生き甲斐の心理学を勉強し、絵画鑑賞療法で無意識の意識化を学んでいる中で、自分の好きな黄色と繋がるいくつかの愛の原型を発見してきた。
7歳の時のアラスカでの想いでで、黄色は頻繁に登場する。住んでいた住居が黄色のペンキで塗られていたこと。母が学校に届けてくれた黄色のレインコート。言葉が全く通じない中で、小学校の先生から示された黄色の色紙。
もうひとつ、チューリップとの縁も不思議である。幼い2-3歳のころの記憶の断片の中で、家の庭の花壇にチューリップが咲いていて、その周りを楽しく歩く自分がある。
そんな、チューリップと黄色のイメージからか、黄色いチューリップを見ると、心が安定するように感じる。私のパソコンの壁紙は昨年から、黄色いチューリップである。
「愛とゆるし」のテーマを約一か月考え続けてきた。当初はぼんやりしていたイメージが、今ははっきりしている。「ゆるし」はゆるせない自分を受容し共感することから始まる。これは私にとっての真理である。
自分の生育史の中から生まれてきた、「ゆるせない」の元である自己概念はそれなりの事情がある。宇宙137億年の歴史。40億年の生命の歴史。そして57年の生育史を背負っている。ゆるせない自分は、決して特別ではない。そんな自分をたとえ自分がゆるせないとしても、Something Great(神)がゆるしてくださるという実感が今はある。
そして、感情はともかく思考と行動がゆるしに向かえば、何かが変わってくる。時間はありがたい。どうしようもないものが動き出すのは時間があるおかげだ。
黄色いチューリップの透明な輝き!そして、ゆるし、ゆるされることで生まれる幸福感を味わう。
<愛とゆるし1/1>
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