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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

リアルとバーチャルを判別する力!(個性の美 7/10)

2012-04-16 | 第十章「今ここでの恩寵」

 小学生のころ、四谷見附の橋を通った時、よく欄干から下を見下ろした。当時はスーパーマンが流行っていて、空を飛ぶことが私も含め小学生の憧れであった。ある日、一人欄干から下を見下ろしていると、飛び降りる中で空中に留まったり、舞い上がったりすることが可能ではないか、ふらっと飛んでみたい衝動が起こった。しかし、その後はっと我に返り、思わず身震いし、バーチャルな世界からリアルな世界に舞い戻った。

 こころの世界では、as if personというものがある。あたかも~のように、理想というか空想というか、そういうものと現実が混濁し、時にはその理想や空想の領域から他人を批判したりする。ドンキホーテのようで、現実の眼を持っているお供のサンチョがいないと大変。原因は現実吟味力が病的になり、理想と現実の区別がつきにくくなることのようだ。先の私の小学生の体験でも、飛び降りるのはまずいという現実吟味力がなかったらそうなったか。

 自己愛パースナリティ障害の特徴のひとつにも「限りない成功、権力、知性、美あるいは理想の愛といった空想への没入」というのがある。誰にでもある傾向ではあるが、紙一重で病理の世界に突入することも。そのポイントは現実吟味力。

 では、現実吟味力を健全に保つためには、どうしたことが良いのだろうか。生き甲斐の心理学のU先生の系統図を眺めると、いろいろアイデアが浮かんでくるが、その中の一つにプロセススケールのポイントの「感情と個人的意味づけ」がある。

 たとえば、原初的な感情である好きか嫌いか、怖いか怖くないか。こんな感情を着実にキャッチする。それだけでもかなり違う。先の小学校の欄干上の妄想?の時、現実吟味力が正常に機能したのは「怖い」という感情であった。

 私は、時々芸術に触れたりする機会があるが、世の中の評価を極力見ないようにし作品に触れ、自分の感情にストレートに訊くようにしている。考えてみれば、それも一つの感受性訓練のようだ。今日はオフ。何か良い芸術に触れてみたくなった。

 個性の美 7/10

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