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ダークフォース 第二章 X

2009年09月29日 15時48分48秒 | ダークフォース 第二章 後編
   Ⅹ

 戦天使化した白い姿のエリクは、この空間に立つ一人の男の姿を、ただ、じっと見ている。
 それはセバリオスを見ているというより、何か動く物体に反応したような感じだ。
 血塗られたドレスに身を包み、その眩き白に染まった長く美しい髪をなびかせるエリク。
 背中の二枚の光の翼は、周囲のライトフォースをひたすらに吸い上げるように輝き、エリクの姿をより神々しく照らした。
 セバリオスは、神剣・ラグナロクを構え、エリクの動きに備える。
 戦天使化したエリクの戦士レベルは推定95。
 セバリオスには、遠く及ばない。
 しかし、セバリオスの本能が己に危機を告げる。
 今まで、構えすら見せなかったセバリオスが、両手にその長剣を握り締め、身構えているのが何よりの証拠だった。
 エリクは歩くようにゆったりとした感じで、セバリオスの方に近寄ると、左手に握られたファイヤーソードを叩き付けるように振るった。

  キィィィィーーーン!!

 高い金属音が鳴り響く!
 セバリオスはそれを難なく受け流すが、その剣はとても重い。
「この直撃を受けたら、私もただではすまぬ、な」
 刹那、二撃目が右手のアイスソードから振り下ろされると、セバリオスはそれを素早く後ろへとかわす。
 空を切るというより、空間そのものを引きちぎるような勢いで振るわれたアイスソード。
 セバリオスはその身を翻すと、エリクにラグナロクの一撃を繰り出す!!

  カァァァァーーーン!!

 たやすく弾かれるラグナロク!
 その剣はエリクに触れるどころか、かなり手前で弾かれた。
 エリクの周りに集まるエネルギーの帯が全身を覆う盾となり、まるで見えない羽衣となってセバリオスの攻撃を受けつけない。
「これが、話に聞く戦天使能力か。確かにその防御は鉄壁だが、この私を前に、絶対であれるかな」
 セバリオスは再度、ラグナロクを構えなおす。
 エリクは、セバリオスの言葉にまるで無関心な素振りで、動くものを叩きつけるという行為を、ただ本能的に行っていた。
 意思や感情など何もない。エリクの秘められしその能力が、エリク自身の自我を守る為、彼女の想いを檻の中へと閉じ込め、敵とみなす者を駆逐する。
 戦天使としての能力が、エリク自身の心と身体を守りながら戦っているのにセバリオスが気付いた時、彼はその勝利を確信する。
「フフッ、なるほど・・・」
 何故ならば、それは本来の戦天使の戦い方ではないからだ。
 本来、戦天使は、複数の戦士をその翼の支配下に置き、完全防御の加護を戦士たちに付与する事で、戦士たちを強力な剣(つるぎ)と変えて戦う、その指揮者である。
 戦天使能力を受けた戦士は、爆発的攻撃力を発揮し、その命を戦天使の下に委ねる。
 かつて、その組み合わせにおいて最強と呼ばれ、異界の神々をも圧倒し、畏怖せしめた剣皇グランハルト=トレイメアスと戦天使オーユの事を、セバリオスは知り得ていたからこそ、その戦天使能力の下に戦士を持たぬエリクに、その能力の限界を見た。
 確かにエリクのその戦天使の防御力は、鉄壁である。が、それは目覚めたばかりで、完全とは言えない。
 しかも、その剣となる戦士すら持たず、エリクは、二人の兄たちの残した剣をその手にするのみである。
 セバリオスは、神剣・ラグナロクによる連続攻撃をエリクへと浴びせかけた。
 ラグナロクの刀身は2メートルを越える長物で、高速に振るうには向いてはいないが、それでもセバリオスの攻撃は目にも留まらぬ速さである。

  カンッ! カンッ!! キーンッ!!

  カンッ!! キィィィーーンッ!!!

 エリクは両手に構えた兄たちの剣で、セバリオスに応戦する。
 反射的にラグナロクの攻撃を弾き返しているが、時折混ぜられる不規則な動きには対応しきれず、それらの直撃は受けていた。
 エリクに疲れた感じや、ダメージを受けた様子などは見受けられないが、セバリオスに押されている感は否めなかった。
 実力は、圧倒してセバリオスが上である。
 それをエリクは、覚醒したての戦天使能力で、どうにか互角に持ち込んでいた。
「フフフッ、どうしたかな、エリク姫。さっさと敗北を認め、私のものにならないか? 出来れば無傷で手に入れたい。麗しき、レムローズの薔薇姫よ」
 そんなセバリオスの挑発めいた不敵な笑みも、エリクはまるでそれを無視でもするかのように、顔色一つ変えようとはしない。
 実際、聞こえていないのだ。
 戦天使としての能力が、彼女の想いを守る為に、外界の情報を一切シャットアウトしている。

 心の檻に幽閉された赤い髪のエリクは、そこで二人の兄たちの姿を見た。

 ぼんやりとした光の中で、二人の兄たちは輝く光の羽の舞い散る場所で、深い眠りについているのが見える。
 その安楽の姿、優しい寝顔。
 エリクが二人に幾ら呼びかけても返事がない。
 光の明暗がハッキリしないそんな檻の中で、エリクはただ、がむしゃらにその壁を叩いては、二人の兄の名を叫ぶ!!
「お願い、気付いて、ローヴェント兄様!! カルサス兄様!!」
 エリクの叫びは止まらない。
 何度も、何度も二人の名前を繰り返し叫んだ。
 そうしている内に、エリクの方へと暗闇の中から人影が歩み寄って来る。
 エリクはその人物の姿に、まるで鏡でも現れたのかと驚く。
 その影は、白い髪と瞳を持つ、戦天使化したエリクのものだった。
 戦天使である彼女は言う。優しい微笑みを浮かべて。
「今、特別な力であなた愛する人たちの傷を治しているの。だから、静かに彼らを寝かせておいてあげて」
「お兄様たちは生きているの!?」
 赤毛のエリクのその問いに、戦天使は一瞬、口を閉ざした。
 そして、彼女にこう返す。
「わからない、・・・ただ、あなたが望んだから、私は二人を救いたいと思った。・・・でなければ、大切なものさえ守れないなら、この背中の翼には、何の意味もないのだから」
 白い髪をしたエリクは、その戦天使能力で、消え去り行く二人の兄の命を繋ぎ止めるという、膨大な力を内に消費しながらも、セバリオスと対峙し、赤い髪の少女の、その大切な想いを守ろうとしていた。
 戦天使は言う。
「私を、信じて」
 そう言って、白き姿の戦天使が、エリクの赤い髪を優しく撫でると、卒倒するように赤毛の少女は意識を失った。
「おやすみなさい、私の存在の四分の三である、愛しい赤い髪の乙女。あなたの四分の一を構成する私が、『大いなるモノ』のその意思の分体であるこの私が、必ずあなたを守ってみせるから」
 戦天使は途中、意味不明な言葉を残し、セバリオスとの戦いへと戻っていった。

 セバリオスと戦う、白き姿の戦天使。
 もう一人のエリクである白い髪の彼女は、どれほど不利な立場に立たされようが、怯むことなくセバリオスとの戦いを続けていた。
 眉一つ動かさない、冷淡な表情の彼女。
 実は動かさないのではなく、動かせないのだ。
 己の心を、その想いの力を、二人の兄たちを包む光の翼と変え、必死に二人の命を繋ぎ止める彼女に、表面の自分を制御出来る余力などない。
 生まれ持った戦闘本能にセバリオスとの戦いを任せる彼女だが、セバリオスの思惑通り、最大の戦天使能力である、剣となる戦士をその支配下に彼女が持たぬのは、この最強の敵を前にして、何よりも致命的であった。
 全力で当たったとしても勝つことが難しい、この世の神であるセバリオス。
 彼と対するに、まして幾つもの重荷をかせられた状態の彼女では、時の経過と共に敗北という二文字が迫るのを待つのは、もはや必至である。
 セバリオスは言う。
「そろそろ、その羽衣にて我が剣を受け続けるも限界であろう。私とて、大切な我が戦天使に、奥義など用いて、要らぬ傷など付けたくはない。・・・私は、二度も待ったのだ。ようやく見つけた、戦天使としての適正因子を持ったレイラ姫は、先王に逃がされ、開花せぬまま散らせてしまった。そして、今度は難なく手に入る予定だったエリク姫も、余計な邪魔が入り、しかも姫自らの抵抗を受けるとは」
 戦天使エリクはその言葉に耳を貸そうとはせず、セバリオスへの攻撃の手を休めない。
 セバリオスは易々とその攻撃を交わすと、さらにこう続けた。
「こんな事ならば、姫が生まれた時点でフォーリナへと連れ去るべきであったな。ジラが開花する時を待てなどと言うから、それを受け入れたが、それがこのザマだ。王子たちは、薔薇の毒気にあてられ、父王の言葉を無視して我が天使を奪おうとする始末だ。・・・邪魔者は片付けたが、さて、どうやってこの姫の抵抗を鎮めるべきか」
 セバリオスの心無い言葉が、内に眠らされた赤毛のエリクの耳には、届いたような気がした。
 眠りについていたとしても、自分の名を呼ばれればそれが聞こえる。そんな感じだ。
 セバリオスは、白い髪を振り乱し二つの剣を振り回すエリクと、一度間合いを取りなおすと、ラグナロクへの剣気を高める!!
「・・・やはり、手荒い仕置きが必要だな。未熟とはいえ、戦天使の防御はさすがに堅い。諦める気がないならば、その気ごと根こそぎ奪ってくれよう!! 安心するがいい、二人の愚かな兄どものように、床に這い蹲って死に逝くことはない。多少、後の残る傷を付けてしまうことになるが、それもまた我へのよき忠誠の刻印となるであろう!!」
 神剣・ラグナロクへと収束される剣気の量は膨大で、そのあまりに美しい煌めきがセバリオスの実力を誇示するかのようである。
 精錬されたライトフォースの波動がラグナロクの刀身全体を覆い、それはとても神々しい光を放ち始め、その威力たるや計り知れない。
 セバリオスは、その光の柱となった長い剣を振り上げる。
 天高く突き出されたこのラグナロクの構えこそ、セバリオスの奥義の構え。
 ラグナロクを中心にプラズマが発生し、電光はセバリオスの身体を覆うように巡っている。その電圧は十億ボルトに達し、まさに天から振り下ろされようとする裁きの雷(イカヅチ)のようだ。
 この雷光を帯びた一撃を浴びれば、例えその防御が強大な戦天使とはいえ、エリクの身はただで済むはずもない。
 しかもこれは、このセバリオスにとっては、特に大した事もない奥義の一つであった。セバリオスはさらにこれよりも三段階高いレベルの奥義まで備えている。
 だが、不十分な戦天使能力しか発揮していない今のエリクでは、その余力を残したセバリオスの一撃をかわすスピードも、耐え抜く力もない。
 対照的にセバリオスは、実に余裕の表情である。
 彼の本能がその危険を告げた、このエリクの戦天使能力が自身の予想よりも遥かに下であったからだ。
 もし、覚醒後、戦天使セリカほどの実力をエリクに出されていたならば、セバリオスは、彼の従神であるジラやフェルツを緊急に召喚する必要に迫られただろう。完全にその戦天使能力を制御し、そのレベルが限界値である100に達する、エグラート世界の守護天使・セリカとは違い、エリクのレベルはせいぜい95。
 そのレベルでは、これが限界なのかとセバリオスを安心させた。
 と同時に、それは彼をガッカリもさせた。
 実は、その能力が真に発揮されていない事を、セバリオス自身、知り得てはいない。
 セバリオスは右腕一本で十分といった感じで、奥義を放つ体勢に入る。
「我が神剣の雷、その身に受けるがよい!! ・・・やれやれ、これでフォーリナへと戻ることが出来る、な」
 凄まじい剣気を弾けさせながら、セバリオスがその奥義の一つである「神剣・ラグナロク、第二の剣『銀雷』」をエリクに向けて振り下ろしたッ!!!
 白き雷光が、稲妻となってエリクに襲いかかる!!

  ガガガァァーーーーーンッ!!!

 激しい音を立てて落雷するセバリオスの銀雷!!
 それは、周囲を木っ端微塵に吹き飛ばし、爆煙を巻き上げる!!
 その中に、床へと倒れ込む白い髪のエリクの姿があった。
 血で染められた白いドレスも、至る所が破け散っており、銀雷の直撃を受けたというのが容易に見て取れた。
 セバリオスは、未だ戦天使状態にあるエリクを抱きかかえようと彼女の方に近付く。
 直撃を受けてもなお、その白く美しい姿を維持させているエリク。
 それには、セバリオスも少しだけ関心させられた。なんという守りの力と、気高さよ、と。
 すると、エリクはその表情を変えぬまま、その白い瞳でセバリオスの方を見上げると、初めて、この戦天使の姿で口を開いた。
「駄目・・・それでは、彼女が悲しむわ」
 セバリオスには、その言葉の意味が分からなかった。
 エリクは、例えその身が地面に這い蹲ろうと、二人の兄の剣を強く握って離さないでいた。
「私は約束した、彼女を守って見せると。それに矛盾を抱えているのは承知している」
 長兄であるローヴェントの剣・アイスソードから、一瞬、思念波が発せられたのに、セバリオスは気付いた。
「私たちの想いは一つ、・・・違うか?」
 次いで、次兄カルサスの剣・ファイヤーソードからも、同じような思念波が発せられる。
「その通りだ、あんたも兄貴もオレも守りたいものは変わらない。なあに、エリクに悟られなければいいだけの事さ」
 アイスソードの思念波も、同意して言う。
「心優しい妹を、うまく誤魔化してくれよ、戦天使。その辺は、任せるしかないのでな」
 エリクはセバリオスを前に徐に立ち上がると、その白い瞳に、とても強い意志の光を宿して、二振りの剣にこう応えた。
「承知した」、と。
 その言葉と同時にエリクの手を離れた、アイスソードとファイヤーソードが、中空に静止して、次の言葉を待つ。
「我、戦天使エリクは、二名の戦士と契約する。我が剣となりて、我が道を阻むモノを全て滅せよ!! 跡形もなく・・・、その塵も残さず・・・」
 光り輝くエリクの二枚の翼!!
 その輝きは、以前のものとは比べようもなく激しく、眩い。
 二つの剣が白い光の中に一度没すると、各々の剣を手にしたローヴェントとカルサスが、その光の中から姿を現した。
 セバリオスは、目の前で起こるその奇跡の光景に圧倒されながら、こう口にした。
「バカな!? 何故、死者が甦る!! あの手ごたえに間違いなどなかったッ」
 戦天使としての意識を回復した、高貴なる白き姿のエリクが、セバリオスに向かってこう答えた。
「その命を繋ぎとめ、再生させる為に我が力を費やしていただけの事。失われ行く魂を、この身を受け皿として受け止めた。・・・彼らは望んで自らの再生の道を断ち、この時間を生きることを決めた。それはとてもとても短い時間だが、彼らにとって、それは永遠にも等しい意味のあること」
 ローヴェントとカルサスを支配下に置いたことで、エリクはその真の戦天使能力を発揮する!!
 これまでとは比較にならないほど練成された剣気を、セバリオスは二人の戦士たちから、痛烈に感じずにはいられなかった。
 アイスソードとファイヤーソードの纏うこのライトフォースの煌きが、最初に感じたセバリオスの直感が的を射ていた事を証明する。
 戦天使能力を完全に回復させたエリクに、今、二つの剣が握られた。
 セバリオスとはいえ、彼女を相手に、もう余裕などない。
「ならば、その戦天使の力、この身で試してくれようぞッ!!」
 ラグナロクを強く握り締め、気を吐くセバリオス。
 そのセバリオスの戦闘能力は、人智では計り知れない。
 この世で、まさに絶対者と呼ぶに相応しいセバリオスに対し、白き貴婦人は、開花させたその戦天使の力で挑む!!
 白き髪をライトフォースの光輝に靡かせ、エリクは言う。
「進め、我が剣たちよ」
 こうして、セバリオスとの戦いは、その決着の時を迎えようとしていた。


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