古代日本国成立の物語

素人なりの楽しみ方、自由な発想、妄想で古代史を考えています。

生目古墳群・生目の杜遊古館(宮崎実地踏査の旅 No.5)

2018年08月16日 | 実地踏査・古代史旅
 2018年7月20日、西都原古墳群をあとにして向かったのが西都原から40分ほど、宮崎市内にある生目古墳群。ここは2回目の訪問となります。目的は西都原と同様に併設する生目の杜遊古館をもう一度見ておきたいと思ったことと、とある古墳をどうしても確認しておきたかったことです。

 生目古墳群は宮崎平野を流れる大淀川右岸に位置する標高25メートルほどの台地上に広がる古墳時代前期から中期の古墳群で、3世紀後半ないし4世紀前半頃から作られ始め、古墳時代前期としては九州地方最大の古墳群とされています。ここも新田原古墳群や西都原古墳群と同様に川沿いの台地の上に造営された古墳群です。前方後円墳7基を含む51基の古墳のほか、地下式横穴墓36基、土坑墓49基、円形周溝墓3基が確認されています。

 生目の杜遊古館は古墳群のある台地の麓に建っていて、宮崎市の埋蔵文化財の調査・研究、整理・保存、公開を行う埋蔵文化財センターと、宿泊学習や古代文化体験・創作活動などを行う体験学習館のふたつの施設が設けられており、埋蔵文化財センターは市内の遺跡から出た遺物を展示、解説する博物館機能をもっています。





入口に日本遺産認定を祝う掲示。


ホールを抜けると右手に展示室、左手に事務所、その奥の廊下には展示コーナーと文化財の修復などを行う作業所があります。


日本遺産認定を記念した展示。


時間の関係で見学をパスした蓮ケ池横穴群の遺物が展示されていました。

作業の様子。

作業員の方に声をかけて話を聴こうかと思ったものの、皆さんお忙しそうにしていたのでやめました。

展示施設を順に紹介します。

ここは収蔵室の中に展示室があるような構造になっていて二つの部屋はガラス壁で仕切られているので、展示室から収蔵室が見えるようになっています。土器などの遺物や解説パネルも収蔵室側に展示しています。

土師器の展示の向こうに収蔵棚にならぶ土器が見えます。

これらは修復されたものの展示に供されていない収蔵資料です。

展示室にある地下式横穴墓の実物大復元模型。

中には出土した遺物が展示されています。

ここも向こう側に収蔵棚が見えます。

まだ修復されていない土器片などが黄色いコンテナに詰まっていると思われます。

展示ケースに展示される壺形埴輪。

生目古墳群からすぐ近くの大淀古墳群から出土したものです。

収蔵室は中二階構造になっていて、ここにもコンテナが積まれています。


 小さな展示施設ですが、収蔵室が丸見えなのがいい。修復された土器がきれいに並べられているのと違って、発掘したままの土器片が山積みになっている様子や、展示されていない修復土器が無造作に棚に置かれているのを見るのはリアリティがあっていい。名残惜しいのですが徐々に時間が無くなってきました。ここに来たもうひとつの目的を果たすために台地の上の古墳を見に行かなくては。

史跡公園になっている古墳群の入口。


駐車場に車を停めて徒歩で見学です。

向こうに見える3号墳は全長143メートル、高さ12.7メートルの前方後円墳。この古墳群で最大、九州でも西都原古墳群の女狭穂塚、男狭穂塚に次いで3番目の大きさです。

これは7号墳。

後円部の右側からの撮影ですが、この場所を確認したかったのです。前回来たときの写真を下に再掲します。


この7号墳は後円部の埋葬主体が地下式横穴墓になっている全国でも珍しい前方後円墳なのですが、前回訪問時には調査後の横穴部分にかぶせたブルーシートがボロボロになって草木が生えていたので、埋め戻すなどしてきちんと保存をしてほしいと願っていたのですが、今回再訪してガッカリでした。草木が茂り、おそらく太い根を張っているものと思われます。国の史跡に指定されている以上、保存処置を施さずに放置してきたのは大問題だと思います。



ついでに5号墳を確認。

古代の方法によって葺石を復元した前方後円墳。前回訪問から2年近くたっていますが、風雨に耐えてまったく崩れることなく復元時の状態が維持されています。

3号墳です。

前回はここから墳丘上に登って九州で3番目の大きさを実感しました。

古墳群のある台地上の駐車場から撮影。

台地の上というのがわかると思います。右手に見える白い建物は生目の杜運動公園内にあるアイビースタジアム。ソフトバンクホークスのキャンプ地です。

 この古墳群は規模では西都原には及びませんが、九州3番目の規模をもつ3号墳、古代の工法で葺石を復元した5号墳、地下式横穴墓を埋葬主体に持つ7号墳など、非常に特徴ある古墳が揃っているので一見の価値ありです。史跡公園としてもう少し整備されることを切に望みます。

この時点ですでに時刻は16時半を過ぎていたので、最後の目的地である宮崎神宮に急いで向かいました。
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