Takeda's Report

備忘録的に研究の個人的メモなどをおくようにしています.どんどん忘れやすくなっているので.

Webの進化と情報流通(2/2)

2006年08月29日 | 解説記事
5.学術情報の流通
では、学術情報の流通ではどうであろうか。学術情報においては情報流通を形作るのは出版社や学術団体(学会)であるが、これもスケールこそ違うが、大量情報の一方的配信という基本的にマスコミと同様の性格をもっている。ただし、情報流通は少し異なる(図2参照)。それは論文の投稿という形で利用者が情報を能動的に提供するという点である。マスコミにおいては利用者と情報収集は分離されていたが、学術情報流通では全体がループを形成している。一般の情報流通においては利用者は情報流通に能動的に参画することはできなかったが、学術情報流通では研究者の情報流通の担い手である。すなわち、研究者側も情報の収集、生成、公開という3つの活動を行っている。
とはいえ、学会や出版社がだす学術雑誌というのは出版そのものが限定されているので雑誌の発行そのものがある種の権威であり、さらにその学術雑誌の間にも権威の差があった。すなわち研究者側にそれほど自由度があるわけではない。このような固定的な枠組みで情報流通が行われてきた。
このような学術情報の流通は、利用者も情報流通の担い手であるという点においては、現在のWebにおける情報流通と同じである。同じというよりは先祖というのが正しいであろう。そもそもWebの開発の目的が研究情報の交換にあったことからわかるように、Webは個々の参加者が自主的に情報を公開、相互に交換し合うという学術コミュニティのやり方に基づいている。
ただし、現在のWebの状況は古典的な学術コミュニティの情報流通の方法を飛び越えて、さらに先に進んでいる。かつては学術出版社や学会は情報流通のコストの担い手であり、基本的には学術雑誌や学術会議を通じてしか、論文を公開して流通する方法がなかった。しかしWebにおいては誰でも情報を公開できる。また、公開のコストは格段に低くなった。単に自分の論文内容を人に見せたければ自分のWebで公開すればいい。むしろ、Webで手に入る論文の方が印刷物でした手に入らない論文よりもはるかにに引用されやすい5)。例えば、Googleで用いられているPageRankアルゴリズムの論文6)はスタンフォード大学のテクニカルレポートとして刊行・公開されているにすぎないが、少なくともWebで見つかる論文で322回引用されている7)。出版社の方も印刷物を伴いないオンラインジャーナルを積極的に刊行するようになり、ジャーナル数も増加した。この結果、これまでのような権威づけのやり方は通じづらくなっている。
このように、学術情報流通も確実にWebの進化に影響を受け、変化を迫られている。だとするならば、4章でみたような情報流通の変化も学術情報においても現れるはずである。例えば、非常に著名になる論文がある一方で、マイナーな論文の存在価値もまた見直されるであろう。また、既存の権威に頼らないボトムアップな順位付けや体系化も行われるであろう。
これから考えなければいけないこともまた同じであって、情報流通を単に情報活動ではなく、情報・コミュニケーション活動として捉えなすことである。すなわち、研究者間のコミュニケーションをもっと積極的に取り込む必要がある。研究者のネットワーク8)(図5参照)や研究者間のインタラクション支援9)の研究はこの方向の重要な一歩であると考えている。
考えてみれば、そもそも学会というのは研究者の集まりであって、研究者間のコミュニケーションを実現することが目的であった。その意味ではその本旨に立ち返えるということであるといえよう。

6.おわりに
本稿ではWebの進化に伴って情報流通がどのように変わってきたかについて考察を行った。Webは情報流通に革命的変化を及ぼしている。誰でも自由に情報を公開して利用することができるという理想的状況が今実現している。これは強調して強調しすぎることはない。ただ、急激な変革に我々自身も戸惑っているし、また社会も対応しきっていない。その結果、様々な軋轢や新しい問題が起きているのも確かである。しかし、このような自由な情報流通から後戻りすることはないであろう。我々もむしろ積極的にこの新しい情報流通に取り組み、問題解決に取り組んでいくべきである。

参考文献
1) Tim O'Reilly, What Is Web 2.0 Design Patterns and Business Models for the Next Generation of Software, 2005 http://www.oreillynet.com/pub/a/oreilly/tim/news/2005/09/30/what-is-web-20.html
2) Albert-Laszlo Barabasi, Linked: The New Science of Networks, Perseus Books Group, 2002 (邦訳:アルバート・ラズロ・バラバシ, 新ネットワーク思考, NHK出版, 2002)
3) Jim Giles, Internet encyclopaedias go head to head, Nature 438, 900-901, 15 December 2005
4) JXian Wu, Lei Zhang, Yong Yu, Exploring Social Annotations for the Semantic Web
5) Steve Lawrence, Free online availability substantially increases a paper’s impact, Nature, Volume 411, Number 6837, p. 521, 2001
6) L. Page, S. Brin, R. Motwani, and T. Winograd. The Pagerank Citation Ranking: Bringing Order to the Web. Technical report, Stanford Digital Libraries, 1998.
7) http://citeseer.ist.psu.edu/page98pagerank.html(accessed 2006-8-24)
8) Y. Matsuo, J. Mori, M. Hamasaki, K. Ishida, T. Nishimura, H. Takeda, K. Hasida and M. Ishizuka: POLYPHONET: An Advanced Social Network Extraction System from the Web, in Proceedings of the 15th International Conference on World Wide Web (WWW2006), pp. 397–406, Edinburgh, Scotland (2006), ACM Press.
9) K. Numa, T. Hirata, I. Ohmukai, R. Ichise and H. Takeda: Action-oriented Weblog to Support Academic Conference Participants, in IADIS International Conference on Web Based Communities 2006 (WBC2006) (2006).

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