poliahuの旅日記

これまでに世界41ヵ国をフラフラしてきました~ 思いつきで旅先を選んでて、系統性ゼロですが(^^;)

アイルランドおよび北アイルランド篇(1)その1

2020年03月25日 | ヨーロッパ


初回訪問なので(1)、そして8日間の旅の前半を「その1」、後半を「その2」とする。上の地図中の➊~➓は旅の前半で訪れた場所で、以下の下線部の数字に対応している。正確を期すならば前半は北アイルランドを訪れていないが、ひとまとまりの旅としてタイトルは「アイルランドおよび北アイルランド篇」とする。
なぜアイルランド・・・今となっては最初のきっかけはぼんやりしていて思い出せないのだが、たぶんテレビで特集していたのだと思う。ハイクロス【アイルランド初期キリスト教の特徴のひとつ。高さ数mの巨大な十字架で、表面に様々な彫刻が施されている】を見て興味を持ち、本屋に走り『地〇の歩き方』をむさぼり読んだ。その後で愛読書『世界の教会』を開くとディングル半島の石積みの教会が載っていて、俄然訪れる気になった。

1  (ドーハ経由)⇒ダブリン(2018年3月23日) 

木曜発のためか、ドーハ行きの便はガラ空き。ツアー団体×2と、サッカー少年たち(スペインで練習合宿らしい)がいても尚すいている。チェックインが2時間前を切っていたので、私の座席は後ろから2列目。3人分占有して7.5時間眠れたのでラッキー
ドーハへは予定より1時間も早く到着。もともと乗り継ぎ時間を3時間取っていたので、正直ヒマである。が・・・乗り遅れるのではとヒヤヒヤするよりはマシか。
クロアチア帰りにビール飲んだカフェに入る。時間つぶしにアルコールは適しているのだが、今日はマズイ。昼間に到着するアイルランドでは、至宝 ”ケルズの書”が待っているのだ。ダブリンの夜まで、我慢・がまん

アイルランド行きの便は、シーズンオフとの予想に反してほぼ満席。
ドーハからはイラクとシリアを避けるようにイランとトルコ上空を飛び、ブカレスト、プラハをかすめてドルトムント、そしてアムステルダムのやや北方を越えてイギリスへ。ケンブリッジの北を通過した。私にとってヨーロッパ最西端へ向かっている。2010年、ケンブリッジに住んでいた友人Dちゃん宅を訪れた後、どこへ寄って帰国するか迷った。12月末は寒そうだとアイルランドをやめてオランダにした。それはそれで素敵な旅だったけど、数年後にアイルランドを訪れる機会に恵まれるとは。人生って不思議に流れていくのね

入国審査が厳しく、時間かかった・・・ やっぱりテロ対策なんだろうなぁ。日本人は警戒度が低いようで、私自身はものの1分で通過
出迎えに来てくれた、まだ20代と思しき女性ガイドUさんとドライバーに伴われてホテルへ向かう。アイスランドに暮らしていると友人には誤解されがちだとか、冷え性で冬は日本のカイロが役に立ちJapanese Technologyに感謝しているとか、他愛もない会話を交わしつつ、翌日以降のバウチャーを受け取った。

14時頃、ホテルに到着。日本から経過した時間を思えば本当はシャワーを浴びたい気持ちだが、時間を惜しむように街中へ出る。今回はダブリンに計4泊するとはいえ、遠出が多くて市内に丸1日いられる日はない。数時間が大事なのだ。
まずは中央郵便局を目指す。明日からさっそく地方都市、しかも週末になるので、今日切手を入手しておきたい。
ていうか、もう小雨が降ってきた。怪しい雲が出ていると思ったら・・・初日から折り畳み傘
ダブリンは都会だ。ガイドブックを開いて眺めていると浮いてしまいそう。ホテルの部屋の窓から地図を見比べて見当つけた方角は、幸い正しかった。標識を見ながら、オコンネル通りを目指す。アイルランド銀行が見えた・・・ということは、川を渡れば郵便局のはず。
左手にハーフペニー橋【約200年前に建設され、100年前までは通行料を徴収していたことから愛称がついた】を発見 ダブリンに来たんだなぁ。

橋から200mほど行けば、左手に郵便局。中をなんとなく進むとstampsと書かれた窓口があり、いとも簡単に切手をゲットできた、ラッキー

トリニティ・カレッジは17時までなので、急いで向かう。芝生の緑がまぶしい。
かつてケンブリッジを訪れた時、カレッジは軒並み冬季クローズで、クルーズしながら川から外観を眺めただけだった。比較できないのは残念
”ケルズの書”を擁するオールド・ライブラリー、行列しているか恐る恐る行ってみると、何のことはない。あっさり入れた。シーズンオフ、めでたき哉

”ケルズの書”・・・アイルランド旅行を思いたち、調べだして初めて知った【西暦800年頃、修道士たちが作成した聖書の彩色写本。写字装飾技術をもたらした聖コロンバ(コルムキルとも)を記念してスコットランド沖合のアイオナ島で制作中、ヴァイキングの襲撃に遭う。コロンバの故郷アイルランドを目指して修道士が避難し、ケルズで完成】。
人物や模様などの表現が全体的に丸くて可愛い。時期的にロマネスクというには語弊があるけど、美術のど素人からすると、それっぽく見える。エチオピアもそうだけど、キリスト教美術の表現で私が一番そそられるもの
ライブラリーのショーケースに展示されるページは度々変わるらしい。今回自分が目にしたなかで印象に残ったのは、マタイの右手による秘蹟の場面。
写真撮影禁止で画像がないので・・・ミュージアムショップで買った絵葉書を載せます。ご参考までに。

次は2階のロング・ルーム【オールド・ライブラリーの主要部。長さ65m、最も古い蔵書20万冊を収める】へ。
入口に立った時、感嘆しちゃった ひたすらSo Cool!! 映画に詳しくない自分でも見たことある気がする。「スター・ウォーズ」のジェダイ図書館のモデルとなった場所。

こんな螺旋階段のぼってみたい・・・
ちなみに、ロング・ルームは曇りの日の訪問がおススメなんだって。翌日会ったガイドのRさんに、晴れた日よりも美しく見えると教えてもらった。粋なはからい、神様ありがとう

展示されているハープ【アイルランドに現存する最古、15世紀の制作】。よく見れば、ケルト風の彫刻が施されている(この写真ではムリか)。
そういえば十数年前 ユーロ硬貨を手にした当初、財布に集まってくるコインの裏側(加盟各国の意匠)が興味深くて、しげしげと眺めたものだった。正直に告白すると、ハープってつまらないと思ってた、どこの国か調べようともせずに。う~ん、無知って恥ずかしい


ダブリン到着前からうすうす感じていたのだが、胃がもたれてしまった。降機前のスナック(ミートパイ)が余計だった・・・パスしなかったことを悔いても遅い
パブに行くつもりだったが、初日なので無理をせずあきらめる。
ガイドブックを頼りにリフィ川沿いのSuper Valuに入り、部屋食とする。デリもあったけど、胃の負担を考えて野菜スープをチョイス。
胃が悪いのにアルコールかい!って思いますよね~ てへっ 
このあと様々なアイルランドビールを飲んだなかで、写真左端のMURPHY'Sをいたく気に入った。喉ごしに残る香ばしい苦みが秀逸。帰国後、ダース買いするほど


1~5 ダブリン ⇒キャッシェル ⇒クロンファート ⇒クロンマクノイズ ⇒ゴールウェイ (2018年3月24日)

出発時間の10分前にロビーへ降りると、開いたエレベーターの先にガイドのRさんが立っていた。
ネット検索で見つけた今回の旅行社、アイルランドの会社にもかかわらず日本語で相談を受け付けていたので、自分の希望を伝えて旅程をアレンジしてもらった。その最初からメールをやり取してきた方がドライバー兼ガイドとして現れた。クラシカルな名前、そして落ち着いたメールの文面から、自分より年上だろうなと勝手に想像していたのだが、たぶん若い人だった(2才下、弟と同い年と後で判明)。
日本語が得意な現地の方にガイドしてもらうことはこれまで数多あれど、日本に生まれ育った生粋の日本人に案内してもらうのは稀。ともあれ、英語ガイドの場合は自分に立ちはだかる言葉の壁が今回は存在せず。観光案内がスムースなのは勿論のこと、なぜアイルランドへ来たかに始まって、今の仕事に至るまでを滔々と語るRさんの話に道すがら耳を傾けたのだった。

2時間ほどで、キャッシェルに到着。
ロックオブキャッシェルが車窓から見えた時の衝撃・・・小高い丘にそびえる堂々たる廃墟。1000年以上も権力を誇ってきた雰囲気を漂わせる。
下の写真は、近くから撮ったもの。

お気づきでしょうか、青空に。ガイドのRさん曰く、こんなに晴れるのは珍しいとのこと。やったね
下は聖パトリックの十字架。一瞬、んな形ですよね。左側の「ト」に見える部分は、崩壊防止のための支えとな。聖人は頭部から胴体まで失われて、足だけ残ってる・・・台座にはケルトっぽい組紐模様あり。

なお、コーマック礼拝堂【アイルランドを代表するロマネスク様式】は修復中で、見られなかった 
入口にあった写真を見る限り、ベージュと青の一風変わった色彩の壁画が広がっているようだった。う~ん、残念

次の目的地へは、メッチャ田舎道を2時間ほど進んだ。クロンファートはガイドブックに載っていなかったのだが、旅を思いたった後たまたま目にした旅ブログの影響を受け、行くことに決めた。
大聖堂のファサード。上部の三角形の部分に注目 骸骨をたくさん配置した稀有なデザイン。アイルランド・ロマネスクの傑作のひとつとされる。

入口脇の彫刻。聖人の右方には動物と思われる頭がいくつも。

中に入ると、中央の祭壇はないことに気づく。日ごろ訪れる人も少ないのだろう、聖歌隊の椅子や譜面台には蜘蛛の巣が張っていた。
下は、この教会に祀られている聖ブレンダン【6世紀、7年に及ぶ大西洋航海の旅に出たとされ、伝説が「聖ブレンダンの航海」にまとめられている】。
航海の守護聖人らしく、両足下に魚を捕らえている。


奥に進むと、祭壇の周辺には私好みの彫刻たちが ひっそりと息づいていた
天使の左下、双頭一尾の不思議な動物が。”ケルズの書”に出てくるモチーフのような・・・

人魚はケルトの伝承に出てくる海の妖精らしい。他の部分に比べて黒光りしているのは、触れていく訪問者が多いからだろうか。

穏やかな表情の天使たち。右下のモチーフは一瞬ユリの花かと思ったが、しげしげ眺めると錨に見えなくもない。ブレンダンにちなんでいるのか・・・

ファサードの目の前にあった、聖ブレンダンのお墓。航海者とは漁師だけでなく旅行者も含むと聞き、放浪好きの自分はブレンダンを守護神にすると決めた

実はこの大聖堂、聖職者が常駐しておらず、近所の方が鍵を管理しているという情報をブログで得ていたので、傑作といわれるファサードを見るだけでいいと思っていた。
ところが、ガイドのRさんは鍵を借りる算段をしてくれていた。予め下見に来て鍵管理者の留守宅にメモを残し、訪問日時を知らせておいてくれたのだ 
中を見るのと見ないのとでは、満足度がかなり違っただろう。Rさんに感謝

クロンマクノイズへ向かう途中、パブでの昼食はBLTパニーニ(この角度だと、トマトとレタスが見えないけど

Rさん曰く、雑貨店・土産物屋も併設する古いタイプのパブだそうで、地元のおじちゃん達のたまり場みたいだった。時刻は14時半、のんびり楽しんでいらっしゃる
天井に無数の名刺が壮観 訪れた方々のものだろうか。


この日最後の訪問地はクロンマクノイズ【アイルランドを代表する初期キリスト教遺跡のひとつで、アイルランドのほぼ中央に位置する。6世紀半ばに起源をもち、12世紀まで栄えた】。
シャノン川のほとりに広がる修道院跡。背の高い塔は、三角屋根を失ったラウンドタワー【アイルランド修道院の特徴のひとつ。森に覆われていたかつてのアイルランドで修道院を目指す人々の道しるべにするとか、ヴァィキングの侵入に抵抗する等の目的で建てた細長い塔。入口は数mの高さにあり、敵の来襲時には修道士が財物とともに籠った】。

手前にあるのが、クロンマクノイズで最も著名なハイクロスのレプリカ。オリジナルは、近くのビジターセンター内に保存されている(のちに言及する10世紀のもの)。

ビジターセンターには、3つのハイクロスがあった。9世紀制作の2つは、人物彫刻よりも抽象的な模様が多め。


10世紀の作品は、丸っぽい人物の彫刻がギッシリ。旧約と新約の両聖書から題材を採っている。
アイルランドに行こう!と最終的に私に決意させたハイクロスが目の前にあった。
日輪を示す円を中央部に抱く十字架―――紀元前後に開かれたキリスト教は、幾多の時間を経て多くの人々の手を伝って、各地で様々なバリエーションを生み出した。欧州の最西端ではこんな形態をとったのだ。キリスト教徒でもない私の、旅のテーマである。


ゴールウェイには17時半頃到着。ガイドのRさんと別れたら、急に沈黙が深くなった気がした。ふだん友人たちとの間でも聞き役にまわることの多い自分だけど、たった数時間で弾丸トークに慣らされてしまった(苦笑)
チェックイン後すぐ街にとび出した。アイルランドのガイドブックを読むうち、自分へのお土産はクラダリング【イングランド王ウィリアム3世にまつわる伝説をもつ指輪。忠誠・友情・愛を意味し、それらを示す王冠・手・ハートをモチーフとする】にしようと決め、発祥の地ゴールウェイで買えたらいいなと考えていた。が、閉店時間が迫っていた。客がいて入りやすそうなショップに飛び込み、物色する。安いのは30ユーロくらい。が、ちょっといいなと思うものの値札を見ると軽く100ユーロ超え。値段はピンキリ
アイルランドに来てから、緑色が目に触れる機会が多く魅かれる。ナショナルカラー、記念に緑の石入りにしたいけど、まさかエメラルドじゃないよね ガラス石? 一応説明を聞きたいけど、ゆっくりできる雰囲気じゃない。閉店時間オーバーしてるからね やむなく、最終日のダブリンで買うことにする。

胃腸も回復して今夜こそ初パブと思いきや、リングでもたついてるうちに夕食のゴールデンタイムになってしまった。しかも土曜日、ショップ通りからキー通り沿いのお店は人であふれている。結局、デリを買って部屋食、またしても
ガイドブックにはスーパーの記載がなかったので、ひたすら歩いて探す。それなりに見つかるんだけど、2軒はアルコールを扱ってなかった、ハズレ
当てずっぽうに、鉄道駅に近いエリアへ進む。アルコールを売るスーパーを発見!!人の出入りが多い場所にあるの法則
一応ワインをチェックしたが、やはり輸入モノ。郷に従いゴールウェイの地ビールと、サイダーにする。このリンゴ発泡酒、酸味があって美味しいのだ。


20時半過ぎに、部屋の電話が鳴った。一瞬間違いかと思うが、とりあえず「Hello?」 不自由な自分の英語で通話が成り立つのか不安に思いつつ。
ガイドのRさんだった。翌日からサマータイムになることを言い忘れた、と連絡してくれたのだ。情報はガイドブックから一応得ていたけど、私自身、日中に確認しようと思っていたはずが すっかり忘れていた。翌日は混載ツアーに参加するので、1時間遅れは命取り 感謝しつつ、時計を進める。幾多旅してきたけど、旅行中サマータイムに切り替わるのはこれが初めて。貴重な経験

5~8 ゴールウェイ ⇒モハーの断崖 ⇒バレン ⇒ダンゴーラ城 ⇒ゴールウェイ (2018年3月25日)

ツアーの出発が10時と遅めだったので、前夜3分で追い出された(←closed時間のため)聖ニコラス教会へ行く。イタリアはバーリの聖二コラ聖堂【小アジアから奪ったニコラの聖遺骸を安置する】へ行ったことはないので、若干ドキドキしつつ。
朝の光が射し込む壁に、アイルランドの国花シャムロック【聖パトリックが三位一体を説く際に使用したといわれる三葉の植物。クローバーやカタバミ、ウマゴヤシなどを広く指し、特定の植物ではないという説が有力】が彫られているのを発見。その下の天使は首がなかった・・・クロムウェルの侵攻時、被害にあったらしい。
後日ガイドのRさんに聞くところによると、「シャムロックの窓」といわれる有名なスポットなんだそうだ。偶然見出して、ラッキー


聖ニコラスはサンタクロースのモデルになったとされる3世紀の聖人で、子供の神。漁師の神でもあり、転じて旅人の守護聖人。この聖ニコラス教会には、かのコロンブスが航海の途次に立ち寄って祈願していったらしい。
前日、聖ブレンダンを守護神にすると操を立てたばかりなので、鞍替えはよしておくけど・・・この旅の安全を祈願して、そっと後にした

のんびりしていたら、コーチ・ステーションへの到着がギリギリになった。混載ツアー出発10分前、バスは満席に近かったが、後ろから3列目に空席2つ並びを発見。
ちなみに約40人のうち、アジア系は自分だけ。何処の国でも、こんな場面に出くわしがち

アーウィーの洞窟【バレンにある数千の洞窟のうち、唯一公開されている】はグループ入場。丁寧な説明だったけど、耳をトンネルしていく。メチャメチャ早いのだ。ほんとに英語なんだろーかと疑うほど いやいや・・・私のリスニング力の問題だわね(笑) 写真を何枚か撮ったけど、暗くて全然ダメなので割愛。

モハーの断崖は晴れていた。曇天の強風を想像してたけど、全然違う。ここまで結構天気に恵まれてるよね。なんだかラッキーだなぁ
ツアーは集合時刻を告げられて、自由行動。歩き出す前に入ったビジターセンターの写真を見て、オブライアン塔を目指す計画を変更、反対方向のHag's Headへ向かう。
下は遠望したHag's Head、夢幻のごとく霞んでいる。

1時間半しか時間がなかったので岬まで辿り着けなかったけど、片道30分は歩いた。ダウンコートを脱ぎ、それでも汗をかく。
崖の隙間で海鳥たちが羽を休めているのが微笑ましい。


美しい崖と横たわる海を眺めていたら、笑いがこみあげてきた。来てよかった~と叫んだ、思わず。周りに人がいないのをいいことに
ポルトガルはロカ岬に行った時、これが自分にとっての欧州最西端と思ったけど、さらに西を訪れることになろうとは。


ツアーに「巨人のテーブル」は含まれていなかった、残念 
帰途に寄ったバレンは海岸沿いの、ガイド曰く「月面のような」所だった。


往きに車窓からチラ見したダンゴーラ城に寄ってくれた。
どうやら、私は石造りの廃墟のある光景が好きらしい。それが水辺であれば、なお良し
北アイルランドのダンルース城とどちらが美しいだろうか。数日後に行く予定なので、楽しみ


ツアーは定刻18時にゴールウェイに帰着。
昼食をとっていなかった。あまり時間がないのに、モハーの断崖のビジターセンター内の食堂は行列だったのでパスした。
さすがにお腹がすいた・・・ホテルに戻らず、コーチ・ステーションから直接 街へ向かう。
前日はいっぱいで入れなかったMc Donagh’s。レストラン部門はお休みだったけど、fish&chips部門(ファストフード的な)は開いてた。
とはいえフライはノーサンキューなので、bakedのタラを注文。これが当たり ほぐした鱈を何層も重ねて、間に茹でたブロッコリーのみじん切りとカレー粉で味付けしたマヨネーズを挟み、パン粉をのせて焼いてある。美味しかった

Mc Donagh’sはキー通りの端にある。明日には発つので、港方面へ足を向けてみた。税関方面からスペイン門に向かって、ものすごい勢いで水が流れている。予想した以上に海に近い。カモメが頭上を飛び交うはずだ。

今日こそパブの出番だ。日曜だからか昨日に比べて人出が少なく、入りやすそう。
ガイドブックで見かけて気になっていたKing's Head【1649年、チャールズ1世を処刑した人物に報酬として与えられた建物を使用】に入った。
人生初パブ、まず入るのに勇気がかなり必要だった。さらに、入った後どこで注文するのかもよく分からない。目に入ったうら若き女性店員に声をかけたら、”自分じゃなくて向こうよ” と冷たい洗礼を受ける 向こうって、奥のことか 奥に踏み込むと、もうできあがってる客もいる。キョロキョロしてる東洋人は傍目に相当不審だったろうな・・・
カウンター沿いに左折すると、ビールのサーバーらしきレバーが並ぶ地帯にたどり着いた。その前にいた、これまた若そうな男性店員に恐る恐る「One pint of Guiness.」と言ってみる。
メッチャ愛想よい。な~んだ、たまたま最初が不運だっただけか。ホッ

1パイント(=0.57リットル)をすすりながら、むき出しになっている壁の石組みを眺める。たしかに古そうだ・・・
BGMはアイリッシュの伝統音楽。同様のがツアーバスの中でも流れてたんだけど、どうやら私は気に入ってしまった。
なんていうのかなぁ、全然クールじゃない。どっちかというと、泥臭いカンジ。でも、それがアイルランドの風景に合っている。素朴で温かくて、でもどこかに哀愁があって。
CD買って帰ろうかな。お酒飲みながら家でも聴きたいな 

5・9・10 ゴールウェイ ⇒リムリック ⇒ディングル (2018年3月26日)

朝からペットボトルと格闘。アイルランドの水は携帯用の標準が750mlで、しかも吸い口付き。夏じゃないので500mlあれば十分だし、なんといっても口が狭くて水の移し替えに骨が折れるのだ。まさか、漏斗持ってきてるはずもないし(笑) スーパーで買う時、ちらりと頭をよぎった勘は悪いほうに的中。ゴールウェイ連泊だったから2リットルの大ボトルを買ったのだが、洗面台にかなりこぼしたんじゃないかなぁ

今日はバスを3回乗り継いで、ディングル半島へ向かう。第1の中継地、リムリック行きのバス乗り場は難なく見つかった。
この旅で何度かお世話になった、エーランのバス。赤い車体が可愛い

1時間半くらいでリムリックに到着。降り口に係員がいて、降りる客たちは地名をつぶやいている。乗り継ぎ先を告げると、次に乗るべきバスの乗り場番号を教えてくれるのだった。親切だなぁ・・・他の国ではなかなか無いサービス
リムリックのバスステーションは鉄道駅と隣接する構造だった。ゴールウェイもそうだったし、これが一般的なのかな。下の写真、ガラス扉の向こう側が鉄道のホーム。


第2の中継地トラリー行きのバスが発車するまで1時間。ふと郵便局へ行こうと思いたつ。アイルランド初日に入手した切手で足りなくもないのだが、できればもう1枚欲しい。ガイドブック情報を目当てに歩き出す。片道10分くらいの計算だった。下は街歩きの途中に見かけたギネスの看板、面白くて思わずパシャリ。

結局、郵便局は見つからずじまい。ここかなぁと思う場所にrent officeがあっただけ
でも、シャノン川に向かって下り坂になっている町の構造を体感したり、アジア食材店やケバブ屋を見かけたり、よい暇つぶしになった。
そう、そして・・・下の写真、お気づきでしょうか。

リムリック駅近くのPeople's Parkでは、桜が四分咲きだった。帰国する頃には散っているだろう、この春はもうあきらめていたから、ちょっとしたサプライズ。ラッキー 
何か日本と関係してるのかな? 公園の来歴看板を読んだけど、なぜ桜が植わっているのかは分からなかった

バスに乗ろうとすると、雨粒が落ちてきた。朝から天気悪いなと思ってた。
とすると、クロンマクノイズもモハーも奇跡の好天だったのかな(笑)

約2時間でトラリーに到着。途中、アデア【かつてコンテストで優勝し、「アイルランドで最も可愛い村」とされる】を経由したことを車窓から確認。
トラリーのバスステーションは新しいけど、断然シンプルで飲み物さえ売っていない。トイレを済ませて、30分後に来るバスを待つ。ここでも、止みそうにない雨の降り方をしている。
今日のような移動日は、自由旅行なればこその醍醐味だ。
車窓を眺めながら、目にとまるモノについて考える。他愛もないことが多い。
アイルランドでいえば、牧地や畑の境界線をなす石垣、グレーの石積みの廃墟。岩が豊富で、身近な素材なんだろうなetc・・・
そして、自分の心の中を覗きみる時間でもある。
4月からポストの変更が決まっていて、仕事が忙しくなると予想された。自分は何ができる人間なんだろうか。今後、何に力を入れなければならないのか?
いうなれば、心の整理。異国で車窓を見ながら旅することは自分にとって大切な時間。呼吸するように旅したい・・・それが私の希望

トラリーを出ると、ローカル感が一層強くなった。中世とまではいかずとも、前近代だろうかと思われる石造物や橋がそこかしこに在った。小川は中世そのままかと思われる佇まい。なんだか絵本に出てきそうな光景
途中の牧地には羊がいっぱい。シーズン的にそうなのか、子羊たちが母羊の後をよちよち追いかけ、戯れている。そのサイズ感がもう可愛くてたまらない

1時間でディングルに到着。こちらもやはり雨、霧雨がしとしと
旅行社がくれた丁寧な地図のおかげで、迷うことなくホテルにたどり着いた。15時過ぎ、チェックインしてすぐに外出する。バス停で降ろされた時、向かいのスーパーが目に入っていた。水と、晩酌用のアルコールをゲットしたい。
望んでいたフツーの口のペットボトルは入手できず。正確に言うと、小さめのペットボトルは4本セットしかない。仕方なく1リットルを買い、持ち歩くことにする。移し替えはもうしないぞと。
一旦ホテルに戻り、洗濯に費やす。ヒーターがあるから、外が雨でも乾きそう。

2回目の外出では、町をぶらつく。翌日はディングル半島観光の後、30分弱でダブリンへ発つため、あまり時間がない。
聖メアリー教会を目指す。どんな町に行っても、なんとなく教会を訪れてしまう癖がある。
ディングルのメインストリート、ストランド通りからけっこう急な坂を上った。下の写真、道路の向こうに霞んでいる塔がそれ。

中は新しいようで、壁にはイエス・キリストの受難がモダンなガラス細工で表現されている。

再びストランド通り周辺に戻って、土産物屋をはしごする。ここまでの4日間で、親しい友人に渡せそうな適度な値段のお土産を見つけられないでいた。そろそろ旅も後半なので、ちょっと焦る

港町だから、夕食は魚にしようと決めていた。そして、バス停に広告があった地ビールも飲みたい。雨でうすら寒いので、チャウダーを飲みたくなった。
両者を満たす、通り沿いの店に入った。最初に通りかかった時は客であふれていたのだが、ティータイムが過ぎたためか、全てはけていた。
家族経営らしく、看板娘(たぶん10代後半、いっても20代初め)は辛抱強く私と英会話してくれた。
地ビールはラガー、エールよりホッとする
チャウダー美味しいなあ。温まるぅ~


チャウダーが終わった頃、例の娘が他にどう?と聞きに来る。オススメを尋ねると、鱈のfish&chipsだという。ん~
思い切ってchipsは苦手だと言ってみたら、chips抜きも可だと。 
というわけで、イカのフライを注文。前夜にタラは食べてるからね。

揚げ物にかわりはないけど、イカは格別 ガーリック風味のマヨネーズソースがぴったり合う。
帰り際、very goodと言い残して去った。

部屋に戻り、お風呂あがりに晩酌。こちらはディングルのエール、冬限定バージョンらしい。
正直に告白すると、以前の私はスタウトが苦手だった(もともとワイン派で、ビールは宴会の時だけ。買って自宅で飲むことはまずないが、それにしてもピルスナーばかり)。
が、アイルランドに来て飲むうちに開眼していった。そうか、これまで美味しいスタウトに出合ってなかっただけなんだな


★ 中締め ★

中途半端ながら、これにて前半は終了
旅の後半は、ディングル半島観光の後に一旦ダブリンに戻ってニューグレンジ、そして北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイ・・・と世界遺産を巡る。

この記事を書きつつリムリックの桜を思い出していたら、東京で開花宣言が発表された。
編集作業をしている時のBGMは「The Complete IRISH MUSIC Collection」、旅の最終日にダブリンの土産物屋で購入した2枚組のCDだった。
久しぶりにアイルランドに浸り、もう2年経ったことを懐かしく思った。
気を緩めず、そう遠くないうちに後半もアップしないとなぁ







































































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