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今年のウィンブルドンは、生中継の錦織圭選手の勇姿を、帰宅途中の電車からスマートフォンで視聴する人が増えるかもしれない。
NHKは改正放送法の施行を待ち、4月にも放送中の番組の「ネット同時配信」を開始する予定だ。当面は、災害などの緊急時以外は“試験的な提供”に位置づけられ、単発番組のスポーツイベントは年間5件程度かつ1日4時間以内、単発以外の番組の場合、対象者は受信契約者から募集した1万人以内と、かなり限定されたものになる。
限定配信の間、ネット同時配信にかかる費用は、受信料収入の範囲内で賄われる。しかし、NHKの籾井勝人会長は「放送の視聴者と同じように、ネット(配信の視聴者)も受信料を徴収しなければ不公平」と語っており、将来的なネット視聴に対する受信料徴収も視野に入れているようだ。
NHKのこうした動きに、戦々恐々としているのが民放キー局だ。
日本民間放送連盟の井上弘会長は「『放送の補完』という目的を踏まえて、限定的、抑制的な運用となることを期待する」とくぎを刺す。6000億円を超える豊富な受信料収入を元手に、NHKがネット配信に本腰を入れるようになれば、広告収入で成り立つ民放の既存のビジネスが圧迫されかねない。
たとえばサッカーW杯などのスポーツ中継は、自宅などのテレビでライブで見たがる視聴者の多いキラーコンテンツ。これをもしNHKがネットで同時配信するようになれば、視聴者はどこでも番組を見られるようになる。民放が数十億円にも上る制作費を投じて同じ試合の放映権を獲得しても、テレビ放送の視聴率は低下し、つれて視聴率を指標とする広告収入も減る。
こうした中で民放キー局が相次いで乗り出しているのが、テレビ番組の「見逃し配信」サービスだ。これは、テレビで一度放送した番組を放送終了から最大7日間、ネットで無料視聴できるというもの。2014年1月に日本テレビが開始したのを皮切りに、民放キー各局が参入した。
他局に先駆けて開始した日本テレビは、現在16番組の見逃し配信を行っている。同社が実施したアンケートでは、見逃し視聴をした人の6~7割がその後、テレビ放送で視聴。利用者の構成比を見ると、20代前半の比率が地上波放送の3倍となっており、狙いどおり、テレビを見ない若年層が番組に触れる機会を増やすことにつながっている。
同社は無料ネット配信の収益化にも積極的だ。2014年7月から、見逃し配信の番組内に、地上波放送とは別売りの広告枠を設けて販売している。ネット広告はテレビCMと比較すると安いイメージがあるが、視聴者1人当たり単価としては、テレビのスポットCMの5倍という強気の値付けも試している。
ただし、他局も、日本テレビと同様の値付けができるわけではない。2014年の年間視聴率で三冠を獲得した日本テレビは、地上波放送のCM枠を完売できるため、ネット広告枠を高値で別売りできる。しかし、視聴率が低迷しているTBSとフジテレビは、地上波のCM枠が売れ残る状態で、ネット広告枠の営業は至難の業だろう。
課題はほかにもある。在京キー局がネット配信のビジネスモデルを確立するためには、全国各地に抱える系列局との問題をクリアにしなければならない。
放送の場合、都道府県を基本単位として、放送対象エリアが区切られている。地方局は、スポンサーからの広告料収入の分配金を系列キー局から受け取っており、それが利益の大部分を占める。
地方で遅れて放送されるキー局の番組を、先にネット上で視聴する人が増えれば、地方局の視聴率が下がり、広告収入の減少につながる可能性もある。系列局との利害関係をどう調整するか、今後、議論が必要となりそうだ。
さらに今秋には、全世界で5700万人超の会員がいるという、米国の定額制動画配信サービス「Netflix」が日本に進出してくる予定だ。日本市場でどの程度受け入れられるかは未知数だが、Netflixと同様の定額制サービス「Hulu」を運営する日本テレビはもちろん、民放各局が対応策を迫られている。
今後もテレビ局がマスメディアの雄として君臨し続けられるか。自社の持つコンテンツ制作能力を最大限発揮できる、新しいビジネスモデルを確立することが、勝ち残りの必要条件となりそうだ。