∞ヘロン「水野氏ルーツ採訪記」

  ―― 水野氏史研究ノート ――

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C-8 >浜松城(2)

2005-06-15 17:38:28 | C-8 >新宮水野
浜松城(2)
   静岡県浜松市中区元城町49 Visit :2005-06-06 08:50

第六代浜松城主水野対馬守重仲(1570~1621)
 父水野忠分(ただわけ/ただちか)は徳川家康の家臣であり、重仲も天正四年(1576)家康に出仕。同十六年(1588)大番頭 として5500石、同二十年(1592)武蔵・上総で1500石を加禄される。慶長十年(1605)には伏見城の在番にもあたり、同十二年(1607)常陸に1万石を与えられ、水戸城に移り徳川頼宣の所領水戸を治める。同十四年(1609)に頼宣が駿河に転封し、重仲に浜松城2万5000石が与えられ、後に1万石加増された。同十六年(1611)には安藤直次と共に頼宣の付家老となり頼宣家臣の知行割を行う。元和五年(1619)紀伊新宮に転じ、新宮水野の祖となる。



 ◎これまでは、採訪記には感想文などは、極力廃してきましたが、今回の関東・東北の旅の途中で、観光ボランティアガイドをしていらした人生の先輩から、ブログの内容について、「資料ばかりの堅いものばかりでなく、旅の話などもとり入れた方が読みやすいよ」というアドバイスを頂きました。それで、長旅の採訪記には感想文などの書き込みを試すこととしました。
区分は、当初「☆羇鳥(たびのとり)」としましたが、ブロガーの友人から羇鳥はカゴの鳥の意味であるから不適切だと早速ご指摘があり、羇鳥から「☆旅鳥(たびのとり)=∞ヘロン(アオサギ)の一人旅」とし再投稿しましたが、これも渡り鳥の意味があり、やはり好ましくないことから、また「☆旅硯青鷺日記」と再々変更しました。お許しください。


☆旅硯青鷺日記
 この旅は、野宿こそはしませんでしたが、安宿では、岩を枕とし、フェリーでは、波を枕とした、まさに「岩枕・波枕」の旅日記となりました。行程は、静岡県・神奈川県・千葉県・茨城県・栃木県・群馬県・福島県・山形県・宮城県の9県を旅し、神奈川県久里浜港から千葉県金谷港までは、東京湾フェリーで約11Km、帰りの仙台港から名古屋港までは777Km、そしてマイカーでの総走行距離は1,661Km、それに☆∞ツチノコ柏崎乗継さんのお車にの乗せてもらった距離は、約130Kmで、合計2,580Kmの総移動距離となりました。

 2005年6月6日(月)早朝7時、マイカーの小型ワゴン車で、我が家を出立し、今回唯一利用となった高速道路の東名高速では、名古屋インターチェンジから浜松西インターまでを快適に走行、途中浜名湖サービスエリアで休憩し、約1時間50分かけて浜松城に到着しました。
 早朝なので、模擬天守閣には入れないものと思っていたが、入場は8時30分からとなっており、一般的には9時や10時頃が多いこの種の入場時間としては、珍しく早く待つことなく見学できたことは幸先がほんとうに良かった。

小河水野系図
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/694986f5283c9212e7114538de019f95


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2 コメント

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我が人生の不思議 (水野和也)
2007-11-12 18:03:04
この度初コメントさせていただきます
このブログで「我が人生、我が努力にありき?」のような不思議を感じたので筆を執りました。
私は、土岐市下石町に生まれ、父からは「陶祖」の流れの一族にあるとだけ聞いておりました。
確かに瀬戸からは山一つ超えるだけ、小学校のクラスには水野は6人も、加藤は7人もいました。
後進学で東京へ上がり「陶器の販売」の仕事をしておりました。当時、「常滑」へも良く行きました。27歳のとき、縁あって「豊橋」吉田藩の地に移り、不動産業従事しはじめました。40歳で独立開業し、44歳のとき「浜松」に進出。また、「新宮」へは偶然恩ある方のご実家があり偶然熊野のでただ一箇所たづねた地でした。
 私のルーツは定かではありませんが、ゆかりのある町へ何かの力で動いてゆく私の人生はゆかいです。今回先生のブログ大変たのしく拝聴させていただきました。これからも「水野」の研究、ご活躍期待しております。
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歓迎>水野和也さん (∞ヘロン)
2007-11-12 18:57:41
 水野和也さん、ようこそマイ・ブログにお越し下さいました。またまた、未知の水野さんからお心のこもったコメントをいただき、とても嬉しいです。(^^)
 土岐市でお生まれとのこと、遠い先祖が同じ人かも知れませんね。
現在は浜松にお住まいのようですが、水野氏縁の地を知らず知らずのうちに訪ねているのは、ほんとうに不思議ですよね。小生も自分で決めて行動しているつもりでいましたが、ご先祖様がその行動をコントロールしておられるのかな、と最近は思うようになりました。これをお導きとでも称するのでしょうか。
 これを機会にまた時々遊びに入らして下さい。


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