻撃しているのだ。ああ・・・

結局、20分遅れでバスが到着。バス停へ向かう途中、雨がみぞれから雪へと変わっていくのを見たのだが、バスが走るにつれて、車窓は「白い恋人」のパッケージ状態、加えて天然のモミの木クリスマスツリー! 一昨日のポレチュからすると、他の国へ来たみたい。予定通り夏に来てたら、この風景を見ることなかったな・・・父が私に見せてくれてるんだ。
雪に縁の深い自分が、この景色に出合えた幸せ


途中、標高が下がるといつの間にか晴れだして、雪景色は跡形もなくなった。
自分が想像していた以上にこの国は地形が複雑で、気候が変化に富む。とても奥深い・・・
4時間ほどで、予定通りスプリットに到着。バスターミナル、鉄道駅、港のフルコースがそろう大都市。
旧市街はまだ人通りが多そうだったので、避けてショートカットを選ぶ。これが判断ミスで、無駄に10分さまようハメになる。途中、キオスク2ヶ所と客待ちしてるタクシードライバーに尋ねたけど、キオスクはハズレ。客としてお世話にならない分、一番得にならないはずのドライバーが最も親切だった。なんのことはない、目指すホテルは目の前で、周辺を何度もウロウロしていた。変な汗をかいて、ようやくたどり着く。
今夜もワインで乾杯! グラシェヴィナは、クロアチアで最もポピュラーな白ワイン品種。さっぱりとしてて、魚介に合いそう。




  4~5~6 スプリット ⇒トロギール ⇒シベニク ⇒スプリット(2017年12月29日)

  スプリットのホテル、朝食ビュッフェはこの旅で随一だった。卵料理は7択で、オーダーしてすぐに作ってくれる。トリュフ・スクランブル、美味しかったなぁ~


トロギール行きのバスは何時発だかわからないので、準備できたタイミングでホテルを出て近郊バスターミナルへ向かう。なんと、10分待ちで出発とな。ラッキー!
ローカル感満載のバスは、乗客が希望する場所でてんでに停まり、20㎞先のトロギールへ50分かかって到着。
聖ロヴロ大聖堂は午前中で閉まるので、街はツアー客でごった返していた。シベニク行きのチケットを買おうとしたが、売り場が見当たらない。近くでロトを売ってるお姉さんに尋ねると、外まで出て道を示してくれた。ああ、親切だぁ~ 
バスターミナル前の市場は、食料品だけでなく花も扱っていた。鮮やかな彩りの花は、冬には目に優しい。


聖ロヴロ大聖堂、お目当てのロマネスク様式の門は圧巻だったけど・・・昔の写真を見たら、そっちのが好みだった。綺麗に修復しすぎだってば。
宝物館はやってないらしい。シーズンオフだから?! そのわけか、入場料を取られなかった。料金所がなくて、誰もチェックしてないし。




トロギールからバスで1時間、シベニクに到着。海沿いに歩くと、目指す聖ヤコブ聖堂のドームが見えている。
階段をのぼって聖堂を目にした時の胸の高鳴り! 大きなバラ窓が印象的。理屈抜きで好きだなぁと思う。


さて、内部探訪。重いドアを押して中に入ると、おばちゃんにclosedと言われてしまった。金曜の12時半過ぎ。ガイドブック情報ではオープンのはずだが、年末スケジュール?
とりあえず内部を3秒だけ凝視して、さすがに写真を撮る勇気はないまま外に出る。有名という洗礼室見れなかったなぁ、残念
外観は以下の通り。北のドアはアダムとイヴ、ライオンなどトロギールと共通するモチーフが多い。


大聖堂を後にして、聖ミカエル要塞を目指す。案内板がそこかしこにあるので、路地であっても迷わずに進める。ピザで昼食中のお兄ちゃんが窓口で迎えてくれた。
要塞はコンサート会場になりそうな現代的な改修がなされてた。トイレを借りたが、めっちゃキレイ【トイレポイントとして、オススメ】。
到着した後からじわじわ感じてたけど、シベニクは内海よね。故郷の瀬戸内海に似てて、なんだか落ち着く。


聖ヤコブ聖堂がそのうち開くのではと根拠のない期待をしつつ、路地をテキトーに歩く。
聖ヤコブ聖堂の南の小さな教会、聖イヴァン教会、聖フランシスコ教会・・・彩色のはげたフレスコ画や彫刻、ユニークなレリーフ。昔は相当力のある都市だったことをうかがわせる。




シベニクから1時間40分で、バスはスプリットに帰着。
夕食は、あらかじめ目をつけてた所へ。街の外れだったが、難なく発見。17時に入ると、先客はゼロ。注文は秋冬限定のメニュー、サルマに決めていた。日本のロールキャベツとは似て非なるモノ、シュークルート感が強い。
家族経営っぽい、こじんまりしたお店。英語でのやり取りになることを見越して注文を取りに来た少年が息子、奥にいるのが母親だろう。
値段はメッチャ良心的。もしもまたスプリットに行くことがあったら、今回やむなくパスしたブルデット(魚介と野菜をトマトで煮込んだ料理)を頼んでみたいなー



  4~7 スプリット ⇒ドヴロブニク(2017年12月30日)

スプリットを半日強で見てドヴロブニクヘ発つので、早めに動き出す。
シーズンオフの朝イチは人が少ない。おかげで、ペリスティルのステキな写真を撮ることができた。




ふらふら歩いていたら、前庭に至る。今は天井にぽっかり穴が開いているが、かつてはモザイクで埋め尽くされたドームがあり、壁のくぼみには彫刻が置かれていたという。
うん、兵どもが夢のあとなカンジだぁ。


なんとなく鐘楼にのぼる。が、階段は天然スケルトン。高所恐怖症気味の自分には、ややハードル高い。前後に誰もいないのをいいことに、超スローペースで上を目指す。
見下ろした風景は、港町だあ~



塔から下りて来て大聖堂に入ると、中はとても静か。3~4世紀にさかのぼるローマ時代の天井の造形の美しさと、彫刻に見惚れる




13世紀、ロマネスクの木彫の扉には聖書の物語が引用されていて、可愛い。




洗礼室は冬季休業とガイドブックに書いてあった。が、念のため行ってみると開いているではないか! 


洗礼者ヨハネのワイルドな彫像。その前にある十字型の洗礼盤には、丸っぽい彫刻が施されている。
天井の彫刻は、見れば見るほど興味をかきたてられる・・・
たぶん10㎡くらいの空間だと思うが、貸切状態をいいことにかなりの時間楽しんでしまった。




モザイクに魅かれて、考古学ミュージアムに行く。入り口の表示がなく、なんとなく鉄の門扉を押すと開いた。でも人はいない。
庭に置かれたブツたちを見てまわる。キプロスで見たレベルの大きなモザイクが複数あった。すごい!!




庭の正面の建物に入り、入館料を支払う。
展示を見ていくと、エジプト⇒ローマ⇒キリスト教、という風にトレンドが大きく変わっていったことが分かる。そうか・・・改めて地図を見直すと、エジプトにかなり近いことに気づく。自分のイメージになかっただけで、ものすごく影響を受けてるのね。この国がエジプト、ギリシャ、ローマに挟まれた先進地帯であることを実感する。

昼食は、魚市場近くのレストランへ。屋内も選べたのだが、冬にテラス席! 日本では絶対にやらないだろうことをやってみる。
残念ながらブルデットはなかったが、スプリットの地ビールを飲みつつ、洒落た魚料理をいただく。


旅も6日目、入国初日にゲットしたクローナが尽きかけていた。旧市街から鉄道駅へ向かう道中で、あっさりと両替完了。ザグレブではほとんど見かけなかったが、スプリットには目白押し。アンコーナからの船便が出入りする土地柄ゆえだろう。
バスターミナルのチケット売り場で、プリトヴィツェのホテル内レストランで行きあった日本人女性3人組に再会する。ドヴロブニクに行くとのこと。またお会いするかも、と社交辞令を述べて別れた。結局、乗るバスは同じだったけども(笑)
プーチン(似)に叱られたのを教訓に、バスターミナルの窓口で手持ちのプリントアウト紙を切符にしてほしいと伝えるが、乗り場を教えられて大丈夫と言われる。半信半疑ながら運転手に紙を見せると、ごく自然な動作で手書きのチケットにしてくれた。そうか、バス会社によって対応が色々なのね~

バスは途中、ボスニア=ヘルツェゴビナ領を通る。ネウムでin⇒outなのだが、バス内に係官が乗り込んできて越境検査となる。クロアチア人はIDカードらしきものを掲げれば瞬殺。
私が乗ってたバスは、外国人がアジア系ばかり。はるか前方に、先ほどの日本人女性3人組。私の横にいた中国人青年3人組はビザ見せろと言われてたけど、私へのチェックはいい加減だった。飽きたのかな?! ていうか、パスポート見るだけかい。チェックしたなら、スタンプ押してぇ~ コレクターとしては、なんだか悔しい。
係官が降りてバスは数分走り、ネウムで20分の休憩。ボスニアに初上陸! トイレの横にあるスーパー(?)に入ってみると、ワインコーナーがある。晩酌用が欲しい。
ん? 「モスタルスコ」って読めるなぁ。世界遺産のモスタルだとしたら、ボスニアのワイン? 3分の1ボトルで14クローナ、まあいいか。クロアチア通貨が使えるし、買ってみる。
ネウムを出たのが19時10分。地図で距離を見る限り、定刻の19時30分ドヴロブニク着はムリだろうと予想。結局、45分遅れた。
ていうか、今夜から泊まるアパートメントの管理人さんを20時20分に待たせてるのよね【ドヴロブニクの旧市街に泊まる場合、多くはアパートメント。管理人は常駐してないので、鍵の受け渡しが必要】。バスターミナルから旧市街へはバスで行く予定だったけど、時間節約のためにタクシーを使う。75クローナ、高いけどやむを得まい。管理人さんに会えないとマズイ、今夜の宿がなくなる

ピレ門からまっすぐに目抜き通りのプラッツァ通りに進む。地図によると、待ち合わせてるオフィスは北に延びる路地沿いにあるはず。ところが、目指す場所が見つからない。通り名を確認しながら、同じあたりを何度もウロウロするハメに。ストリート・コンサートをやってるから、人通りは多くて治安的には大丈夫だけど・・・(こんな感じ)


私、今夜寝られる所にたどり着けるの?! 
不安になっていたところ、背の高い男性に声をかけられた。
あ、アメリカのドラマ「プリズン・ブレイク」のマイケル・スコフィールド役の俳優さんに顔も年の頃も似てる。古いか 
管理人さんがしびれを切らして、私を見つけてくれた。なんてラッキー!!
アパートメントと提携して朝食を提供してくれるカフェを教えてもらう【キッチンがついてれば自炊できるけど、ないアパートメントもある】。
カフェから1分もかからず、いざ今宵の宿に案内され扉を入ると、すぐに古井戸があって とてもステキな内観。


部屋はロフト付き(結局、洗濯物を干す場所としてしか使わなかったけど)。でも、上階の人が歩くとギシギシいう・・・
そして、年末コンサートの大音量が響きわたる。眠るのに根性が必要かも


  7 ドヴロブニク(2017年12月31日)

0時を過ぎても音を出してたコンサート。それでも眠れるものだ。人間すごい。
寒さで起こされるほどではなかったけど、朝冷え込んでいた。石造りだからなー

城壁めぐりの前に、なんとなくフランシスコ会修道院に行く。教会は礼拝の最中で入れない。日曜の午前だもんなぁ。
musej表示に従って脇の入口から入ると、誰ひとりいない。目抜き通りを一本隔てて、喧騒とは無縁の静寂。
前方にアーチの回廊が現れる。柱頭の彫刻がロマネスク、可愛い!!
と、そのとき突如鳴り始める鐘、教会からもれ聞こえてくる聖歌。目の前には美しいフォルムの回廊・・・全てが同時にそこにあること。
キレイで、泣きそうになった。




城壁めぐりでは、再び例の女性3人組と出会う。写真撮影を頼まれたのを機に、こちらもお願いした。この旅唯一の自分の写真になるだろうという予想は、結果的に当たった。
ザグレブでも再会するかと思ったが、さすがに4度の偶然はなかった。
遠くから見ると、聖イグナチオ教会付近と、フランシスコ修道院が目立つ。瓦の色が古いのだ。フランシスコ修道院に至っては、ロの字の中庭がくっきり見える。
以下は、城壁めぐり中のショット。上が、城壁の北側から南東の方角を撮ったもの。
下は、城壁の南側から西の方角を撮ったもの。うろこ雲



ドヴロブニクでは牡蠣を食べると決めていた。ガイドブック情報によると、目をつけていた店は冬季14時に閉まるらしいので、13時頃行くと満席。
ドアに16時までと書いてあるのを目ざとく見つけ、スルジ山に先に行くことにした。結果的にはこの判断が正解で、15時半には難なく入れた。
ドヴロブニク近郊のストンで年中養殖されている牡蠣。日本のものと風味は違うけど、新鮮でおいしい。アドリア海の潮の味だぁ~


そして、リゾット。久々のお米、パンより米派としてはテンション上がるわ 
ムール貝たんまり、ニンニク、パセリ、トマトにオリーブオイル。あぁ、今身体が求めてた味だ!メッチャ幸せな気分になる。
数年前から、旅先では胃腸をおもんぱかって基本的に1日2食にしている。しかも1人旅となると、口にできるモノは少なめ。
にもかかわらず、当たりが多い。クロアチア、美味しいな


スルジ山からドヴロを見下ろす。ジブリアニメの風景にこんなのあったな・・・
ポレチュからアドリア海沿いを南下してきて、オレンジ色の瓦屋根が続く城塞都市は決して珍しくないことに気づく。それでもドヴロブニクが特別なのは、新しくて高い建物を禁じているから。街並がたぶん昔のまま、まとまりを持って美しいのだ。世界中の人々が魅了され、この地に足を運ぶ所以だろう。


ロープウェーでスルジ山から下りて来て、再びドヴロの旧市街を歩く。ふと目に入る教会が美しい。フランシスコ修道院の西、スポンザ宮殿の北、ドミニコ会修道院の東。
精緻なバラ窓、素焼風の朴訥とした彫刻たち・・・街角でこういうものに出合えるのがたまらない


大晦日のため、洒落た土産物屋はほぼ閉まっている。が、刺繍屋さんは空いていた。妻がサイフを握ってて自分はこんな日まで働かされる、とぼやく店主。
そして、日本の首相夫妻とは友人だ、とジョーク(?)を飛ばす。怒涛のように日本語をしゃべるクロアチア人に会ったのは、これが最初で最後だった。
刺繍は猫の足跡とか、それぞれ意味があって可愛い。が、ハンドメイドなので大物には手が出せない値段 AちゃんとBちゃんのお土産に、コースターを買う。
お店を出て旧港のあたりをウロウロしてたら、夕景が美しいことに気づく。
スプリットからドヴロへ移動中に車窓を見た時も感じたが、空の色が美しい。特に夕方は、写真よりも肉眼で見るほうが綺麗。といいつつ、一応写真を掲載。




本日最後のミッションは、明日に備えてターミナル行きのバス停留所の場所&時刻表の下見。
その途中に抜けた夜のピレ門の様子。正確に言うと、この時点ではまだ年が明けていない(数時間前)。しかし、気が早く「2018」と表示されている。


本日はなんとなく城壁めぐり⇒スルジ山の順番になったのだが、結論からいうと逆にするべきだった。太陽の方角を全く考えてなかった。
後でガイドブックを見ると、順光の時間帯が書いてあった【午前にスルジ山に登り、午後に城壁めぐりがベストとのこと】。完全にリサーチ不足!
というわけで、オレンジ色の屋根が際立つ いわゆるドヴロブニクらしい写真には恵まれなかったのだが、猛省するしかない

前夜にゲットしたボスニア=ヘルツェゴビナの白を開ける。うん、クロアチアの白とは一風異なる。より素朴なカンジ。


その日に旧市街の中の商店で買った赤も開ける【セルビア正教会とイコン博物館の近く。アルコールの品揃えもいいけど、水からお菓子までひととおり揃う】。
プラヴァツはクロアチア固有のブドウ品種。樽香と酸が強い。KRAS(クロアチア老舗のお菓子メーカー)のチョコを1つつまむ。うん、合うなあ


年越しカウントダウンライブの騒々しさを覚悟していたが、むしろ前夜よりも早く音が止んで拍子抜けだった。


  7~1 ドヴロブニク ⇒ザグレブ(2018年1月1日)

本日は移動日。ピレ門近くの停留所から、バスターミナルへ向かい、空港行きのバスに乗り継ぐ。ちょうどいいバスがないので(だって元旦!)、やたらと待ち時間が長くなるのは仕方ない。暖房の入ってる待合室でイスをゲットし、ひたすら日記を書いて50分経過。
空港行きのバスではすかさず海側の座席を獲得し、車窓からドヴロちゃんに最後の別れを告げる。写真などで最もポピュラーなビューポイントを通過。予定通りAちゃんと旅してたら、タクシー乗って来たかな?
空港に着いて、1日4便しか飛んでないことに驚く。それもそのはず、自分が乗る機体を見て合点する。左2席・右2席の小型プロペラ機
アエロフロートのヘルシンキ⇒モスクワ、自分の旅史上最小機タイ記録に並んでしまった。
ドヴロブニク空港はnativeが利用する路線ではないのだ、きっと。

定刻より早く離陸した飛行機は、到着も早かった。ほぼ1時間でザグレブに到着。
初日に乗ったのと同じ空港バスで市内の長距離バスターミナルに向かい、トラムに乗り換える。ホテルには8番1本で行けるはずだった。が、15分待っても来ない。
仕方なく、6番でイエラチッチ広場まで行き、14番に乗り換える。乗り継ぎ自体はスムースだったが、降りるべき停留所をつい過ぎてしまった。あいにく停留所間は超離れてる。結局500m以上歩いて戻った。こんなこと、台北でもあったよなと思い出しつつ。あれは故宮博物院へ行く時だった。4月、たった数ヶ月前のこと。

チェックインしてすぐ、外に出かける。水は空港でのチェックイン前になくなり、今夜の晩酌用ワインもない。
トラムの窓から眺めたところ、KONZUMもSPARも軒並閉まってた。正月の洗礼?! あいにくの雨で、いつもより早く暗くなりそうだ。とにかく、早く帰って来よう。
人が多い所なら、店が開いてるはず。イエラチッチ広場まで歩く。出国を翌日に控えて、もはやトラム代4クローナも惜しい。600mくらい朝飯前。
水はキオスクにある。が、ワインは? 初日にワインを買った屋台に行ったら、閉まってた。
でも、その付近で別の店を発見。例によって、「ドバルダン!」 おいくらか おじちゃんに聞くと、英語ができないようで紙に書いてくれた。25クローナ、もちろん買い。
ところが、ひとまわり大きい375mlを出してきた。+10クローナとな。もちろん大きいほうを買う。支払いを済ませて、元気よく「ドヴィジェニヤ」。
おじちゃん嬉しそう。寒いなか出店して売れたからね。
でも、クロアチア語だからとも思いたい。旅は心。会って最初と最後の挨拶は、現地の言葉で。発音やイントネーションが怪しくて伝わらないかもしれないけど、カタコトでも大切にしたい。これ、私の旅ポリシー。
おじちゃんから買ったワインを楽しみつつ、クロアチア最後の夜はふけていった・・・


 1 ザグレブ(2018年1月2日)

出国日の朝、日本までの道のりの長さを考えてシャワーを浴びる【お安さ重視で、カタール航空。ドーハで乗り継ぎなのだ】。
ユニットバスに備えられた棚の位置が た、高すぎる・・・日本人の平均身長にすら届いてない私にとって、背伸びしてもキビシイ。動かしてきた椅子に乗って、棚のバスタオルを取る。そういえば、旅する中で背の高い人が多かった印象があるな(後で調べてみたら、クロアチア人の平均身長は世界7~8位だった! 納得~)

クロアチア最終日のミッションは、これまでに食べられなかった料理を食べること。自分がこれまで旅してきた沿岸部やイストラ半島の料理は魚介中心で、対岸のイタリア料理の影響を受けている。が、ザグレブを含む内陸部の料理はハンガリーの影響を受けてて、ずいぶん違うのだ。
目をつけてたお店を3軒まわって、店先のメニューを見て決める。行く店が決まったら、お腹をこなすために散歩続行。意味もなくブリタンスキ広場まで歩き、目に入ったKONZUMに入る。ポピュラーなスーパーなのに、時間や曜日の関係か自分はここまで縁がなく、最初で最後の利用となった。
ワインのハーフボトルでもと思ったが、フルボトルしかない。空港での時間つぶし用のビールは? 8クローナ。KRASのチョコは高すぎる。しまった!このお店、何も買わずには出られない構造だぞ。最終日、通貨が乏しい身にはもはや1~2クローナが惜しい。結局、2.29クローナのスナックを買う。何のこっちゃ。

2度目の聖マルコ教会へはケーブルで行く。4クローナの予定が、今日はタダだって! さっきのスナック代浮いたな、しめしめ
乗車時間は20秒そこそこ。比べるとリスボンっ子に怒られそうだが、ビッカ線をふと思い出す。傾斜の度合いが似てる。
マルコ教会は今日も開いてない。
教会のある丘を下る途中、石の門の聖母子画の鉄扉が開かれてた。長らくザグレブの街を見守り、そして人々に大切にされてきたんだろうなあ。荘厳な感じが漂う。
(写真は初日に撮影したもの)


歩きながら、初日(12月25日)には閉まってたショップが軒並み開いてることに気づく。ドラツ広場のマーケットも、イエラチッチ広場の屋台も昨日よりさらに賑やかだ。ずいぶん印象が違う。普段の雰囲気を感じることができてよかった。
今回の旅、自分が行きたい場所をリストアップして旅行社の方にスケジュールを組んでもらった。クリスマス~年始という特殊日程の中で私が困らないように訪問順を考えてくださって、本当にありがたかった。感謝


昼食に行く。ガイドブックに書いてある通り、地元の方々が続々と出入りするレストランだった。でも、明らかに観光客な私を普通に迎えてくれた。そして、日本語メニューはこの旅最初で最後。
外は7℃、グラーシュ(煮込み)に魅かれつつも、挽肉好きなのでチェヴァプチチを選択。久々にがっつりお肉、ごちそうさまでした~


ホテルまでの道すがら、この旅最後のハガキを投函する。クロアチアのポストは、国内郵便とエアメールを区別しない方式。道中で様々な都市のポストに投函してきたけど、何処からのハガキが日本に一番早く着くのだろう?! 楽しみ。

  ★終わりに★

今回の旅は当初から例外的だったといえる。基本的に夕方~夜に新都市へ到着するスケジュールで、「暗くなったら出歩かない」という私の一人旅ポリシーにそもそも反していた。仕事で出国日と帰国日が決まっているのに、行きたい所は多い。そしてクロアチアは意外に国土が広く、移動に時間がかかる。とはいえ、予算的に飛行機を多用できない。で、ポリシーを外れるスケジュールとなってしまった。
日が短い冬なので、17時前には暗くなる。振り返ってみると、ホテル探しはどれも一筋縄ではいかなかった。特にドヴロブニク。予想以上に治安が良く、大きな荷物持ってウロついても全く問題なかったので救われた。そして、管理人さんが私を見つけてくれた幸運は、自分の旅史上初の出来事。
何かに守られてるとしか言いようがないと思う。やっぱり、父だよね・・・
うん、だからといって調子乗っちゃダメだよね。勿論これからも自重する、今までと同様に。

プリトヴィツェのビューポイント見落とし、ドヴロブニクの逆光・・・色々やっちゃったけど、それほど後悔はない。
オフシーズンなことで、各地の博物館・宝物館が閉まってたのが一番の痛手。大好きなロマネスク彫刻をもっと見られたかもと思うと、ちょっと惜しいかな。
でも、冬でさえ想像以上にツーリストがいたのだから、シーズンの夏はどれほど?!と思う。しっとり自分のペースで見てまわりたいとしたら、シーズンオフは「アリ」だと思う、デメリットを差し引いても。

自分の中で意外だったのは、日本で訪問都市を検討してた時にはそうでもなかったスプリットの街が妙にしっくりきて、去り難い思いを抱いたこと。
ベースはローマ建築でありながら、後世の改修やら追補とうまく同居してるところがツボだったんだと思う、たぶん。

最後に。読み返してみて、ファザコンと思われそうな記述の箇所が気になるのだが、記録として敢えてそのままにしておきたい。
自分の場合、あわただしい日常生活の中で蓋をしている感情が旅先では ほとばしる。
7月、当初の出国予定日4日前に父が逝去した。この旅はそれから半年も経たない時期だったから、何かにつけ思い出してしまった。
容赦していただけると幸いです。
おしまい










  
  

  



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