イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

返礼について、ちょっと考える!(何で良い仕事ができるのか 4/10)

2011-01-03 | 第五章「和解と平和」

 元旦にテレビを見ていたら、子供たちの質問に政治家が回答する、楽しい番組をやっていた。その中で、例えば男女は同権であっても、同質でないという政治家が発言するひとコマがあった。とても大切な話で、引き込まれた。

 人は皆、同じなのだろうか?当然ながら違う。身体の違い(男女の違いもあれば、年齢の違い、遺伝子の違いもあろう)。成育史の違いもある。深層心理学的には、自分以外の他人は驚きの対象とまで言われる。同質でなく、異質なのである。

 その中で同権を主張するのは、やはり哲学が必要なのだ。でも、日本の教育で、こういうことをきちっと教えているのだろうか。私は、やはり人間の本質が身体(物理的な)や成育史に依存しないsomethingを想定しなければ、こういう発想は成り立たないと思う。仏性とか愛そのものの魂とかである。堅い言葉で、普通そこまで考えないかもしれないが尊厳という言葉の実態なのだろう。

 この番組の中では、出てこなかったが、もう一つ、人が異質であることの問題があると思う。例えば、ある人はある才能を持つ。絶対音感を持っていたり、言語能力がやたらと凄かったり・・・。これはいったい何なのだろうか。才能のある人は、才能のない人が四苦八苦するなか、それほど苦もなくできてしまう。でも才能のある人は偉く、無い人は偉くないのだろうか。才能は何か天からの贈り物と考えるべきものなのか、それとも本質的な潜在能力の発現と考えるものなのか。

 才能のある人でも、その才能を世のため人のために発揮する人もいれば、そうでない人もいる。継続的に才能を開花させている人は意外にまれでもある。聖書にもタラント(タレント)のたとえがある。贈り物を頂いたら何かお返し?をする。返礼は才能だけに留まらないが、何かとても大事な振る舞いだと思う。

 何で良い仕事ができるのか 4/10

人気blogランキング・・クリック応援お願いしますね