syoujiさんは「死」ということに普通の人以上に怯えていた・・・。
初めにワタシと会った時、
「死んだらどうする?動物はすぐ死ぬ。死ぬのを見るのはいやだからな」とkeioさんに言ったんだ。
syoujiさんの言い方がとても気になったことが思い出される・・・。
「俺は、自分が死ぬときも恐くて恐くて耐えられないかもしれない・・・」そんなことも言っていた。
syoujiさんは、逮捕され、厳しい取り調べを受け、無理やり「強盗殺人犯」とされていったことや、公判を迎える心中、家族や愛する人への思いを大学ノート17冊に毎日書き綴っていた。裁判で、必ず自分の無実が明かされる、そう確信して日々をすごす二十歳の青年の心情を赤裸々に綴っていた。それは、第一審判決で
「強盗殺人罪・無期懲役」と言い渡されたときに終っている・・・。
日記の書き初めには暗号さえ使われている。どれだけ、自分の真実を守るために神経を使い、取調官に抵抗をしてきたかがうかがい知れるものだ。
この日記の存在をすっかり忘れていたsyoujiさんは、あるとき偶然に自宅で発見したのだった。これは、当時お父さんが宅下げされて保管しておいてくれたものだったが、そのお父さんもsyoujiさんが29年の服役後、仮釈放で自宅へ帰れる日まで待ちきれず他界されてしまったためにその存在すら知る人がいなかったのだ。
syoujiさんは改めて自分の日記を読み返しながら、「死刑もあるんだぞ!」という取調官の脅しに「死にたくない!」と怯える二十歳の自分をしり、
「こんなに死におびえていたなんて・・・」と言った。
お母さんもお父さんもsyoujiさんが獄中にいる間に亡くなられた。大好きだったおばあちゃんも亡くなられた。心配かけ、苦労をさせたまま看取ることも出来ない自分を責め、悔しくて泣いた・・・。
だけど、人間の死を実際に経験したことは一度もなかったという。
keikoさんは考えたんだ。
Eくんの遺体と一緒にkeikoさんの実家へ行き、そこから始まる告別式までのすべてをsyoujiさんにも体験してもらいたい・・・と。
冷たくなったEくんの遺体の「旅立ち」の支度も家族みんなで執り行った。syoujiさんにも家族の一人として立ち会ってもらった。
おじいちゃんもおばあちゃんも、そこにsyoujiさんがいることを何でもなく普通に接してくれていた。それは、息子を失った悲しみをsyoujiさんを迎えることで気を紛らわせていたのかもしれない・・・。
手伝いに来てくれた組内の人におじいちゃんがこう言ったんだ。
「こんな時に何なんですけど、『keikoのつれあいのsakuraiです』」と。
組内の人たちは少しぎこちなかったけれど、syoujiさんの一生懸命手伝ってくれている姿は、誰の目にも温かく映った・・・。
Eくんの死は本当に悲しかった。手術と入退院を繰り返すEくんをみていたときも、どれだけ涙を流したか分からない。
でも、keikoさんは心の底から思ったんだ。syoujiさんが傍にいてくれて本当に心強かった。とてもひとりではあの不安と闘えなかった。悲しみから立ち上がれなかった・・・と。
syojiさんはどうだったかな・・・
Eくんは、しっかりと「死を持って」syoujiさんをkeikoさんの家族の中に迎え入れてくれるきっかけを作ってくれた。
「家族の中でEさんが一番先に俺のことを理解してくれた。もっと、生きていて欲しかった・・・」
そう、言っていたけれど・・・。
初めにワタシと会った時、
「死んだらどうする?動物はすぐ死ぬ。死ぬのを見るのはいやだからな」とkeioさんに言ったんだ。
syoujiさんの言い方がとても気になったことが思い出される・・・。
「俺は、自分が死ぬときも恐くて恐くて耐えられないかもしれない・・・」そんなことも言っていた。
syoujiさんは、逮捕され、厳しい取り調べを受け、無理やり「強盗殺人犯」とされていったことや、公判を迎える心中、家族や愛する人への思いを大学ノート17冊に毎日書き綴っていた。裁判で、必ず自分の無実が明かされる、そう確信して日々をすごす二十歳の青年の心情を赤裸々に綴っていた。それは、第一審判決で
「強盗殺人罪・無期懲役」と言い渡されたときに終っている・・・。
日記の書き初めには暗号さえ使われている。どれだけ、自分の真実を守るために神経を使い、取調官に抵抗をしてきたかがうかがい知れるものだ。
この日記の存在をすっかり忘れていたsyoujiさんは、あるとき偶然に自宅で発見したのだった。これは、当時お父さんが宅下げされて保管しておいてくれたものだったが、そのお父さんもsyoujiさんが29年の服役後、仮釈放で自宅へ帰れる日まで待ちきれず他界されてしまったためにその存在すら知る人がいなかったのだ。
syoujiさんは改めて自分の日記を読み返しながら、「死刑もあるんだぞ!」という取調官の脅しに「死にたくない!」と怯える二十歳の自分をしり、
「こんなに死におびえていたなんて・・・」と言った。
お母さんもお父さんもsyoujiさんが獄中にいる間に亡くなられた。大好きだったおばあちゃんも亡くなられた。心配かけ、苦労をさせたまま看取ることも出来ない自分を責め、悔しくて泣いた・・・。
だけど、人間の死を実際に経験したことは一度もなかったという。
keikoさんは考えたんだ。
Eくんの遺体と一緒にkeikoさんの実家へ行き、そこから始まる告別式までのすべてをsyoujiさんにも体験してもらいたい・・・と。
冷たくなったEくんの遺体の「旅立ち」の支度も家族みんなで執り行った。syoujiさんにも家族の一人として立ち会ってもらった。
おじいちゃんもおばあちゃんも、そこにsyoujiさんがいることを何でもなく普通に接してくれていた。それは、息子を失った悲しみをsyoujiさんを迎えることで気を紛らわせていたのかもしれない・・・。
手伝いに来てくれた組内の人におじいちゃんがこう言ったんだ。
「こんな時に何なんですけど、『keikoのつれあいのsakuraiです』」と。
組内の人たちは少しぎこちなかったけれど、syoujiさんの一生懸命手伝ってくれている姿は、誰の目にも温かく映った・・・。
Eくんの死は本当に悲しかった。手術と入退院を繰り返すEくんをみていたときも、どれだけ涙を流したか分からない。
でも、keikoさんは心の底から思ったんだ。syoujiさんが傍にいてくれて本当に心強かった。とてもひとりではあの不安と闘えなかった。悲しみから立ち上がれなかった・・・と。
syojiさんはどうだったかな・・・
Eくんは、しっかりと「死を持って」syoujiさんをkeikoさんの家族の中に迎え入れてくれるきっかけを作ってくれた。
「家族の中でEさんが一番先に俺のことを理解してくれた。もっと、生きていて欲しかった・・・」
そう、言っていたけれど・・・。
人(私)はどこから来て
何のために生きて
どこへ向かっているのだろう・・・?。
この世界の終末はどうなるのか?
私は、若い頃から人生についていろいろ考え、
人間はどこから来て、何のために生きて
どこに向かって生きているのかを問い続けて来ました。
神の存在、人生の意味は何か、いのちと死の問題」など
について、初心者にも分かりやすくブログでキリストの福
音を書き綴っています。
どうか、時間のあるとき、ご訪問ください。
http://blog.goo.ne.jp/goo1639/