緑の街の水先案内人

都城市で緑の街の水先案内人として移る日々を写真と日記で綴ります。

シアトル旅行も最終日

2011年07月10日 02時00分32秒 | 旅行
7月10日(日) 

 四日(現地時間)にシアトルに到着して、瞬く間に六日間が過ぎ去った久しぶりのアメリカ旅行。復路の出発は本日午後二時十五分発韓国仁川国際空港へ向けて飛び立ちシアトルから仁川まで約十二時間の空の旅ですが、帰宅するのは福岡空港経由で今夜のミッドナイトになります。しかし、往路の時差ぼけでどこか焦点が定まらなかったシアトル市での日々でした。日本とシアトルを年に数回行き来するご夫婦とお話ししましたが、ご婦人はすぐ時差ぼけから抜け出るが、旦那様は一週間ほど直るにかかるという事です。遠国への旅は時差ぼけに注意です。


どことなく歴史を感じる街の風景

シアトル市の印象は、まず緯度が樺太と同じくらいの高さで暑い夏の日々はかなり少ないと見ました。ガイドさんの説明では人口六〇万人。本日も朝の散歩でダウンタウンを歩きますと、ひんやりとした風が通りすぎていきます。ダウンタウンの高層ビル群はどこかニューヨーク市マンハッタン島ミニ版の印象を受けます。夏場は観光客も多いのか朝から観光名所になっている鮮魚市場は賑わいを見せております。近くにはスターバックスコーヒー一号店があります。現地の人々は軽装で半ズボンや半袖が目立ちますが、九州育ちには風邪を引きそうな気温です。


現地の人々は夏晴れの日は半袖半ズボン姿がめだちますが

アメリカの都市を数多く訪問したわけでもありませんが、街を歩く人々をそれとなく観察しますともの静かな市民を数多く見かけます。何処の都市も同じかホームレスの人々も存在します。水辺に近い事とかっては豊富な森林資源、そこを基盤として街も広がり郊外へ向かう通勤車が夕方には長蛇の列を作り街の広さを物語っています。秋から春までの半年間は雨が多くて晴天の日が少ないといいますので、四季のはっきりとした日本で育った者が土地柄になじむにはかなり時間が掛かりそうです。


水辺の都市シアトル市、旅情を誘う風景

四二年前に一万トン級貨物船で着岸した埠頭はコンテナ埠頭に様変わりしており、街の中心部に近い位置にあり、どことなくすっきりとした印象を受けました。六日間の滞在で印象に残りましたのはボーイング社の飛行機工場見学があります。見学時間は一時間三〇分ほど。花形旅客機の七七七型機や七四七型機など制作中の機体を眺めますと、自動車工場の流れ作業とは異なった現場の雰囲気を感じました。飛行機産業は今もアメリカの花形産業、郊外の工場には納品前の旅客機がずらりと並んでおります。アメリカ国の底力を見る思いがする光景です。


四二年前にコンテナ埠頭に貨物船ころらど丸が着岸して揚げ荷をした思い出の場所

米国を始めとした新大陸の国々を訪問して、まず最初に感じます事として多民族国家と言う言葉を思い出します。国の成り立ちが新しい故か、物事が多くの議論を経て成り立つサマを感じます。民主主義国家の成り立ちを思います。単一民族国家の良さと悪さ、逆に多民族国家にも当てはまる国の特徴でもあります。


四千メートルを超える名山!山名は?タコマ富士。

今回、シアトルで見た旅の印象を一言で申しますならば、「人々の静かな日々の暮らしぶり」、そのような言葉が心の中に入り込んできました。世界中どこでも静かな生活を求める庶民の姿があります。それが人間の求める本来の姿だなと改めて感じました。


鮮魚市場から見える客船

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