緑の街の水先案内人

都城市で緑の街の水先案内人として移る日々を写真と日記で綴ります。

末吉町住吉神社のやぶさめ

2008年11月23日 19時38分33秒 | 民俗芸能
11月23日(日)

朝から小雨模様、一時間遅れの朝の散歩に出かけます。散歩道で見かけた小鳥はカワセミ、タシギ、クサシギ、ジョウビタキ、コガモの群れは一羽しか確認できずに静かな水辺です。庭の柿木には早朝からヒヨドリとムクドリの群れが集まり残り少ない柿の実を突いて朝食の会場にしています。



さて、曽於市住吉神社の流鏑馬がいよいよ本日午後二時に開催、約一時間ほどの流鏑馬神事です。同じ大隅半島肝付町四十九ヶ所神社にも流鏑馬神事がありこちらも秋の十月に開催、いずれの祭りもまだ見聞したことが無くて内心ワクワクです。祭り一つで心が高揚するのは楽しい限り。



午後一時前には住吉神社に出むき本殿と姥石のある山頂を見物して回りました。信仰心の無さか本殿にむかって拝礼なしご無礼しました。さて山頂にある姥石、最初に見物におもむいたのは古代の石に関係する遺跡として何かの書物で知ったのがきっかけです。



改めて眺めますと、山頂も岩が地表から出ています。むきでた岩を台座にして姥石二基が鎮座しており、その周囲を石積みがしてあります。かってはこの山自体が神であった証しなのか或いは他の目的があったのか知る術も無し。石棺にしては石室の幅が死者を葬るにはやや狭い感じがします。



姥石をカメラに納めて、流鏑馬神事の行列を撮影しようとしますがシャッターが切れません。カメラの故障、どうやらレンズが二度目のトラブルを起こしたみたいで撮影が出来なくなりました。車に戻り予備の業務用デジカメを準備します。何とか撮影は出来ますが角度だシャッターチャンスだと細かい注文は出来ません。とりあえず流鏑馬を撮影できることだけでも良しです。



流鏑馬の騎手は三名、よく眺めますと二人は女子中学生と女子高校生です。そして三人目は小柄な小学生、二人の女学生はなかなか顔の表情に狩装束と弓を持つ手がさまになっています。しっかりとした指導を受ければ古式馬術もさほど難しいものでないこと、二人の女学生がこれから証明します。


恐れを知らぬ一途な娘子のすがた、射手の心意気に観客の心が一つになり、祭りはその役目を果たすときが近づきます

トウマイ袋またの名をアンペラを鞍代わりに馬の背に乗せてそれをワラ縄で縛りあぶみもない裸馬同然の騎乗とはわけが違います。あえて言えることは中学生の年齢ならば器用に短期間で乗馬と疾走が出来るようになります。境内の馬場の長さは三百mでしょうか、一の鳥居から二の鳥居までその間に射込む的が三つあります。四〇センチ四方の板が的になります。



物怖じもせずに二人の騎手は疾走して的を射込んでいきます。騎手に緊張もあります。それでも物怖じ一つするでなく疾走して的の矢の当たる乾いた音がしますと感激します。見物人が胸の高鳴りを憶えるくらいですから、騎手や神社世話役関係者はなおのこと祭りに対する思い入れはひとかたならないでしょう。



今日は住吉神社の流鏑馬祭り見物ですっかり満足してしまいました。連綿として続く祭りには何かのメッセージがあるものです。流鏑馬の行われた時間は一時間ですが緊張感と期待感が見物人の心を一つにします。終えた後は何とも言えぬ満足感です。曽於市の住吉神社、何でもない日には場所を捜す大変です。それでも祭りになりますとどこからか人々が集まってくる楽しさです。















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1 コメント

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霧に浮かぶ島 (風・代筆)
2008-11-23 22:11:20
霧に浮かぶ島 (風)

2008-11-23 19:21:42

 最後の霧島の写真は、私も本日午前11時頃安久にはいる橋の上から見、あまりの幻想的な美しさに10分くらい車を止めさせスケッチした。
霧に島が浮かんでいる。ああ昔の人はこれを見て霧島と名を付けたのではないかと、勝手に解釈した。

 安久の棚田を見た。滝まで往復約1時間(早足で)で、晴れた日なら充分森林浴を楽しむが、しかし小雨は体力を消耗するし、衣類を整えていなかったので、ウオーキングは来週ごろにする。
都城は美しいところが多い。   早々
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