イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

いじめも自殺も産まない教育って?(みんなの性格形成論 1/10)

2012-07-14 | 第三章「無意識の世界」

 大津市の痛ましい中学生の自殺事件が大きくマスコミに取り上げられている。そんな中、臨床心理学の中で有名なロジャースの人格形成論を先週、かつてないほどU先生からハードに(笑)学んで知識を深めてきた。

 現代は70億人の人がこの地球に住んでいるそうである。また、多分それほど違っていないと思うが、この世に生まれた現生人類の累積数は800億人と言われている(数十万年の歴史のなかで、現代の人口がいかに多いかも実感)。

 そして、70億人とか800億人の人類の性格は、個々の数だけ多様である。しかし、U先生がいみじくもおっしゃっていたが、その性格をたった19の命題で言い表そうとしたのが、ロジャースの性格形成論である。

 勿論、ロジャースはこの性格形成論では人間だけでなく有機体という表現も使っているので、この性格形成論は、さまざまな生命体の理解にも役立つのだろう(それ故、私は動物園や植物に興味をもっているが。)

 さて、マスコミの大津市の問題の取り上げ方を見ていると、何かいたたまれなくなる。いままでも自殺やいじめの問題は叫ばれてきたが、どれだけ改善されたというのだろうか、基本的な問題解決のスタンスがどうなのだろう。自分がもし、被害者だったら、あるいは加害者だったら、あるいは教師だったら・・・そうした時の想像力と内省が、遠いようで短い解決方法ではあるまいか。それには、性格形成論のような知見が必要ではないのだろうか。そんな思いをもってしまった。

 昨日は、横浜に行き、少し時間があったので、海岸まで行ってみた。幼いころは横浜近辺で泳いだこともあったが、今は随分垢抜けしてしまった。ただ、昔ながらの建物も残っており、懐かしさも感じた。

 ところで、先日のロジャースの人格形成論の学びの中で、Aさんが有島武雄の「一房の葡萄」の話をされた。美しい海と船の絵を描きたいために、友達の絵具を思わず盗んだ少年が、女教師により立ち直る短編である。10分もあれば読めるので、時間があれば次の短編を参考に。

 http://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/211_20472.html

 作品で、女教師は本人に何故盗んだのかという質問もせず(勉強会でBさんがいみじくも指摘されていた。)、淡々と事実だけを確認し、優しく葡萄をプレゼントする。そして、次の日、加害者と被害者が女先生によって和解。美しい愛の話である。

 主人公は、美しい横浜の港の絵を描きたいために、倫理道徳を無視した行動に出たのだが。その方法は未熟であるが、絵を描きたいという本人の意欲(傾向と渇望:それはどんどん亢進していく性格がある)を、一房の葡萄という象徴的なもので表し、決して裁くこともなく大切にしたとも読める。

 

 因みに、この小説からロジャースの19の命題のうち、いくつも思い浮かべることができるが、あえて一つだけ取り上げると(絵具を入手したいという渇望)次になる。

命題4:有機体は、一つの基本的な経験と渇望(striving)をもっている。すなわち、体験している有機体を現実化し、維持し、強化することである。(生き甲斐の心理学 140ページ参照)

みんなの性格形成論 1/10

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リアリティ~を大切に!(のんびり暮らす 10/10)

2012-07-13 | 第三章「無意識の世界」

 最近、質問の仕方に興味をもっている。

 例えば、最近話題の原発について考えてみる。「原発再稼動に賛成ですか、反対ですか、そして、何故、そうなんですか?」こういう質問の仕方には、どうもかまえてしまう。ロジック優先の閉じた感じのする質問だからだ。

 それに対し、こうした質問がある。「あなたにとって原発は何ですか?」

 勿論、ケースバイケースであるが、こうした質問のがはるかに心地良い。原発に対する様々な感情、想い、そして私自身の物語。そんなことがよぎり、言葉だ湧いてくる。ロジックの体感を伴わない世界とは別に、私自身のリアリティ・体感を大切にしてくれている質問だからである。

 私は例えば次のように回答するだろう。

 「原発事故後の地域の方の肉声には涙がでた。東京の金町浄水所近くの孫の安全を想って、ガイガーカウンターで夜周辺を探索した時の不安感。知人が原発に反対していたが、何となく無視してきた自分を恥じた(先楽後憂)。様々な原発情報を受け身ではなく、ポジティブに集め、3.11当時では得られなかった貴重な情報を頂いた。そんな中での原発再稼動。私は自分のリアリティー・体感に従い自然に反対を表明した(身の丈に応じて)。エネルギー問題としての原発再稼動、国防問題としての原発再稼動・・・いろいろな政治的発言を聴いたが、私のリアリティ~に答えてくれない。」

 たまたま、今日は「原発」であったが、これを、さまざまな言葉に置き換えることもできる。「お金」でも「仕事」でも「信仰」でも・・・・質問とリアリティーの関係が判ってくると、リアリティの理解が深まるようだ。

 さて、生き甲斐の心理学でも、心理療法やカウンセリングでも、よく引き合いに出されるリアリティーの考え方がある。例によって難解な表現で恐縮だが(やはり心理学の歴史を背負っているからだろう)、最後にお示ししたい。

 命題2.有機体は、場に対して、その場が経験され知覚されるままのものに、反応する。この知覚の場は、個人にとって実在(Reality)なのである。(生き甲斐の心理学 140ページ参照)

 他人のリアリティを、さまざまに解釈することはできても、決して、その人になれるわけではないので、そのリアリティを体験できるわけではない。その重要なポイントをはずし、何故何故と裁くように訊けば、空しい結果になる。

 のんびり暮らすために、やはり自分や他人のリアリティを大切にすることは基本ではないかと思う。

 のんびり暮らす 10/10

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旅で感じる自分の傾向と渇望!(のんびり暮らす 9/10)

2012-07-12 | 第三章「無意識の世界」

 旅行に行く効果は凄いと思う。青春の時の旅行(だいたい行き当たりばったりが多かった)など特に想いで深い。

 旅行は、新しい経験のパッケージであり、五感・体感をフルに動員する。それが良いのだろう。朝起きて洗面し・・・寝る。・・・の日常生活が大きく変わる(当たり前だが)。また、日常の中で、何となく抑圧・抑制されている、自分らしさというか自分の傾向と渇望(ロジャースの命題4)がふわっと解放されて、湧き出てくるようなところがある。

 特に意識して、自分のアイデンティティを考えたりしなくても、帰ってぼんやりとしていると、新しいアイデア(自分の傾向と渇望につながるもの)がでてくる。

 その中で、ロジャースの命題1「個人はすべて、自分が中心であるところの、絶え間なく変化している経験の世界に存在する。」の自然体に戻ることが何回も。

 のんびり暮らす 9/10

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個性の美・探究で我にもどる!(のんびり暮らす 8/10)

2012-07-11 | 第三章「無意識の世界」

 人間関係で苦しみ、自分をなくす。学校で、職場で、家庭で・・・。こういうケースは多いようである。また、最近続発する悲惨な事件の報道にこころを痛める。

 さて、私は「生き甲斐の心理学」とそれに含まれる心理療法やカウンセリングを学んでいるが、その知識が実際に役立つことを何度も経験した。混乱するクライアントを支援するために、当然ながら我をもどす知識なので当然といえば当然である。そして、その知識を借りに「個性の美・探究」と呼んでみたい。

 「個性の美・探究」の基礎は、まず人間観にある。哲学や宗教の領域にある。実はカウンセリング理論でも様々な流派がある(大きく分けると8種類あるが)。そして、各流派の人間観は性善説的であったり、性悪説的であったり、あるいは白紙であったりでバラバラである。「生き甲斐の心理学」は欧米のNPOの現代福祉思想の原型と言われる、聖パウロの「人の身体は神の神殿」という思想であり、明らかに性善説的である。

 その「人の身体は神の神殿」の思想により、どんな嫌いな相手でも愛そのものの人格(魂)があると考える。そして、この思想が身についてくると、自分の好き嫌い等の感情を客観的に捉えやすくなるようだ。そうすると、好き・嫌いという感情を恐れなくなり、徐々に感情の曼荼羅や個性の美を楽しむことができるようもなってくる。勿論、健全性のポイントである自他肯定の主軸が定まってくる。

 世の中には、嫌いな相手でも付き合わざるを得ないしがらみがある。そんなとき、感情を越え、愛そのものの魂どうしが会話しているかもしれない次元を想定することは、テンパりがちな私には大きな意味がある。

 好き・嫌い等の感情には大きな意味がある。それは湧き起こる自分の感情そのものだからだ。ロジャースの命題1「個人はすべて、自分が中心であるところの、絶え間なく変化している経験の世界に存在する。」の「経験」を構成する最重要な要素なのだ。そして、例えば激情にすぐ反応するのではなく(訓練が必要だが)、その感情が起こった意味を一息ついて考え行動することで、別の立ち位置に立てるのは大きい。

 あるいは、相手を大切にするロジャースの6条件により傾聴等で接することで、相手の問題解決を支援したり、個性の美を味わうことができる(当然、人間関係が良くなる)。傾聴等と言ったが、ロジャースの6条件は様々な状況の中で可能。映画「英国王のスピーチ」は2回観たが、スピーチを成功に導いたる言語聴覚士ライオネル・ローグは、心理療法6条件の教科書的な人物だと思う。風呂場でクライアントを殴って悟らせた大心理学者もいたが、それ以上かもしれない。

 好き・嫌いの感情の曼荼羅を徐々に深めることで、相手の個性の美を心の底でいくつか発見できるようになっていく。その時は、もう完全に我にもどっている時でもある。

 のんびり暮らす 8/10

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宇宙を感じて我にもどる!(のんびり暮らす 7/10)

2012-07-10 | 第三章「無意識の世界」

 めまぐるしく変化する中で、誰でも自他混同・理想と現実の混同の傾向が出て、我を失う経験がおありだと思う。私も強烈な経験を何回もしている。そして、不思議にも逆に同じ数だけ我を取り戻している。「生き甲斐の心理学」を勉強する前は、そうした経験を意識して検討することはなく、本来は貴重な我を取り戻すノウハウも意識化せず忘れてしまっていたようだ。

 今日は、そうした経験の中から、天体現象から我を取り戻すことを、のんびり考えている。

 青年期の私を思い出すと、高校から大学にかけて学園紛争の混乱の時期と重なる。そんな中、カトリック教会からも離れ、高校も学園紛争で、入学時の雰囲気と卒業時の雰囲気は180度異なることも経験したりした。すべては変化し空しい。そんな中で生きる希望もはっきりしないようだった。勿論日々変化するものの、全体的には我を失くしている不健康な状態だったようだ。

 そして、ある早朝に目覚めて、窓を開けると風でみるみる流れる雲の合間に、美しい夜明けの明星が見えた。明星は瞬きのない、しっかりした光で燦然と輝きどっしりしていた。それを観たときに、感動の涙が出たのを今でも覚えている。勿論畏れ多くも空海のように大悟したわけではなかろうが、その時体感的に何かを掴んだようだ。それ以降、希望が湧いてきたのだ。

 ロジャースの命題1.「個人はすべて、自分が中心であるところの、絶え間なく変化している経験の世界に存在する。」を夜明けの明星で実感し、我を取り戻したのだろう。

 現代もそうだが、学友と一緒に勉強している持統天皇の時代の強烈な権力闘争。テレビの大河ドラマの平家物語の世界。どうも人類は、いつでもどこでも強烈な混乱の中で蠢き、我を取り戻し生き抜くことは大変なようだ。

 さて、最近さらに、冬至、春分、夏至、秋分、などは暦と絡めての実利的な意味の外、精神的にも安定感をもたらす特別な意味があったことをあらためて感じ入っている。世界に存在するストーンヘンジ(日本も東北の大湯が有名)、そして内田一成氏の「レイライン ハンター」(アールズ出版)で知った「ご来光の道」もそうなのだろう。

 ご来光の道は、春分の日に太陽が通る東西をよぎる道で、日本の聖地である、富士山、元伊勢、大山、出雲大社などを突っ切るのだ。こうした道は、当然ほかにもあり、例えば淡路島の伊弉諾神社は、冬至、春分、夏至、秋分の太陽の方角に諏訪大社なども含めた聖地がきらめくほどあるので知られている。

 最後にちょっとトピックス。今日の写真は多摩動物公園のコアラ館で、夜行性の有袋類の展示場である。昨日は、孫と久しぶりに(二か月ぶりくらいか)動物園に行った。そして、今回は孫の希望を多く取り入れて回ったが、孫の希望の中に天上に夜空のような星が見える夜行性の有袋類の展示場があった。勿論、動物そのものも子供は好きであるが、チータ舎の前の階段(上り下りが面白いらしい)とか、この星空の天井とか、個性からユニークなスポットがあるようだ。ひょっとしたら、命題1を感じる場所かもしれない(笑)。

 のんびり暮らす 7/10

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