少年カメラ・クラブ

子供心を失わない大人であり続けたいと思います。

音の認識について

2004-11-25 23:05:35 | 写真
写真とは関係ないけど、人ごみの中でヘッドフォンで音楽を聴いているとき、周りの雑音レベルがある程度以上になると、音程が分からなくなること気づいた。

音楽自体はまだ聞こえているのだけれど、音程がわからなくなる。

音を聞こえるメカニズムは周波数に敏感な耳の中の構造が関係していることはよく知られているが、そこで分析された信号がそのまま人間の知覚にはなっていないようだ。

明らかに、聞こえた音が頭の中で再構成されたイメージが知覚となっているのは疑いようがない。そうでなければ雑音があろうがなかろうが音楽は音楽と聞こえるはずなのに、実際はそうなっていない。聞こえる音は、”本当の音”ではなく、自分で作られた”フィクションの音”に過ぎないのだ。

昨日買ってきたアンセルアダムスの本にも視覚に関して似たような現象があることが書いてあった。つまり、なんとなく景色をみたとき、真っ黒な色をしていると思っている部分を、そこだけ注目するとクロの中にもトーンがあることに気づくようになるという話。

視覚も目に入ってきた光をそのまま脳が認識しているように思いがちだが、決してそうではない。不要と思われる部分については、大胆な情報の圧縮が行われている。私たちは決してリアルな世界をみているのではなく、自らが作り出したバーチャルリアリティを認識しているに過ぎない。

それでは、その情報の圧縮を行っているのは果たして誰なのだろう。少なくとも私自身の意識ではないことは確かだけど。