75歳地球は俺の遊園地 雄一郎
ホント、すごい方です。
登っちゃいましたエベレスト。心臓が悪いにもかかわらず必ずやり遂げるスキー冒険家と人は言うけど・・そうかな?
日本ではじめてノルディックスキーを履いた父敬三氏(102歳没)も天で喜んでいたろうなあ・・。
次男の豪太氏は途中、幻覚を見るようになって脳浮種になり下山をされたといいます。懸命な決断でしたね。残念でしたがいのちあってのモノダネ。
三浦雄一郎さんの講演会を以前聞いたことがあり、ともかくすごいパワーと人間の限界を超えたオーラを感じていただけに、三浦雄一郎氏には、特別な畏敬を持っていました・・・宇宙に一番近いエベレスト(8848m)山頂に立った画像を見ながら・・エベレストを目指しながら志半ばで山で遭難して,
あの世の山へルートを違えて逝っちゃった小樽の西さん、それをフィアンセが後を追ってあの世で結婚した二人がいたっけ。山男も罪だやね。
なぜ山に人間は登るのか?・・そこに山があるからさ。
永遠のテーマです。ホントはなんだべ(北海道弁)
ところで、三浦雄一郎志はもうとっくに、生きたお釈迦様以上ですよ。
荒行・苦行あらゆる困難を克服して世界7大陸を征服してスキーの直滑降までやっちゃったんだから。
今、読んでいる瀬戸内寂聴さんのエッセイの中に、三浦雄一郎氏そのもののような文章がありました。SOREHA。
(わたしたちの人間の生かされている地球もまた、星のひとつにすぎず、人間はその星の中で、わずか100年にも満たない生命を与えられ、あくせくしているのだと思うと、人間の魂を三世にわたって生きるものと、教えてくださった釈迦の慈悲に頭を垂れずにはいられません。「自分を灯明として生きよ」というお釈迦様のご遺言は、ひとりひとりの心に光を持てと、諭されたのでしょう。)
と、いう文節がぴったりな三浦雄一郎志。
敬二・豪太・雄大・三浦ファミリーのチャレンジに似合う賞賛の言葉をわたしは知らない。
このファミリーのために捧げるステキでブラボーな新語を日本語学者の方に創っていただきたいと思いまーす。いくらでも創れるだよ!だに!(静岡弁)
雄一郎志が一番最初にエベレストに登ったときの逸話。
直滑降でパラシュートが「開かない」と宇宙工学の世界の権威3名がアメリカのNASAで、「やめなさい!」と三浦雄一郎志が告げられたけれど・・それを振り切ってエベレストに挑戦したのです。
実際にはパラシュートが開いたのです。
信念は、エベレストをも徹す。(凡人は岩)
そして、エベレストで転倒し、クレパスに体がもう少しで滑落しそうになったときに、はずれた片方のスキーが自分の頭上に降りて来ました。
そのスキーを片手でキャッチしてそのスキーのエッジで身体を支えながら、宙ぶらりんで何時間も救助を待ったんですって!!腕が良くちぎれないでいたものです。
そして、クレパスに滑落せず九死に一生を得たと・・ご本人の言葉で聞いていたとき「不可能を可能にすることが人間はできるのです!」と力強いメーセージをいただいた東京品川パシフィックホテルの大広間。
1千人の聴衆の前での三浦雄一郎志がかもしだすエネルギーはすごかった。
またまたエベレスト登頂で感動させていただいて・・ありがとうございます。
もう一度聞きたいなー!・・宇宙に一番近いところに立った男のマル秘のお話。
「まだいろんな質問があったら・・僕はまだここにいますから遠慮なく来てください!!僕は皆さんを待っています・・一緒にもっともっと語りましょう!!・・」
の、あの姿は忘れられないなー・・・。
エッセンスの村へ。
push どうぞ