『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』と、現在の朝日新聞は遙か遠いところにきてしまっている。疋田や疋田を慕う数多くの記者はすでに朝日を去っている。新聞とはかくあるべき、という信念は、とうの朝日の記者にはなくなって、新聞の行く末を憂えている者たちがもつようになって久しい。
今日も私は『東京新聞』を読みながら、社会や世界各地で起きている理不尽なことを知り、どうしたらこうした理不尽をなくすことができるのだろうかと考える。新聞を読まず、ネットなどで自分の好みだけの情報だけを得ているだけでは、この世の理不尽を知ることはない。そうであってはならない。
プチ鹿島さんは、朝日新聞の投稿へのタレントによる非常識な回答、それに伴う朝日の記者の対応に、あきれながらその顛末を記している。
読者を小馬鹿にする記者の態度にビックリ…野沢直子(61)の「悩み相談」騒動に見る“朝日新聞の冷笑主義”
朝日新聞を退職した人びとは、この朝日の冷笑主義をどうみているのだろうか。もと朝日の記者、Arc TIMESの尾形聡彦さんは、みずからのネット番組で厳しく批判していたが・・・。
何度も書いているが、今や朝日新聞はリベラルでも何でもない。読売新聞と共に築地再開発の一員となり、新聞社としての矜持をかなぐり捨て、不動産業などに邁進しようとしている。今残っている者たちは、そうした朝日の経営姿勢と同調する人びとである。
新聞記者は、この『新聞記者』や『外岡秀俊という新聞記者がいた』を読むべきである。