Takeda's Report

備忘録的に研究の個人的メモなどをおくようにしています.どんどん忘れやすくなっているので.

Webのこれまでとこれから (5/5)

2006年12月29日 | 解説記事
7.社会としてのWebから生じる新しい課題
このような変容を遂げる社会においては様々な新しい問題が起こってくることが予想される.それらを数え上げることは不可能であるが,筆者が思いつくもので二つほど挙げることにする.このほか,地理や国家に基づかない社会構造など本質的な変化が多数起こると思われるが,筆者の手に余るので,割愛する.
7.1.新しい「もの」の存在のあり方
我々の社会は当然ながら実空間を基盤にしていたので,我々の社会にある「もの」(人工物)も当然,実空間に存在するものであった.ところが,社会化したWebにおいては,その社会に存在する「もの」はデジタル的存在するものも含むようになる.むしろ,社会で役割を果たすものの多くはデジタルとしての存在が重要であり,実空間上での存在は付加的な特徴になるであろう.いま,サービス工学[3]あるいはサービスサイエンス と呼ばれるもののサービス化はその端緒である.
当然デジタルとしての存在は前章で述べた複製可能性や永続性といった特徴をもつ.社会はこのようなものの危難の上に再構築される.例えば,近年話題になっているネット上での著作権問題の例でわかるように,Web空間には実空間の法則に基づく仕組みは適用困難あるいは適用不可能である.
我々の産業は多くは実空間のものを媒介として成立している.実空間のものからWeb空間のものへ移行するとき,産業の仕組みが大いに変わることは間違いない.
7.2. 個人のアイデンティティと個人の統合性
個人のアイデンティティもまた大きな変容を受ける.その一つはWeb空間上での多数の分離であり,もうひとつは実空間とWeb空間の間での分離である.
個人は社会が複雑化するつれ分断化をされてきたが,これまでは実空間の存在こそ最終的なよりどころであった. Web空間における個人のアイデンティティはもはや実空間上の存在との関連をもつ必然性はない.むしろ関係を持たないことで新しい活動が可能になる.すると,一人ひとりが複数のアイデンティティを持って活動することになる.個人個人にとって複数のアイデンティティを自分自身で一貫性をとるのか(あるいはとらないのか),自己のアイデンティティは複数におくのか,など新らしい自己像が求められる.また他人とのコミュニケーションも非全人格的人間関係が主流になり,ここでも新しいコミュニケーションスタイルが求められるであろう.
さらには物理的個人という制約が緩まることで,集合的知能という新しい知能の形が模索されるであろう.個人と集団は新しい関係をもつようになると思われる.Web上の社会では個人の知識や知的能力を超えて,計算機や他の人々と一緒になって行う知的活動が可能になるであろう.
4章では社会化するWebとWeb化する社会はほとんど一致すると述べたが,絶対に(少なくともこの10年においては)Web空間と実空間が完全に一致することはない.それは,我々が身体を持ち,この身体に基づいて生活している限り,デジタル化されない実空間の存在は残らざるを得ない.このため自由度の高いWeb空間上の自己と実空間にある自己という二つの乖離が著しい二つの自己を維持していかないといけない.これがもう一つの分離である.ここでも自己の基盤をどこに置くかという問題が起こるであろう.

8. まとめ
本稿ではWebの始まりから現在までを回顧,分析を行い,その上で近未来について考察を行った.後半部分は少々大げさすぎると思われるかもしれない.しかし,冒頭に述べたように社会にWebが浸透してから10年もないにもかからず,我々の社会は大きく変化した.そのことを考えればそれほど大胆ではないだろう.
個人的には楽観的に考えているので,さまざまな新しい問題が起こりつつも,それを克服して社会はより知的になっていくと考えている. ここでいう知的な社会とは人々が個人あるいは集団で様々なことを考え,それを実現していくことが自由かつ容易にできる社会のことである.インターネットそしてWebはまさにそのような知的な社会の実現のための仕組みであり,今後もその方向で発展していくと信じている.

参考文献
[1] 武田英明, 大向一輝:Weblogの現在と展望-セマンティックWebおよびソーシャルネットワーキングの基盤として-, 情報処理, Vol. 45, No. 6, pp. 586–593 (2004).
[2] Tim O'Reilly, What Is Web 2.0 Design Patterns and Business Models for the Next Generation of Software, 2005, http://www.oreillynet.com/pub/a/oreilly/tim/news/2005/09/30/what-is-web-20.html (2006年12月28日確認)
[3] T. Tomiyama, Service Engineering to Intensify Service Contents in Product Life Cycles, in Second International Symposium on. Environmentally Conscious Design and Inverse Manufacturing,. Tokyo: IEEE Computer Society, 613-618, 2001.


Webのこれまでとこれから (4/5)

2006年12月29日 | 解説記事
6.社会としてのWebの特徴
社会としてのWebということは,社会に存在するあらゆる要素がWeb上になければならない.人,もの,人やものの関係,社会的活動(生活,教育,ビジネス),コミュニティ,組織,ルール,モラル,法律,犯罪,政治,等々である.社会という視点からみてみると,現在のWebはまだまだその端緒についたばかりだということがわかる.やっと,大勢の人(といっても人口の何割かでしかない),人間関係のほんのすこしの部分,社会的活動のほんのすこしの部分等々.これらの要素はこれから次々と「Web化」されていくであろう.
そうするとWebの様相は大きく変わっていくであろう.Webは今に比べればずっと複雑な構造をもつことになる.Webが普及した理由はWeb文書とリンクといった構造の単純さであり,この特徴はWebからなくなりはしないが,社会的な要素を取り扱うためにはそれだけは済まず,社会のもつ複雑な構造を取り込まないといけない.
そのような世界を想像しがたいかもしれない.しかし,すでにそのような世界は存在している.多くのオンラインゲームの中には既に多数の人々が毎日のように参加して,日夜“生活”している.ある種の社会が形成されているといえよう.図5に示すようにReutersのような実空間の企業が参加もするようになっている .
この中では人々の間のコミュニケーションはもとよりコミュニティの形成,商品売買といった社会活動まで行わなわれている.さらには“犯罪”“不正”も行われるようになっている.集団での待ち伏せといったゲーム世界内の不正から,システムの不備をついた不正アクセスといったサイバー空間ならではの不正,それがRMT(リアルマネートレード)という形で実空間の社会とのかかわりを持つ不正と多様である.このような混沌とした世界が我々がこれから生きるであろう社会である.
さてそのような社会としてのWebはどのような性質を持つのであろうか.現在の社会がそのままWebに移し変えられるわけではない.実空間上の社会はその空間のもつ制約のなかで形成されたものであり,一方Web空間は別の制約をもっている.したがって異なった社会の実現の仕方になるはずである.
Web空間の特徴としては以下のものをあげることができる.まずデータの特徴しては,複製可能,再利用可能,永続性がある.複製可能と再利用可能はデジタルデータの一般的特徴である.永続性は新しい特徴である.Web上の情報は消去が簡単で紙文書より永続性がないようみえるが,現在の傾向からするとむしろ逆で,一度Web上に現れた情報はどこかに保存され,ずっと残りうる .プロセスとしての特徴は,時間非依存,空間非依存,多重化可能,並列化可能,量非依存などが挙げられる.時間や空間に依存しないということははじめからのWebの特徴である.さらに近年の計算機の普及によって多重化や並列化が容易になっている.さらにはGoogleが示したように,近年の計算機の低廉化によって計算資源が潤沢になり,実質的に情報の量に依存しなくなりつつある.
このような情報の取り扱いは実空間ではできなったわけである.当然,このような性質をもつWeb上の社会は実空間の性質に基づく今までの社会とは異なる仕組みをもつであろう.


Webのこれまでとこれから (3/5)

2006年12月29日 | 解説記事
4. Webのアーキテクチャ
Webは情報科学のなかでどのような位置にあるのであろうか.
Webはインターネット上の一つのアプリケーションとして起こったわけなので,インターネットを構築するすべての情報技術が関連するといえる.しかし,Webが情報科学のなかで占める重要性はそこではない.むしろ,そのような計算機ネットワーク上でやり取りされる情報の中身自体が重要であり,それが情報科学の研究対象あるいは情報技術の開発対象であることを知らしめた点である(図3参照).いわば情報コンテンツの科学を創出した点がこれまでの情報科学と異なる点である.それは,データの流通でなく人や組織の間の情報流通,計算機のネットワークではなくてWebページのネットワーク,といったものはが新しい研究開発ターゲットになった.グラフの構造からWebをモデル化するWeb CommunityやPageRankといった研究はその例である.コンテンツの世界は多種多様そして膨大であり,単純さを旨としてきた情報科学に新しい局面をもたらしたといえる.
しかし,実はそれだけではWebに関わる研究は終わらない.というのは,Webのコンテンツというのは日々更新されている.今日のWebと明日のWebは違う.これはWebコンテンツは単に可変だということだろうか.実は今Webにあるコンテンツはたまたま社会にある情報がWeb化されただけに過ぎない.明日に別の情報がWeb化されるかもしれない.すなわち,Webの背後には実空間の社会にある情報もろもろがあり,その一部がWebとして“可視化”されたにすぎない(図4).
このように考えると,Webに関する技術は必然的にこの3つの層を対象にしないといけないことがわかる.無論,実空間の社会そのものをすべて情報として扱えるわけではないが,社会をスコープにいれた情報技術が必要とされている.たとえば,社会ネットワークやコミュニケーション,コミュニティに関わる研究・技術が該当する.今はWebにあるかどうかではなくて潜在的なWebとして社会にある情報を扱っていく研究である.

5. 社会化するWeb,Web化する社会
Webは今後どんな方向へ進化していくのであろうか.
端的にいってしまえば,「Webは社会化」し,「社会はWeb化」するであろう.「Webの社会化」とはWebが社会の要素を取り込んでいき,社会として機能していくということを意味している.これはWeb 2.0の流れが容易に理解できよう.
「社会のWeb化」とは社会からみた視点である.これまでの社会の基盤は実空間,すなわち物理的存在である人間が地表上に築いた世界であった.すなわち「社会=実空間」であった.それがWebという新しい基盤を得たということである.それは単に社会の基盤が複数になったということではない.Web空間は我々の実空間とは異なる法則の世界である.社会のWeb化とはこのような別の法則によって社会が変化することを意味している.
模式的に示せば,図4において,前者(Webの社会化)は下の二つの層を含む部分(Web空間)が拡大して,実空間を含むようになるという動きであり,後者(社会のWeb化)は実空間から拡大して,下の2層を含むようになるといえる.この二つの輪の和がこれからの我々の生きる社会である.
この二つの世界はどんどん近づいていって,いずれはほとんど一致するようになるであろう.これが社会としてのWebというわけである.
つまり,実空間で行っていたことがWeb空間上で行うようになるということである.実際,10年で我々の生活の一部は確実にWeb上へ移されてきた.その傾向は今後むしろ加速していくであろう.すなわち,社会そのものが大部分Web上へ移動してしまうというわけである.

Webのこれまでとこれから (2/5)

2006年12月29日 | 解説記事
3. Webはなぜこれほどまでに普及したか
さて,Webはなぜこれほどまで普及したのだろうか.一般に技術の普及は技術自体の優越性と普及の段階での社会状況が関わっている.後者は多く場合,普及を進める強力な企業,あるいは標準化団体,あるいは政府などの公的機関があることが多い.インターネットは,これまでの技術普及の流れと異なり,技術的優位性も普及のための組織的優位性もそれほど高くないが,ユーザ側自身が普及に参加するという形で普及したという新しい技術普及を流れを作っている.Webもインターネットと同様であるが,それ以上にユーザ側の参加による普及の実現という面が強い.Webの記述言語であるHTMLは提案当初よりSGMLを簡略版に過ぎないという批判を受けていたように技術的な先進性はない.また特定の大企業が推進したものでもない.またW3C(World Wide Web Consortium)という標準化団体が1994年に作られているが,歴史の浅い小さな団体であり,強力な普及の原動力になりえない.
ではなぜユーザはWebを支持したのだろうか.Webのもつ技術的,社会的特徴は以下のようにまとめることができる.
1. オープン性:自由に参加できる,自由に関係をつくれる.
2. 経済性:やりとりする情報量にコストが比例しない
3. 簡単である.
1と2は概ねインターネット自体の特徴である.特に1はインターネットの誕生から商用利用にいたるまでに培われてきた“インターネットの精神”のWeb版といえよう.それがノード(コンピュータ)からWebサーバへ,さらに個別の情報へ変わったわけである.つなり,計算機と物理的配線から構成されるノード間のネットワークというものがWebページとその間のハイパーリンクによるネットワークに変わったのである.
この仕組みは多くの人々にとって大変魅力的であった.一般の個人にとって初めて出現した表現手段であろう.人々はまずはその点で受け入れた.つぎにそういったWeb上の情報は相互につながりあうことで孤立しているときは異なる価値を得られることを知ったわけである.
2はインターネットの技術的および経済的特徴の継承である. これまでの情報提供メディアはすべて提供する情報そのものの量や提供先の数に比例するものであった.多くの人に情報を伝えたければ多くのコストがかかる.このため大規模な情報提供は大資本や公権力に限られていた.ところがWebにおいては基本的にコストが低い上に,極端なアクセスの集中を除けば,提供情報量にコストは比例しない.これは情報提供メディアとしては画期的なことであり,多くの人々,組織が飛びついたのも無理はない.
3番目の簡単さはインターネットから継承した特徴ではなくてWebが自らに課した特徴である.Tim Berners-Leeは情報研究者や情報技術者のためにWebを設計したのではなくて,物理学者など非情報系の人々のためにWebを設計した.このためWebは始まりから「簡単さ」が必須の特徴であった.情報研究者にとっては不満の多いHTMLも簡単さという点においてWebの普及に大変貢献している.たとえば,画像が埋め込めるといった特徴は情報研究者にとって些細な拡張でしかないかもしれないが,ユーザにとっては本質的であった.インターネットは基本的に開発者もユーザも情報系研究者/技術者であったので,この点で大きな違いとなっている.
これらの特徴は参加を大いに誘惑し,参加者を増やした.その参加者の多さに既存のメディアを使っていた組織も次々にWebに参入していったわけである .
これらの特徴はWebをさらに進化させる原動力になっている.
“Web 2.0”というキーワードが2006年に話題となった .
Webは基本的な枠組みは誕生以来ほとんど変わっていない.しかし,利用の仕方は広がり,そのままでは解決でないあるいは不便な点が多く出てきた.Webではそれの枠組みを変えるのではなくて,さまざまな工夫を加えていくことで解決していった.この変化をTim O’Reillyは“Web 2.0”と名づけた[2].こ過去のWebがバージョン1なら,今のWebはバージョン2であるというわけである.
その特徴は “参加”と“オープン性”に集約される.すなわち,多くの人が参加することで集合知(例えばfolksonomy)という新しい形が現れたり,オープン性からサービスが有機的につながりあう(例えばGoogle Map)ことが可能になっている.そしてどれもが簡単であることが前提になっている.すなわち,Web 2.0もまたWebの技術的および社会的特徴を突き詰めているといえる.

Webのこれまでとこれから (1/5)

2006年12月29日 | 解説記事
1. はじめに
2007年の今,World Wide Web (WWW, 以下Webと呼ぶ )がない生活が想像できない位,Webは我々の生活・社会に浸透している.しかし,Webはわずか10年ほど前に出現されたに過ぎないし,日常生活に使われるようになったのはこの5年ぐらいに過ぎない.だか,Webは我々の情報のやり取りの仕方を一変してしまったし,単に情報の授受にとどまらず,産業や生活の仕方までも変えてしまっている.この変化は社会全体にわたる広範囲なものである.しかも驚くべきはその速度である.これまでも新しい技術の普及によって社会は変化してきた.たとえば自動車の発明と普及は我々の生活を変えたし,電話やテレビも同様である.しかし,その発明から普及まで多くの時間がかかっている.Webは高々10年であるということはまさに驚異である.
本稿では,Webの始まりから,Webの今,そしてWebの未来を考えていきたい.

2. Webのはじまりと普及
Webは1980年代の終わりにスイスにあるCERN(European Organization for Nuclear Research,欧州原子核研究機構)において,Tim Berners-Leeによって提案された.彼はWebのベースとなるようなシステムを1980年は作っているが,現在のWebの原型となるものは1989年にCERNに出したプロジェクト提案書から始まる.彼は研究者間の情報共有の仕組みとしてこのプロジェクトを提案している.1990年には最初のWebブラウザWorldWideWeb,最初のWeb Serverなどが実装されている.図1は最初のWebページと言われるものである .
Tim Berners-Leeが1991年にネットニュースにWebを普及を促すメッセージを書いた後,主に大学においてWebサーバが立ち上がるようになった.
上記のブラウザを含めていくつかのWebブラウザが提案されたが,Webにとって転機になったのは,1993年にイリノイ大学の米国立スーパーコンピュータ応用研究所(NCSA)でおいてMarc Andreessenを中心とするグループによって開発されたブラウザNCSA Mosaicである.これは当時ワークステーションでよく使われていたX Window システムで動くもので,とくにテキストと画像を合わせて表示することができた. NCSA MosaicによってWebは大学において爆発的な普及した.図2は著者の1996年ごろのWebページである.このようなページを研究者が先を争って作っていた.
ただ,この時点ではコンピュータがワークステーションなど高価なものであったことと,インターネットは研究組織などに限られていたので,Webサーバの提供とWeb利用者は大学や研究機関とそのメンバーに限られていた.
1990年代後半においてインターネットの商用利用への解禁とWindows 95の発売によって,Webは研究者以外の人々が使うサービスに変わっていた.とくにInternet ExplorerがWindows OSに付属するようになったことで,PCの当たり前の機能として認識され,利用されるようになった.
さて,その後,Webは一般社会においてどのように普及していったのであろうか.最初はインターネットにつなげるようになった個人やその人たちのグループの情報を提示するのに用いられた.ここまでは前段階の研究コミュニティのためのWebと同じで,「情報提供者≒情報利用者」であった.
次に企業などの組織がWebは安価で効果的な情報提供手段であることに気づき,自組織の情報提供手段として使うようになっていった.ただし,初期には主に会社などのパンフレットにある情報をWeb化したものが多く,静的なページであり,また情報量も多くなかった.
Web利用者が増えるにつれ,Webを単なる広報手段ではなく情報交換手段として用いることが広まった.そこで,商行為の媒体,いわゆるe-commerceとしてのWebが注目された.アメリカでは一時余りにもてはやされ過ぎて“ドットバブル”とその崩壊といったことも起こったものの,現在ではe-commerceはすっかり根付き,成長している.ここではもはや「情報提供者≒情報利用者」でなく,むしろ情報提供者(企業等)は情報提供だけ,情報利用者(一般市民)は情報利用だけというようにユーザは分離されている.
一方,情報交換手段としてのWebをビジネスではなく,コミュニケーションに役立てるという使い方も一般的になった.それがWeblogであり,SNS(Social Networking Service/Site)である[1].この場合は再び,情報提供者は情報利用者であり,両者は重なり合っている.ただし,利用だけするユーザも多いので,「情報提供者⊂情報利用者」という関係である.


Webのこれまでとこれから (0/5)

2006年12月29日 | 解説記事
通信学会会誌のための原稿の草稿です.90周年記念ということでスケールを大きく書いてみました :-)
まだ長すぎて駄目なんですけどね.

あらすじ:
Web(World Wide Web)は,いまや億単位の人々によって利用される数十億ページといった大量の情報を共有する仕組みにまでなった.この地球規模の情報共有はすでに社会の仕組みを変えつつある.例えば,情報の流通の仕組みはマスメディアによる一方的な仕組みから人々が情報の提供と利用を行う相互的な仕組みに変わった.今後も社会はWebによって変化を余儀なくされるが,Webもまたより社会の仕組みを取り入れるように進化するであろう.いわばWebの社会化である.近未来においては我々は実空間の社会とWeb上の社会の二つに属して生活することになる.Webの社会化によって実現される社会は単に我々の社会のコピーではなく,複製可能,時空間の超越といった情報空間の特性にあわせた新しい社会の構造をもつ.Web上の社会では個人の知識や知的能力を超えて,計算機や他の人々と一緒になって行う知的活動が可能になるであろう.