森元首相参戦、爆弾発言でますます面白くなった「郵政民営化」麻生騒動

2009-02-12 09:04:24 | Weblog

 小泉純一郎は日本の金正日?

 09年2月11日の「日経ネット」記事。≪森氏「民営化賛成、小泉さんだけ」 首相の郵政発言を擁護≫

 <自民党の森喜朗元首相は11日、麻生太郎首相が郵政民営化について「賛成ではなかった」と発言したことについて「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員は、私は小泉純一郎元首相だけだったと思う」と述べ、同発言で批判を浴びた首相を擁護した。徳島市内で開いた同党参院議員の国政報告会で講演した。>

 4分社化についても、「よっぽどの専門家でないと分からなかった」

 <「少し分が悪くなると浮足立って、自民党の悪口を言って『野党と協力して新しい旗の下に政党をつくる』と、結構な(立場の)人まで言うのは残念」と述べ、中川秀直元幹事長を念頭に党内の政界再編志向組をけん制した。>――

 「胸を張って」の箇所に関しては「msn産経」記事では次のようになっている。

「民営化が本当に正しいと思った国会議員は小泉純一郎元首相だけだった。民営化で不都合がいろいろと起きており、麻生首相が一生懸命に見直しに取り組もうとしている熱意は買ってあげなければいけない。頭から見直しはけしからんというのでは北朝鮮と変わらない」――

 「よっぽどの専門家でないと分からなかった」――理解未消化なまま賛成して、今日の郵政事業の民営化があるらしい。麻生と同じ脳ミソ不足だから、政治って、その程度だと自分では気づかずに暴露している。理解未消化だから、麻生発言も右にいったり左にいったりするのだろう。

 「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員は、私は小泉純一郎元首相だけだったと思う」・・・・・・・・

 当時の小泉首相以外の閣僚も自民党議員も「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は誰一人としていなかったにも関わらず、総選挙前の「郵政民営化法案」を採決する際には衆議院では反対・欠席・棄権議員が出たものの、賛成多数で可決。参議院では否決されはしたが、自民党議員に関しては衆議院と同じく反対・欠席・棄権議員を出したものの、圧倒的多数が賛成している。小泉首相以外の閣僚も自民党議員も「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は誰一人としていなかったにも関わらずである。

 解散・総選挙後に反対した議員は自民党公認を得られずに無所属で立候補、当選した平沼ただ一人で、棄権が同じく無所属で当選した1人、参院では反対なし、棄権1人で、あとは同じ釜を形成していたすべてが賛成にまわっている。

 小泉首相以外の閣僚も自民党議員も「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は誰一人としていなかったにも関わらずである。

 いわば自身の主義主張、自分の意志に自ら逆らって、「胸を張って『民営化して正しい』と思」わずに賛成票を投じた。

 自由民主党は「開かれた政党」を掲げた、いわば民主主義のルールに則って各自が存在する政治集団のはずである。「色々な意見があって当然じゃないですか」といったことを麻生太郎も言っている。尤も自身に対する批判を批判ではないと誤魔化す口実に使っている面もあるが、それにしても「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は誰一人いなかったにも関わらず、彼らの主義主張・意志を曲げさせて「胸を張って『民営化して正しい』」とする方向に一斉に右へ倣えさせた状況とはどのような力の支配を受けて成り立たせることとなったのだろうか。

 答は一つ。「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は小泉首相ただ一人のみで、その小泉首相以外の閣僚も自民党議員も「胸を張って『民営化して正しい』と思った議員」は誰一人としていなかったにも関わらず、小泉首相一人のみが「胸を張って『民営化して正しい』」としている方向に一斉に右へ倣えしたということなのだから、小泉の主義主張・意志が賛成票を投じた議員の主義主張・意志を支配して「胸を張って『民営化して正しい』」ことなのだと強制させたということなのだろう。

 一人の人間の主義主張・意志が全体の主義主張・意志を支配する。支配して、思うままに動かす。

 このような一人と全体の相互の関係性は民主主義のルールに則った関係とは言えず、全体主義(独裁意志)の支配を受けた主義主張・意志の存在形式と言う他ない。

 少なくとも小泉政権下では小泉純一郎という首相を唯一絶対者とした全体主義(独裁意志)が自民党を覆って、所属議員の主義主張・意志を支配していた。

 森元首相はそう言っているのである。何度でも言うが、本人は麻生と同じで脳ミソ不足だから、自分の言葉が何を意味するのか気づいてもいないだろうが、同じ脳ミソ不足のムジナだから、麻生擁立に動き、同じムジナである手前、至らない子分を懸命に支えようとしているんだろうが、実際にも全体主義的支配から逃れるには離党勧告とか除名とかの絶対者側からの排除の方法によってのみ可能であった。反対の主義主張・意志のまま、中にいることを許されなかった。疑わしき者は忠誠を誓う「踏み絵」を踏まされた。

 これはある意味、粛清の嵐が吹き荒れたことを示す。

 森親分は麻生太郎が言い出した「郵政民営化見直し」に関して、「頭から見直しはけしからんというのでは北朝鮮と変わらない」と言っているが、「変わらない」ことになるどころか、小泉政権時代が既に「北朝鮮と変わらない」体制にあったのである。

 いわば当時の小泉純一郎は名誉なことに日本の金正日であり、自民党議員にとっては将軍サマ的存在であった。「将軍サマ、将軍サマ」と崇め奉り、自身の主義主張・意志を曲げて小泉将軍サマの主義主張・意志に従った。小泉の親分でありながら、その親分たる森喜朗も含めて。

 ナチスに擬えるなら、「ハイル・小泉サマー」と右手を掲げて絶対忠誠を誓ったということである。

 森元首相は至らない麻生を庇っているつもりが、脳ミソ不足のせいで実際はそう暴露したのである。これを爆弾発言だとしてマスコミが大騒ぎしないのは不思議な気がする。 

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