八日目の蝉角田 光代中央公論新社このアイテムの詳細を見る |
10月31日、NHK-BS 朝8時からはじまった「私の1冊」で紹介された。
『お!これは読みたい!」と思い、今日帰りにでも買おうと、出勤の準備をはじめた。
ふと本棚を見ると、そこにあるではないか!
私が買ったのではない。妻が買って読んでいたのだ。
セーフ!
二人して読書が趣味なので、同じ本のダブってしまうことがしばしば。
そこで、読み終わったらカバーをはずし、本棚に最新のものは見えるところへ置く、とルールにしてあったのだ。
ラッキー!
というので早速、電車の中と帰りの喫茶店の寄り道で読んだ。
エッセンスは、
「7日で死ぬよりも、八日目に生き残った蝉のほうがかなしいって、あんた言ったよね。ーー」「それは違うかもね。八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけれど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどひどいものばかりでもないと、私は思うよ」角田光代著 「八日目の蝉」(中央公論新社2007)の中で千草に言わせたことば。
である。
私はこの小説を読みながら、今は亡き三浦綾子が、人生の中で相次ぎ病気に襲われながら、それは神が与えた、他の人には経験できない人生なのだと最後の最後まで筆を執りつづけたメッセージを思い出していた。
もちろん私は神など信じないが、人を恨まず、世を恨まず、生きる事が如何にむずかしいか。
その葛藤を、極端な人生を選んで小説となっているが、その一般メッセージを描ききった見事な小説だと思う。
このような小説が絶賛される社会は、病んでいるのであろうか、健全なのであろうか?
後者と信じたい。