カナリア国では、弁護士ソロとシクラメンと巌窟王はソロの知人の家に身を寄せていたが、吟遊詩人と吾輩とハルリラと、それに若者モリミズとナナリアは伯爵の知人の所の厄介になることになった。
そういうわけで、我々はウエスナ伯爵の遠い親類筋にあたるらしい家を訪ねた。そこは広大な屋敷ではあったし、珍しく地上にその威容が現れていた。勿論、この惑星のことだから、常に家の主体は地下にあるのだろうが、この屋敷は地上だけでも、地球の大邸宅と比べて遜色はなかったろうと思われるが、今の屋敷の外見は荒れ放題だった。
年老いた女主人がこれも召使いの老女と一緒に住んでいた。
吟遊詩人は伯爵の手紙を松の枝が大きくおおいかぶさっている門の所で渡した。
「ちょっとお待ちください」と言って、老女は中に引っ込んだ。
その間、我々は周囲を見渡すことになった。小さな町に古い家がいくつもある集落で、熱帯植物ハイビスカスに似た赤い可憐な花が咲き乱れ、その周囲を向日葵のように大きな黄色い花がそこら中をうめ尽くしていた。
我々の訪ねたレトロな感じのする古びた屋敷の庭は広く、昔はどれほど贅沢で優雅な建物であったかと想像されるような片鱗はあちこちにあったが、なにしろ、家の壁の色がすっかり色あせ、草のように茫々とはえたような唐草が屋敷を包み込むような勢いで、時々あちこちから、何の花とも知れぬ赤い小さな花が顔をのぞかせていた。
「なんだか、随分と荒れたお屋敷だね。幽霊でも出そうだよ」とハルリラが言った。
「そうだよな」と吾輩も相槌をうった。
老女が飛ぶように小走りにやってきて、「奥様は大喜びですよ。いらして下さい。お久しぶりの来客なので、掃除もしていないですみません」
この庭と屋敷を綺麗にするには、少なくともかなりの日数がかかるに違いないと吾輩は思った。
やはり、中に入ると殺風景な広間があるだけで、まるでホテルのロビーのようでもあるが、あちこちに壁の色がはがれてゐたり、腐食していた。
あとは階段を長く降りて行き、ドアを開けた。中に入ると、むっとするような熱気があって、空気も何か淀んでいた。
女主人は大きなシャンデリアの輝く客室の広間のソファーに座っていた。ソフアーの色もあせ、あちこちやぶれており、真ん中のテーブルには欠けた大きな花瓶があるだけだった。
「ウエスナ伯爵のお友達がいらしゃるのは大歓迎よ。この国は共和制になって、貴族はなくなったの。私も昔は伯爵夫人だったけれど、貴族の特権は全て廃止され、ご覧のようなありさまよ」
吟遊詩人と吾輩とハルリラは我々の希望に沿って、同じ部屋に寝泊まりしたが、モリミズと猫族の娘ナナリアは個室が与えられたようだった。
この古びた屋敷で、十日ほど過ごしている時、吟遊詩人は毎日のように、女主人の前でヴァイオリンの練習をすると、午後はどうやら、ヒト族の娘シクラメンの家を訪ねているらしかった。ただ、帰って来ると、あまりさえない顔をしていたし、無口になっていた。
吾輩とハルリラは荒れ放題の庭を毎日のように掃除したり、手入れをして楽しんだ。
モリミズとナナリアは毎日のように、どこかに散歩にでかけてしまう。
そんな風に過ごしていると、革命の嵐の様子が噂で流れ、夕食の食卓で話題になった。モリミズと吟遊詩人が仕入れて来た隣国の様子だった。
結局フランス革命のようにならず、ロイ王朝の勝利となった。熊族のプロントサウルス教が意外と鹿族の民衆ににらみをきかし、ウエスナ伯爵の悪い噂を流したのだ。伯爵は地元では人気があったが、全国的にはプロントサウルス教の全国支部が根をはり、それが鹿族を抑え込んだ。
古びた屋敷の女主人から、我々はこんなことを聞いた。
「プロントサウルス教はもともと鹿族の宗教だったの。熊族にはさしたる有力な宗教も哲学もなかったので、ロイ王朝の国教として採用されたいきさつがあります。
ロイ王朝の国政の荒っぽいやり方に、多数民族の貧しい鹿族の人達、あらいぐま族、狐族、貧しい熊族の少数者、猫族、犬族の多くは反発を感じていたのです。
伯爵は人気があったから、革命は成功すると思われていたが、この惑星では虎族はやはりかなりのエリート民族と見られ、警戒の目でみられていたのでしょう。そこへプロントサウルス教が根も葉もない巧みな伯爵の悪口を流したので、わあっと、民衆は伯爵から離れてしまったのよ。
プロントサウルス教はロイ王朝という権力と富と結びついたために、堕落したのね。
勿論、革命勢力は、他にもいくつもあったけれど、民衆が伯爵から離れたことは痛手だった。それに、ロイ王朝の増強されていた戦力はカナリア国に向けられていたのに、こういう動乱の時には国民に向けられたのね。」
そして、いのちからがら、ウエスナ伯爵はこの古びた屋敷に逃げてきた。
ある時、こういうことを聞いた。
ウエスナ伯爵が虎族の若者と一緒に、病院の介護士になるという話だった。
ウエスナ氏は隣の国から亡命して、伯爵の地位を投げ捨てたので、職業を持たねばということを前から言っていた。
ウエスナ氏は言った。
「介護士は立派な職業だ。この国では、医者と同じように尊重されている。」
そして、そういうウエスナ氏をヒト族の娘シクラメンは愛した。そして婚約したのだ。
虎族の若者モリミズは猫族の娘ナナリアに求婚したという。
吾輩とハルリラが古びた屋敷の手入れを毎日のようにしたので、庭もかっての豪邸の素晴らしい庭の面影をとどめるくらいに回復してきた。
庭に出て、この庭で我々三人は何故革命が失敗したのか、これからどうなるのかについて色々話をした。それにしても、我々はただのアンドロメダ銀河の旅人である。
どうすることも出来ない。今はただ、ウエスナ氏と若者モリミズの新しい幸せな未来が切り開かれるのを願うばかりだった。
夜はプラネタリウムのような星空となる。
ある時、吟遊詩人がヴァイオリンを弾き、歌を歌った。
庭園には様々な花が開き
かぐわしい香りがあなたから発せられるのだろうか
あなたの目は微笑している、薔薇のように
あなたの目は涙にうるんでいる、紫陽花のように
おお、せせらぎの優しい音が芸術のように奏でられている
優しく、そして激しく、あなたの音は神秘な色に満ちている
百合の花に似たあなた、どこから姿を現したのですか
海に沈む夕日の輝きがあなたにはある、ああ、熱帯の鳥の声
先程から降る雨の音を聞きながら、あなたの顔を見ているこの私
私は、今消え入りそうです、今ここの永遠の懐のなかに
雷が聞こえます、私は朝、目を覚ましたかのようにあなたを見る
あなたは笑っている、黄金のように
あなたは泣いている、真珠のように
夜、どこからともなく響く、ヴイオロンのすすり泣きと微笑
庭に咲く向日葵のような大きな赤い花の横に、魔界の緑の目をした知路が立っていた。月の光に照らされて、細く白い首にダイヤのネックレスをつけた彼女はすらりとしていて、幻想的な美に満ちていた。彼女は「感動する」と一言、言って消えた。
「吟遊詩人川霧さんが好きなのか、音楽が好きなのか分からん」とハルリラが言った。
やがて、我々は伯爵とシクラメン、虎族の若者モリミズとナナリアの結婚式を待たずに、
内祝いの席で、お祝いの言葉を述べたあと、アンドロメダ銀河鉄道に戻り、次の惑星への旅に向かって出発したのだ。
惑星アサガオの素晴らしい友人をつくり、その人達と別れ、次のアンドロメダの旅に出発するという気持ちはおそらく芭蕉の「奥の細道」や李白の旅の詩にあるような万感の思いと似たような深い感慨があった。あの芭蕉の「日々旅にして旅をすみかとする」という深い気持ちとは違うかもしれないが、我らの思いはまさに青春の別離だ。それはまた、甘い果実の味があるかもしれないが、また苦しいものだった。
【 つづく 】
(ご紹介)
久里山不識のペンネームでアマゾンより短編小説 「森の青いカラス」を電子出版。 Google の検索でも出ると思います。
長編小説 「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版(Kindle本)、Microsoft edge の検索で「霊魂のような星の街角」は表示され、久里山不識で「迷宮の光」が表示されると思います。
【 久里山不識より 】
謹賀新年 今年もどうぞよろしくお願いします。 世界がより平和な方向に進むことを切に祈ります。そのためにも、日本は憲法九条を守り、平和を呼びかける先頭にたてることが望ましいと思います。
経済格差が少なくなること、価値観の見通しが明るくなり、あおり運転など、一部の人のマナーの悪さもなくなること、これも今年の課題だと思います。すべての人に仏性があるというのが、お釈迦様の教えです。永平寺だけでなく、すべての人がこの仏性とは
何かということを考えるようになれれば良いなと思います。
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