北海道には「布川・守る会」がありました。
初めは、きっと日本国民救援会を通じて夫が支援のお願いに回ったことだったろうか。
その要請に道本部が応えて下さり、
その後、「佐藤光政『壁のうた』コンサート」を函館、小樽、札幌と連続で取り組んで下さった。
夫が獄中で書いた詩、作詞作曲した歌を、声楽家佐藤光政さんの声を通じて、会場いっぱいに響き渡り、感動のなかで「布川事件」を知って下さった方が一気に増え、守る会を立ち上げて下さった。
以後、今年5月の無罪判決を勝ち取るまで、地元茨城・布川での現地調査に、また、裁判所要請は水戸地裁土浦支部、東京高裁、最高裁へと道本部、各支部代表の方が何度も遠い北海道から足を運んで下さった。
今回、道本部大会で『無罪判決報告を』と声を掛けていただき、報告とお礼を述べる機会を作って下さったことに感謝の気持ちいっぱいで私は夫とともに参加させていただいた。
皆さんと再会しお礼を述べたが、すでに「映画・ショージとタカオ」を観て下さった方も多く、私自身は夫と杉山さんの『再審・無罪確定』を、わが事のように喜んで下さっていることが嬉しく、「皆さんが仲間」という感覚で話をさせていただいた。
夕刻には、大会と別に、
「布川事件再審無罪報告集会
-桜井さん・杉山さんin札幌ー 」を企画して下さった。
横断幕には
「おめでとう再審無罪!43年間ごくろうさま
ショージとタカオ歓迎の夕べ」と書かれてあった。
あいにく、杉山さんは千葉での講演が済んでから駆けつけるということで、時間内の到着はならなかったが、この集会は、夫、守る会事務局長の中澤さん、そして私にも質問が飛んでくるという、軽妙な?藤根さん(小樽支部)の司会で和やかに進行された。
参加された皆さんも大会参加者を上回り、「こんなにたくさんの方が夫たちのために」と思ったら胸が熱くなり、質問されたことには誠実に答えたい、また、表にあまり語られない話も少しでも知っていただきたいと、私の思いも込めて話させていただいた。
二次会で同席した函館支部の長浜さんからは、
「コンサートを支部で主催することなど初めてのことで・・・」と当時のご苦労をお聞きし、改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。
きっとあのコンサートツアーがなかったら、このように皆さんと私自身もお付き合いさせていただくこともなかったのでは・・・と思った。
傍で、道本部の桑名さんが
「あの時は、最初東京のコンサートを聴いて、『北海道でもやりたい、やらなくちゃ!』と思った。それで、支部には、ただ、やれやれって・・・。大変だったのよね~。」と、やはりそのご苦労に触れた話がされた。
皆さんに支えられての、それも茨城からこんな遠く離れた地での温かな支援があったからこその勝利。救援会員の一人として、本当にいろんなことを教えていただいた、北海道大会参加でした。
そう、そう!
「私、keikoさんに会いたくて来たの!」と言って来てくださった方とも、親しく話をさせていただきました。嬉しかったです!
皆さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
私も、北海道が好きになりました