ダークフォース続き(仮)新規 Twitterは@14ayakosan です

ダークフォースDFと続きに仮セカンド。Twitterは @14ayakosan 新規とDF追加再編です

ダークフォース 第二章 IX

2009年09月29日 15時51分41秒 | ダークフォース 第二章 後編
   Ⅸ

 謁見の間の正面の、その扉が開かれる。
 内側から掛けられていたアダマンタイト鋼の分厚い閂(かんぬき)はまるで小枝でも折るかのようにバキッと折れた。
 ズシンと、重厚な音を立てて崩れ落ちた、真っ二つの閂。
 徐に謁見の間へと入ってきた、その肩にかかる銀髪に銀光の瞳を持つ男は、手も触れずに扉を閉じると、白いドレスにその身を包んだエリクに向かい、こう言った。
「お初にお目にかかる、エリク姫。我が名は、セバリオス。貴女を神界フォーリナへとお連れ致そう」
 セバリオスと名乗ったその男は、エリクのその純白のドレス姿の麗しさに関心してか、こう続ける。
「このセバリオスを迎えるのに、このような場所を選んでくれたことを、姫に感謝する。素晴らしい仕立てのドレスも、姫のその姿をより一層高貴なものに見せてくれる。さすがに美しい、レムローズの薔薇姫よ」
 エリクは二人の兄とハイゼンの方を怯えるような瞳で見つめた。
 セバリオスには、エリク以外には眼中に無いようで、他の三人が剣を構えているにも関わらず、それをまるで意に介す事も無く、エリクのいる場所へと繋がる赤く一直線に伸びた絨毯の上を、ゆっくりと歩いていた。
 カルサスは言う。
「エリク、後ろに下がっていろ。ハイゼン候、エリクの事を宜しく頼む!!」
「承知!」
 そう言うとハイゼンはエリクの手を引き、この広間の奥の方にある、身を隠すにはちょうど良い窪みへとエリクを導いた。
 と、同時にローヴェントが何かのスイッチを入れると、この広間へと繋がる扉が、次々と青銅色の隔壁によって閉ざされていった。
 セバリオスは言う。
「これは、何の趣向かな?」と。
 ローヴェントとカルサスは、このレムローズ王宮内にあって、最高の強度を誇る外壁に覆われた、この広間を決戦場に選んだ。
 華美な装飾は後に施されたものであり、元々ここは、古代文明の超硬度の外壁で一面を覆われた、いわば逃げることも出来ない古の時代の闘技場のようなものである。ドーラベルンの地下深くにある、あの闘技場をやや小さくした感じだ。
 二人の王子たちは、ここでセバリオスを取り逃がすわけにはいかなかった。
 エリクには悪いが、二人はエリクを、セバリオスをここへ誘き寄せる餌として使い、セバリオスをこの鋼鉄のかごの中へと閉じ込めた。
 未知数の強さを誇るセバリオスに対して、エリクを守り抜くには、彼を自由にさせるわけにはいかなかった。
 戦う場所を選ばせては、三人とも各々に倒され、あっという間に幕切れとなる。
 単身で戦うことなど不可能な相手だからこそ、このような小細工も必要であった。
 ハイゼンの戦士レベルは87、ローヴェントは92、カルサスは94にも至る。
 およそ、この地上で組める最強の編成で、セバリオスに対するわけだが、戦士としての極みにあるレベル100のセバリオスに対しては、当たってみるまで分からないというのが、彼等の本音であった。
 ここに、かの剣王バルマードを加えれば、三人は勝利に確信を持てたかも知れないが。仮想敵国の王である彼の協力など、今の彼等には望めるべくもなかった。
 セバリオスは、薄ら笑うように彼らに言う。
「フフフッ・・・、僅か戦士三人で、この身に挑もうというのか。さて、我が名も四千年もの永い時を経ると、こうも侮られるものか」
 セバリオスは、ローヴェントとカルサスに挟まれるような位置に立っているが、一向に戦うような素振りも見せず、その背中にある長剣を抜こうとさえしない。
 ローヴェントとカルサスの二人は、セバリオスがこちらを侮っている間に、まずは一撃入れて、彼との実力差を図りたかった。
 不意打ちで勝てる相手でないことくらい、彼のその威圧的なまでの存在感が簡単に示してくれる。
 次の瞬間、二人の王子の姿が消える!!!

  カァァァァーーーンッ!!

 二人の息の合った同時攻撃も、セバリオスにはまるで通じていない。
 セバリオスは何もしていない。
 自身の周りに防御の壁を広げるでもなく、ただじっとその攻撃を受けた。
 圧倒的な実力差を知らしめれば、王子たちにも、抵抗がいかに無駄であるかを示せるからだ。
 確かに二人の王子たちは、すぐさま体勢を立て直すと、その驚異的とも言えるセバリオスの力に圧倒させられた。
 それは想定以上の実力差だったと言っていい。ローヴェントもカルサスも、その手に握る剣先が微かに震える。
 セバリオスはその王子たちを銀色の瞳で見ると、涼しい顔をしてこう言った。
「抵抗は無意味だ。地上で幾ら勇猛を誇ろうが、それは閉ざされた場所での事しかない。確かにその実力は認めるが、完成された強さとは程遠い。この私と対等に戦える者が在るとするならば、それはファールスの魔王・ディナスをおいて他にないだろう」
 刹那、セバリオスの背後から、ハイゼンが現れる!!

  シュンッ!!

 ハイゼンの一撃がセバリオスの肩口に、一線の傷を付けた。
 セバリオスが彼の方を振り返ると、ハイゼンはセバリオスにこう言う。
「我は、レムローズ王国のハイゼンと申す!! 神界の主であられるセバリオス神には、取るに足らぬ一戦士でありましょうが」
「フハハハハッ、さすがに若い王子たちより戦い慣れているな。瞬時に剣気の流れを読み、この私に傷を負わせるとは、見事な事よ」
 ハイゼンはエリクを安全な場所に移すと、素早く戻ってその一撃を加えた。
 エリクを守る盾の役目も大事であったが、二人の王子が倒れては、結果として彼女を守りきれない。
 ハイゼンが、続けて二撃、三撃とセバリオスに斬りかかると、ローヴェントとカルサスは、剣気を練るのに十分な時間を彼から貰った。
 ローヴェントはその剣・アイスソードに十分な剣気を宿らせ、奥義を発動する!!
「凍結剣・絶対零度ッ!!」
 ハイゼンに足止めされたセバリオスに、マイナス273度の凍て付く凍気が襲い掛かる!!
 その絶対零度とクロスするように、カルサスのファイヤーソードに蓄えられた爆炎が、一気に放たれた!
「火炎剣・烈波導ッ!!」

  ドゴォォォーーーーーンッ!!!

 と、激しい地響きをさせて、二人の渾身の奥義が炸裂した!!
 ハイゼンも、二人の王子も、瞬時に間合いを取り直して剣を構える。
 この程度の攻撃が、あれほどの圧倒的力量差を感じさせたセバリオスに通じるハズはない。
 セバリオスとの差を埋めるには、何度となく波状攻撃を仕掛ける必要がある。
 ハイゼンの戦闘経験があれば、二人の王子もそれが可能ではないかと思わせた。
 王子たちの攻撃で、広間の外壁の一部が剥き出しになり、辺りには金銀様々な装飾の破片が粉のように舞っている。
 エリクが身を隠した場所は、青銅色をした石壁の装甲に守られており、彼女が自ら表に出ない限りそれらの被害を被る事はない。
 セバリオスがその塵を一気に振り払うと、彼のその右手には長剣が握られていた。
 彼のその長剣は、名を『神剣・ラグナロク』という。
「なかなか良い動きをする。さすがに、この私に挑むという大言を吐くだけの事はある。なるほど、二人の王子たちはハイゼンという、良い師に恵まれたようだな。三人の勇士たちに応えるよう、私も剣を取ろう。フフッ・・・、フェルツ辺りに姫のことを頼んでいたら、返り討ちにあっていたかも知れぬな」
 セバリオスが神剣・ラグナロクを握ると、ついにその実力が顕わになる。
 凄まじい剣気、恐るべきオーラ。
 三人は、そのセバリオスの超越した力の壁の前に、身体ごと押し潰されそうになる。
 また、その足は重い鉄球でも括り付けられたかのように、酷く鈍くなるのを感じた。
 三人が、『マスタークラス』格にある戦士と戦うのはこれが初めての事になる。
 先んじて、剣王バルマードと一戦交えていれば、これほどに強烈な力の差を痛感せずにすんだのかも知れない。
 セバリオスは、対する三人すらも己の力の源の対象としてそれを吸収し、絶対的なライトフォースの錬気を神剣・ラグナロクへと集中させていく。
 戦士としての技量は、いかに周囲に存在する質量、エネルギーを己のものに出来るかで大抵は決まる。まして、セバリオスはマスタークラス中最強の戦士と言ってもいい。
 同じ、マスタークラスのバルマードなら、ハイゼンや二人の王子たちのように、自らの力まで奪われるようなことはなかっただろう。
 三人が感じているその感覚は、紛れも無くセバリオスの吸収(ドレイン)を受けているせいなのだが、それにより、本来の差以上の力量差をセバリオスに付けられてしまう。
 時間をかければかけるほど、その差を広げられてしまうと瞬時に感じたハイゼンは、セバリオスの集中を止めるべく、わざと彼の前に飛び出した!!
「神と一太刀交えられるなら、武人として思い残すこともない。まして、神界一のセバリオス神ならば!!」
 ハイゼンは、セバリオスの攻撃を交わす気などない!
 自らの持てる力の全てを、攻撃と速度に回し、決死の覚悟でセバリオスの懐に飛び込むッ!!
「我が奥義、御覧あれ! 苛烈剣・烈火ッ!!」
 撃ち出されたハイゼンの高速の一撃は、赤い一閃となって神剣・ラグナロクに叩きつけられる!!

  カアァァァーーーーンッ!!!

 セバリオスの前を、二つに割れた烈火の赤が過ぎ去る!

  ドスンッ!!

 と同時に壁際まで弾き飛ばされたハイゼンの姿があった。
 ハイゼンの身体は、壁に酷く打ち付けられ、その甲冑の隙間からは鮮血が流れ出す。
 ぐったりと壁を背に倒れこむハイゼン。
 遠目から、彼の生死を窺い知る事は出来なかったが、口元から垂れ落ちる赤い雫が、床を滲ませた円をじわじわと大きくする。
 エリクはその光景に、言葉を失う。
 恩師であるハイゼンが目の前で倒れ、兄たちはそれに振り返ることなく、強大な敵を相手に剣を構える。
 エリクは自分を守る為に、大切なものが失われていく、壊されていくその瞬間に、耐えられずにその身を震わせた。
 エリクがハイゼンの元へ駆け寄ろうと、その身を乗り出そうとすると、それに気付いたローヴェントは右手を突き出してそれを制止し、エリクの方に微笑んで見せた。
 カルサスもローヴェントと気持ちは同じで、師であるハイゼンがその身をかけて作り出したセバリオスの隙を、無駄になどすることは出来ない。
 セバリオスの錬気がハイゼンの捨て身の一撃で、不十分になったのを、二人の王子は軽くなったその身体で感じ取ることが出来た。
 攻撃するには、今をおいて他に無い!!
 ローヴェントもカルサスも、その一撃に全てを賭けて、この日の為に編み出した奥義を、セバリオスに向けて繰り出す!!
 その奥義の名は『グランドクロス』。
 ローヴェントもカルサスも、その全身全霊の凍結剣と火炎剣を放ち、その攻撃をセバリオスを軸にして融合させる!!
 その威力は先ほど放った奥義の比などではない。
 爆縮するグランドクロスは、小太陽をこの空間に生み出し、セバリオスを核熱の渦へと叩き込む!!
 核熱をカルサスが増大させ、ローヴェントの緻密な計算で撃ち出される凍結剣がその外殻となり、より高温の核融合を可能にした。
 凍結剣の外殻は恐ろしいほどのスピードで融解、再構成を繰り返しており、その分厚い氷壁によって、周囲はほぼ無音状態にある。
 
  シャリーーーーンッ!!
 
 という音と共に、球体となった凍結剣が砕け散る。
 ダイヤモンドダストのように凍気の結晶が舞い散る中、二人の兄、ローヴェントとカルサスの姿を、エリクは見つけた。
 何が起こったのかのか、エリクにはわからない。
 わからないが、二人の兄たちは、そこにちゃんと立っている。
 疲れた顔をごまかすように、二人の兄たちがエリクに向かって微笑むと、エリクは堪らずその場所を飛び出し、兄たちの元へと駆け寄った。
 その次の瞬間!!

  ザシュッ!! ザシュッ!!!

 セバリオスの長剣ラグナロクが、二人の兄たちの身体を貫く。
 二人の兄は膝を折るようにして、ゆっくりとその場に倒れた。
「さて、後はエリク姫を頂いて、フォーリナへと戻るとしよう」
 そう言ったセバリオスは、腕や足などに多少の傷を負ってはいたが、それはかすり傷程度の事でしかない。結局、渾身の奥義もセバリオスにはダメージを出せなかった。
 逆に、二人の兄たちは致命的な一撃を受けており、もはや助ける術も無い。
 エリクが二人の身体をその両手で抱き寄せると、その白いドレスは二人の血の色で、朱く染められていく。
 エリクはどうしてやることも出来なかった。
 次第に白いドレスは、吸血でもするかのようにその生地を深い赤色で染めて、血の版図を広げていく。
 ローヴェントはエリクの膝にその美しい黒髪を乗せると、エリクを見上げてこう言った。
「まもれなくて・・・ごめん・・・。生きて、エリク・・・」
「ローヴェント兄様、しっかりして下さい!! 約束はどうなるんですかッ!」
 カルサスは最後の力を振り絞って、エリクの肩に手を乗せると、笑いながらこう言った。
「約束って・・・なんだよ。・・楽しいことなら、・・オレもまぜて・・くれよな・・」
 エリクは二人の兄の身体を必死に抱きしめる。
 止めどなく流れ落ちる涙。
 エリクの温かい体温に、二人の兄たちは安らいだ表情を見せる。
 もう、目は見えていないようだ。
 二人が何かを、言葉にしようとしている。
 エリクは耳を傾け、その微かな声を拾おうとする。
 とても小さな声だったが、二人が口にした言葉は同じものだった。

 「ありがとう」
       ・・・と。

 二人の心音が止まるのをエリクは感じた。
 この時、エリクの中で世界の全てが終わったように思えた。
 もう、あの場所へは戻れない。
 二人の兄たちとハイゼン候と、どんなに寒い雪の日でも、一緒にいれば温かかったあの小さな楽園。
 二人の兄たちが大事にしていた毛糸の手袋も、今ならもっと上手に仕上げられた。
 力尽きた二人の兄たちのそれぞれの懐に、大事にしまわれたその手袋を見つけた時、
 エリクは人を愛することの意味を理解した。
 この身などどうなろうと構わない、かけがいのない人たちを救うことが出来るのならば。
 エリクは二人の兄たちを救いたいと願った。
 だが、過去を変えることは、二人の兄を救うことは、もう出来ない。
 エリクは瞳を閉じて、沈黙する。
 自分がいなければ、ハイゼン候や兄たちを巻き込むこともなかった。
 彼らの優しさを想えば想うほど、それは痛く胸に突き刺さった。
 ありがとう、を言わなければならなかったのは、むしろ自分の方だった。
 だから、今からでも言おうと思う。
 そう、
 「ありがとう」、と。
 
 エリクが再びその目を開いたとき、赤いはずの瞳の色が変わっていた。
 それは、白い。
 全ての色の光を混ぜたような、そんな白い瞳。
 エリクが無表情に立ち上がると、その艶やかな赤い髪さえ、白く染まっていった。
 エリクがその顔を上げた時、それは以前のエリクとは別人であった。
 二人の兄たちの身体は、眩いばかりの白い光に包まれて、その光の中に消えていった。
 残された二人の剣、アイスソードとファイヤーソードをエリクは手にする。
 その光景にセバリオスは、銀色の瞳を大きく見開いた。
 息を呑んでエリクを見つめるセバリオスの方を、エリクは冷淡なその白い瞳で見つめ返す。
 と、同時に、強大な力がエリクを中心に溢れ出て来る!!
 力は、エリクの身体を軸に収束を始め、やがてエリクの背中に二枚の翼のような光を形成するに至る。
 エリクは覚醒する。
 
  その名を、『戦天使』という。
 
 それはかつて、この地上にもたらされた、たった一つの希望と呼ばれた。

ダークフォース 第二章 X

2009年09月29日 15時48分48秒 | ダークフォース 第二章 後編
   Ⅹ

 戦天使化した白い姿のエリクは、この空間に立つ一人の男の姿を、ただ、じっと見ている。
 それはセバリオスを見ているというより、何か動く物体に反応したような感じだ。
 血塗られたドレスに身を包み、その眩き白に染まった長く美しい髪をなびかせるエリク。
 背中の二枚の光の翼は、周囲のライトフォースをひたすらに吸い上げるように輝き、エリクの姿をより神々しく照らした。
 セバリオスは、神剣・ラグナロクを構え、エリクの動きに備える。
 戦天使化したエリクの戦士レベルは推定95。
 セバリオスには、遠く及ばない。
 しかし、セバリオスの本能が己に危機を告げる。
 今まで、構えすら見せなかったセバリオスが、両手にその長剣を握り締め、身構えているのが何よりの証拠だった。
 エリクは歩くようにゆったりとした感じで、セバリオスの方に近寄ると、左手に握られたファイヤーソードを叩き付けるように振るった。

  キィィィィーーーン!!

 高い金属音が鳴り響く!
 セバリオスはそれを難なく受け流すが、その剣はとても重い。
「この直撃を受けたら、私もただではすまぬ、な」
 刹那、二撃目が右手のアイスソードから振り下ろされると、セバリオスはそれを素早く後ろへとかわす。
 空を切るというより、空間そのものを引きちぎるような勢いで振るわれたアイスソード。
 セバリオスはその身を翻すと、エリクにラグナロクの一撃を繰り出す!!

  カァァァァーーーン!!

 たやすく弾かれるラグナロク!
 その剣はエリクに触れるどころか、かなり手前で弾かれた。
 エリクの周りに集まるエネルギーの帯が全身を覆う盾となり、まるで見えない羽衣となってセバリオスの攻撃を受けつけない。
「これが、話に聞く戦天使能力か。確かにその防御は鉄壁だが、この私を前に、絶対であれるかな」
 セバリオスは再度、ラグナロクを構えなおす。
 エリクは、セバリオスの言葉にまるで無関心な素振りで、動くものを叩きつけるという行為を、ただ本能的に行っていた。
 意思や感情など何もない。エリクの秘められしその能力が、エリク自身の自我を守る為、彼女の想いを檻の中へと閉じ込め、敵とみなす者を駆逐する。
 戦天使としての能力が、エリク自身の心と身体を守りながら戦っているのにセバリオスが気付いた時、彼はその勝利を確信する。
「フフッ、なるほど・・・」
 何故ならば、それは本来の戦天使の戦い方ではないからだ。
 本来、戦天使は、複数の戦士をその翼の支配下に置き、完全防御の加護を戦士たちに付与する事で、戦士たちを強力な剣(つるぎ)と変えて戦う、その指揮者である。
 戦天使能力を受けた戦士は、爆発的攻撃力を発揮し、その命を戦天使の下に委ねる。
 かつて、その組み合わせにおいて最強と呼ばれ、異界の神々をも圧倒し、畏怖せしめた剣皇グランハルト=トレイメアスと戦天使オーユの事を、セバリオスは知り得ていたからこそ、その戦天使能力の下に戦士を持たぬエリクに、その能力の限界を見た。
 確かにエリクのその戦天使の防御力は、鉄壁である。が、それは目覚めたばかりで、完全とは言えない。
 しかも、その剣となる戦士すら持たず、エリクは、二人の兄たちの残した剣をその手にするのみである。
 セバリオスは、神剣・ラグナロクによる連続攻撃をエリクへと浴びせかけた。
 ラグナロクの刀身は2メートルを越える長物で、高速に振るうには向いてはいないが、それでもセバリオスの攻撃は目にも留まらぬ速さである。

  カンッ! カンッ!! キーンッ!!

  カンッ!! キィィィーーンッ!!!

 エリクは両手に構えた兄たちの剣で、セバリオスに応戦する。
 反射的にラグナロクの攻撃を弾き返しているが、時折混ぜられる不規則な動きには対応しきれず、それらの直撃は受けていた。
 エリクに疲れた感じや、ダメージを受けた様子などは見受けられないが、セバリオスに押されている感は否めなかった。
 実力は、圧倒してセバリオスが上である。
 それをエリクは、覚醒したての戦天使能力で、どうにか互角に持ち込んでいた。
「フフフッ、どうしたかな、エリク姫。さっさと敗北を認め、私のものにならないか? 出来れば無傷で手に入れたい。麗しき、レムローズの薔薇姫よ」
 そんなセバリオスの挑発めいた不敵な笑みも、エリクはまるでそれを無視でもするかのように、顔色一つ変えようとはしない。
 実際、聞こえていないのだ。
 戦天使としての能力が、彼女の想いを守る為に、外界の情報を一切シャットアウトしている。

 心の檻に幽閉された赤い髪のエリクは、そこで二人の兄たちの姿を見た。

 ぼんやりとした光の中で、二人の兄たちは輝く光の羽の舞い散る場所で、深い眠りについているのが見える。
 その安楽の姿、優しい寝顔。
 エリクが二人に幾ら呼びかけても返事がない。
 光の明暗がハッキリしないそんな檻の中で、エリクはただ、がむしゃらにその壁を叩いては、二人の兄の名を叫ぶ!!
「お願い、気付いて、ローヴェント兄様!! カルサス兄様!!」
 エリクの叫びは止まらない。
 何度も、何度も二人の名前を繰り返し叫んだ。
 そうしている内に、エリクの方へと暗闇の中から人影が歩み寄って来る。
 エリクはその人物の姿に、まるで鏡でも現れたのかと驚く。
 その影は、白い髪と瞳を持つ、戦天使化したエリクのものだった。
 戦天使である彼女は言う。優しい微笑みを浮かべて。
「今、特別な力であなた愛する人たちの傷を治しているの。だから、静かに彼らを寝かせておいてあげて」
「お兄様たちは生きているの!?」
 赤毛のエリクのその問いに、戦天使は一瞬、口を閉ざした。
 そして、彼女にこう返す。
「わからない、・・・ただ、あなたが望んだから、私は二人を救いたいと思った。・・・でなければ、大切なものさえ守れないなら、この背中の翼には、何の意味もないのだから」
 白い髪をしたエリクは、その戦天使能力で、消え去り行く二人の兄の命を繋ぎ止めるという、膨大な力を内に消費しながらも、セバリオスと対峙し、赤い髪の少女の、その大切な想いを守ろうとしていた。
 戦天使は言う。
「私を、信じて」
 そう言って、白き姿の戦天使が、エリクの赤い髪を優しく撫でると、卒倒するように赤毛の少女は意識を失った。
「おやすみなさい、私の存在の四分の三である、愛しい赤い髪の乙女。あなたの四分の一を構成する私が、『大いなるモノ』のその意思の分体であるこの私が、必ずあなたを守ってみせるから」
 戦天使は途中、意味不明な言葉を残し、セバリオスとの戦いへと戻っていった。

 セバリオスと戦う、白き姿の戦天使。
 もう一人のエリクである白い髪の彼女は、どれほど不利な立場に立たされようが、怯むことなくセバリオスとの戦いを続けていた。
 眉一つ動かさない、冷淡な表情の彼女。
 実は動かさないのではなく、動かせないのだ。
 己の心を、その想いの力を、二人の兄たちを包む光の翼と変え、必死に二人の命を繋ぎ止める彼女に、表面の自分を制御出来る余力などない。
 生まれ持った戦闘本能にセバリオスとの戦いを任せる彼女だが、セバリオスの思惑通り、最大の戦天使能力である、剣となる戦士をその支配下に彼女が持たぬのは、この最強の敵を前にして、何よりも致命的であった。
 全力で当たったとしても勝つことが難しい、この世の神であるセバリオス。
 彼と対するに、まして幾つもの重荷をかせられた状態の彼女では、時の経過と共に敗北という二文字が迫るのを待つのは、もはや必至である。
 セバリオスは言う。
「そろそろ、その羽衣にて我が剣を受け続けるも限界であろう。私とて、大切な我が戦天使に、奥義など用いて、要らぬ傷など付けたくはない。・・・私は、二度も待ったのだ。ようやく見つけた、戦天使としての適正因子を持ったレイラ姫は、先王に逃がされ、開花せぬまま散らせてしまった。そして、今度は難なく手に入る予定だったエリク姫も、余計な邪魔が入り、しかも姫自らの抵抗を受けるとは」
 戦天使エリクはその言葉に耳を貸そうとはせず、セバリオスへの攻撃の手を休めない。
 セバリオスは易々とその攻撃を交わすと、さらにこう続けた。
「こんな事ならば、姫が生まれた時点でフォーリナへと連れ去るべきであったな。ジラが開花する時を待てなどと言うから、それを受け入れたが、それがこのザマだ。王子たちは、薔薇の毒気にあてられ、父王の言葉を無視して我が天使を奪おうとする始末だ。・・・邪魔者は片付けたが、さて、どうやってこの姫の抵抗を鎮めるべきか」
 セバリオスの心無い言葉が、内に眠らされた赤毛のエリクの耳には、届いたような気がした。
 眠りについていたとしても、自分の名を呼ばれればそれが聞こえる。そんな感じだ。
 セバリオスは、白い髪を振り乱し二つの剣を振り回すエリクと、一度間合いを取りなおすと、ラグナロクへの剣気を高める!!
「・・・やはり、手荒い仕置きが必要だな。未熟とはいえ、戦天使の防御はさすがに堅い。諦める気がないならば、その気ごと根こそぎ奪ってくれよう!! 安心するがいい、二人の愚かな兄どものように、床に這い蹲って死に逝くことはない。多少、後の残る傷を付けてしまうことになるが、それもまた我へのよき忠誠の刻印となるであろう!!」
 神剣・ラグナロクへと収束される剣気の量は膨大で、そのあまりに美しい煌めきがセバリオスの実力を誇示するかのようである。
 精錬されたライトフォースの波動がラグナロクの刀身全体を覆い、それはとても神々しい光を放ち始め、その威力たるや計り知れない。
 セバリオスは、その光の柱となった長い剣を振り上げる。
 天高く突き出されたこのラグナロクの構えこそ、セバリオスの奥義の構え。
 ラグナロクを中心にプラズマが発生し、電光はセバリオスの身体を覆うように巡っている。その電圧は十億ボルトに達し、まさに天から振り下ろされようとする裁きの雷(イカヅチ)のようだ。
 この雷光を帯びた一撃を浴びれば、例えその防御が強大な戦天使とはいえ、エリクの身はただで済むはずもない。
 しかもこれは、このセバリオスにとっては、特に大した事もない奥義の一つであった。セバリオスはさらにこれよりも三段階高いレベルの奥義まで備えている。
 だが、不十分な戦天使能力しか発揮していない今のエリクでは、その余力を残したセバリオスの一撃をかわすスピードも、耐え抜く力もない。
 対照的にセバリオスは、実に余裕の表情である。
 彼の本能がその危険を告げた、このエリクの戦天使能力が自身の予想よりも遥かに下であったからだ。
 もし、覚醒後、戦天使セリカほどの実力をエリクに出されていたならば、セバリオスは、彼の従神であるジラやフェルツを緊急に召喚する必要に迫られただろう。完全にその戦天使能力を制御し、そのレベルが限界値である100に達する、エグラート世界の守護天使・セリカとは違い、エリクのレベルはせいぜい95。
 そのレベルでは、これが限界なのかとセバリオスを安心させた。
 と同時に、それは彼をガッカリもさせた。
 実は、その能力が真に発揮されていない事を、セバリオス自身、知り得てはいない。
 セバリオスは右腕一本で十分といった感じで、奥義を放つ体勢に入る。
「我が神剣の雷、その身に受けるがよい!! ・・・やれやれ、これでフォーリナへと戻ることが出来る、な」
 凄まじい剣気を弾けさせながら、セバリオスがその奥義の一つである「神剣・ラグナロク、第二の剣『銀雷』」をエリクに向けて振り下ろしたッ!!!
 白き雷光が、稲妻となってエリクに襲いかかる!!

  ガガガァァーーーーーンッ!!!

 激しい音を立てて落雷するセバリオスの銀雷!!
 それは、周囲を木っ端微塵に吹き飛ばし、爆煙を巻き上げる!!
 その中に、床へと倒れ込む白い髪のエリクの姿があった。
 血で染められた白いドレスも、至る所が破け散っており、銀雷の直撃を受けたというのが容易に見て取れた。
 セバリオスは、未だ戦天使状態にあるエリクを抱きかかえようと彼女の方に近付く。
 直撃を受けてもなお、その白く美しい姿を維持させているエリク。
 それには、セバリオスも少しだけ関心させられた。なんという守りの力と、気高さよ、と。
 すると、エリクはその表情を変えぬまま、その白い瞳でセバリオスの方を見上げると、初めて、この戦天使の姿で口を開いた。
「駄目・・・それでは、彼女が悲しむわ」
 セバリオスには、その言葉の意味が分からなかった。
 エリクは、例えその身が地面に這い蹲ろうと、二人の兄の剣を強く握って離さないでいた。
「私は約束した、彼女を守って見せると。それに矛盾を抱えているのは承知している」
 長兄であるローヴェントの剣・アイスソードから、一瞬、思念波が発せられたのに、セバリオスは気付いた。
「私たちの想いは一つ、・・・違うか?」
 次いで、次兄カルサスの剣・ファイヤーソードからも、同じような思念波が発せられる。
「その通りだ、あんたも兄貴もオレも守りたいものは変わらない。なあに、エリクに悟られなければいいだけの事さ」
 アイスソードの思念波も、同意して言う。
「心優しい妹を、うまく誤魔化してくれよ、戦天使。その辺は、任せるしかないのでな」
 エリクはセバリオスを前に徐に立ち上がると、その白い瞳に、とても強い意志の光を宿して、二振りの剣にこう応えた。
「承知した」、と。
 その言葉と同時にエリクの手を離れた、アイスソードとファイヤーソードが、中空に静止して、次の言葉を待つ。
「我、戦天使エリクは、二名の戦士と契約する。我が剣となりて、我が道を阻むモノを全て滅せよ!! 跡形もなく・・・、その塵も残さず・・・」
 光り輝くエリクの二枚の翼!!
 その輝きは、以前のものとは比べようもなく激しく、眩い。
 二つの剣が白い光の中に一度没すると、各々の剣を手にしたローヴェントとカルサスが、その光の中から姿を現した。
 セバリオスは、目の前で起こるその奇跡の光景に圧倒されながら、こう口にした。
「バカな!? 何故、死者が甦る!! あの手ごたえに間違いなどなかったッ」
 戦天使としての意識を回復した、高貴なる白き姿のエリクが、セバリオスに向かってこう答えた。
「その命を繋ぎとめ、再生させる為に我が力を費やしていただけの事。失われ行く魂を、この身を受け皿として受け止めた。・・・彼らは望んで自らの再生の道を断ち、この時間を生きることを決めた。それはとてもとても短い時間だが、彼らにとって、それは永遠にも等しい意味のあること」
 ローヴェントとカルサスを支配下に置いたことで、エリクはその真の戦天使能力を発揮する!!
 これまでとは比較にならないほど練成された剣気を、セバリオスは二人の戦士たちから、痛烈に感じずにはいられなかった。
 アイスソードとファイヤーソードの纏うこのライトフォースの煌きが、最初に感じたセバリオスの直感が的を射ていた事を証明する。
 戦天使能力を完全に回復させたエリクに、今、二つの剣が握られた。
 セバリオスとはいえ、彼女を相手に、もう余裕などない。
「ならば、その戦天使の力、この身で試してくれようぞッ!!」
 ラグナロクを強く握り締め、気を吐くセバリオス。
 そのセバリオスの戦闘能力は、人智では計り知れない。
 この世で、まさに絶対者と呼ぶに相応しいセバリオスに対し、白き貴婦人は、開花させたその戦天使の力で挑む!!
 白き髪をライトフォースの光輝に靡かせ、エリクは言う。
「進め、我が剣たちよ」
 こうして、セバリオスとの戦いは、その決着の時を迎えようとしていた。

ダークフォース 第二章 XI

2009年09月29日 15時44分47秒 | ダークフォース 第二章 後編
   ⅩⅠ

 戦いが始まって、すでに数刻。
 エリクの戦天使能力は、セバリオスの想像を遥かに凌駕するものだった。
「これが、真の戦天使の力。欲しい・・・これほどまでに圧倒的とは、な」
 セバリオス自身、彼がこれほど苦戦を強いられるとは、思いもよらぬ事であった。
 エリクに守護されし二つの剣は、神速のセバリオスに迫るスピードで、彼を襲う。
「我が神速の剣にこうも喰い付くとは・・・。なるほど、伝説の剣皇トレイメアスが、かつて異界の神どもを恐れもさせたのも頷ける。並の戦士が戦天使の加護を受けるだけで、こうも鋭い刃となるのだからな」
 長物であるラグナロクを操る分だけ、セバリオスは不利とも言えた。セバリオスは、自身の高速剣とほぼ同等の速さの二つの剣風を、一手に相手させられている。
 セバリオスがどんなにローヴェントとカルサスを強打しようとも、一切の攻撃が戦天使エリクの守りの壁に阻まれてしまう為、セバリオスは次第に、攻撃よりも防御の手数が増えてしまう。
 セバリオスに十分な錬気の隙を与えないほどに、二人の戦士の攻撃は素早い!
 だが、セバリオスは、その攻撃を弾かれながらも、緻密にエリクの光の羽衣が生み出すその防御力を計算していた。
「ラグナロクで第四の剣以降の奥義を錬成できなければ、戦士たちに付与した守りの壁すら、貫くことも出来ぬであろうな。本体のエリク姫の防壁は、さらにその上を行くだろう。・・・しかし、それを錬気するとならば、同時に我が身を守る壁も完全に消失することになる」
 アイスソードとファイヤーソードから、連続して放たれる絶対零度の凍気と、灼熱の烈波導をこのまま喰らい続けていては、いかに堅牢なるセバリオスのシールドを以ってしても、ダメージの蓄積は避けられない。
「どれを喰らい、どれを避けるか。むず痒いものだな」
 始めから全ての攻撃を受けきれるなどとは思っていないセバリオスは、致命的な一撃は全て防いではいるものの、強引に振らなければラグナロクが追いつけないような一撃は、それを軽微と判断した場合、無視して次の攻撃に備え、ラグナロクを最短距離で振り返していた。そうしなければ、速度でローヴェントとカルサスに追いつけない。
 セバリオスがその身が受けたダメージ量は、彼の身体に幾つも描かれた、血の一閃が明らかにしていた。
 そう、セバリオスは押されている。
 彼にとってそれは、初めての経験である。
 セバリオスは今、ジラやフェルツの救援を必要としていた。
 どちらかの一方の援護を得られれば、戦況は一転させられる。
 しかし、彼のプライドはそれを許さない。
 また、仮にそれを実行するにも、妨害を受けるのは目に見えており、ジラやフェルツに自らの危機を伝えるには、まず、王子たちが先に閉ざした隔壁に穴を開ける必要がある。
 普段のセバリオスなら、隔壁を破るなど容易いことなのだろうが、今のセバリオスに、眼前の敵を放って、古代遺産の超硬度の隔壁を打ち抜く為の奥義を発動するヒマなどない。『銀雷』程度の威力では、隔壁の表面に傷を付けるのが限界であろう。
 その異様とも言える神と戦天使との戦いの光景を、少し離れた位置から目の当たりにする男の影があった。
 血の染み出たフルプレートの甲冑に、その身を重く縛られながらも、かろうじて意識を回復させたエリクや二人の王子たちの師、ハイゼンである。
 ハイゼンはエリクや二人の王子たちの為に、戦列に加わりたかったが、その身は指先一つ、満足に動かせないだけの傷を負っていた。
 戦天使は始めからハイゼンの生存には気付いていた様子で、彼の方へとセバリオスの攻撃の余波が向かぬように、セバリオスとの距離を気にしている様子だった。
 また、ハイゼンの方も彼女の行動の意味を、これまで培われた戦闘経験により、即座に理解出来た。
 だが、ハイゼンは何故、エリクがこんな姿になって、あのセバリオスを相手に戦っているのかはわからなかった。
 エリクのその姿は気高く、まるで穢れ無き純白の貴婦人のようであり、その指先から髪の毛の繊維に至る全てが、煌めく光によって満たされている。
 背中から天に突くように伸びる、光輝を集めた二つの翼に目が行った時、ハイゼンにはそれが、地上に舞い降りた天使に見えた。
 これが、セバリオスがエリクを欲した理由だというならば、ハイゼンはそれを十分に頷けた。その名しか聞いたことのない伝説の存在、『戦天使』を、今、目の当たりにさせられているのだから。
 ハイゼンは、足手まといの自分が無理を通して参戦するより、ただじっとその場で壁を背に倒れ込んでいる方が、よほど彼女にとって、戦天使であるエリクにとってはやり易いのだと直感する。
 戦いの次元が違いすぎる。
 万全の状態で参戦したとしても、おそらく自身の実力ではどうにもならないレベルの戦いが繰り広げられていることをハイゼンは感じたのだ。
 それは、歯痒い事だが仕方なかった。
 エリクは、手にしたその二つの剣と戦天使能力により、あの絶対的だったセバリオスを圧倒している。
 
 セバリオスが倒されることなど、あってはならない事だ。
 
 彼はこのエグラート世界の主神であり、彼を中心に四千年間もの間、この世界の秩序は維持されてきた。
 セバリオスの存在を抜きにして、今の、この世界の繁栄は成り立たない。
 全ての厄災の源である、異界の敵『ギーガ』に対し、今も世界は二つの備えでそれに対抗している。
 一つは、先に話した異界の門を封じる、戦天使セリカの守りの壁。
 その力によって、ほとんどの異界の敵の侵攻は阻まれてはいるが、世界に絶対などなく、常にその例外を起こすモノたちの存在がある。
 それは、『テーラ』と呼ばれる異界の神々『六極神』や、その僕(しもべ)である『魔神』たち。
 それ等に対抗し得る、現在、唯一の機動戦力が、神界フォーリナの神々『セバリオス・ジラ・フェルツ』の三神である。
 これまで、主神セバリオスを中心に、神の剣であるジラと、神の盾であるフェルツが、異界の門以外から、時空を喰い破って侵攻して来る『魔神』たちを数多、退けてきた。
 そう、世界はこのセバリオスの存在によって、幾度もの危機から守られて来たのだ。
 その戦いの常に先頭にいるセバリオスを失えば、世界は魔神等の侵入を許し、内側から異界への門をこじ開けられかねない。
 もし、異界の門が開かれれば、この世界の秩序は崩壊する。
 全ては『ダークフォース』の深淵なる闇へと没することになるだろう。
 セバリオスは、自身の敗北の意味を理解していた。
 そう、セバリオスは「敗北」の二文字を意識し始めている。
 セバリオスが始めからこの状況を想定出来ていたのなら、彼はエリクたちを圧倒する戦力を投入して、難なく勝敗を決していただろう。
 彼の過去に、戦天使との戦闘経験が一度でもあれば、単独での勝利も可能だった。
 しかし、その為に必要な剣が彼の手元にはない。今、必要なのは、二人の王子の攻撃をさらに上回る速度。その自らの神速を最大限に生かす、もう一つのラグナロク。
 直刀の細身のサーベルである『ラグナロク弐式・片刃』である。
 それが王子たちの隔壁により遮蔽され、手元へと転送出来ないとは、それは二人の王子たちの意図した範囲外であった。
 故に、セバリオスは今その手ある、長物の『ラグナロク壱式・両刃』のみで決戦するしかなかった。
 本来なら、長物とはいえ、このセバリオスのラグナロクの速度に付いてこれる者など、数限られている。それに長物の方が破壊力では格段に上だ。
 まさか地上に、彼の神速に並ぶ者が剣王バルマード以外にいるとは、セバリオスにも思いも寄らぬことであった。しかも、通常の錬気のラグナロクでは、その長物の破壊力を以ってしても、戦天使の守りの壁に対して傷すら入れられないとは。
 正確にはセバリオスの出すダメージ以上の速度で、守りの壁の耐久が回復されている。その回復量は凄まじく、削り合いの勝負をしては確実に負ける。
 だが、セバリオスにも戦士としての、意地がある。
 まして、彼は戦士の中でも最強の、「マスタークラス」の頂点に立つ男だ。
 端から、自身の勝敗を武器のせいになどする気はない。
 長物には、もう一つ、長物なりの強みがある。それは、強固な戦天使の守りの壁を貫いた時に出来る、そのリーチの差だ。
 勝つ為に選べる手段はもう僅かだ。
 それは、光の渦の中心にいる戦天使エリクに肉薄し、彼女の守りの壁を貫く最強の一撃を放つ事だ。
 その為に、セバリオスは自身の守りを完全に捨て去り、エリクのその背中に伸びる光輝の翼を、戦天使能力の源を、渾身の一撃で撃ち抜かなければならない。
 光に近付けば近付くほど、ライトフォースの防壁はその厚みを増す。
 光輝の翼は、このセバリオスを以ってしても計り知ることの出来ない、強大なシールドの奥にある。
 勿論、その一撃を二人の王子が、ローヴェントとカルサスが、黙って許すハズもない。
 ローヴェントも、カルサスも、二人とも己の身体が、風化していくように徐々に砕け散っているのを感じていた。
 決着の時まで持てばいい、それが二人の王子たちにとっての、ただ一つの願いだった。
 カルサスは言う。
「もう少し、戦っていたい気分だ。雰囲気はすっかり変わっちまってるが、あそこにいるのは、オレ達のエリクに間違いねえんだからなッ!」
 ローヴェントも、カルサスのその言葉に頷いた。
「エリクと共に戦おう、それが、私たちが戦士として生まれて来たことの意味だ!!」
 直後、眩き光で満たされた白金の瞳を、エリクは大きく見開くと、その戦天使能力を最大開放する!!

 白き姿の戦天使は、その高貴なる翼を高らかに舞い広げ、エグラートの主神を狩る為に駆ける!!

ダークフォース 第二章 XII

2009年09月29日 15時41分46秒 | ダークフォース 第二章 後編
   ⅩⅡ

 激しい戦闘か繰り広げられる中、
 赤い髪をした方のエリクは、白き戦天使の造りし心の檻の中で、ずっと夢を見せられ続けていた。
 それは、とても楽しく、やさしい、平和な夢。
 身も心も幼き子供の日へと帰り、起きるのを嫌だと思わせるくらい、甘い夢の中。
 そんな素敵なものたちで満たされた、とてもとても広い場所に、幼く姿を変えたエリクは、深く誘われていた。
 赤毛の愛らしい、その幼き少女は、ルビーの瞳をいっぱいに輝かせながら、地平の見えない夢の世界で、花冠を作りながら遊んでいた。
 エリクはこんなに広い場所で遊んだことなどないし、どこまでも続く大地なんて見たこともなかった。
 目にするもの全てが発見に満ちており、決して飽きることなどない、そんな、造られた楽園。
 行き交う人々は、皆、誰もが笑顔で満ち溢れており、こちらに手を振り、話しかけてくれる。
 お花畑の真ん中に立っている、赤毛の幼き少女、エリク。彼女は、こんなにたくさんの人たちとお話ししたのは、生まれて初めてのことだった。
 それは、とても嬉しいことで、素敵なことであった。
 この世界に深く入り込めば入り込むほど、エリクはその姿を、その心を幼く回帰していく。
 白き姿の戦天使は、こうしてエリクから、理性や判断力を奪い去り、思考する力を持たせないように仕向けた。
 檻はより頑丈なものに変えられ、外界の情報の一切を遮断する。
 より幼い姿へと変化してゆくエリクのその小さな手で、この頑丈な檻を壊すのは無理だと言えたし、また赤毛の幼き少女にその気すら持たせないよう、楽しさで溢れる、夢のメリーゴーランドを彼女に与えた。
 こうして、エリクの心を完全に封じ込めた戦天使だったが、ふとしたことをキッカケに、檻の中の幼い少女は、少し不安になってしまう。

「きょうは、カルサスおにいちゃんはこないのかな」

 幼き少女のその言葉に、楽園を管理する戦天使は驚いた様子だった。
 それもそのはず。今のこのエリクは、「カルサス」という人物を知らない。
 彼女の心を、想いを高ぶらせる者の記憶は、全て奪い去っているというのに。
「あ、ローヴェントのおにいちゃんだ」
 今度はそう言うと、その幼き少女は赤毛の髪を揺らして、ローヴェントの元へと駆け寄り、一生懸命作った花冠をローヴェントの頭の上に被せてやった。
 すると、ローヴェントは軽く一礼して、エリクに言う。
「ありがとう、この花畑の王様になった気分だよ」
 そう言って、エリクの赤い髪を優しく撫でるローヴェントに、エリクは溢れんばかりの笑顔で応えた。
 在り得ない!!
 戦天使の造り出したこの世界に、ローヴェントは存在しない。
 しかし、エリクはちゃんとカルサスの分の花冠まで用意して、カルサスが来るのを待っている。
「エリクちゃん、カルサスにまで冠をあげたら、この花畑は王様が二人になってしまうよ」
 ローヴェントは、そんなちょっとイジワルな質問を幼い少女にした。
「いいんだもん!! ねえ、おうさまって、ひとりじゃないといけないものなの?」
 すると、その問いの答えにちょっと困ってしまったローヴェントが、辺りにちらちらと目をやると、向こうの方を指差して、エリクに言った。
「ほら、カルサスが来たよ」
「あ、カルサスおにいちゃんだ!!」
 戦天使は、自分の造り出した世界を乱す、この二人の兄の存在をすぐさま消し去った。今のこの幼き赤毛の少女に、彼らは必要ない。
 するとエリクは何事もなかったかのように、花畑の方へと戻っていった。
 花畑は、四季を無視して、色とりどりの鮮やかな花々を咲き乱れさせている。
 
 次の瞬間、エリクは貴賓室を思わせる贅沢な造りの一室で、ハンカチのレース編みをしていた。この世界では、エリクは思えば何処にでも行ける。
 ただ、そのエリクの姿は花畑に居たときよりも明らかに成長しており、幼女から可憐な少女へとその姿を変えていた。
 そして、ここにもまた、二人の兄の片割れであるカルサスが、無神経に現れた。
「よう、エリク! 何だそのハンカチは。オレにくれるのか!?」
「もう、カルサス兄様ったら。これは、私のです」
「なあ、エリク。オレ、ハンカチ無くして困ってるんだけど。出来れば今すぐ欲しいんだけどな、何とかならないか?」
 エリクはクスクスと笑いながら、膝の辺りにある引き出しを開けて、金の刺繍の入った上等なハンカチを取り出そうとした。
 カルサスはエリクのその手を止めて、こう言った。
「ほら、エリクが今、その、なんだ、縫ってるこの白いハンカチがいいんだ。イニシャルはKで入れてくれると、なお嬉しいぞッ」
「こんな普通のでいいんですか? カルサス兄様がそれでよいのでしたら、私は別に構いませんが」
「ああ、それがいいんだ。何より、兄貴が持ってなくて、オレが持ってるのがいいんだよ。兄貴には内緒にしておいてくれよ」
 ウィンクしてそう言うと、その正面にある鏡台には、自分の姿の他にも、長兄ローヴェントの姿が映りこんでいることに、カルサスは気が付いた。
「では、私の分はもっとレース編みを増やしたものにしてもらおうかな。ついでに、エリクのEと私のRも縫い込んでいてもらおうかな」
「ウフフ・・・、お二人ともなんか子供っぽいですよ。こんなのでよかったら、いつでも縫いますので、言ってくださいね」
 この夢の世界を管理する、戦天使は戸惑った。
 何故、自分の造ったこの世界に、これほど鮮明に、ローヴェントとカルサスが存在しているのか?
 そして、何故、この二人がいるというのに、エリクにとってかけがえのない存在である、もう一人の男が存在していないのだと。
 父親代わりとも言えるあのハイゼン候の事を、赤毛の少女は何故、まったく覚えていないのだ!?

 エリクはまた場所を変えて、今度は編み物をしている。
 その姿は、もう、今に引けを取らぬほどの美姫へと成長しており、その表情にはゆとりや落ち着きさえ感じられる。
 ただ、この時、エリクはどうして自分が人にあげる為の手袋を、三人分も用意しているのだろうかと疑問を持っていた。
 二人分はすぐに分かる。でも、あとの一人がまったく思い出せない。
 計算を間違えて、三人分の毛糸を用意したのかとも思うエリクだったが、箱庭の管理者である戦天使はこの事により、隔離世界で起こった異変に、ようやく気付くことが出来た。
「何ということか・・・これが、人の想いの強さなのか」
 戦天使はこの事態に、もはや何の打つ手も持たない事を思い知らされる。
 エリクが見ているこの改竄(かいざん)された世界が、現実へと融合してゆく。
 戦天使は感じ取る。
 砕け散るその命と魂が見せる煌めきを、ローヴェントとカルサスのエリクへの想いを。
 そして、エリクが白いレトレア織のドレスにその身を包む次の冬の季節に、二人の戦士がこの世界から完全に消え去るということを、戦天使は悟る。
 エリクの最も幸せだった、大切なものたちと過ごしたその時間。
 彼らがいれば、そこは彼女にとって、心安らげる楽園だった。
 その小さな楽園を、彼女の戦天使能力は崩壊させていく・・・。

ダークフォース 第二章 XIII

2009年09月29日 15時39分23秒 | ダークフォース 第二章 後編
   ⅩⅢ

 セバリオスは、二人の戦士の猛攻を浴び続けながら、ラグナロクへの錬気を高め続けていく。
 その身を包む神の鎧は粉々に砕け散り、セバリオスは満身創痍の中、ラグナロクの刀身が支えきれる限界に近い量のライトフォースを練成していた。
 この状態なら、隔壁どころか一気に壁そのものを撃ち貫いて、退くことも可能だった。
 だが、神を名乗る身に「敗走」など有り得ない。
 セバリオスは、あくまで決着する事に固執していた。
 セバリオスがジラほど賢明ならば、間違えなく即座に引いて、態勢を立て直したことだろう。
 勝負は勝てばよいのだ。
 ジラは、帰還の遅いセバリオスを案じて、すでに神界フォーリナを発っていた。
 セバリオスがそのラグナロクに宿らせし最高の奥義を、発動、命中させられるかどうかは、彼の残り僅かな体力と、その気力にかかっている。
 ローヴェントとカルサスの猛攻を耐え続けたその肉体に、もう二撃を放つ余力はない。
 確実に決めなればならない一撃のその重圧(プレッシャー)に、セバリオスは柄を握る両手に汗を滲ませ、その集中力に銀眼をギラつかせた。
 次の瞬間、
 セバリオスがエリクとの間合い詰めようと突撃する!!
 
  カァァァァァーーーーーンッッ!!!
 
 と、二人の王子が連携して、見事にそれを受け止めた!
 セバリオスの長剣ラグナロクと激しい鍔迫り合いを演じる、ローヴェントとカルサス。
 錬気十分のラグナロクに、彼らのアイスソードとファイヤーソードはまったく引けを取らず、激しい爆炎と凍気を撒き散らしながら、それに拮抗する。
 セバリオスも、ローヴェントも、カルサスも、口を利ける余裕はない。
 互いに、命の火花を強烈に弾けさせながら、ただひたすらに力で押し合う!!
 戦天使は、このセバリオスの行動を事前に見抜いていた。
 二つの剣となったローヴェントとカルサスを操るその技量も、時の経過と共に精度は格段に増していた。
 白く長い髪をライトフォースの光輝に靡かせた白金の瞳のエリクは、王子二人が最期の力でセバリオスを足止めしているその隙に、右手に光の槍を形成させている。
 それで二人の王子ごとセバリオスを貫き、戦いに終止符を打とうとしていた。
 セバリオスは、もう引くことは出来ない!!
 彼が勝つ為には、その光の槍がエリクの手から放たれる前に、渾身の奥義にて戦天使の守りの壁を、その奥にある光輝の翼を撃ち貫かなければならない。
 エリクの持つ光の槍が具現化する!!!
 
  ・・・セバリオスはその瞬間、敗北を悟った。
 
 セバリオスはここで、自身の究極奥義である「ラグナロク・第五の剣『光雷』」を暴発させることにより、この空間ごと全てを無に帰し、相打ちを狙うことも出来た。
 だが、その行為に自己満足以外の意味は無い。
 それどころか、このエグラート世界は、その主神である自らを失うだけでなく、異界の敵に対抗し得る存在、『戦天使』を失うことになってしまう。
 セバリオスはそこまで、この世界に無責任ではなかった。
 一人の戦士として戦い、その敗北を受け入れる。
 セバリオスはそう決断したのだ。
 彼の練成せし究極奥義・『光雷』は、もう自身にも止めることは出来ない程の、絶大な威力を誇る。
 つまり、仮にセバリオスにその意思があったとしても、もはや剣を収めることも出来ないのだ。
 唯一、『光雷』を暴発させずに消滅させる方法は、エリクの光の槍にその身を貫かれること。
 依代であるその身が息絶えれば、ラグナロクの耐久限界まで収束された膨大なライトフォースも、自身と共に消滅する。
 セバリオスがその瞳をゆっくりと閉じる。
『光雷』がラグナロクの耐久限界を超えない為の制御の為である。
 そして、エリクの手から光の槍が放たれようとした刹那、突如としてエリクの戦天使能力が消失した!!

 地面にカーーンッ! と高い金属音を響かせ転がる、二人の戦士の剣、「アイスソード」と「ファイヤーソード」。

 セバリオスがその音に銀色の瞳を開くと、そこに激戦を演じたローヴェントとカルサスの姿はなく、エリクの姿も普段の赤毛のものに戻っていた。
 エリクの心が、戦天使能力を拒絶したのである。
 赤い髪をしたエリクはセバリオスに言う、縋るような瞳をして。
「お願いです・・・、私はどうなっても構いません。戦いを、やめてください」
 自分の中で砕け行く、兄たちとの記憶、兄たちへの想いを守る為、エリクはその戦天使能力を強い意志によって、強引にねじ伏せたのだ。
 セバリオスは叫ぶ!!!
「バカなッ!! 今すぐ戦天使能力を復活させろ! そして、この場から出来得る限り遠くへと離れ、守りの壁でその身を守れ」
 エリクはセバリオスの言葉に、軽く横に首を振ると、その背中に再び光輝なる翼を広げる。しかし、それは戦天使が広げたものより、明らかに小さい。
「逃げることは出来ません。ハイゼン候を置いて、そして私を守る為に、必死にその剣の力押さえつける貴方を置いて」
 エリクはそう言ってセバリオスの元に寄ると、その小さな光の翼で彼の傷付いた身体をそっと包んだ。
「無駄だ、この程度の力では、我が剣を抑えることなど出来ぬ。これは、その守りの壁の最大防御を貫く力なのだ。こんな出来損ないの翼で、受け止めることなど出来ぬわッ!!」
 セバリオスはエリクを振り払おうとするが、今の彼にはそのエリクを突き放す力さえ残されてはいない。
 エリクは言った。
「守れないのであれば、この翼に意味はありません」、と。
 そして、セバリオスに寄りかかるようにして、エリクは気を失った。

 セバリオスはこの時、初めて人肌から伝わる『ヒト』の想いを感じた。
 
 彼は常に最強の神であり、そして、孤高だった。
 その身をかけて守り続けてきた世界のその価値を、今、初めて知らされた。
 自らの胸の中で気を失う、この美しき薔薇姫を前に、セバリオスは救われた思いがした。
 守りの翼はラグナロクの圧力に耐え切れず、徐々に崩壊してゆく。
 なればこそ、彼女をこんな場所で散らせる訳にはいかない。
 セバリオスに迷いはなかった。
 もう、翼の形すら維持できていない光のカケラ。
 セバリオスはその首筋にラグナロクを当て、
 自らに決着を付けようとする!!

ダークフォース 第二章 XVI

2009年09月29日 15時35分41秒 | ダークフォース 第二章 後編
    ⅩⅣ
 
  ドォゴォォォォーーーーーンッ!!!
 
 突如、響いた爆音の方へと、セバリオスが振り返る!!
 そこには外側から隔壁を破壊した一人の戦士の姿があった。
 深緑の髪を爆風になびかせる女戦士のその姿に、セバリオスは声を大にしてこう叫んだ!!
「ジラか!?」
 そう呼ばれた女戦士の背後から、さらに、その身を闇にも似た外套に包んだ一人の戦士が現れ、猛スピードでセバリオスの元へと駆け出す!!
「覇王剣・第五の剣『光雷』!!」
 いきなり現れた外套の戦士は、セバリオスの奥義と同じ名の奥義を、暴走するラグナロクに向かって繰り出した!!

  カァァァァーーーーーンッ!!!

 セバリオスの手元から、中空へと弾き飛ばされたラグナロク。
 ガラン、ガランッと音を立てて床に転がったラグナロクを、ジラと呼ばれた女戦士が拾うと、ビロードの外套の戦士はその片刃の剣を鞘に収めて、セバリオスの方へと振り返る。
「何故だ、何故に我が奥義と同じ名を持つ剣技が使える!? しかも、その威力を相殺しただと。どういうことだ、ジラ!!」
 ガクンと膝を折り、吐血しながら問いかけるセバリオスに、ジラと呼ばれた女戦士が肩を貸す。
 すると、『光雷』を放ったその外套の戦士は、気を失ったエリクへと徐に近付き、その身体を優しく抱きかかえ、壁に寄りかかるハイゼンの元へと連れて行った。
「答えろ、ジラ」
 セバリオスの問いに、やれやれと言った感じで、深緑の長い髪を持つ美女・ジラはこう答えた。
「あんたの独断専行の尻拭いの助っ人だよ。あたし程度の実力じゃ、極限まで力を出し合った、あんたと戦天使の間に割って入っても、即座に返り討ちだからね。・・・まったく、誰が戦っていいなんて言ったのさ。フェルツは、あんたの生死になんて興味もないから当てにならないし。だから確実に止める為の助っ人を、ここに連れてきたのさ。タイミングもバッチリだっただろ?」
 セバリオスを抱え起こすジラに、セバリオスは外套の戦士の名を問うと、ジラは彼の耳元でこう呟いた。
「いいから、帰るよ。・・・地上に、セバリオスとジラの二人が揃って居る事を、他の者たちに探知されるのはさすがにまずい。エリク姫の事は、暫く地上の連中に預けておくことだね。あの外套の戦士の方も、すこぶる腕は立つが、実は彼女が戦天使であることには全く気付いちゃいない。物分りの悪いあんたにだって、痛いほど分かっただろう? 戦天使能力は見るものじゃなく、触れて初めて分かるものだって事がさ。まあ、ハイゼン候が彼に事の一切を喋れば話は別だろうけど、ね。きっとハイゼン候は、エリク姫を争いに巻き込みたくはないと思うことだろうさ。・・・姫の事は、いずれ、手に入れればいいだけの話だから、さ」
「・・・承知した」
 セバリオスが頷くと、ジラは神界フォーリナへ戻る為の転送を開始する。
 ジラの周囲に光の輪が形成され、その輪が幾重にもジラへと集束すると、二人の姿は音もなくこの場所から消え去った。
 外套の戦士は、エリクの身体をそっと敷物の上に寝かせると、ハイゼンの方を見て、何も言わずに右膝を付き、その手のひらに、球状の光の塊を生み出した。
 その球体から発せられた光は、緩やかな波動となってハイゼンの身体をゆっくりと覆ってゆく。
 外套の戦士は、高度に錬成させたライトフォースをハイゼンの治癒に使い、彼を止血すると共に、その傷をも易々と再生させる。
 難なくそれをやってみせる外套の戦士だが、これにはかなりの技術を必要とする。
 先ほどの『光雷』を操った技量といい、この戦士の実力は、神であるあのセバリオスに迫るほどのものだといっていい。
 ハイゼンにはそのクラスの戦士の名など、剣王バルマードくらいしか思い当たらなかったが、明らかに剣王とは体格が違い、細く、華奢である。
 ハイゼンが意識をハッキリと回復させる頃には、その治癒の光の影響で、エリクもその意識を徐々に回復していった。
 まだ、瞳を開けるには瞼が重い。指先さえ、ピクリとも動かせない。
 そんなエリクだったが、外套の戦士がハイゼンに向かって口を開くと、その声だけは耳に届いた。
「名も名乗らずに、失礼しました。まずは、ハイゼン候の治癒をと思い、勝手ながらそうさせてもらっています」
 その声は、高く澄んでいる。まるで女性のようだ。
 そう口にした外套の戦士が、深々と被ったそのフードを下ろすと、ハイゼンはその素顔に言葉を失った。
 肩までかかる、紫色をした細くしなやかな髪。
 その端整な顔立ちに、光を満たしたルビーの瞳が妖艶に輝いている。
 肌は、雪のように白く、その美貌はエリクのそれさえ上回る。
 美しい・・・その一言では、とても比喩できないほどに、神々しいほどまでに美しい顔立ちをしている。
 その美しさは、性さえ超越しており、これほどに完成された美しい人を、ハイゼンは未だかつて目にしたことすらなかった。
 瞳を閉じたエリクには、その戦士の顔を知る術はなかったが、ハイゼンの強い動揺はエリクにも伝わってきた。
 美しき外套の戦士は、言う。
「私の名は、レオクス。旧知の仲であるエリス殿・・・いや、ジラ神に、この危機を知らされ、参上いたしました。フォルミ大公として、幾度かハイゼン候には公式の場でお会いする機会を得ていましたが、この顔をさらしたのは今回が初めて、ですね」
 ハイゼンはフォルミ大公が、これほどの人物であったことに驚愕させられた。
 このレオクスという人物の実力は、底が知れない。
 ハイゼンは聞いたことがある。戦士レベルは人の進化の指標の一つでもあり、その人物の限界値によって、その容姿も大きく左右されることがあると。
 遥かなる昔、その絶世の美を誇ったという覇王妃オーユも、彼女の妹である戦天使セリカも、その戦士レベルは100だという。
 レオクスのそれは、まさにその彼女たちにも引けを取らぬのではないかという程に、気品に満ちて、気高く、美しい。
 エリクは、フォルミという国など知らない。ただ、自分たちを救ってくれた、レオクスと人いう名前だけは、しっかりと記憶した。
 礼の一つも言いたいが、エリクは今、言葉を口に出来る状態ではない。
 レオクスは徐に立ち上がり、そのビロードの外套のフードを深々と被った。
 レオクスの手のひらから放たれる癒しの光が途切れると、エリクは次第に意識が朦朧としてくる。
 この後、ハイゼンとレオクスが何度か言葉を交わして、レオクスが立ち去るのはわかったが、そこで完全に意識を失ってしまう。

 エリクはその意識を失うと同時に、自身の中に押し込めた白き姿の戦天使と、明暗のはっきりとしない深層心理の奥深くで、対面する。
 その様子はまるで鏡の前に立っている自分の姿を見ているようだ。
 違うのは髪と瞳の色くらいで、姿形は同じである。
 白い髪をした方のエリク、戦天使は言う。
「これがあなたの望みなら、私はあなたから、戦天使としての記憶と能力を奪い、この小さな世界で時を待とう。だけど悲しみだけは、消すことは出来ない。それは私が、あなただからでもある。ヒトは心に嘘はつけない。記憶は操作出来ても、想いを変えることは出来ないだろう。故に、二人の兄君のことは、あなたの心に大きな傷跡を残すことになるだろう。眠り行く私はそれで良いかも知れない。・・・しかし、あなたは、これから今を生きるのだ」
 それを聞いて、赤い髪をしたエリクはこう言った。
「やはり、間に合わなかったのですね・・・。私が、夢の中で現を抜かしていた為に、大切な人たちを、守れなかった。失われていくものに、最期の瞬間まで気付けなかった」
 エリクは俯くように、その赤く長い髪を前に垂らし、顔を隠すようにして、その瞳に銀光を満たした。
 溢れる雫は、足元の闇色の床に吸い込まれるように、銀色の線を描く。
 戦天使はそれを見ても、表情一つ変えずに、話を続ける。
「私には、僅かにだが、『大いなるモノ』の力が宿っている。それは、命の潮流と呼ぶべき、この世界の理(ことわり)。あなたの二人の兄君たちが、散らせた命の欠片。それを再構成させることが私に出来たなら、今、まだ微かにこの身に残る彼らの存在を頼りに、それらを再生し、同じ時を取り戻すことが出来るかも知れない。これは、大いなるモノの意思に反する行為だと私は認識しているが、あなたが望むなら、・・・あなたの四分の一の存在である私は、あなたの意識の奥底で、誰に悟られることなくそれを行おう」
 その言葉に、エリクは堪らず戦天使の方を見上げた。
 その瞬間、初めて、戦天使が人間らしい表情で微笑んだ。
「了承したと取ってよさそうだな。私にも感情くらいある。それは、何度も言うが、私とあなたが二人で一つの存在だからだ。ただ、ここでのやり取りは、あなたの記憶には一切残さない。どれほどの時を有する作業なのか、また、それ成功させる保証も自信すらない。私は、自らの意思によって、あなたの殻の中に閉じこもろう。これから私たちがやろうとすることを、大いなるモノに知られてはならない。拒絶が一番恐ろしい。・・・記憶を残さないあなただけに、大いなるモノの名を告げておこう。その名を『エクサー』という。この「エルザーディア」の名で呼ばれる宇宙の、その中心である存在」

 こうして、エリクは白き戦天使との、その邂逅の時を終える。
 再びエリクが目覚めた時、レムローズ王国は全てが変わっていた。
 王国は二人の英雄である王子を、突然の病で失い、間もなく王も崩御した。
 ハイゼン候はこの混乱を収める為、自らが王国の執政の座に就き、まだ国民にその存在を知られていないエリク姫の身を、フォルミ大公レオクスに託すことに決めた。
 エリク姫の存在を今、知られれば、エリクは女王としてこの国の王に担ぎ上げられ、過大な国民の期待と、これから王国が直面する苦境を一手に背負わされてしまう。
 ハイゼンには、自身がこのレムローズ王国をその手に完全掌握するだけの時間が必要だった。
 そうすれば、エリクの身を安全に、この国の女王として迎え入れることも可能だった。
 心無い民衆たちは、二人の王子の急死をハイゼンの陰謀だと囁いた。
 ハイゼンはそんな言葉など一気に跳ね除けると、国内外にその実力を示し、一年と経たずにレムローズ王国全土をその支配下に置いた。
 ハイゼンはこうして、エリクの帰る場所を確保し、その維持に努めることになる。
 エリクが長年暮らしたあの場所も、その当時のままに保たれ、時折、給仕たちは、自らの手で、痛んだ場所の修理を熱心に行う、ハイゼン候の姿を見かけた。

 エリクはこの時より、フォルミ大公国にその身を寄せる事となり、当時、まだ幼かった金髪の少女リシアと出会い、彼女を妹のように可愛がった。
 アメジストガーデンに用意されたエリクの個室には、五年という歳月が経過した今でも、大事に飾られた二つの剣がある。
 リシアがその剣に触ろうとすると、エリクはそれを拒み、誰にも触れさせようとはしなかった。
 エリクは、時々、その部屋でじっとその二つの剣を眺めていることがある。
 エリクは、今でもその剣にこの身が守られているのだと感じると、心が温かくなった。
 テーブルの上にはレムローズ王国のワックスシールの押された手紙が置かれている。
 差出人はレムローズ王国執政のハイゼン候である。
 彼は、まるで娘の一人暮らしを心配する父親のように、公文書に紛れさせては、よくエリクへの手紙を送り付けてきた。
 内容はごく平凡なもので、むしろエリクの返信の方が目当てである。
 馴れない手紙を無理に書き上げているハイゼンの姿が目に浮かぶと、エリクにはそれが滑稽で、クスクスとその表情に笑みを誘った。
 エリクは手紙の返事を書き終えると、その手紙に季節の押し花を付けてハイゼンの元に送っていた。
 エリクがその個室を後にすると、待ってましたとばかりに現れたリシアが、エリクの手をギュッと掴んだ。
 リシアはエリクを引っ張るように、アメジストガーデンを駆け回る。
「ちょっとまって、リシアさん。そんなに引っ張られると、ヒールが脱げてしまうわ」
「ダメですよ~、今日は私にとことん付き合ってもらうんですから!!」
「もう、リシアさんったら」
 そんな二人の笑顔を、陰から見守る者の姿がある。
 ビロードの外套にその身を包んだフォルミ大公、レオクスである。
 そのレオクスに気付いたのか、リシアがペコリとお辞儀すると、エリクも揃って、にこやかにお辞儀をした。
 レオクスがその対応に少し困っていると、脇からスッと現れた大男のバルマードが、レオクスに向かってこう言った。
「手でも振っておあげなさいな、いい子たちじゃないですか」
「ああ、・・・そうだね」
 そう言われてレオクスが小さく手を振ると、二人は揃って大きく手を振り返してきた。
 バルマードがそれに負けじとさらに大きく手を振り返すと、今度は、リシアは両手をめいっぱい広げて手を振り、何だかわからない勝負に発展していった。
 エリクは気恥ずかしさで、それ以上ついてはいけなかったが、今、ここに見える風景に、今、ここに立っていられる事の奇跡を、エリクは心より感謝をせずにはいられなかった。
「ありがとう」の言葉を伝えたい。
 妹のようなリシアに。
 元気をくれるバルマードに。
 いつも自分を気遣ってくれるレオクスに。
 祖国で、いつでも自分の帰る場所を用意してくれているハイゼンに。

 そして、
   この世で最も愛した二人の兄、
        ローヴェントと、カルサスに。

秋刀魚の秋

2009年09月22日 20時48分41秒 | 日記
こんばんは、井上です。

今日、おじさんちから、サンマが送ってきました。

草木が色褪せ、山が色付くそんな季節になったなぁ、なんて思ってます。
なんだかんだで、九月もあっという間に22日。
今月は先月同様、バタバタとしてまして、
まだ一日も休みが取れてません^^:
この連休が明けたら、休めるかなぁなんて期待してます。

第二章の修正が相当滞っておりまして、第11節の辺りで止まったままなので、
先に第8節まで公開させていただきます。
第二章の約半分になります。

残りが連休明けての作業になりそうなので、
第9節~ は、それからのアップになりそうです。

ではでは、
 おやすみなさい^^

ダークフォース 第二章 III

2009年09月22日 20時35分49秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅲ

 バルマードがフォルミにてレオクスと会見して、一月後。
 残暑厳しい日々の中にも、着実に秋は近付いており、大地は一面、恵みのコパトーンへと染まり、収穫の季節が間近であることを風に揺れる麦の穂先の重さが伝えてくれた。
 エグラート大陸の各国は、全てが星の北半球に位置している為、季節が逆に春となる国は存在しない。
 これは、かつて五千年もの昔に起こったとされる大戦によって、南半球に存在した大陸が失われたからだと言い伝えられている。
 現在、人々はその残された大陸を七分割して国家を形成しているのだが、その盟主である北西大陸の王・ノウエル帝は、スレク公国へ対するフォルミ大公国の行為についての処置に、酷く頭を悩めていた。
 大陸間の緊張は日増しに高まり、即時、大同盟によるフォルミ討伐をと叫ぶ国も現れだす次第である。
 しかし、皇帝の悩みの種はそんな雑音の類ではなく、彼が最も信頼する王である、ティヴァーテ剣王国・剣王バルマードが、各国の王や諸侯たちの集う会議の最中で、こう言い放ったからである。
「一方的にフォルミ大公国を制裁するには、未だ調査が十分ではない。しかも、かの地で起こった厄災を、見事鎮圧せしめたのはフォルミの戦士リシアである。我らが最大の敵はギーガであり、その為にこそ我らは叡智王・ノウエル皇帝陛下の旗の下、各国の王が集い、エグラート大帝国を形成している。私は一戦士として、フォルミの戦士リシアに敬意を表すと共に、いたずらなフォルミへの武力介入には賛同しない」、と。
 バルマードのこの発言に、刹那、一同は言葉を失う。
 バルマードほどの大国の王が大同盟に反対すれば、残る国々でそれを強行しても、強戦士リシア有するフォルミ軍への勝算も大きく下がる。
 それどころか、もしバルマードがフォルミと組めば、大陸最強の剣王と南大陸全土を敵に回す事になる。ティヴァーテ剣王国の国威はそれほどに強大である。
 各国の王たちは、それがバルマードに帝位を、大陸全土をくれてやる愚行である事を即座に悟り、一様に口を閉ざしたのだ。
 ノウエル帝は事態を収拾する為に、フォルミ制裁凍結の間、バルマードが一子、ウィルハルトを帝都レトレアへと招く事を、バルマードに提案する。
 いわゆる、人質である。
 これは、ノウエル帝にとって大きな賭けであったが、会議の中、バルマードがそれを即座に承諾したことにより、事なきを得た。

 バルマードがティヴァーテへと帰国したのは、それから間もなくである。
 その頃には、ウィルハルトが人質としてノウエル帝の元に送られることは国中の噂となっていたが、バルマードは何事も無かったかのように家庭菜園用の鋤や鎌の手入れをしながら、趣味の土いじりに興じていた。
 ティヴァーテの王の居城は、大陸最強の剣王に相応しい荘厳で壮大な造りになっており、『ドーラベルン』の名で知られる天下の名城である。
 その防御力は核熱級の攻撃すら無傷で耐え、一度、ドーラベルンが城門を閉ざせば、難攻不落の要塞へとその姿を変える。
 築城から五千年以上が経過した今でも城の外観が当時のままに保たれているのは、古代遺産のオーバーテクノロジーのおかげとも言えた。
 そんな至高の世界遺産とも言えるドーラベルンの王宮の裏手を、罰当たりにもバルマードは一部、畑へと作り変え、そこで農作業を楽しんでいる。畑ならもっと他の場所にもいくらでもあるのに、近いほうが楽くらいの感覚で、王宮内に違和感ありありの300坪ほどの畑を出現させていたのだ。
「いや、違うんだよ。私はね、アットホームな家庭菜園にこだわりたかったんだよ。家の外にいったら、家庭菜園でもなくなるし、第一、家族とのスキンシップがだね」
 白い半袖の肩にタオルをかけて、麦わら帽子の下の汗を拭うヒゲオヤジの独り言には、貴重な文化財である世界遺産の一部を作り変えるほどの説得力は微塵も無い。
 単にこのヒゲオヤジは、最愛の我が子とのふれあいの場を作りたかったという理由で、無農薬野菜をひたすらに作り続けていた。究極の美少年、ウィルハルトを王宮の外に出したりしたら、たちまち追っかけどもに囲まれ、スキンシップどころではなくなる。
 そんな事を語っていると、やっぱりこのヒゲの思惑どおり、大陸中の少女の憧れの君は、のこのこと、木綿の作業着を着てやって来た。ヒゲオヤジの欲望なのか、その純白のカスタム作業着は、女物のドレスに近い仕上がりになっている。
「パパ、手伝いに来たよ」
「おお、ウィルハルトよ。今日もまた一段と麗しい・・・もとい、生き生きしておるな」
 ウィルハルトの後ろにピッタリと張り付いてきたエストの存在が消えてしまうくらいに、ウィルハルトのその姿は神々しく、また可憐である。
 その姿はあきれるほど美しく、誰もが彼は『男』であると説明されねば、絶世の美少女と見紛うことだろう。ヒゲが萌え萌えなのもわかるが、後ろに付いてきたエストの方も、その背徳的なほどに美少女したウィルハルトのその容貌に、ムラムラと色気を感じずにはいられなかった。
 バルマードとエストの視線が交差した時、互いの叫びが瞳の奥にギラッと映る。
(この子は、私が頂くわッ!!)
(誰にもこの子はやらぬわッ!! ワシの目の黒いうちはな!!!)
 互いを凝視し、そして明らかな作り笑いを浮かべたバルマードとエスト。
 つられるように微笑むウィルハルトのその紛う事なき純真な笑みに、ついつい二人は癒され、争いの空しさから解放されるように、その天使の微笑に見入ってしまう。
 この時、バルマードとエストの間に、即座に無言の停戦協定が結ばれ、互いに出張ることなくこの雰囲気を楽しもうと、瞬きのモールス信号が、二人の視線の間で交わされる。
(く・う・き・よ・め・よ・・・こ・む・す・め・!)
(ひ・げ・・・あ・ん・た・も・な・!・!)
 そんなヒゲと小娘のやり取りを、遠巻きに見つめる二つの影があった。
 茂みの中から覗く二本の望遠鏡。その片方には、マイオストカスタムと刻印されており、その十万倍率の超高性能携帯望遠鏡にまなこを押し付けるのは、あのアホのためぞうである。くれぐれも太陽は見ないで下さいと、子供向けの注意書きがなされている。その横に、保護者のリリスもいた。
「リリス! あの天使は誰だ!? ほら、ヒゲとガキの真ん中にいる」
「大声出さないで下さいよ、剣王に気付かれたら生きては帰れないですから」
「いいから、知っているなら教えろよ」
 せっつくためぞうに、リリスは渋々とポッケの中から定期入れっぽいモノの表紙を飾るウィルハルトの写真を見せてやる。
「なんでお前、あの子の写真なんか持ってんだよ」
「知らないあんたが無知なだけよ。ああ、リアルウィル様を見られるなんて、たまにはバカに付いていくものだわ」
「ウィル? ・・・ウィルハルト王子!? あ、あれ、オトコなのか」
 赤毛の天使の正体に愕然とするためぞうを横に、リリスはあれこれ妄想モードに入ったのか、口元からよだれを垂らしては、じゅるりと飲み込む仕草を繰り返している。
 するとウィルハルトが小ぶりの鎌を片手に、ティヴァーテ柿の剪定を始めだした。実の糖度を上げる為だ。ウィルハルトは手際よく、不揃いの柿の実を落としていく。
 ただ、ウィルハルトは料理も出来る人なので、その落とした実にひと手間加えて、特製のジャムを作る材料にしている。
 風が揺らす白地のドレス(風作業着)が、ウィルハルトのその姿を一層華やかに、そして艶やかに見せる。それはまるで、名画の中にいるような光景だ。
 あまりに美し過ぎるウィルハルトのその姿に、バルマードもエストも手を止めて見惚れていると、ウィルハルトは二人に向かってこう言った。
「ほら、パパもエストも手が動いてないよ。後で甘い物か何か作ってあげるから、さ、頑張ろう」
 ヒゲと小娘はうんうんと頷き、せっせと作業を再開した。
 ためぞうは指向性マイクでウィルハルトの声を拾うと、その澄んだ美しい声にさらに驚かされる。
「こ、声もまるで美少女だ。信じられん、ほんとにアレがオトコなのか!?」
 驚きを隠せないためぞうに、リリスはやれやれといった感じで自分の聞いている音楽プレイヤーのイヤホンの片方をためぞうの耳に突っ込んだ。
 すると、とても美しい歌声のポップミュージックが聞こえてくる。
「これ、聞いたことがあるぞ。馬の絵のエンブレムの付いた荷車のCMのヤツだ」
「まあ、有名ですから。ウィル様のベスト曲は、たいてい大手のCMとかによく使われてるんで」
「リリス・・・後で、コピーしてくれ」
「コピーは違法です! ウィル様ファンとして。ちゃんとショップで買いなさい、売上の印税は、全額慈善団体に寄付されているのよ。ちょっとお金払うだけで、あんたも少しは世の中の役に立てるから」
 後日、ためぞうは何処のショップを回っても、全ディスクが次回入荷未定なのを知り、仕方なくマイオストが三枚づつ買い揃えているコレクション(初回版)を一枚譲ってもらうことになる。
 相当やな顔をするマイオストだったが、ためぞうにうっとうしく絡まれるくらいならと、その時、泣く泣く手放すのであった。
「しっかし、なんちゅー美少女度やねん。顔はあのセリカちゃんに負けないくらい、いや、オレ的カテゴリーで分けるなら、どちらも究極にして至高。だが、あの子はオトコの子だぞ。オレの偉大なる酒池肉林絶倫計画手帳に、オトコの子の名を入れるのは、果たしていかがなものなのか」
 あれこれ難しい顔をするためぞう。
 ナメクジ級の思考ルーチンしか持ち合わせていないためぞうに、その答えが出せるわけもなく、横でブツブツうるさいためぞうを黙らせるように、リリスはこう言った。
「嫌なら忘れりゃいいんですよ。アゴに一発、腰の入ったアッパーでも入れてあげましょうか」
「はっ!?」
 ためぞうはふと我に返り、いそいそとペンを走らせる。
 ためぞうなりに考えたのだ。
 ウィルハルトをおんなの子化する、へんなビームの出る謎の古代文明の遺産辺りを、これまた謎い半月状の便利なポケットを見つけ出し、その中から探し出せばいい、と。
 なるほど、それを探す旅(アドベンチャー)に出ればよいだけではないかと!
 まあ、色々と頭の中で言い訳を考えながらウィルハルトの観察を続けるためぞう。
 性を超越して美しいウィルハルト。
 その容姿に、ただ見惚れるばかりためぞうとリリスであったが、いくら距離が離れているとはいえ、その二人の存在に気付かないほど、バルマードのバカ親セキュリティーは、ボンクラではなかった。
(うーん、うちの子を見てるのがあそこに二人いるねぇ。戦士レベル93と89といった所か。この組み合わせなら、ためぞう君とリリス君辺りかな。まあ取り合えず無害のようだし、手を出してきたら、お仕置きしてやればいいか)
 と、そこに、ふらふらと茶色い作務衣を着た赤茶けた髪にヒゲの、グラサンのオッサンが姿を現した。
 そのグラサンに向かってウィルハルトは、とても嬉しそうに、弾む声でこう言った。
「オジサマ!」
 っと。
 その声を集音マイク越しに聞いていた、ためぞうは一気に噴き出し、リリスの方を見る。オジサマ発言に、一体何者なんだと、ためぞうがおろおろしていると、リリスも同じようにその謎のオジサマの出現に、おろおろとしていた。
 その時、うかつにもリリスの目がバルマードと合ってしまう。
 ニヤリと微笑むバルマードに、背筋にゾゾッと寒気を覚えたリリスは、ためぞうの手を掴み逃走する!!!
「お、おい、リリス、何なんだ!」
「剣王に睨まれました! 本気(マジ)にさせたら逃がしてもくれないです!! さっさと、ずらからないと!!」
「お、お、お、おう!!」
 そうしてバカ二人がその場をスタコラ立ち去ると、今度はエストが不機嫌そうに、何、このオッサンと、グラサン相手にハァン? とガン飛ばしている。
 バルマードはエストのその仕草に少し慌てたようで、グラサンとエストの間に割って入ると、グラサンのオヤジをこう呼んだ。
「これは、お久しぶりです、我が師よ」
「まあ、茶菓子の礼にちょっと寄ってみた。ウィルちゃんの顔もみたかったしの」
 そのバルマードの言葉に、さすがのエストも空気を読んだ。
 何の師匠なのかはわからなかったが、格好からして二流の文化人ぽいので、詩か書辺りの師匠だろうとエストは思う。
 ウィルハルトが気を利かして、裏から麦茶入りのステンレスボトルを持ってくると、取り外したボトルのフタをグラサンに手渡し、そこに冷えた麦茶を注いだ。
「悪いね、ウィルちゃん。ウィルちゃん見てると、ネタに困らなくて助かるよ」
 そう言ってグラサンは、切り株に腰を下ろすとしみじみと麦茶を味わう。
 ウィルハルトの麦茶は、何気に自家栽培の最高品種の麦を丁寧にローストしてあるので、かなり美味い。
 グラサンは麦茶片手に、「あ、そうそう」と言って、懐から一冊の本を取り出した。サイン入りのその本の表紙に、エストには見覚えがある。
 それはマイオストから借りた大量の本の中の一冊で、特にエストが気に入っているそのキャラクターが、グラサンが手にする本の表紙を飾っていた。
 それは、来月発売の新刊、ヤマモト・マリアンヌ作『王子様(プリンス)は眠れない・第三夜』である。
「ありがとう、ヤマモトのオジサマ」
「いやいや、ウィルちゃんに読んでもらえるだけで、オジサン嬉しいよ」
 エストはこの時、グラサンの正体を悟った!!! 気がした。
 エストはそそくさと部屋からスケッチブックを取ってくると、ヤマモトと呼ばれるグラサンオヤジにこう言い放った。
「し、師匠ぉぉぉおおおおっ!! 私、ねむプリの大ファンです! よかったら、スケブお願いしますッ!!」
「いいよー。んで、キャラの希望とかある?」
「もちろん、プリンスを!!」
 ヤマモトは手渡されたスケッチブックにマーカーですらすらとウィルハルト似の王子様を描き上げると、サインの為にエストにその名を尋ねた。
「エ、エスト。あ、いえ、『ストロング天婦羅』でお願いします!」
「ああ!! 最近、良く手紙を書いてくれるストロングさんは、君だったのか。いや、嬉しいよ、熱心なお手紙には毎回、感心させられます。特に、意味不明の『王子様攻略アドバイス』を問われる時なんて、グッとインスピレーションが沸いてくるよ」
 ヤマモトはそう言って、エストのペンネームのサインを書き入れたスケッチブックを、にこやかにエストに手渡した。
 エストは何やら、感極まった様子で、スケッチブックを抱いて天を仰ぎ感涙している。ヤマモトは気を利かせて、ウィルハルトに手渡したのと同じ本をエストに手渡すと、エストは、ハハーーッ! と土下座して、それを拝領した。まるで、町人とお代官様のやりとりだ。
 本来、バルマードに手渡す予定だった本なので、バルマード本人は「エーーーーッ!?」、といった顔で、そのやり取りを切なそうに見つめていた。
 ヤマモトは言う。
「ごめんね、バルマード。後で担当に、お前さん宛てに送るように言っとくから」
「助かります、全て初版で集めてありますもので」
 バルマードが一礼すると、麦茶を飲み終えたヤマモトは、「ありがとう」とウィルハルトに言って、ボトルのフタを手渡し、すくっと立ち上がった。
 バルマードは、立ち上がって腰をポンポンと叩くヤマモトにこう言った。
「せっかく、こんな所までいらしたのですから、久しぶりに私に稽古でもつけてくれませんか、師匠」
「うーん、そうだねぇ、別にいいよ」
 軽いノリでそう返事するヤマモトであるが、その稽古とは一体何なのか、気になって仕方ない様子のエストであった。
 そんな、もじもじとした微妙に可愛い仕草を見せるエストの姿を見て、バルマードは言う。
「ごめんねぇ。エストちゃんは、ウィルハルトと畑の手入れを頼むよ」
 ついで、ウィルハルトも言う。
「そうだよ、エスト。せっかくヤマモトのオジサマが見えられたんだから、さっさと仕事を終わらせて、何か美味しいものでも作らないと!」
 バルマードはよしよしとウィルハルトの頭を撫でた。
 さすがに剣王とリアルプリンスにそう釘を打たれたら、強情で強欲なエストとしても、それに従うしかない。
 エストにしてみれば、ウィルハルトと二人きりになるのもそれはそれでアリなので、問題なかった。
 立ち去るバルマードと心の師匠ヤマモトに、エストは、屈託のない笑顔で手を振り、振り返っては、さてどうやって、この鈍感超絶美少年王子の好感度を上げてやろうかと、ニヤける口元に下心を垣間見せる。
 バルマードは立ち去り際に、残した二人をチラッと見てこう思った。
(いやね、連れて行きたい気もなくはないんだけど、今のエストちゃんとウィルハルトじゃ、立ってるだけで消し飛んでしまうから。今回は、ごめんね。)

ダークフォース 第二章 IV

2009年09月22日 20時34分00秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅳ

 ドーラベルンの地下5千メートルには、歴代の剣王クラスしかその存在を知らぬ秘密の闘技場がある。
 ドーラベルンの中でも最高レベルの耐久力を誇るその地下空間は、100メートル以上の広さがあり、かなりの明るさで満たされている。その明かりは人工的であるが。
 その青銅色をした闘技場の真ん中辺りに、バルマードの到着を待つヤマモトの姿がある。
 ヤマモトが柔軟代わりに木刀を振り回していると、少し遅れて、完全武装のバルマードがやって来た。
「ちょ、バルマード!? オメガはともかく、なんで対テーラ用のバトルアーマーなんて着けてくるかな」
「いやー、師匠相手に本気を出させるには、このくらいは着ておかないとですね。私、全力でいきますけど、師匠は作務衣と木刀でいいんですか」
 ヤマモトは一瞬、無口になり、あれこれ頭の中でシュミレーションする。そして、赤茶けた髪を掻きながら、右手に木刀を構える。
「まあ、やってみよう」
「それでこそ我が師。では、ハンデを有効活用させてもらいますかな!!」
 そう言うと、いきなりバルマードはオメガ・レプリカの剣気を最高レベルまで高めた!
 恐るべき剣気!!!
 いきなり戦士レベルを100まで上昇させたバルマードからは、周囲の何もかもを破壊してしまうほどの凄まじいオーラが噴出している!!
 その破壊力は半径50キロの地形を一気に消し飛ばすほどの勢いだが、闘技場の外壁は微塵の揺れも無く、それを耐えている。
 ヤマモトもそのバルマードの本気に圧倒されてか、木刀を握る手に汗がにじむ。
「いくらなんでも、完全武装のマスタークラス相手にこれはきついぞ、バルマードよ」
 木刀をちょんちょんと指差すヤマモトに対し、バルマードはギラついた獣のような目でヤマモトに言う。
「師匠もさっさと伝家の宝刀を抜けばよろしい、転送用のラインはアクティブにしてありますからなっ」
 刹那! バルマードはヤマモトの頭上に白く煌めくオメガ・レプリカを振り下ろす!!
 ズーーーンッ、という重い音と共にヤマモトは木刀でそれを受け流すが、その一撃で木刀はヒビだらけになる。
「ほら、師匠。次は砕け散って、怪我をなさいますぞ。師匠を本気にさせるには、私などでは本気以上の実力が必要でしょう!!」
 バルマードは瞬時に間合いを取って、更に剣気を高める。それと共に、形相も獣のように激しさを増し、盛り上がる筋肉には無数の血管が浮かぶ。
 バルマードは狂戦士(バーサーカー)化し、限界を超える力を引き出している。
 これは、同時に理性を失う行為でもあり、バルマードはすでに痛覚を失うという危険な状態にまで己を高めている。戦士レベルは100+で、測定域にはない。
「やばいな、ワシも本気にならんと長生き出来んの」
「フハハハハッ!!! さあ、師匠、お互い、全力で叩き潰し合いましょう!!」
 ヤマモトは木刀を投げ捨てると、ヤマモトの加護を失った木っ端は、微塵も残さず砕け散った。
 と、同時に両手を広げたヤマモトのそれぞれの手に、違う形をした二つの光が収束する!!
 右手にはバルマードの持つオメガ・レプリカと同系のシルエットが、左手には異様に長い太刀のシルエットが現れ、それらは実体化する。
「師匠ヤマモト、いや、『剣皇トレイメアス』よ。オメガと第六天魔王を、私ごときに抜いてくれた事を、一戦士として感謝する!」
「やれやれ、こいつを使うのは魔神や六極神相手だけで十分なのに」
 刀身を現した状態でヤマモトの元に転送された二つの伝説の剣。
 ヤマモトはオメガを手前に持ち、第六天魔王を後ろに構える。すると、ヤマモトの剣気はみるみると高まり、バルマードに匹敵するオーラを周囲に放ち始める。
 一つ違うところは、バルマードに比べ、ヤマモトの剣気はとても安定しており、美しい清水のような波紋で伝わってくる。
 バルマードは、ヤマモトに斬りかかりながらこう叫ぶ。
「さすがに戦闘経験の差が出ますな!! なんと美しきライトフォースの響き」
「強さにはあまり関係ないよ。勝負は勝たないと意味ないから、そういった綺麗さとか不要かなぁ」
 二人が一言交わす間に、バルマードは一千回にも及ぶ剣撃を繰り出していた。
 ヤマモトは涼しい顔をして、二本の剣でそれを受け流す。
 バルマードはその速攻を繰り出す為に、剣撃を加えるラインの質量を0に変換して、空気抵抗などをなくしている。ヤマモトはそのラインの変化を瞬時に読み取り、剣が振り下ろされる前に、受け流しの姿勢に入っている。
 ただ、これは『伝説の剣皇』であるヤマモトであるからこそ成しえる技で、並みの戦士なら、バルマードのこの攻撃速度に対応出来ず、ひたすらシールドで耐えるしかない。
 その場合、あっという間にシールドは砕かれてしまうだろうが。
「さすが、我が師!! 我が神速剣を見事にかわされますなっ!」
「いや、結構、しんどいよ。・・・もう一万撃くらいくれてるでしょ。一回、流し損ねると致命傷だからね~」
 ヤマモトはそう言いながらもバルマードに一撃を加えたが、バルマードのバトルアーマーは平然とそれを耐える。ヤマモトとしても、バルマードの神速の剣をかわしながら、鋭い一撃を放つのは至難である。
「ところでさ、バルマード。ウィルちゃんって、たしか10歳くらいまで中性だったよね?なんで男の子にしたのよ?」
「ハッハッハッ!! 簡単ですよ、師匠。女の子にしたら、嫁に出さなきゃならないでしょ? その点、王子ならその心配はありませんからなッ」
「今なら、女の子に戻せるでしょ。ちょうどワシ、あんな子を嫁に欲しかったりするのよ。・・・だめ?」
「師匠のパパ上になるなど、御免こうむりたいですなッ! 私が嫁にしたいくらいなのに」
 二人はそうやって馬鹿げたやり取りをしているが、剣の方では人類最強を決めるような決戦をしている。
 ウィルハルトの話に少し触れるが、ウィルハルトは極めて稀有とも呼べる中立の性を持って生まれてきた戦士である。
 中性の戦士は、戦天使同様に貴重な存在で、生まれた時から戦士レベル限界値が最高の100と決まっている。戦士レベルは当人の容姿にも反映され、故にウィルハルト(女性時の名は、ウィルローゼ)は、戦天使セリカ(現・魔王ディナス)とも肩を並べる程の美形である。
 戦士レベルが100に達するまでは、性の変更は可能な上、一定(16~18歳)の年齢に達すると老化すらしなくなる。
 はるか昔、一人だけその中性の人物が存在したが、その人物を巡って、大陸を三分する帝国(アスレウス帝国・ホーヴレウス帝国・ミストレウス帝国)間で大戦が勃発した。
 そして、その勝者であるミストレウス帝国・皇帝サードラルの妻として、その人物は迎え入れられた。
 名を、『覇王妃・オーユ』という。セリカの姉である。
 バルマードは、今一度、ヤマモトとの間合いを取り直し、その剣を鞘に収めた。
「これでは、埒が明きませんな、師匠」
 ヤマモトはバルマードの次の手に気付いて、苦笑いをする。
「バルマード、それはないよ。これは、稽古だよ、け・い・こ」
「我が剣など、異界の神々すらをも畏怖せしめ、『剣神グランハルト』と恐れられた、トレイメアス剣皇陛下には、そよ吹く風でありましょうに」
 ヤマモトの本名は、『グランハルト=トレイメアス=ミストレウス』である。
 覇王サードラルの実弟として、その覇王の剣(つるぎ)であった時は『グランハルト』の名を用いていたが、覇王サードラル無き今では、字(あざな)である『トレイメアス』名の方を主に用いている。
 覇王を継ぐ意思がまるで無い彼は、「グランハルト」や「ミストレウス」といった覇王家に連なる名を封印している。
 古代の文書などに記述のほとんどない「トレイメアス」の名を名乗っているのも、古の大帝国・ミストレウス帝国の威光から、己を遠ざける意味合いもあった。
 「グランハルト=ミストレウス」の名を名乗れば、それはミストレウス帝国の皇帝継承権第一位の名の人物を意味する。
 もし自身が覇王として、大陸に君臨してしまえば、世界の進化は止まる。
 絶対強者を前に大陸は安定し、群雄は鳴りを潜め、以後、強力な戦士の誕生は望めないだろうと彼は考えたのだ。
 覇王サードラル時代の帝国には、十分に強力な戦士たちが多数存在し、異界の敵とも決戦し得る戦力があった。
 が、覇王サードラルを失ったその過去の大戦により、エグラートの戦力は十分の一以下にまで衰退していた。
 故にそんな状態の大陸を、覇王グランハルトの名で統一する事を彼は望まなかった。
 世界の進化を止めてしまえば、次に来るであろう異界の神々との決戦の時に、人類の敗北は必至であろうと、激戦の中を生き抜いた彼はそう感じずにはいられなかったのだ。
 そして、彼が約束された覇王の座を彼が捨てて、五千年もの時が流れた。
 もし彼がその時、覇王となっていたならば、この稀代の剣王・バルマードも誕生することもなかったであろう。
 現在ではさらに『ヤマモト』と名を変え、半隠居生活を送っている彼だが、彼自身の過去の実績があまりにも絶大過ぎて、その僅かな記述しか残されていないトレイメアスの名でさえ伝説化しており、その語頭や語尾には常に『剣皇』の名が付き纏っていた。
 口伝いに勇名が知れ渡ったと推測される。
 目の色を変えたバルマードに、ちょっとジジくさい口調でヤマモトは言う。
「バルマード、そりゃ、年老いたワシでは耐えられんて」
「フフッ、ご冗談を。実年齢はともかく、肉体年齢ハタチのピッチピチの師匠に、腰がどうのこうのとか、持病のシャクがなどとは言わせませんぞ。その無限の若々しさが羨ましいですな、顔はオッサンですがネ」
 そう言って、バルマードは居合いの構えを取る。
 バルマードのその構えから、それがただ事でない錬気の姿勢であることがヤマモトには分かる。
「おだてても駄目だからね。いくらワシでも、マスタークラスのお前さんの奥義なんて喰らったら、ただじゃすまないよ。それにワシ、攻撃型の戦士だからね、防御下手だからね!!」
 バルマードは柄に右手の平をそえ、莫大な量のライトフォースを、鞘に納まるオメガ・レプリカへと圧縮していく。
「模擬戦とはいえ、ここまでの剣気を錬成したのは初めてですよ。鞘を握る手がちぎれそうな勢いです」
「だったら、やめとけって。お前さんがめちゃくちゃな強さなのは師匠であるワシが良くわかっとるからの。お前さんの勝ちでいいから、今からでもやめてくんない?」
 一度、オメガ・レプリカを鞘に戻したのは、超絶な剣気の圧縮の為であり、刀身をさらした状態でここまでの力の集束は、バルマードにさえ難しい。
 鞘の中のオメガ・レプリカには、マイクロブラックホールを形成するほどの高密度のエネルギーが蓄積され始めている。
 鞘は周囲の光を限定的に喰らい、黒い、漆黒とも言える色をして、ギギッ、ギギッと鳴き始める。
「や、やばいな・・・。オメガを使いこなす事の出来るバルマードなら、ダーククリスタルの暗黒エネルギーすら剣気に変えておるな。この闘技場の狭さでは、かわすのは難しいぞ」
 ヤマモトは攻撃型の戦士である。
 彼は、戦士レベルを大きく凌駕する圧倒的攻撃力を有しているが、と同時に防御は紙のように薄く、脆い。それを神速の動きで回避することによって補っているのだが、この限られた空間ではその機動も生かせず、かといって防御するにも、超が付くほどの攻撃型のヤマモトが、その力を防御に回しても、大きくレベルダウンしたシールドしか形成することができず、同じ攻撃型のバルマードの、しかも奥義クラスとなればそれを耐えられるハズもない。
「バトルアーマーに遮蔽された分の力を、ワシに悟られずライトフォースの錬成に使いおったか。錬気があまりにも早すぎるからのう。それでいて、あの高速の剣撃を見せるとは、底が知れぬの。・・・バルマードよ、お前さん、ワシをはめたな」
「人聞きの悪い。ハンデをもらったって言ってたでしょうに。喰らうの嫌なら、今の、隙だらけの私を狙えばよいだけでしょう」
「で、出来るかッ!!! お前さんを倒せても、暴発に巻き込まれて、ワシは消し飛んでしまうわい! シールドで耐え得る範囲までも逃げれんし」
 バルマードがその血管の浮き出た右手で、柄を強く握る!
 抜刀のタイミングを誤れば、バルマードもバトルアーマーだけを残して、この世から消し飛ぶ。
 清々しいほどにいい顔をするバルマードだが、内心はその緊張感で、柄を握る手にも汗がにじむ。
「いやぁ、この一瞬を味わえる相手など、私は師匠をおいて他を知りませぬ。戦士たるもの、一度は自分の限界というやつを試したくなるものじゃないですか、ねえ?」
「ねえ。って、知るかーーーッ!! こんなことなら、ティヴァーテくんだりまで、わざわざ来るんじゃなかった。とほっ・・・」
 次の瞬間、バルマードは高らかに叫び声を上げ、ついにオメガ・レプリカを抜刀する!!!
「剣皇剣・烈空波、第五の太刀『常闇』ッ!!」
 一閃、ヤマモトに向かってバルマードから光の筋が流れると、周囲は漆黒の闇に没した。

 音はない。

 そして、光もない

 暫しの沈黙の後、その姿を現したのは、全力を出し切って膝を折り、青銅色をした石畳の床にオメガ・レプリカを突き立てた、バルマードであった。
 バルマードは全身から大量の汗を流し、身に付けたそのバトルアーマーも随分重たそうにしている。
「・・・いやぁ、さすが師匠。無駄に永くは生きていませんな」
 バルマードがそう呟くと、消え行く闇の隙間から、ケホッ、ケホッと咳をしながら、ボロボロになった作務衣姿のヤマモトが、二本の剣をクロスさせた状態で姿を現す。
「焦ったーッ!!! つか、常闇はねえだろ。ワシの技のまるパクリじゃんか!! 寿命が300年くらい縮んだぞッ!」
「まあ、結果オーライと言うことで」
「気軽に言うなッ!!」
 ヤマモトは、バルマードの奥義を受ける瞬間に、オメガと第六天魔王をクロスさせ、内側に向かって奥義を放っていた。
 バルマードよりも練気が十分でない分を二本の剣のダーククリスタルによって補い、奥義最弱の一の太刀『宵闇』を大量発生させ、マイクロブラックホールの矢となったバルマードの奥義を薄皮一枚の所で受け止め、それを数百億分の一単位で分解、開放を繰り返すことで、多少のダメージを受けながらも、それを中和する事に成功する。
 この間、ヤマモトはコンマ1秒を体感300年に置き換え、延々と一の太刀を錬成しては、手数を稼ぐ為にギリギリの最短距離で、バルマードの五の太刀『常闇』へと打ち込んでいた。
 このような荒業をやってのける人類の戦士など、後にも先にもヤマモト一人くらいであろう。
 ヤマモトは目に大きなクマを作って、まるで徹夜明けで多数の原稿を仕上げた人気作家のような、まどろんだ瞳をバルマードの方に恨めしく向けていた。
 対照的に、全てを出し切って、スッキリさわやかな笑顔を取り戻したバルマードは、徐にヤマモトの方へと近付き、彼の耳元でこう囁いた。
「そろそろウィルハルトが、得意のスウィーツを仕上げている頃です。今日一日、ウィルハルトを貸してあげますから、一緒に上へと参りましょう」
「ま、まぢかーーー!? ウィルちゃん貸してくれるの? いいの? 本当にいいの?」
 現金な感じで、スタミナを一気に回復させたヤマモトは、まるで子供のようにグラサンの奥の瞳を輝かせて、バルマードに何度も確認する。
「いいですよ、師匠にはお世話になりっぱなしだし」
「やったー! 今日はウィルちゃんにご本を読んで聞かせて、天蓋付きのベットで添い寝なんかしちゃうぞ! うひょひょ、うひょうひょ!!」
 バルマードは、師匠のやや危なげな発言に、少しだけその笑顔を歪ませたが、まあこのオッサンが、ウチの天使に手を出す勇気がないのは知っていたので、なんとなく、うんうんと自分を納得させた。
 そう、彼にその甲斐性があれば、その彼の妻は、きっとこの名で呼ばれていただろう。
 『剣皇妃・オーユ』と。

ダークフォース 第二章 V

2009年09月22日 20時31分53秒 | ダークフォース 第二章 前編
   Ⅴ

 バルマードは最近、よくお忍びでフォルミ大公の館である、アメジストガーデンを訪れるようになっていた。
 季節は秋。
 山々は紅葉に赤く彩られ、水辺で感じられる涼は、ゆるやかな時とやさしいそよ風でその身を包んでくれる。
 バーベキューでもしたくなる気分だ。
 釣った魚を焼いても、さぞ美味いことだろう。
 そんな食欲の秋に、バルマードは、ウィルハルト特製のマロンケーキなどが詰まった手土産を片手に、素晴らしい造りの庭園を持つアメジストガーデンを散策している。
 バルマードにすれば、ティヴァーテから遠く離れたこの大公の館も、得意の神速で駆ければ、軽くハイキングに行くような感じであった。大陸総合体育祭(オリンピッコ)で、短距離走やマラソンで金コインを連発するバルマードにとってみれば、一日で千里を駆けることくらい朝飯前である。
「あっ、バルマード様っ」
 と、そう声を掛けてきたのは、ウィルハルトと同じ艶やかな赤毛の髪を持つ、絶世の美姫・エリクであった。
「やあ、エリクちゃん。はい、これお土産ね。ウィルハルトの焼いたケーキだよ」
「わあ、ありがとうございます。後で、リシアさんも呼んで一緒に頂きますね」
 バルマードそう言って、ケーキの詰まった箱をポンッとエリクに手渡すが、確かにエリクの言うように、リシアの姿が見当たらない。
 いつもなら、リシアの方が先に駆け寄ってくるのだが、珍しく今日に限っては、エリクの方が先にバルマードを出迎えた。
 少し不思議に思ったバルマードが、その事をエリクに尋ねると、エリクは少し間をおいてこう答えた。
「えっと、プライベートなことでアレなのですが、リシアさんは、「エルなんとか」さんという男性の方と、フォルミ市街にお出かけしています。カツ丼の次がどうのとか、今度は牛丼だ、ビフテキだ、とか言っていましたが、それ以上はちょっと私にもわかりません」
(エルなんとか? ああ、ためぞう君のことか。・・・親子揃って、相も変わらず元気なことだねぇ。しかし、あのためぞう君がリシアちゃんとデートだなんて、以外というか論外というか。・・・ウウンッ、そんなことはないな。まあ、人間、長く生きてれば、一つくらいはいい事あるってこと、なのかな?)
 口元をニヤリとさせて、バルマードはその愉快な場面を想像してみたが、エリクに気付かれる前にその表情を元へと戻す。
 バルマードは、リシアにも好意的な感情を持っていたが、エリクのその可憐な容姿は、バルマードの好意をさらに特別なモノへと変えていた。
 似ているのである。
 彼が唯一愛した女性、『剣王妃・レイラ』に。
 姿、形はもちろんだが、何よりもエリクのその雰囲気が、未だ一日として忘れたことのない、妻レイラの面影と重なる。
 エリクは、バルマードにじーっと見つめられたのが恥ずかしかったのか、つい言葉に詰まってしまう。
 普段はバルマードの方が、あれこれ勝手に喋ってくるので気にもならなかったが、こうして黙られてしまうと、エリクにはその数瞬がとても長く感じられて仕方ない。
 何を言えばいいのかわからないが、このままでは間が持たず、とにかくエリクは口を開いてみる。
「えっと、その、顔になんか付いてます? 見つめられると、ちょっと気になってしまいます」
 モジモジとするエリクを見て、バルマードはつい、「アハハッ!」と吹き出しながら、こう言った。
「いやいや、ごめんごめんっ!! いやーねぇ、うっかりかみさんの事思い出しちゃってさ。いい歳こいて、ついセンチメンタルな気分になってしまっていたのだよ」
「それって、・・・ウィルハルト王子のお母様のレイラ王妃の事ですよね? その事をよくおっしゃられますが、そんなに似てるんですか、私って?」
 バルマードはエリクのその問いに、コクリと頷いた。
「フフフッ、美人なとことか似てるねぇ。うん、エリクちゃんは、本当に美人さんだネ。あとは、その謙虚な姿勢とかもね」
 そして、傍にいる時の空気が、特に似ていると伝えた。
 レイラの生まれは、エリクと同じ、レムローズ王国である。
 彼女が皇帝である叡智王家の養女となった仔細をノウエル帝は教えてはくれなかったし、当人のレイラとしても、物心付く以前の出来事であったが為に、彼女自身、よく知らない様子だった。
 レムローズ王国は広大であり、より多数の民族、国民を抱えているが、レイラやエリクのように、これほど見事なまでの美しさを誇る、薔薇のように赤く美しい髪を持つ女性など、極めて稀有である。
 バルマードはこのエリクが、レイラと何らかの繋がりがあるのではないかという事は、多少、気になる所ではあった。
 が、レムローズ王室とも密接に関わるであろうそれを、直接本人に尋ねるのは気が引けたし、彼女に対する特別な感情というものが、そんなひいき目で見ているからだと、露骨に思わせるのも、何か失礼な感じがした。
 バルマードはただ純粋に、ウィルハルトに姉がいたなら、きっとこんな感じだろうなと、そんな微笑ましい気持ちで、エリクに会うのを楽しみにしていたのだ。
「エリクちゃん、オジサンでよかったら相談に乗るから、悩みとかあったら言ってね。オジサン、エリクちゃんみたいないい子に頼られてみたい年頃だからネ」
「あ、はい。ありがとうございます!!」
 エリクはそう言うと、ペコリと頭を下げて、にこやかに微笑んだ。
 ハニカミながら笑顔を見せるエリクであるが、バルマードの言葉にはそれなりの意味があった。
 エリクのその笑顔の奥に潜む、何か物憂げなもう一人の彼女の事が、バルマードは気がかりでならなかったからだ。
 もちろん、エリクはバルマードにそんな一面を見せたことなどない。
 彼と会うと、エリクはいつの間にか自然と笑顔になれるのだから。
 しかし、エリクの背負うモノの大きさを、バルマードは敏感に感じ取れたのだ。
 それが何かとても悲しい運命のようで、バルマードは余計にそれが気にかかり、また心配でもあった。
「エリクちゃん、とりあえず、リシアちゃんが戻るまでコーヒーでも飲んでようよ。実は、携帯用に、今度、ドリップコーヒーを作ってみたんだけどね、その試飲ということで」
 明るく言うバルマードに、エリクは快活に返事をする。
「はいっ!」、と
 彼女のこの笑顔を引き出せるのなら、バルマードは進んで道化にもなれる。そんな温かい瞳で、バルマードは彼女のことを見守っていた。
「バルマード様の入れてくださるコーヒーって、とても美味しいですよね。私、コーヒー王選手権に出たいくらい、コーヒーには豆にも、その挽き方にもこだわりがあるのですが、どうやったらあの香りとコクとなめらかな味が出せるのか、いつか是非、教えてくださいね」
「ハハハ、それはズバリ、愛情だよ。私とウィルハルトのラブリーな農作業のなせる、愛のレボリューションだからね」
「では、今度、私もお手伝いさせて下さいねっ!」
 エリクはクスクスと笑いながら、頭一つか、それ以上の身長差のあるバルマードの方を見上げる。
 そのルビーの瞳を、少女のように輝かせるエリクの愛らしさに、つい肩を抱いてやりたくもなるバルマードだったが、他家の大事なお嬢さんなので、その辺りは自重した。
 リシアも同じであるが、エリクは、話題の中に「ウィルハルト」の名がのぼると、妙に話の食い付きが良くなってくる。
 まだ、直接本人であるウィルハルトを彼女たちに会わせたことはないのだが、バルマードはよそに出かける度に、麗しの一人息子の女性たちへの知名度の高さを思い知らされた。
 なので、バルマードは時折、彼女たちにウィルハルトの近況などを語ってやったりもしている。あまり熱心に語りだすと、今度は、彼バルマードの自体の存在が、息子ウィルハルトの影に埋没してしまうので、そこら辺は気を付けて話すことにしている。
 エリクが言うには、最初、何年か前にリシアからウィルハルトの写真を見せてもらった時、その年の頃の自分に、雰囲気が良く似ていた事に、とても驚いたらしい。
 エリクは、その美しさでは格段に王子の方が上だと、バルマードに気を使うような発言をするが、彼女自身、かなりの天然さんなので、自分がそれに匹敵するほどの美形であるということを、彼女は全く意識していない。
 リシアからそれ等の王子グッズ(リシアは結構なマニアだったので、夢見る少女パワーで可能な限り、王子グッズを手当たり次第に集めていた。)を見せられて以来、エリクは、すっかりウィルハルト王子の魅力にハマってしまい、今ではリシアと同じく、グラサンに黒いフェルト帽を深く被った姿に変装までして、王子の初版の特典付き音楽ディスクや、写真集を入手する為に、このアメジストガーデンからこっそり抜け出しては、量販店の前の行列に並んでいたりする。
 フォルミは経済大国なので、商品の方はしっかりと入手してくれる。
 だが、予約は受け付けていないので、一度取りこぼすと通常版ですら手に入れるのは困難であるが。
 その王子様のパパ上であるバルマードから直接、グッズを貰えばいいような気もするが、苦労の末、手に入れるその行為にもまた、彼女たちには喜びがあっていいらしい。
 バルマードから貰うという、今だから出来るその行為は、彼女たちにとっては最後の切り札(=敗北を認める)のようなものである。
 それだけに彼女たちにとって、かの麗しの王子様の私生活には興味津々なわけだが、このバルマードのオッサンがいかに普段から、そのウィルハルト王子に対して変態的であるかを知れば、エリクもリシアもこのオッサンへの視線が180度変わってしまうことだろう。
 二人の、白い視線のクロスファイヤーを浴びるのは、チクチクと胸に痛いので、バルマードの方も、そっちの趣味がバレないように言葉を慎重に選んで話しをしている具合である。
「ねえ、エリクちゃん。あっちの方にいこうか」
 バルマードは持参した特製のドリップコーヒーを振舞う為に、エリクを近くにある噴水の見えるテラスの方へ誘う。
 席に着くとバルマードは、懐からウィルハルトから受け取った焼き菓子を取り出し、それをエリクに手渡した。
 エリクはその包み紙を開けて、お菓子を口にする。
「うわっ! これ、美味しいですね・・・。丁寧に練られた深みのある味のカスタードクリームが、サクサクのパフに挟まれたって感じで、舌触りも凄く滑らかで、その生地自体は何かフワッとハチミツやバターのような甘い香りがします。クリームも濃厚なのに、すごく後味がいいと言いますか、どうして王子はこんなにお菓子作りが上手なのですか? 私も多少は作るのですが、これは一流のパティシエさえ唸らせる出来かと」
「ああ、ウィルハルトは料理好きでね。剣の方ももう少し頑張ってくれるといいんだけど(自分でそう仕向けておいて、ぬけぬけと言う)、まあねぇ、好きで才能があるなら、それを伸ばしてやるのも親の務めというかねぇ。・・・あ、そうだね、お湯を分けて貰ってくるから、エリクちゃん、少し待っててね」
「あ、いえ、私が行きます!!」
 バルマードは、女の子は座ってないとダメっといった感じで、右手をサッと突き出して彼女を止めると、エリクに軽くウィンクして見せる。
 間もなくして席へと戻ってきたバルマードが、試作品のドリップコーヒーをエリクに振舞うと、エリクはそのあまりの遜色のなさに驚いたようで、バルマードとの会話も弾んだ。
 コーヒーを片手に、その香ばしい匂いを楽しみながら、閑談するエリクとバルマード。
 リシアが帰ってから開ける予定だったケーキも、バルマードがまた持ってくるからと言うと、エリクはうんと頷き、その箱を開け、ケーキを二人分の皿に移した。
 夕焼けがアメジストガーデンを赤く染める頃になっても、二人は飽きずにあれこれ楽しげに話をしていた。
 その姿をひょっこり帰ってきたリシアが目撃し、二人の元に駆け寄る。
 と、すでにケーキが入っていたであろう箱は空になっており、二人の前に置かれた皿の上のフォークの先をじっと物欲しげにリシアが見つめていると、エリクは自然に振り返ってリシアにこう言った。
「あ、お帰りなさい、リシアさん」
 エリクのその表情は笑みで満たされている。
 リシアは、そのエリクに向かってこう言った。
「美味しかったですか。美味しかったですよね、きっと」
 その問いにエリクは、持ち前の天然キャラで返す。
「はい、とっても美味しいコーヒーでした」
「ちがぁーーうッ!!」
 リシアはそう言って、強く空箱の方を指差した。
「ああ、ケーキですか。はい、とっても美味しかったですよ」
「わ、私の分は!?」
「とっても美味しかったです」
 と言って、エリクは満足げに微笑む。
 エリクに向かってギブ・ミー状態で手を差し出すリシア。
 二人のその間にバルマードが割って入ると、リシアに向かってこう言った。
「まあまあ、リシアちゃん。落ち着いて、取りあえず席に着いて」
 そう言って、納得いかなそうなリシアをバルマードは席に座らせると、ポットからドリップにお湯を注ぎ、リシアに芳しい香りのコーヒーを差し出した。
 そしてバルマードは、その懐にスッと、手を忍ばす。
「実はここにもう一個、ウィルハルトの作った焼き菓子がある。リシアちゃん、良かったらどうぞ」
 その瞬間、リシアに笑顔の花が咲いた。
 こうして三人は、バルマードを中心に、その夕日が地平に落ちるまで、楽しげにテーブルを囲み、雑談に花を咲かせた。
 その光景を、口元を緩めて優しく見守る、一人の男の影がある。
 ビロードの外套にその身を深く包む、アメジストガーデンの主・大公レオクスである。
 レオクスは孤高であるが故に、かつては彼女たちに温もりを与えてやれない自分に苛立っていた。どうすれば、彼女たちをこんな風に笑顔に出来るのだろう。その点で、バルマードは彼の良き教科書となってくれている。
 レオクスは気付く。彼女たちの笑顔を見せられている自分が、その笑顔にさせられているということに。そう、笑顔は連鎖するのだと。
 彼、レオクスに、バルマードほどの人を見抜く力と経験があれば、レオクスは、エリクのその胸の奥に潜む深い悲しみを、もっと早くに解きほぐしてやれたかもしれない。
 レオクスは、バルマードとの出会いに深い感謝をしていた。
 そして、エリクにとって、バルマードとの出会いは、まさに幸運といえた。
 バルマードは彼女が内に秘める何かを、その戦士としての高い能力などではなく、もっと別の、高貴で穢れなきオーラのようなものであると、微かにではあるが感じ取っていた。
 バルマード自身、エリクから感じるそれに触れた経験は過去に一度もない。
 だからそれが、憶測に近いようなもので、本人も何と形容してよいやら分からずにいた。
 しかしそれは、とても心地よく、やさしく、そして、いとおしい光。
 エリクの内に秘められたそのオーラの正体を知るモノは、現時点では、僅か数名しかいない。
 過去にそのオーラを、最も身近に感じたことのある男がいた。
 彼の名は、『セバリオス』。
 神界と呼ばれるフォーリナの主神であり、この世界における絶対の存在。
 セバリオスの知る、彼女のうちに秘められし大いなる力。
 その力を持つ者は、有史以来、わずか二人しか存在せず、しかも今の時を生きるのはその内の一人、魔王ディナスこと『セリカ=エルシィ』、ただ一人である。
 エリクの内に眠るその大いなるその力を、人々は古より、その眩き光に心奪われながらも、こう呼称した。

  『戦天使』、と。

 エリクが、その能力を秘めるが故に巻き起こされた悲劇を、
 今、ここで少しだけ語るとしよう。