れいな日記《Reina- diary》

複数画像で北茨城市の歴史、観光、ニュースなどをお伝えし「北茨城市」を勝手に応援しています。

小鳥の巣撤去作業

2005-07-09 | 爺の想い
小鳥が爺宅2階西側の戸袋内に約二ヶ月前に巣を作った。
作った当時、隣のおじさんから小鳥が巣を作っている旨注意されたが、爺は、“優しい爺”を誇張して、そのおじさんに小鳥の子が生まれるのを見守ることを云ってしまった。
子が生まれると、餌を催促する子の鳴き声が激しく、隣が寝室になっているので、早朝からの鳴き声には閉口したが、優しい爺を看板に掲げた以上、巣を撤去することは出来なかった。
その小鳥家族も巣立ち、今日、枯れ草などで作られた巣を撤去した。
作業は、思ったより枯れ草が多く、小鳥の糞で大変臭く又、狭い戸袋の口からかきだすのに一苦労だった。
小鳥は、その後、ムクドリと判った。

※辞書によると「ムクドリ」とは、ムクドリ科の鳥。全長二四センチくらい。くちばしと脚が橙黄色、背面は黒褐色で、顔に不規則な白斑があり、飛ぶと白い腰が目立つ。大群をつくり、リャーリャーと鳴く。昆虫や果実を食べる。日本では大部分が留鳥。白頭翁。むく。《季 秋》「ムクドリのこぼれ残りし梢かな/立子」
1 スズメ目ムクドリ科の鳥の総称。旧大陸に百数種が分布。コムクドリ・ホシムクドリなどや九官鳥が含まれる。
2 田舎から都会に出て来た人をあざけっていう語。おのぼりさん。
「町からは毎日毎日ポン引(ぴき)がムクドリを引張って来る」〈漱石・坑夫〉‥とある。


ムクドリの画像(クリックして下さい。)

新鮮、安価な野菜

2005-07-09 | 爺の想い
爺婆は、毎週土曜日の朝6時に磯原町豊田、JA茨城ひたち北茨城地区支店内の「磯原農産物販売所」に野菜などを買いに行っている。
野菜は、市内の農家の皆様が丹精込めて作ったものを各自、持ち込んでくる。白菜、大根、ネギ、タケノコ、ゼンマイ、ワラビなど季節毎の新鮮なものでしかも安価(安い)。

※五浦農産物直売所のHPがありましたのでご紹介します。
五浦物産物直売所


今年も芋ほり

2005-07-08 | 爺の想い
怜奈は明日は爺宅にお泊りに来るのですか。
爺は、試しにじゃが芋掘り起こしましたら、ご覧のとおり大きくなっていました。
お天気だったら皆で掘り起こしましょう。

北茨城市営温泉施設「通りゃんせ」

2005-07-07 | 北茨城市の観光
爺は、温泉大好きであるが、この頃出不精になり「通りゃんせ」には、最近は行っていない。これは一年位前の画像であり“温泉一番の絵”になる露天風呂を無断で撮影しました。当施設は、施設も雰囲気も気に入っていますが、欲を言えば、休息所がもっと大きいのであれば、尚結構。

詳しくは、下記の公式サイトHP「通りゃんせ」をご覧下さい。
湯ったり温泉三昧「通りゃんせ」(クリックして下さい。)

六十余年前の懐かしい写真です。当時の家族に感謝 !!

2005-07-04 | 爺の想い
この写真は、爺が生まれる前の写真でありまして、母に抱かれて泣いているのは、ニ歳うえの兄と“一斗缶”に座り寝ているのが、三歳うえの姉とそして亡き両親です。(左側の“おばあさん”は、当時、同じく間借りしていた南雲さん。(親戚同様なお付き合いでした。)
父は、家族だけで撮りたかったのだが、南雲さんが入ったためにおかんむりの顔と聞いています。)
爺は、三年後にこの世に生まれ、この家族のメンバーとなりました。
当時爺の母は、来客から「“余らず足らず子三人”でいいね。!!」と褒められていましたが、最近、兄が逝き、この三人兄弟だと一人逝っただけでも時々、寂しい風が吹いているような気持ちに陥ります。
爺が幼い頃、母が羊羹を包丁で子供数の三等分にするとき、ばっちっ子(末っ子)の爺が最初に一番大きい分を選ぶ特権?があったが、偶々、母が都合が悪く、母の代わりに姉が羊羹を三等分した場合は、それはそれは、スケールで測ったように、大きさが同じであり、爺はそれでも、黙って選ぶ羽目になってしまう。(だから姉の分配役は、嫌だったのを覚えています。)
母は、ばっちっ子の爺に、態と羊羹を少し大きく切り、姉兄もそれを知りながら黙って母に従っていた。
こんな当時の生活が懐かしくなり今、わがままな弟(子供)を見守ってくれた今は亡き両親そして姉兄に感謝しているところであります。