空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの感想 12 (祭りの中の何でも屋 )

2018-09-29 09:53:46 | 文化

  この章の最後に、オペラ{セビリアの理髪師}の言う「何と素晴らしい人生」と感じて生きている人は幸せな人だろう。しかしイギリスの哲学者バートランド・ラッセルの「幸福論」によれば、ロンドンの地下鉄の中で人を観察してみれば、皆、何かの悩みに取りつかれた顔をしていて、幸せな人は少ないのではないかと、書いている。

フランスの科学者で「パンセ」を書いた天才パスカルは人は一人になって自分を観察してみると、たいていみじめな心境になるから、貴族はそれを忘れるために、狩猟をやるのだというようなことを言っている。ゲーテはファウストの中で、幸せな人は少ないというようなことを言っていたと記憶している。

お釈迦様は普通の人の人生を見て、{苦}と喝破したと伝えられている。

 

現代は科学技術が発達して、物が豊富になり、文明国では豊かな人が増え、幸福な人が増加しているように見えるが、前の文章に書いた偉人達の言葉を見ると、そう楽観できそうもない。

 

宮沢賢治のように、世界中の人が幸せにならなければ自分の幸せはないという心境で世界を見渡せば、気の毒な人が多すぎて、「幸福」なんてとても無理ということになる。

 

私はいつだったか、こんなことをノートにメモをしたことがある。

「この宇宙には神秘がある。男と女の間にも神秘がある。

星空にも神秘がある。

花にも昆虫にも神秘がある。

その中で、最大のものは「いのち」だろう。

「いのち」の神秘を見詰めているのは

科学だけではない、芸術も文学も同じだと思う

そこで、「あなたの趣味は?」と聞かれたら

私はこう言おうと思う

「私の趣味は生きること

それから、古典を読むこと、

その中で、私は神秘を発見したのだから。」

 

セビリア理髪師も仕事をする中で、生きる喜びを発見したのかもしれない。

生きること。仕事をすること、ボランティア活動をすること、大自然に触れること、掃除すること、

料理すること、そのようにして、人は頭の中の妄想を綺麗にして、生きる生きる生きる、

そこにこそ、人間存在の神秘がある、苦からの脱出、喜びがあるのではないか

そうした喜びを与えてくれる神秘に感謝する時、祭りを盛大にやろうじゃないかという気持ちになる。

西行法師の「何事のおはしますをばしらねども、かたじけなさに涙、こぼれる」

 

 

 

 

12 祭りの中の何でも屋

 

 

  祭りが始まった。そこで、市民の驚きがあったようだ。毎年やっていることなので、ある決まったパターンが祭りの流れにあるが、それでも時々、突拍子もない出し物があって、市民の喝采や驚きがあったようだ。しかし、今度の場合は、その驚きは今までにないものだった。

それはまず、朝の十時から、花火が上がり、数台の山車が町の中央の大きな広場の周囲を回りだした時に始まった。真ん中の山車の一番上に、水耕栽培の果物がその長さ三メートル横二メートルの所に一面にその美しい深紅のものがあふれるようになり、真ん中にトミーが法被姿で太鼓をたたいているのだった。

 

 

 

 吾輩が確かに、その素晴らしいあふれるような果物の美しさには驚いたが、トミーそのものにはそんな驚きはなかった。市民は果物以上に、トミーの姿に驚いたのだ。まだ革命をへて、三十五年。伯爵の威光は市民全体に行きわたっていた。その伯爵の息子がこんな姿で、祭りに参加したことに驚きと感動があったようだ。

そして、さらに驚いたことは異星人のサイ族数人が民族衣装を着て、山車の二階にすわり、太鼓にあわせて、楽器を弾いていることだった。

しばらく見なかった白熊族の大男スタンタが先頭の綱を引っ張りあとから、祭りの衣装を着た市民が大人も子供もつながるように引っ張っている。

  

 その山車がゆっくり動き出すと、内側に山車と並んでもう五十名ほどの男女が向日葵踊りを始めていた。

我々は大広間のはじのベンチに座っていた。

「驚きね。でも、これではトミーさんの会社の宣伝をしているようなものだという批判がおきないか心配だわ」

「でも、会社の文字や宣伝めいたものは何もないわね」

「いつの間に、あんな水耕栽培をやっていたなんて、さすがトミーさんね。異星人がこういう形で祭りに参加するなんて全く意表をついているじゃありませんか」

 

 

 そこに、ひょつこり顔を出したのは異星人の司令官だった。

「どうです。兵士も民族衣装をきせれば、立派な平和の使者。ビジネスマン。いや、われらの神、サラスキー神の使者となりますでしょ。トミーさんは我らの考えを理解して下さる。しかし、我らもあの水耕栽培には驚きました。我らの文明ははるかに進んでいるのに、こういう水による栽培があるとは気づかなかった」

「トミーさんはいつも生命は無限であると言っていましたわ。水と空気と栄養さえあれば、無限に果物がつくられていくなんて、目を輝かせて喋りますわ。そういう視点から言えば、銅の鉱山から流れ出る鉱毒は生命を破壊しますよね。」

とカルナが言った。

 

「ビジネスは良いことにも使われるし、悪いことにも使われるのですよ」

「あら、そこまで分かっているのなら、即刻、鉱毒をなんとかしてくださりますよね」

「金がかかりますよね。こちらの国の新政府が一銭も金を出さないというのでは、金がないというけれど、彼らは隠し金貨を地下に持っているなんて公然の秘密でしょ。そこから、出せば、いいのです。林文太郎はあの金貨で、我らに対抗するような武力をつくろうという魂胆があるのですよ。無理なんです。文明のレベルが違う。ま、ユーカリ国の武力に対抗するための大砲づくりには、我らも賛成しますけどね」

「死の商人のビジネスでしょ」

「困りましたね。そうかたくなに、我らの方を見てもらっては、むしろ、新政府と交渉すべきことですよ」

 

 

 食事時になると、トミーは我らの方に来た。

「生命とは何と素晴らしいでしょう。細胞を生命という学者がいますけど、わたしはちょつと新しい考えを思いついたのですよ。細胞が生命なら、この果物をこんな風に無限にさせている力は「自然のいのち」とでもいうべきものです。「自然のいのち」は目に見えません。目に見えませんが、森羅万象にいきわたつているのです。」

  

  「自然のいのちですか。面白い考えだ。魔法学校でもそれに近いことを言う先生がいた」とハルリラが言った。

「それは素晴らしい先生ですね」

「真理は一つなんだと思いますよ。ただ、表現は色々にあるのだと思います。そして、その表現には、真理への到達度の差で、深い浅いがあるのだと思います」と吟遊詩人が言った。「トミーさんの太鼓の音を聞いていて、そう感じましたよ」

背後が洒落たカフェーになっていて、そこから、ボーイが出てきて、昼食の注文を聞いた。

 

 

 そこに勘太郎がグラスに酒を一杯入れて、「酒はいいね。ところで、詩人の川霧さんの仮装は変わっていますな。囚人服とは。」と言った。いつの間に川霧の服は囚人服になっていた。「いつに間に、魔ドリがやってきたのだな」とハルリラが言った。

そこへ知路が現れて、「笛を吹きましょうか」と言って、微笑した。

「ほほう、仮装ではない。悪の技に引っかかってしまったというわけですか」と勘太郎が言うと、飲み残しの酒を一気に飲み、「だから、わしは言うのです。人間には免疫が必要。人に酒が必要なように、ルールなき株式会社。株主本位の株式会社。これはいいではありませんか。我が国の発展には、競争が必要なんです。投資が必要なんです。ギャンブルが必要なんです」と言った。

「あなた、お酒に酔ってないかしら」

「いいでしょう。祭りなんですから。最近、僕はサイ族に友人をつくった。こいつがこの祭りに異星人を来るように運動してくれたのだと思う。おおい。来いよ」

「いつ、魔ドリがきたのかな。気がつかなった」と詩人がつぶやいた。

「皆、山車や踊りを見るのに夢中でしたからでしょ」と知路は言って笑った。

「知路さん。川霧さんは、あなたがいなくても元の服にできる方法を知っているのさ」とハルリラは笑った。

「ヴァイオリンね」と知路は寂しく言うと、さっと消えてしまった。

「やはり、魔界のやつだ。魔法でもあんな器用なことは出来ん」とハルリラは驚いたような顔をした。

 

 勘太郎も驚いて、何か浮かれたような歌を歌ったが、その時、一人のサイ族の青年、異星人がこちらにやってきた。

「あいつはギャンブルが好きでね」と勘太郎が言った。「僕の酒みたいなものさ。やめられないという悪の権化。もつとも、酒は上手にのめば、薬。ギャンブルだって、上手にやれば、ヒトは楽しみを得る。なあ、サイ族君」

 

「そうですよ。なんでも、度をこしたら、いけません」

「それなら、株式会社にきちんとしたルールをつくるべきでしょ」

「それは新政府のお仕事ですよ。わたし達はこの制度が経済を発展させることを知っていますからね」

「わしはきらいだな。わしは神々の住む社会がいい」とハルリラが言った。

吾輩には、ハルリラが言う「神々の住む世界」という意味がいまだはっきりしていなかった。

「神々の住む社会と言うのはシュムペーターの言う、あの資本主義が栄え、栄えることによって、いきづまり、新しい社会主義が誕生するとでもいうことを考えているのかな」と吟遊詩人が言った。

「シュムペーター。そんな人は知りません。私の故郷は魔法次元ではあったけれど、故郷は美しかった。すべての魔法人は人に親切だった。厳しいのは魔法と剣の修行のみ。故郷には美しい清流が流れ、花は目もさめるようなのが様々な色で、あちこちに無数の宝石の塊のようにあるのだった。子供たちの楽園だった。食料は豊かで、人々は質素だが、小ざっぱりした服装で、それぞれの個性を発揮し、どこの家にも愛の灯があった。悪口を言ったり、嫌がらせをする者もいなかった。働く人の喜びがあり、ギャンブルも好きな人がいなかったので、当然カジノもない。それが私の言う神々の住む世界ですよ」

 

 

 「そんな社会は退屈ですよ」とサイ族の青年が言った。

「パチンコがなくちゃあね。競争して会社を大きくして、金儲けして、こうやって文明が進めば、よその惑星にわれらの神、サラスキーの神を信仰すれば大金持ちになるという価値観を広める、この方が愉快じゃないですか」

 

また祭りが食事の休憩のあと、始まった。

サイ族の青年とハルリラの喧嘩が始まる。

「わしの神々の世界にけちをつける気か」とハルリラが言った。

「退屈だと言っているだけですよ」とサイ族の青年が言った。

 

「退屈だと。退屈な中に真珠は光るものだ」とハルリラが言った。

「退屈は退屈さ。俺なんか、あまり退屈になると、喧嘩でもして、退屈しのぎをしたくなるくらい、退屈は苦手よ」

「それじゃ、俺の剣と」とハルリラが言った。

「サイ族はそんな旧式の武器は使わん」

  

途中で、カルナが「止めなさいよ。あなたたち、向日葵踊りでもやってきなさいよ。そうすれば、退屈なんて吹き飛ぶわよ」

なるほど、向日葵踊りは三台の山車と一緒に、朝の三倍ほどに膨れ上がっている。

太鼓の音も笛もサイ族の楽器もまさに佳境のように、憂愁の音色を秘めた情熱の激しさで青空に響いていく。

 

「そうだな」とサイ族の青年は走っていき、司令官が踊っている仲間のサイ族の後ろにつき、踊り始めた。

  

 トミーはいつの間に、山車の上に戻り、太鼓をたたいているのだった。

深紅の水耕栽培の果物が上からあふれるようになって、そよ風に揺れると、トミーの頭が隠れる。

そよ風は山車に飾り立てられている金や銀やあらゆる宝石の数珠の飾りを揺らし、かすかな独特の音を出す。

空は青空。

異星人のサイ族数人が民族衣装を着て、二階にすわり、太鼓にあわせて、楽器を弾いている。これも中々の見ものだ。

 

我々、つまり吟遊詩人とハルリラと吾輩とカルナはまだカフェーでお茶を啜っていた。

「アリサとリミコが仲良く向日葵踊りをしているわ」とカルナが言った。

「我々も踊りますか」とハルリラが言った。

「あたしは見ているのが好きなの」とカルナが言った。

「ああ、あなたはエッセイストだから、観察してあとで文章にするのでしょ。一度、見せて下さいよ。」とハルリラが言った。

「いいわよ。でも、がっかりするかも」

「あなたの書くものなら、きっと気に入りますよ」とハルリラが言った。

 

 

 「異星人はやはり、この祭りに来ましたね」と吟遊詩人が言った。

「これで友好が深まり、こちら側の言うことに耳を傾けるように異星人がなってくれれば、銅山の鉱毒問題も案外、すんなり解決するという期待が持てますね。どうです。カルナさん」

「ええ、あたしもそういう期待を持ちます」とカルナが微笑した。

 

そこへ突然、勘太郎が踊りから戻ってきた。

多少、酒が回っているらしかった。

「俺には、踊りは合わない。カルナさん。酒を頼んでくれんか」

「自分でボーイに頼めば」

「ほお、トミーの親友にそんなことをいっていいのかい」

「どういう意味」

「俺とトミーは親友。トミーとカルナさんの中は知っている」

「変なことを言う人ね。ちょつとお酒が入ったくらいで、そんな風にからむ人はあたし、嫌いですよ」とカルナが言った。

勘太郎はカフェーの入口に入るのが面倒なのだろうか、それともカルナにこういう風に話しかけることに快感を感じているのだろうか。カルナは動かないで、静かに紅茶を啜っている。

「もうあなたは飲まない方がいいわよ」

「何で。祭りだぜ。祭りには色々な楽しみがある。ある者は踊りを踊ることに楽しみを見出し、ある者は太鼓をたたくことに。そして俺みたいに酒に喜びを見出すのもいる。人それぞれ自由が一番いいじゃないか」

 

 

 その時、花火が上がった。広場の奥の指揮台に一人の男が立った。

伯爵だ。人々は熱狂的な拍手をした。急に太鼓の音が勇ましく、伯爵を歓迎する響きの深いものに変わった。

伯爵はそれに答えて、手を振った。

 

「伯爵は人気がありますね」とハルリラが言った。

「それはそうですよ。普通の貴族はみんな新政府に呼び戻され、中央の役人か、今までと違い地方長官になっているのに、伯爵だけは自分のかっての領地の知事におさまるというのも彼の人気のせい」とカルナが言った。

 

 

 「伯爵は」と白熊族の大男スタンタは山車の綱を別の人に渡して、こちらに飛んできた。

「伯爵は素晴らしい。私の意見を取り入れて、町の川や小川のあちこちに沢山の水車をつくり、電気をおこし、各家庭に送るようにするという。祭りが終われば、その仕事で忙しくなる。わしはここで働くことに生きがいを感ずる。

それに、又。伯爵はカルナさんの期待に応えて、貴族制度を廃止するように新政府に働きかけているのですよ。内の伯爵みたいに人格高潔な人ばかりなら、貴族も悪くないけれど、わしは諸国を見てきて、民衆の声には、貴族の特権にあぐらをかいた忌まわしい貴族の方が多いという話ですからね。第一、ああいうものが格差社会の土台になっているというカルナさんの持論に、伯爵は賛成なさっている。何と心の広いひとだ」とスタンタは目を大きくして、多少興奮したように喋った。

スタンタの横に最近、彼とよく一緒にいるようになったキツネ族の小柄な中年の男がいた。

 

「ところで、君は何の仕事をしているんだい」

「わしですか。わしは伯爵のやれということを何でもやる、つまり何でも屋ですよ」とキツネ族の男は答えた。

その時、吾輩寅坊はオペラ「セビリアの理髪師」の中で、理髪師が歌う歌詞を思い出した。

「私は町の中の何でも屋だ。 

どいた。

夜が明けた。店へ急げ

ああ、何と素晴らしい人生~」

           

             【 つづく 】

 

 

 

 

 

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