カメラ大好きおばあちゃん

極々近場を一人気ままにウロウロし、目に留まった光景を投稿しています。

寺内町四季物語 秋 第12回 「後の雛まつり」 3 (大阪府富田林市)

2018年10月16日 | 写真
何時ものコースを歩きながら、目に留まった光景を撮りUPしました。













ショーウインドーにありましたが、 何んとも不気味な彫刻(?)で「奈落」とありました。 奈落(ならく)を調べてみますと地獄または地獄に落ちることで、物事の最後、どん底、これ以上ない酷い境遇などとありました。また、劇場などで舞台や花道の床下で回り舞台や迫り出しの装置などをいう‥と。


少し横道に入ると空き地があってセイタカアワダチソウが咲いていて、蝶や蜂が盛んに飛びまわっていました。


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寺内町四季物語 秋 第12回 「後の雛まつり」 2 (大阪府富田林市)

2018年10月15日 | 写真
自宅から行きやすいということもあってイベントがある度によく訪れますが、 町内を歩くコースは何時も大体同じようになっています。先ず観光案内所から寺内町センター⇒じないまち展望広場⇒じないまち交流館⇒観光案内所に戻るというコースです。
今回も大体このコースで歩きながら目に留まった光景を、何回かに分けてUPして行きたいと思っています。

本町公園には富田林に縁のある織田作之助と石上露子の記念碑が並んで設置されています。





石上露子(いそのかみつゆこ)に付いてはよく知らなかったのでネットで少し調べました。
雅号はゆふちどり 本名は杉山 孝(たか)寺内町で裕福な大地主で造り酒屋でもある杉山家の長女として生まれ育ちました。 恋人が居ながら家を継ぐために婿養子縁組で結婚。この頃代表作となる「小板橋」を発表しましたが、文筆活動に夫の理解が得られず本人の意思とは別に断筆に至る不幸な結婚生活でした。 二人の男児を儲けるも後年に夫の投機の失敗による杉山家の没落を経て、夫と別居し再び短歌の寄稿を始めました。子供を病死や自殺で亡くすなどし、晩年は生家で過ごし78歳で亡くなりました。




旧家の家督を継ぐため思い焦がれた恋人に対するかなわぬ思いを詠んだ小板橋は、絶唱と評され石上露子の名を不朽のものにしました。


山崎豊子の「家紋」では主人公の境遇と石上露子の生涯で重なる部分が非常に多く、 同作の婦人公論での連載中から主人公のモデルであると言われていました。但し著者は「そのままのモデルではなく、女神のごとき女流歌人の背後に悪魔の声とイメージを創り上げた」と否定している。
(婦人公論社初版あとがきより)
「家紋」を読んだことがあるかどうか覚えてません‥読んでみたいです‥(^_^;)

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寺内町四季物語 秋 第12回 「後の雛まつり」 (大阪府富田林市)

2018年10月14日 | 写真
江戸時代、 関西を中心に重陽の節供(旧暦9月9日)に行われたと伝わる「後の雛まつり」。菊花とお雛様を飾ったことから、 別名「菊雛」ともいうこの行事を、 江戸時代からの古い商家・民家が残る富田林寺内町を中心に開催します。2018年10月13日(土) 午前10時~午後4時
(後の雛まつりパンフレットより)

当日の天気予報はあまり良くありませんでしたが、いい方に外れ午前中は秋晴れの爽やかなお天気でした。 春に開催された町内100ヶ所以上に飾られた雛めぐりとは違い、 僅か10ヶ所足らずでしたが、町並みと共にゆっくり楽しむことが出来ました。



最寄りの富田林駅前で‥


当日は雲が凄く綺麗でした。


駅前のお洒落な観光案内所


色んなイベントが‥


観光案内所周辺には‥


富田林出身の歌人「石上露子を語る会」の会場で‥



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展覧会 「太陽の塔」 岡本太郎の芸術・感性・魂 5 (ハルカス美術館)

2018年10月12日 | 写真
展覧会場で目に留まった岡本太郎の絵画









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展覧会 「太陽の塔」 岡本太郎の芸術・感性・魂 4 (ハルカス美術館)

2018年10月11日 | 写真
太陽の塔‥石膏原型製作中の岡本太郎を等身大で再現してありましたが、意外と小柄だったようですね‥160㎝前後かな‥?




万博当時の太陽の塔内観模型


生命の樹‥鉄鋼製で高さ約41mあり樹の幹や枝には大小さまざまな、292体の生物模型群が取り付けられていました。アメーバ―などの原生生物から爬虫類、 恐竜、そして人類に至るまでの生命の進化の過程を表していました。


90年代初めの改修時に取り外された、万博当時の「黄金の顔」を平置きで展示。足場に昇り直径11mある顔を間近で観るとその大きさと迫力に圧倒されました。太陽の塔の一番上の顔はこんなにも大きかったのかと‥(@_@;)


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