いいね~おいしいね~

食べたり買って良かったもの等を実体験に基づき厳選紹介!ぜひご利用頂きより良い人生や日本経済等活性化につながれば幸いです♪

「ギフトをあなたに(金晃生)」という本はオススメ!

2011年01月14日 01時00分00秒 | 
<金曜は本の紹介>

「ギフトをあなたに(金晃生)」の購入はコチラ

 この「ギフトをあなたに(金晃生)」という本は、若者の夢を応援する会社である「株式会社メッセージ」を設立した金晃生さんが書いた本で、その生い立ちや、ビジネスを成功させる秘訣、人生をよりよくするヒント等について書かれています。


 特に以下のことについて書かれていて、とてもオススメです!!

・子どもの頃は貧乏だったが家族に笑い声があった
・父は人に何かを与えるということを非常に大事にしていた
・本物になるには一流を通らなければならない
・ルールを守ってくれるお客様が神様
・病院の先生があしながおじさんだった
・人間が幸せにいきるために必要なことはお金・人・目的が必要
・組織にとっては目的が一緒であればできるだけ多種多様な性格の人がいた方がよい
・商売には、「人の輪」というブレーンがいて、「地の利」としていい場所があり、「天の時」というタイミングを逃さないこと
・人生にはチャンスなんて一度もない。ピンチだけだ。しかしピンチはチャンスになる。
・人に優しく返せばトラブルに発展しなくてすむ(ノックはトントン)
・悩むときには死ぬここと比較すると大したことではないと気付く
・10話そうとしたら我慢して8を聞くことが教えることになり、残りの2で相手の心を揺さぶる大事な言葉を言えること
・大事なことは認めてあげること
・人間の幸せは笑い声である
・自分に一番近い人を愛せなくて他人を愛することはできない


以下はこの本のポイントなどです。

・その頃、オモニ(母)は石ころだらけの畑で、サンチュを作って鶴見の市場で売っていました。今のお金で1日500円ぐらいの稼ぎだったでしょうか。そのお金を家族の生活費に充てていました。生活保護も受けていたので、役所に行って現金の入った封筒をもらってきていたことも覚えています。今思っても不思議なのですが、あのころはとんでもなく貧乏だったはずなのに、貧乏という実感がしなかった。なぜかと考えると、一つにはいつも家族に笑い声があったからだと思います。ボクは家族の笑い声、特に子どもの笑い声が、この世で一番尊いと思っているのです。近所の朝鮮人たちも皆貧しかったけど、朗らかに生きていた。

・ボクが小学生の頃は貧乏だったので、家族はいつもご飯にみそ汁だけの粗末な食事でした。けれでもお客さんが来ると、必ず特上のお寿司をとって振舞うのです。とにかく人に何かを与えるということを、非常に大事にしていた。オモニは大変だったでしょう。

・日本の社会では努力しない人は本物にはなれない。でも、本物になれる可能性は誰にでもあります。月15万円の給料だったとしても、少しずつでも貯めて一度一流店の食事をしたうえで、次に本物をめざすことはできるのです。本物になるには、一度は一流を通らなければなれません。しかし、日本では一流のままで終わる人間がほとんどです。つまり、他者との比較でしか自分の価値を見出すことができない。本物は、ベンツに乗ろうがカローラに乗ろうが、自分自身が何も変わらないのです。でも一流で終わる人は、ベンツに乗って次にカローラに乗った瞬間、二流だと思われることにとてもコンプレックスを感じてしまう。この違いが実はとても大きい。その意味で言えば、兄はボクが出会った数少ない本物の人間だった。ボクにBMWをポーンとくれて、自分は営業車で使っていたトヨタのタウンエースに乗り換えました。他人からどう見られるだとか、BMWとタウンエースを比較してどうだとか、そんなことに頓着しない。一流を知った上で、自分というものがしっかりしていた。ボクは兄から、本物の男とは何かを教わったのです。

・つまり「お客様は神様ではない」ということです。ボクたちが求めている店のルールをわかってもらえるお客様には、徹底してサービスをします。ルールをわかってもらえないお客様は断ります、ということなのです。具体的に言えば、ウェイターを呼ぶ時に「オーイ」と大きな声で呼んだり、客として最低限のマナーをもっていない人は、お断りさせていただく。お金を払えば何やってもいいんだという人もいるかもしれませんが、それは違う。ウェイターたちに対してマナー違反、理不尽なことを言う客には帰ってもらう。そこから、ボクたちのルールを守ってくれるお客様が神様なんだという確信が生まれたんです。

・横浜の綱島に住んでいた頃、先にも書いたように貧乏のどん底でした。近所の朝鮮人の人たちにもずいぶん助けてもらいましたが、同じく日本人にもたくさん助けてもらいました。よく思い出すのは当時、綱島診療所という病院があったのですが、そこの先生がとてもいい方で、お金がなくなるといつも貸してくれました。朝鮮人集落の中にあった病院なので、ボク以外にもたくさんの朝鮮人が通っていました。ですが、なぜかボクや家族がケガや病気をしたときには特に親身になって助けてくれたのです。治療代もよく負けてくれました。名前も忘れてしまったし、おそらくもう亡くなられていることでしょうが、その先生はボクにとっての「あしながおじさん」だった気がします。家族でもないのに、これほど気にかけてくれる存在がいる。それがどれほどありがたいことか、身をもって経験させてもらいました。それからボクは、そういう人たちをファミリーと思うようになりました。ですからどんなコミュニティでもあるいは会社でも、他人を自らのファミリーだと思って助け合う。このお互いの気持ちが一番大事だと思うのです。

・人間が幸せに生きるために必要なことは、何も難しいことはありません。お金はあるのか。価値観を共有できる同じ種を持った人はいるのか。そして目的はあるのか。それは遊びでも仕事でも何でもいいと思います。目的があることによってお金も人もリンクしてくる。これがボクが考える、人間が幸せに生きるための三原則なんです。だから何か困難にぶつかったときには、一度、整理するといいのです。自分が仕事をするときに、お金は今どうなっているのか。人はいるのかいないのか。そして、目的は何なのか。

・これは組織にとってとても大事なことで、目的が一緒であればできるだけ多種多様な性格の人がいたほうが好ましい。逆にどんなに相性が合っていても。目的が違っていたらその関係は絶対に継続しない。これが、この三原則で言いたいことなのです。仕事でも何でもすべてにあてはまります。

・商売とは、店を一軒出すことによって、人々に喜ばれ、利益があがり、さらに店をもう一軒出せるようになることです。「人の輪」というブレーンがいて、「地の利」としていい場所があって、そして「天の時」というタイミングを逃さなければ、まちがいなくビジネスになるのです。

・母子家庭だからとか、貧乏だからとか、身体障害者だからという理由でむやみに助けようという気持ちはありません。そうしたハンディキャップの有無に関係なく、その子に人間として教えてあげたいことがあって、普通の子たちよりも強く伝わる可能性がある人が、たまたま母子家庭であったり、身体障害者であったりということならば問題ないんです。だから、ボクは1円でもお情けでチャリティはやりません。

・宅配便屋さんは担当が時々替わりますが、初めて来た担当者が受付に来ると、「こんにちは!ご苦労様!」と全員に声をかけられるのでびっくりすると言うんです。それでしばらくすると、今度は宅配便屋さんのほうからあいさつして入ってくるようになりました。それはすごい教育ではないでしょうか。自分の会社だけでなく、取引先にまでいい影響が広がっていくのです。

・人生には必ず三度のチャンスがあるといわれていますが、ボクはチャンスなんかないと言っています。「人生にチャンスなんで一度もない。ピンチだけだ!」と。金がないとか、恋人にふられたとか、受験に落ちたとか。世の中にはチャンスなんかなくて、ピンチだけだよ、と。例えば女の子にふられてピンチのときに、友達は1ヶ月泣いてる。でもボクは一日は泣くけど二日は泣かない。そうすると友達は1ヶ月間それで止まっているけど、ボクは二日目から歩き出せるんです。だからピンチになったときに自分が一歩前に出るか出ないかが、チャンスに変わるかどうかの大きな分かれ道になる。能力の差じゃない。ピンチがきたときにどうにかして一歩でも前へ出ようという気持ちの積み重ねが、必ずゴール、つまり自分の目的や幸せに近づくよ、ということなんです。

・ノックを優しく、小さくすることによって人間関係はまったく変わる可能性があるんです。例えばお客に、「何だこのヤロー」と言われたら、「何でしょうか」と優しく返せばトラブルに発展しなくてすむ。ボクたちの店ではマネージャーがアルバイトの子に、「今日、お客さんに何であんな言い方したんだよ」と言うと相手の子がこう返す。「すみません。ノックはトントンでお願いします」「あ、ゴメン」と、それだけで理解できてしまう。それをバイトの子が、「すみません。もう少し優しく言ってもらえますか」なんて言ったら、マネージャーもさらにムカついてしまいますよね。だから「ノックはトントン」は社内でジョイパック社内で共通語となっています。そこには言葉のものすごい力を感じます。

・いろいろと問題があって悩んだときに、死ぬことと比較してみるのです。そうするとほとんどの悩みは大したことではなくなる。それがわかった瞬間に、悩みに対処しようという気持ちが出てくるんです。

・一番大切なことは、10を話そうとしたら、我慢して8を聞くことが、教えることになるのです。子どもに8を話させたうえで、残りの2で相手の心を揺さぶる大事な言葉を言えるかどうかが勝負なのです。人間が一番嬉しいときは自分を認めてもらえるときです。認めてもらえるということは、具体的には話を聞いてもらえるということです。大人など身近な人に認めてもらえない子どもたちが事件や自殺に走っている現実を見ると、この「聞くこと」がとてお大事なことだと気づくと思うんです。

・大事なことは、認めてあげることです。親子であれば、親が子を認めてあげることです。その子の存在を認めてあげる。価値観をわかってあげる。その具体的な行動として、子どものいいところをどこか一つでもほめてあげることができた瞬間に、その子は自殺をやめるのです。サラリーマンが自殺する、経営者が自殺するというのも、同じ理由ではないかと思うのです。自分が死んでも誰も悲しまないとか、誰も俺を認めてくれないとか、今まで社長だった人が会社をつぶした瞬間に認めてもらえなくなってしまうと思い込む。けれども、それでも認めてくれる人が一人でもいたら、たぶん自殺を思いとどまることはできるはずでしょう。そこなのです。

・「人間の幸せは笑い声である」これがボクの究極の幸せの原理なのです。笑い声は一人ではでません。人間は自分の笑い声だけでは幸せを感じることはできません。まして、親が子どもに一方的に説教するようなときは出ないでしょうし、もちろん怒っているときにも出ません。会話を通して気持ちを共有した人から出る笑い声だから、そこに楽しさが生まれるのです。これこそ家族の共有する財産だとわかれば、そこに幸せが宿っていることに気づくことができるのではないでしょうか。高いお金をかけて旅行に行くのが幸せではありません。そこで笑い声がなければ、親子のコミュニケーションによって生まれる笑い声がなければ、家族旅行の意味がないのです。

・「自分に一番近い人を愛せなくて他人を愛することはできない」というのがボクの哲学だからです。一番近いのは家族であり、友達であり、自分に関わりのある人たちです。おにぎりが100個あったとしたら、ボクはその100個をまず一番近い人たちに配ります。それでみんなが満腹になっておにぎりが残ったら、それを他人にあげます。逆に、近い人に1個ずつしかあげないで、残りを全部他人にあげる、というつもりはまったくないのです。だから、よく駅前などでやっている募金などにはお金を出したことがありません。でも考えてみれば、みんなが一番近い人に何かをしてあげられれば、ボランティアは必要ないのではないでしょうか。ただ、価値観が一緒の人でなければ想いが通じないので、そういう人たちには何かをしてあげたい。ボクはそういう考え方です。

<目次>
第1章 自殺者3万人の時代に贈る「GIFT」
第2章 オモニ(母)のびんたがボクにプライドをくれた
第3章 本物の男はBMWをプレゼントしてタウンエースに乗る
第4章 社員を「子どもたち」と呼び続けて日本一を目指す
第5章 人生と商売の原則-「金・人・目的」と「天・地・人」
第6章 「ノックはトントン」-新入社員とどう接する
第7章 1000億円を捨てて「GIFT」を選んだ
第8章 サンタクロースの寿命は大人次第
第9章 子どものために何ができるか
第10章 「がんばれ」と言ってはいけない?
第11章 「笑い声」があふれる社会を
第12章 本当の幸せを見つけるために
解説 愛を込めて伝える「がんばれ」 沢田知可子

面白かった本まとめ(2010年下半期)


<今日の独り言> 
Twitterをご覧ください!フォローをよろしくお願いします。 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする