イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

感謝に満ちた旅!(ひびきあう旅 ④ 4/10)

2013-08-21 | 第五章「和解と平和」

日本の三大旅行詩人として、和歌の西行、連歌の宗祇、俳句の芭蕉が有名である。この6月に訪問した唐招提寺にも芭蕉の「若葉して御目(おんめ)の雫(しづく)ぬぐはばや」の碑があった。江戸から、唐招提寺まで徒歩で来たんだなと感動した。

この詩は、唐招提寺の創立者の鑑真への愛情というか感謝というか、何とも言えぬ気持ちを歌いこんでいて胸が熱くなる。鑑真の日本への旅の辛苦や熱い想いも重なり心をうつ。

ちょうどその日は、鑑真大和尚の像が公開された日であり、鑑真、芭蕉、私(3人の中に入るものおこがましいが)の感謝の3重奏になったようだ。

旅の中には、ストレス曲線もあるが、幸福曲線もある。幸福曲線は平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感の五段階があるとも生き甲斐の心理学で学ぶ。ただ、幸福曲線は、ストレス曲線と異なり、もちろん日々の中で遭遇することは少ないが、統御感などは、平安感から幸福感まで経験していないとなかなか味わえない感情とも言われる。 

 幸福曲線を楽しむためのポイントは生き甲斐の心理学で、いろいろ学ぶが、その中の一つは感謝である。心理学でよく言われるたとえ。コップに水が中程入っている。これを観て、「もう半分になってしまった」と嘆く人もいるが、「まだ半分もある」と感謝する人もいる。

 還暦をすぎてからの旅は、後者の感謝を忘れてはいけないのだろう。

ひびきあう旅④ 4/10

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秋の気配を感じ、6-7万年の現世人類の旅を想う!(ひびきあう旅④ 3/10)

2013-08-20 | 第五章「和解と平和」

 猛暑とはいえ、何となく秋の気配が漂い始めているようだ。

 昨日は健康診断と眼医者さんでの眼の健康診断に行った。還暦を過ぎると、身体の方も秋モードになるというか、身体の限界が視野に入ってくるようだ。そして、生き甲斐の心理学では、エリクソンの8つめの人格形成、知恵、絶望感、自我統合性の時代に還暦をすぎたあたりから入ると教えられる。

 今まで自然にできていたこと、当たり前であったことができなくなったりする。私のような健常者にとっては新しいステージなのだろう。

 そんな中、私の旅に対するイメージも少し変わってきているように感じる。

 今年の夏休みの広島への旅では、DNAを元に研究された日本人の祖先の研究関係の本を二冊読んだ。もう世界的に定説になった、現世人類アフリカ起源説を前提に、この十万年くらいの現世人類の旅の足跡にたいする研究である。

 137億年の宇宙の歴史、40億年の生命の歴史の終わり頃にだいたい15万年くらい前に現世人類が生まれる。そしてふるさとアフリカ暮らしの後で、一部の現世人類がバベルマンデブ海峡から6-7万年前に(当時は海が縮小)紅海を渡りアラビア南部へ。

 どういう遺伝子上の計算か、ある学説では渡海の人数は150人くらいだったという。

 それから、2000世代とか3000世代を経て私たちが日本に生きているのだが、私たちの祖先は世界的にも多様である。シベリアを経て入ってきた後期旧石器時代に入った民族。晩期にはシベリアと恐らく朝鮮半島から細石刃文化を築いた民族が流入する。

 そして、日本人の代表的な祖先は新石器時代に華北から流入し縄文文化を築く。ある研究によると、日本語の原型はそこにあるとも。

 縄文文化の晩期には、貝文文化が南方系漁撈文化として流入。大陸の動乱を受けて、弥生文化は長江流域の民族も流入したり、そのあと黄河流域の民族も流入したようだ。

 まだ調べてはいないが、自分のY染色体を調べれば父方の長い長い系列が特定できるだろう。ミトコンドリアのDNAを調べれば母方の長い系列も特定できるだろう。しかし、統計的に考えれば、自分の血の中には前述した、さまざまの民族の血が入っている確率は極めて高いのだろう。

 私の存在は、命懸けだったかもしれない祖先の旅に支えられている。

 これも宗教学者、中沢新一氏の意見だが、現世人類の頭脳は始めに現世人類になった頃と今は殆ど変わっていないという。アフリカ出立の時も既に宗教を持ち、言語(サン族の舌打ち言語に近いという説)をもち、人シラミの遺伝子解析から衣服も着用していたと推定されている。

 もちろん生きるための旅だったと思うが、身体の生死を越えた何か・・宗教的な動機もこれらの旅には大きかったと思う。死がより身近になってくる年代になってきた今、私も祖先の旅の片鱗が判ってきたかもしれない。

ひびきあう旅④ 3/10

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旅のちょっとヒヤリの移動も魅力なのだ!(ひびきあう旅④ 2/10)

2013-08-19 | 第五章「和解と平和」

 先日、広島から羽田に向かう時、同じ方向に飛んでいた旅客機を望遠で写したのがこの写真である。旅の楽しみは観光、食事、温泉、楽しい出会いや会話などあるが、やはり忘れてはいけないのが(昨日は忘れていた)移動(乗り物?)である。

 

 素晴らしい眺望の他にも駅弁があったり、富士山を見られるスポットがあったり、・・・楽しい会話と食事もあったり、ゲームをしたり。時には恐ろしい天候で、肝を冷やしたり、疲労困憊の歩きがあったりする。移動は旅の大きな魅力である。

 このウキウキ感はなんだろうかと考えてみると、幼い頃の体験とかぶっていることもある。両親と幼いころに国鉄で郷里に向かう中で、建設関係であった父から丹那トンネルでいろいろ楽しい講釈を受けたり、運良く当時はまれだった飛行機旅行で、コックピットで操縦桿を握らせていただくという今では信じられないサービスも受けた。

 生き甲斐の心理学からこうした忘れられない体験(明るい感情体験)を考えてみると、感情の仕組みや大切さがよくわかる。大体、本当の明るい感情は暗い感情の後にくるものだ。長い丹那トンネルでの不安感。見知らぬ人から飛行機の操縦席に座らせていただいたときの不安感。そして、それをくぐり抜けた安堵とか開放感。本当の感情体験があるのだ。

 本物の明るい感情は暗い感情を前提する。旅は、未知の体験の繰り返し。本物の暗い感情の宝庫でもある。だから、本物の明るい感情にも出会えるのだろう。

 ひびきあう旅④ 2/10

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3Vの法則で旅を楽しく!(ひびきあう旅④ 1/10)

2013-08-18 | 第五章「和解と平和」

 すべてが決まっている旅より、程よく妄想したり?渇望したり?仲間と相談したり行動する旅が楽しい。

 先日の宮島も、宮島に到着する時間はだいたい決まっていただが、どういうルートで観光や登山をするか、食事をするか、風呂に入るかなどは決めていなかった。旅の楽しみ、食事、風呂、観光等は現地で仲間と共に妄想し、相談したり調べたりし、そして行動することになる。そして、それが好循環であると、幸福曲線(暖かい感情)も、平安感から友好的な感情、健康感、幸福感、統御感などが体感できる。

 今日は、生き甲斐の心理学の中で、明るい感情をますます明るくする3Vの法則を、宮島旅行の昼食を例にご紹介してみよう。

 宮島に朝に到着し大鳥居の近くで記念写真を撮ったりしたあと、弥山に向かう。猛暑の中、山頂に到着し、そして下山。500mくらいの山だが結構ハードであった。下山のコースは原始林の中を通るコースであったが、思ったより時間がかかり腹がへってくる。疲労感も漂ってくる。そんな中の3Vの法則である。

 1.Visualize: 美味しい昼食と冷たい飲み物を思い浮かべる。あなごめしも名物・・・イキイキとビジョンを浮かべる(五感的に)ことがこのVisualize.

  2. Vervalize: 仲間に、こうしたビジョンを語る。仲間もビジョンを語る。その中で、ビジョンが言語化されより現実的に。

 3. Vitalize: いろいろあるが、楽しみながら実行に移していく。店の選定。メニューの選定。そして食事と会話!

 今回は不覚にも、ガイドブックを忘れてしまったこともあり、頼るべきは自分と仲間の直感だけ。でも、アイデンティティの統合、現実吟味力、防衛機制が健全だったためか、楽しさが加速する旅となったようだ。

 ひびきあう旅④ 1/10

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旅を豊かにする感情の知識!(ひびきあう旅③ 10/10)

2013-08-17 | 第五章「和解と平和」

 旅もいろいろあるものだ。時には、普段は遭遇しないウツや錯乱(取り乱す)に出会うことも。

 過去のXX年前のことが心をよぎったり、不安な未来が心をかすめたり・・そんなことがきっかけで、旅が暗くなったりする。

 こうした場合に生き甲斐の心理学の感情の知恵は希望を与える。まあ、自分が思い出したくもないときは無理に考えるのはよしたほうが良いが、ちょっとこの機会に何故取り乱したのか考えてみたいと思ったならば、次をお読みいただければ嬉しい。

 錯乱(取り乱す)は、沢山ある暗い感情(ストレス曲線)を5つに分類した一つである。不安感、怒り、身体的症状、ウツ、錯乱。通常、ある事態が生じると不安感が起こる。そして、それは怒りとなり、身体症状になる。それでも解決できないとウツ。そして最終的に錯乱になってしまう。ただ、暗い感情は明るい感情と対になっているという知識は希望を与えてくれる。不安感と平安感。怒りと友好的感情。身体症状と健康感。ウツと幸福感。そして錯乱と統御感は実は表裏の関係があるのだ。これらの対の感情には同質性が隠れていると実感したことがあればご納得いただけると思う。

 さて、楽しいはずの旅で出会うウツや錯乱は、どうもXX年前の出来事とか、YY年前の原型的な出来事に関係しているようだ。そして、そうした感情が湧き起るのは、深い意味がある。昨日の話ではないが、感情は季節や月が移り変わるように、いろいろ変わる。どん詰りのようでも、いつのまにか川の流れのように穏やかに戻ったりする。

 そして、錯乱やウツを幸福感や統御感に転化できる可能性も充分ある。それはXX年前でもYY年前でもない新しい今だからこそだ。事実は変えられなくても、考え方を、行動を、感情を新しくすることが可能なのだ。

 XX年前と違って、その出来事をXX年後の今の自分が吟味・再解釈できる。同じようにYY年前のことも。ひょっとすると、この感情の原型は4歳のときの狭い解釈が原因だったりする。狭いというのは、そのときに見えなかったこと(例えば親心)があり、今となっては判っても良かったり。「覆水盆に還らず」という言葉があるが、実は難しとはいえ、感情の世界では還ることもあるのだ。

 おわりははじまりでもある。

ひびきあう旅③ 10/10

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