「低温火傷」 ~題詠100首から5首~
この街の砂漠 のちのちゆくひとのためかなしみの記号をしるす
前世から焦がれた海をあのひとのからだのうちに見つけてしまう
告げることをためらったまま六月は慈照寺の雨に潤う
ときどきはおさない記憶の薬莢をタオルケットにくるんで眠る
疲れてるときだけ触れるふたりのうえにまだら模様の月あかり
炎のなかに身を寄せるような激しさではなく、
氷に触れたときのようなはっとする冷たさでもない、
もっともっと鈍く、けれども確かに、私は蝕まれているような気がする。
そんな題詠であったように思います。
中村成志さんの五首選会に参加します。
よろしくお願い致します。
この街の砂漠 のちのちゆくひとのためかなしみの記号をしるす
前世から焦がれた海をあのひとのからだのうちに見つけてしまう
告げることをためらったまま六月は慈照寺の雨に潤う
ときどきはおさない記憶の薬莢をタオルケットにくるんで眠る
疲れてるときだけ触れるふたりのうえにまだら模様の月あかり
炎のなかに身を寄せるような激しさではなく、
氷に触れたときのようなはっとする冷たさでもない、
もっともっと鈍く、けれども確かに、私は蝕まれているような気がする。
そんな題詠であったように思います。
中村成志さんの五首選会に参加します。
よろしくお願い致します。
しあわせを語りたがってぽけっとの飴がこんなにどろどろ溶ける
020:メトロ
ぐずぐずと決めかねたままなまぬるい東京メトロの風に押されて
060:キス
まっすぐに空を見ようとするときにおでこがあたるその位置にキス
088:暗
暗がりでなだめるように抱き合えばあなたの決心が割れる音
092:ホテル
なにも産まないのに確かめるしぐさ朝のホテルのひかりのなかで
素直に自分が「ああ、いいなあ」思ったものの中から、さらに五首を選びました。
意図したわけではないのですが、都会の静かな一日を追ったような、歌の流れになりました。
花夢さんの100首は、「生活の静かなかなしみ」を基調にしているように思えます。
なので、どの歌を選んでも、そのトーンはある程度保たれています。
自分の世界を作り上げることができる人がうらやましくなるのは、こんな時です。
さみしさを乳白色のスプーンで掬い取られてすこし震える
018:酸
白銀の嘘はゆっくり酸化する綺麗なままで腐りたいのに
025:化
鼠色に疲れて濁る週末はあなたの化学反応を待つ
045:トマト
印さないと揺らぐ幸福 今日もオムレツにトマトケチャップ
096:模様
疲れてるときだけ触れるふたりのうえにまだら模様の月あかり
自分が「題詠100首2007」で「歌のどこかに色、模様を入れる。またはそれを連想させる歌作りをする」ことを縛りとしていたので、その視点から(ウラ五選)として選んでみました。
静かな動き、と言いましょうか。動く気配もないのに、気づいたらいつの間にか変化している、そんな五首です。
あのひとのシャツのボタンを爪ではじくと音楽みたいにはじまる
061:論
透明な驟雨 あなたの揺るぎない幸福論で空が飛べない
069:卒業
かんたんにあなたは池をふるわせて卒業の朝 水鳥が発つ
092:ホテル
なにも産まないのに確かめるしぐさ朝のホテルのひかりのなかで
097:話
温かいものが欲しくてガスコンロに途切れ途切れの会話を焼べる
美しくて静かです。そして、すこしずつかなしいです。
ボタンをはじいて音楽みたいにはじまるものは、きっといいものにちがいないのに、
それでもどこがが、うすぼんやりとかなしい。
生きるってことはかなしいことだよとこの歌たちはいっているようです。
「絶望的な幸福感」とか名付けたいようなものが、100首全体の底に流れている気がします。
雲間からひかり いじけた爪先は水を蹴る その粒子のひかり(053:爪)
なにがあのさみしいひとをすくうだろう神をおもうたびにかなしい(070:神)
いつかだれかの命がどうしようもなくわたしを生かすかもしれない(091:命)
虐げてきたものたちの祝福を浴びてわたしは空をみあげる(093:祝)
花夢さん遅ればせながら完走おめでとうございます
(機を逸してしまっていました)
すごくすきなおうたたちの中からさらに五首、ということで
痛さをうたうこれらを選ばせていただきました
花夢さんのおうたたちにわたし自身も掬われたような、そんな気持ちです
泣くことを許す真夏のアスファルト給水塔の見える位置まで
053:爪
雲間からひかり いじけた爪先は水を蹴る その粒子のひかり
069:卒業
かんたんにあなたは池をふるわせて卒業の朝 水鳥が発つ
075:鳥
飛ぶときに翼がえがく鋭角の強さわたしも鳥になりたい
082:サイレン
ひとひとり生きるっていう限界のサイレン 風のなかでも響け
かたちをこえてあふれだすようなうたい方の花夢さんもかっこいい、と思いつつ、とくに自分のすきな五首をえらぶと、定型のベース音がしっかりとひびいているものになりました。そのベースの上での「爪」のようなずらし方、とてもここちよいです☆
そして、「わたしも鳥になりたい」のように、一歩まちがえば平凡なフレーズになってしまう言葉が、「翼がえがく鋭角」で切り取られて花夢さんにしかうたえない世界になっているのがすごいと思います。
つまらないはずの冗談をふたりで一緒に笑っていてつまらない
034:配
簡単にうるおう樹木やどりぎのわたしが死んだあとが心配
057:空気
こんなにも夏 こんなにもひとり 八月の空気は濃くてからっぽ
061:論
透明な驟雨 あなたの揺るぎない幸福論で空が飛べない
068:杉
「どうしても」って言うどうしようもなくわたしのなかに一本の杉
今回の花夢さんの100首は、どうしようもないほどのつよさをひりひりと感じました。
それは誰もが憧れるようなゆるぎないつよさでもあり、誰もが恐れるような危ういつよさでもある気がします。
戦っているのだなと思いました。すべてが戦いの歌である気がします。だからこそつよいのでしょうね。
ふく風も ふる雨も さす光りも
いまは負けたくないって思う
そう思っているうちは
戦ってるんだと思う
戦っていたいんだと思う
しあわせを語りたがってぽけっとの飴がこんなにどろどろ溶ける
022:記号
この街の砂漠 のちのちゆくひとのためかなしみの記号をしるす
031:雪
許されていい頃なのに雪どけの水は澱んでまだここにある
042:海
前世から焦がれた海をあのひとのからだのうちに見つけてしまう
077:写真
撮られればゆるんでうつる あのひとの写真のなかのいとおしいもの
凝視しているような顔つきでなく、ぼんやり見ているようなのに他の人とは違うものをつかんでしまう…
そんな5首を選びました。
この身体はいつか種を育む生きることはすこし億劫
016:吹
忘れても忘れてもまたこの季節ほらいっぱいに芽吹く緑よ
017:玉ねぎ
あーなんか自分がどんどん厭になるただ玉ねぎをざくざくと切る
033:太陽
真摯?っていうか無防備?太陽の色に染まりつづけてしまう
100:終
あのひとの心地良い静けさは世界の終わりにも似てる気がする
いびつな世界だけれど繋がっていたい。
いびつな私だけれど繋がっていたい。
私とあなたがいる世界だから。
音のない悲鳴のようなものをひしひしと感じながら
100首読みました。
ひたむきに一生懸命生きる女性が浮かんでくるようで。
それは、花夢さんご自身なのでしょうか。
020:メトロ ぐずぐずと決めかねたままなまぬるい東京メトロの風に押されて
045:トマト 印さないと揺らぐ幸福 今日もオムレツにトマトケチャップ
083:筒 すき きらい すき 薄桃の封筒にあることないこと入れて送るね
097:話 温かいものが欲しくてガスコンロに途切れ途切れの会話を焼べる
全体に定型を崩した歌が多いように思ったので、そのことを「ぎくしゃくした」と表現してみました(選んだ5首の中には、定型を守った歌も含まれていますが)。
定型を崩した歌は、それが効果的なのかどうか決めかねることが多いのですが、花夢さんの歌の場合は、100首まとめて読むことで、伝わってくるものがありました。ぎくしゃくしたリズムによって、ぎくしゃくした気持ち(戸惑いとか不安とか)が表現されていたと思います。
005:しあわせ
しあわせを語りたがってぽけっとの飴がこんなにどろどろ溶ける
025:化
鼠色に疲れて濁る週末はあなたの化学反応を待つ
035:昭和
昭和53年生まれO型の乙女座との相性は良くない
067:夕立
意味を問えばどこまでも静かな荒野 祈るかたちで夕立を待つ
079:塔
ひきこもるその日も雨が降っていて電波塔から タ ス ケ テ って漏れる
前衛映画っぽい不思議な映像が脳裏に浮かんだ五首を選ばせていただきました。
百首全体を通しても、やはりそんなイメージが浮かぶ歌が多く、明確に宣言はしていないものの、確固たる世界観をお持ちなのかな、と思いました。