えん罪・布川事件 国賠を求めてたたかう夫の傍で

えん罪を晴らし、普通の一市民に戻った夫。二度と冤罪が繰り返されないようにと、新たな闘いに挑む夫との日々を綴ります・・・。

「お習字」

2012-09-29 | 日記
 7月に入会した「お習字」(私には・・・)の通信教育。
勧められて意気込んで入会したが、なかなか筆を持つ時間がなく、というより、苦手意識が億劫がらせてずっと放置したままだった。
次の会費請求を受けて、「やらなきゃ!」と気を取り直し初回添削に出した。
それが昨日返ってきて・・・。
恐る恐る開封したら、

「えっ?こんなに朱で丸がついている!」と嬉しくなってしまった。
 
でも、疑り深い私は
「初回は、みんな褒めて貰えるんだよね・・・」と。

ここに「素直さ」がないと伸びないんだろうな・・・。

長くやっていらっしゃる近くに住む先輩(私より大分お歳が上のような・・・)は、
「毛筆をはじめたのは40歳から。それから、1日も練習を休まずに続けてきました。
 休むとやっぱりダメですね。下手になってしまいます」

と、仰った。すでに、大きな展覧会で何度も受賞されているご様子。


 素質も関係あるよね~・・・(ワタシノツブヤキ) 

 指導くださっている方の中に、夫のお世話になっている方がいる。その事も、私には「敷居が高い」し、緊張もする。

あ~、続けられるかな・・・。
 
 来月の課題は、先生の出題されたものなのだ。
う~ん・・・。
どうしよう・・・。

季節とともに

2012-09-27 | 日記
「死ぬ」っていうことは、

 「もういないってこと」なんだ・・・、と思った。

 父が逝ってまもなく1ヶ月。
 
 父が逝って、
  まだ、1ヶ月。

   
    父のいない時間が流れ、
    父のいない生活が落ち着きつつある。
    

    季節は、夏から秋へと移ろうとしている・・・。 

 

父の手帳

2012-09-24 | 日記
「出撃に吾のみ軍装整はぬ
  夢にをののく老いしいまなほ」

「植樹祭一人1本櫻を植えて
  花を見る迄生きぬかん」
 
 ・・・・・・・・
    ・・・・・・

  父の手帳を見たら、たくさんの歌が書き留めてあった。
読み進むうちになぜか涙が流れてきた。
短歌をこんなにまで好んで作っていた事を知らないでいた自分が悲しくなった・・・。

入院中に作って、病棟の「納涼祭」で吟じた

  ♪嘗て 死を~ 覚悟した~ 軍隊にー
    今 生き長らえてー 癌と闘うー♪

 の歌。
 今となっては父の最後の作品となってしまったが、もっとほめてあげればよかった、と悔いている私です・・・。

(ぎゃぁ~!!)

2012-09-23 | 日記
 夜の会議を終えて、10時近くに帰宅。
しばらくぶりの会議だったので、少し疲れも感じていた。
トイレを我慢していたので、玄関に入るなり
トイレに飛び込んだ。
そして、トイレのふたを開けたとたん、思わず

ドキっ!! なにっ?? 真っ黒いものが便器の中に!

声にこそ出さなかったが、マンガだったら、

ぎゃぁ~!!

と、太文字で強調されるような状況だった!

夫がいれば、すぐに呼んだだろうが、生憎この夜は私一人。
誰に頼るわけにもいかない。
自分に「落ち着け!」と言いながら、慌てて閉めてしまったトイレのふたをもう一度開けた。
よく見ると、「コウモリ」だった。
生きている!
何とか水面に這い出そうともがいているではないか。ところが、便器の中のカーブは容易に這い上がれる角度ではなかった。
気持ち悪いので、そのまま水を流してしまいたい衝動にかられたが、それはあまりに残酷。
だからといって、手ですくい上げるのも躊躇いがある。
でも、でも、でも・・・。
必死でもがいているコウモリを見ていたら、
助けてやらなくっちゃ!という気持ちに変わった!
でも、どうやって・・・?

 結局、タオルの切れ端をもがいているコウモリの上に掛け、上からむんずと掴んで、右手の中でむずむず動くのを感じながら、
確かめる勇気もなくトイレの窓から外に放り投げた。
外は雨。
でも、ごめん!というしかなかった。
何とか、生きながらえて、と思いながら・・・。


どきどきはしばらく治まらなかった。


 実は、このトイレでは、以前にも「コウモリ騒動」があったのだ。
「掃除をしても不思議なごみが毎日落ちてるのよ」と夫に言ったら、
夫が、
「換気扇の中に、コウモリガいた!」ということに・・・。

で、実は、先日も「なんだかまた何かがいそうなの」という私の言葉で、夫が、
「まさか・・・」と言いながら、換気扇を開けてみて、
「いないよ!気のせいだよ」と一件落着してのことだったのだ。
換気扇以外に、考えられるところは無い。
それなのに、どうして今回はふたを閉めてある便器の中にいたんだろう?

どうやって・・・?


お遍路に出ている夫に知らせるには、夜が遅く、ひとりミステリー気分を味わってしまった。

でも、あれ以来、トイレの外は確認できていない。
やっぱり恐い!・・・
飛び立っていなくなっている事を願うばかりだ・・・。




そっちじゃないよ~

2012-09-17 | 日記
 実家の田畑は、両親が病と高齢を理由にできなくなった昨年春から、ほとんど家屋敷の周囲を除いては何も作られていない。
それでも、父は「草を生やさないように」と、動けなくなる直前までトラクターに乗って「耕す」ことを続けてきた。
父には
「誰かが、何かを作ろうとしたときに、いつでもできるように」と、跡継ぎの決まらない心配を持ちながらも微かな期待を残しての行動だったのかもしれない。
父が入院してから、特に『夏』ということもあって、田んぼも畑も雑草が生い茂り、東京から帰っては兄が田畑を耕し、ひとり格闘して来た。
この間、父の病院通い、その後の葬儀や後始末に時間をとられ、
「間に合わない!」
ということになり、私の息子が残ったところをやる事になった。

 ところが・・・・
その場所というのが、kaori(私の娘)しか知らないとのこと。
それは、孫である私の娘が、前に父や母が元気なときに一緒に農作業をしたからとのこと。

 そんなわけで、この日、kaoriの誘導で、私の夫(軽トラ)と息子(トラクター)をその場所に案内するになった。
私は、kaoriの車の助手席に・・・。

 私たちは、一緒に家を出た。でも、途中の農道に稲刈り中のコンバインが駐車してあり、通過するときに3台の車が離れてしまった。
T字路にぶつかり、私たちは左に。
ところが、夫の軽トラは右に行ってしまった。スピードの遅い息子のトラクターも夫のあとを!
夫も息子も、以前に耕した畑の方に行ってしまったのだ。

 こういうときに限って、夫も息子も携帯を所持してなかった!

「そっちじゃないよ~!!」
と、見えるところに、夫も息子もいるんだけれど、連絡がつかず・・・。

「私が、あのT字路で迷ったのが悪かった。指差しを勘違いしたんだね。迎えに行ってくる!」と言って、娘は私を畑に下ろして夫たちの向かった方向を追って行った。

笑い話になるはずの事なんだけれど、何だか切なかった。
私も、父とこの畑には来た事があったのに、家を出る前に夫にも息子にもちゃんと言えなかった。
自分にはその程度の認識だったんだ・・・と。

 写真は、反対方向に行ってしまった夫の軽トラと息子のトラクター。どんどん向こうに行ってしまって良く見えない。
 草丈の高い隣の畑は、他所の家の畑だが、ほとんど何の手入れもされていない。その先の畑には、白いソバの花が満開に咲いている・・・。



季節の贈り物

2012-09-16 | 日記
 今年も名古屋に住む夫の友人Yさんから、お~っきな梨「新世界」が届いた。
早速いただいてみると、「あまーい!」
でも、大きすぎて・・・
夫と二人では、4分の1で十分。

幸い、その夜、家族ぐるみでお付き合いしているKさん一家の来訪を受けた。
総勢で7名。
こどもたちは梨のあまりの大きさにびっくり!


 KさんちのY君は4歳のとき、以前に夫と一緒に名古屋に行き、その際にYさんにお会いしている。
そして、この日は小学6年生になった最後の運動会があった日。
そんなこともあり、皆さんが「美味しい」と言ってくれたことから、
「おみやげ」として1つあげた。
Kさんの家族みんなで食するのに十分の大きさだろう・・・。

二つは自宅用にして、もうひとつは私の父の祭壇にあげさせていただいた。

 季節の贈り物には、こどもならずともわくわくする。
そんな事をYさんから教えていただいたようで、私も、ふるさと城里の旬のものをさっそくお礼にと、今日宅急便で送らせていただいた。






年金受給者

2012-09-14 | 日記
 年金受給年齢に達していたが、なかなか請求書作成に集中できず遅れていた私の「老齢?年金請求書」を出しに行ってきました。
でも・・・。
「夫の年金手帳番号」を書く欄をどうすればいいのか分らず、保険事務所の窓口に相談したら、担当者が判断できず、上司?に聞きに席をはずしたまま、大分待たされました。

そうですよね・・・。

『服役していたため、加入できませんでした』と言ったとき、とても神妙な表情でしたが、「えん罪なんです」と言ったら、
「(年金は無くても)国賠はないんですか?」ですって。

​普通の人はそう言ってくれるんですよね・・・。
結果、丁寧に対応してもらって、
夫の番号も判り(本当に短期間でしたが、加入していた事が判り)、無事、私の請求書は1回で受理してもらいました。

 かくして私も年金受給者になりましたが、夫には、受給資格はアリマセン・・・。
10年前まで遡って払う事ができるといわれましたが、それでも間に合いません。
拘束され続けた29年間は、夫にとって二度と戻ってこない時間なのです・・・。

霧の朝

2012-09-11 | 日記
 実家での生活は、時間の流れが全く違う。
母が、5時半に起きるので、朝寝坊が習慣になっている私もつい早起きになる。
この日、6時前に起きて庭に出てみたら、ものすごい霧!
田んぼも道路も全く見えない状態だった。

朝夕、やはり秋の気配を感じる気温を体感しているが、日中は、まだまだ残暑が厳しく、この日も暑い一日となった。


今年のゴーヤ

2012-09-11 | 日記
 昨年は、父がしっかりと、
「陶板浴舎にゴーヤのグリーンカーテンを作ってやる」
と言って、ネットを張って作ってくれたが、今年はそんな体力もなく、結局、昨年の零れ落ちた種が入り口付近に1本だけ横ばいにあるだけだった。

ひとつひとつ、父との思い出が、こんな形でこれからも蘇ってくるのかもしれない。
毎回、足元で目に入るゴーヤを見て、同じ事を考えている・・・。