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浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

哀しい「転向」

2013-01-09 20:06:02 | 日記
 今月号の『世界』に、「ある弁護士の「転向」」という文があった。アメリカの大手通信社「ブルームバーグ」という会社から不当解雇された人の裁判に関する記事であった。

 「転向」とは、「思想的・政治的立場を変えること」をいう。「戦前」という時代には、国家権力、とくに特別高等警察による激しい弾圧・拷問に屈して、共産主義者などが政治的思想を変えることがたくさんあった。

 今はそういう激しい弾圧や拷問はなくなっているが、政治的立場を180度変える人は時々いる。学者の中にも、共産党員だった教育学者が何らかのきっかけで、国家主義的・反民主主義的言動に走った人がいた。またマルクス主義の立場から日本古代史を論じていた人も、最近は「皇国史観」的な発言をしているということも聞く。

 考え方が変化していくというのはある意味で仕方がないことだ。生きていく上で、新しい発見をしたり、今まで経験したこともないようなことに際会し、自らの精神が大きく変動させられることもあるだろう。だから私は、いわゆる「転向」を責めることはしない。

 だが、なぜ?という問いはもつし、なぜかを知りたくなる。

 この文にある弁護士とは岡田和樹氏。ボクはこの人の名をしばしば見ていた。国鉄の分割民営化に際して、国鉄労働組合の組合員がJRにより徹底的に差別され、国鉄からJRへの採用を拒否されたことがあった。当時の首相、中曽根康弘は、国鉄分割民営化は国鉄労働組合をぶっつぶすためにやったのだと、後に豪語している。
まさに国家による不当労働行為であった。

 そのとき、岡田氏は、国労組合員の権利を守るべく奔走した。ボクも、国労を支援する会のメンバーだったから、『国労新聞』で岡田氏の名は見ているし、彼がかつて属していた東京法律事務所には友人がいて、そこのニュースは送られているので、知っていた。確かに今のニュースに、岡田氏の名はない。

 その岡田氏が、今、企業側の弁護士として、労働者の不当解雇を正当とする弁護活動を行っているというのだ。まさに180度の「転向」だ。

 労働弁護士時代、岡田は国労組合員の不当差別に抗して、各地の労働委員会に提訴し、救済命令を勝ち取った。しかしJR側は民事訴訟を提起し、東京地裁は労働委員会の救済命令を取り消したのである。もちろんこの判決は不当である。

 岡田は、この東京地裁の判決に「茫然自失」し、「法廷に通えないほど落ち込ん」だという。そして他の弁護士事務所に移り、今は企業側の弁護士として活動しているという。

 岡田氏のプロフィールを調べてみた。

 1969年、開成高校卒業。
 1973年、一橋大学法学部卒業、司法研修所入所。一橋大学在学中の1972年に司法試験合格。
 1975年、当時の小島成一法律事務所(現在の東京法律事務所)に入所。以後、様々な労働事件で労働者       側で活躍。
 1987年の国鉄分割民営化をめぐる1047名の解雇事件を担当し、国労弁護団の代表として、全国で2       00件の救済命令を勝ち取る中心として活動。
 1998年、救済命令を取消す東京地裁判決を機に、労働弁護士をやめ、
 1999年にフレッシュフィールズ法律事務所に入所。


 岡田氏は、一橋大学在学中に「当時最年少で司法試験に合格」したという。卒業した高校も開成高校という私立の有名進学校だ。まさにエリートコースを順調に進み、挫折を知らずに、おそらく1998年まできたのだろう。

 ふつう、普通の人間は、小さな挫折を繰り返しながら成長していく。だから少しの挫折に対しては耐性があるのだ。おそらく岡田は、その耐性がなかったのだろう。

 だがボクは、「転向」というとき、どのレベルまでの「転向」なのかを考える。人間性そのものも変わってしまったのかどうか、と。彼に関するブログを探したところ、人間性はかわっていないようだ。

 『カラマーゾフの兄弟』だったか、抽象的な具体像をもたない「人民」は愛することは出来るが、日常生活を生きる具体的にそこに存在する「人民」を愛せるか?というような文言があったような気がする。ボクはこれを読んで、大きなショックを受けた記憶がある。

 その後ボクは、二つの「人民」の距離を埋めていくことを意識的に行った。

 岡田氏は、今の自分を「無責任のようだが、自分の人生であって、自分の人生でないような不思議な感覚である」と、記しているという。

 大きく挫折した後の生は、その挫折を正視しそれを克服しない限り、おそらく大地にしっかと足を踏みしめるのではなく、浮遊しながらの生を生きるしかない、だから労働者を不当解雇するための企業側の弁護も可能になるのだ。

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