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恩も忘れて?

2011-05-16 21:00:00 | 日記風
 最近、そんな感じでバッシングを繰り広げてしまいました。



 でもね。
 過酷よ。



 いろいろと通り抜け成長していくのでは?と思っています。

 元々縛られるの嫌いだしね。でも縛られ切ってる感じがあったのよね。とりあえず縛りをほどいてという気持ちがあった。


 某出版社がよく「火に油を注ぐことになってしまって」と言っていたんですが、結局、油を注いでいるのはあんたがたじゃないの?と思わないでもない。

 疲れきってるところにろくな対応もないじゃね、そんな気分にもなる。


 私が強くなればいい、それだけです。

 やれるところまでやった。今はここが限界。それを越えられる時を待つ。
 それがもう心境です。

 とくに2009年の暮れに本を出しましたが、たまたまというか、2009年は波乱だった。やがて詳しく書きたいと思いますが、ここまで書かせるかというくらい書いていたのがあの年だった。
 書いて手を離れれば楽になるかと思ったら、これがならない。計算がその時点で狂って


 ど~したらいいの~~と

 
 パニックになりながらここまで来ちゃった。

 しばし休ませていただきます。
 書いた翌年、今年はもう何も考えないで遊んだ方がいいとアドバイスを同じ出版に明るい方からされたのですが、そんなこととてもできないよと追われたままきた。
 そのアドバイスも聞いてみるのもよかったのかもしれません。

 全ては自分の責任、それだけです。


 自己責任


 劇団で、1番尊敬する講師の方にかつてよく言われましたがまさにそれです。

 総務局のS氏に電話で大号泣しましたが、あれでずい分楽になった。
 ありがとうございました。

 頭のおかしなおねーちゃんの相手をさせられてさぞご迷惑でしたでしょうが、助かりました。
 あとは自分の頭で考えますから、大丈夫です。

 何が最もいいのか、答えを導き出しますね。

ホットはあってもアイスはないの

2011-05-16 18:29:30 | おでかけ
 そういえばなのですが、フランスに行くと、コーヒー類はホットはあってもアイスはない。
 夏場に行ったことがないので、夏もなのかどうか判りませんが、ない、という話は聞いたことがあります。



 日本では、両方あって当たり前なんでですがね。なんであちらの方はアイスの感覚がないんでしょう。



 でもティーに関しては、アイスの感覚が生まれているようです。
 ペットボトルで売っています。






 そこまでコーヒーは特別なのでしょうかね。
 みたいですね。



 文化の差なんですね。



 あった方が面白いと思うけどな。

 ないっていうのも、面白いんでしょうか。

北区つかこうへい劇団 劇作家、そして誰もいなくなる?

2011-05-16 02:32:34 | 戯曲塾
 何のかのと言っているうちに、解散が近づいてしまいます。
 解散してしまう前に、いくつかのことを書き残しておきたいと思う。

 もしかしたら、解散後の方がいいのかもしれない。

 思うのだが、私の気持ちの整理もつけないといけないので、6月を終わるのを待つでは遅いのだ。

 劇作家コースは当初「井上ひさし戯曲作法塾」という名前で始まりました。それが途中から、「劇作家・演出家コース」として生まれ変わります。

 何故かは、大人の事情でしょう。私たちには判りません。
 
 
 当初はいることができても2年が最高でした。この2年の間に新人作家公演をする。それができれば無期限で残れるけど、できなければ2年できられる。

 ただし、ここは、絶対、というわけでもないらしく、どうしても、という熱意を見せれば、2年を越しても残ることができるという話もあります。

 ある頃から無期限で残ることができるようになりました。これは講師が変わってからです。

 講師は3代目までいます。3代目に入ってから無期限のルールはできました。
 何故?と聞いたことがありますが、
 
 そうしないと、誰もいなくなるからと言われました。

 元々劇作家になりたい人間は少ない。そして個人の進展の仕方もあります。
 ある時期が来るとそれまで停滞していても突然伸びるタイプと、順当に伸びるタイプ。
 伸びていたかと思うと突然折れる人もいる。

 ある程度時間をかけた方が…という考えがあるようです。授業の回数も増やした方がという案もあったようですが、それは様々な事情でなくなったようです。

 それで、私も、あれ?何年いるの?ということになるわけです。

 3代目が入った時に6期生が入ります。私もそうです。大量に入れた理由は、大量に消えていたから、かもしれません。
 5期はまだ残っていましたが、1期生は2人。2期が0人。3期が2人で4期も2人だったのかな。定員としては20人ですから、10人は入れないと定員割れを起こす。この人数でだいたい20人は確保してるに近い状態です。

 私たちの頃はその授業の場所も一定ではなく、稽古の拠点となっている文士村でということもあれば、某小学校の一角ということもあり、その時々で違った。
 今の場所に稽古場が落ち着いてからは変わることがなくなりました。北園まなび館なのかな。
 私としては旧北園小というのがぴったり来ます。

 書くということは一切教えませんでした。当初から書き方は教えないと言われていました。
 あくまで演出を教えていた。

 でもこれもやはり同じことを言っても、飲み込みの早いタイプ、遅いタイプ、いろいろあるから何とも言えません。

 日々の修練と言ってしまえば、それまでね。

 私たちの入った年は多かったせいか、つか先生が稽古に来ていらっしゃる様子も…、稽古を直している様子と言った方がいいかもしれませんが、見せいていただきました。この後も機会はあるんですが、最初の頃からそれをしていただけたことは本当に嬉しかった。

 そして、このあとも大きな夢と希望をいただける機会がふたたび巡ってくるのです。