熊ノ平駐車場のバス停の横から、上図の散策路の階段が上の熊ノ平駅まで通じています。作中で各務原なでしこと瑞浪絵真が登った道です。
作中の同じアングルです。原作コミック第16巻65ページ2コマ目です。
階段へ進みました。いよいよ「アブトの道」へと登ります。
その登り階段は作中でもそのまま描写されています。原作コミック第16巻65ページ3コマ目から5コマ目です。
駐車場から熊ノ平駅まではかなりの高低差がありますので、階段も長いです。
原作コミック第16巻65ページ4コマ目のシーンのアングルです。
原作コミック第16巻65ページ5コマ目のシーンのアングルです。この場所に各務原なでしこが立ち、瑞浪絵真は階段を登ってくる途中でした。
3コマ目のシーンの位置から反対側を見ると、熊ノ平駅跡の平坦地が広がります。上図は横川方面を見たところで、左奥に線路と線路施設が見えます。
近くにある道標が「アプトの道」の最初の道標でした。実質的にここから「アプトの道」が始まりました。めがね橋まで1.3キロ、25分と示されています。奥に線路とヤードの遺構が見えます。
同じ位置から反対側の軽井沢方面を見ました。奥にトンネルが見えました。線路横の道は通行止めになっていました。
線路の上に移動して、再び軽井沢方面を見ました。線路も架線柱も架線もそのまま残されていますので、廃線の駅とは思えないほどでした。今にもアブト式列車がトンネルから現れそうな雰囲気でした。
反対側の横川方面へ道が続いています。複線の線路の間を通っています。右にホーム、右奥に変電所施設跡の建物が見えます。作中で各務原なでしこと瑞浪絵真が歩いて見学していた範囲です。
こののシーンの景色ですね。原作コミック第16巻66ページ1コマ目です。右奥に見える白い建物が変電所跡の施設です。その奥に横川方面のトンネルが見えます。二人が歩いたのはその手前までで、あとは駐車場へ引き返して、待たせていたタクシーに乗り、碓氷湖畔のカフェまで行っていますが、私はこれからずっと「アプトの道」を歩いて楽しむことにしました。
熊ノ平駅跡の説明板です。この駅は、明治二十六年(1893)の信越本線横川・軽井沢間の開通にともなって開設された熊ノ平信号場が始まりで、当時の蒸気機関車の給水給炭所として機能しました。昭和十二年(1937)の電化に伴って変電所が設けられ、アプト式廃止後も改修されて、横川・軽井沢間の廃線まで使用されました。
平成九年の北陸新幹線(高崎駅・長野駅間)の先行開通に伴い、信越本線の横川・軽井沢間が廃線となり、ここ熊ノ平駅も併せて廃止されました。平成三十年には、ここ熊ノ平駅跡も含めた信越線の明治期以来の廃線跡の線路関連施設が一括して「旧碓氷峠鉄道施設」の名で国の重要文化財に指定されました。
熊ノ平駅跡の説明板の場所から軽井沢方面を見ました。
同じ場所から横川方面を見ました。説明板の位置が、横川方面寄りにあることが分かります。上図右側の建物が昭和十二年(1937)の電化に伴って設けられた変電所施設で、かつてのアプト式電気機関車の走行時に供給する電気がここから出ていたわけです。
この廃線跡をたどる散策遊歩道「アプトの道」は、信越線の廃止が決定した平成八年(1996)から設置工事が始まり、まず横川駅から碓氷第三橋梁(通称めがね橋)までの全長4.7キロの区間が整備されて平成十三年(2001)に完成しました。
その後、平成二十年(2008)から碓氷第三橋梁よりここ熊ノ平駅跡までの全長1.2キロの区間の延長工事に着手し、平成二十四年(2012)に完成して現在の全長5.9キロの「アプトの道」が繋がったわけでした。
なお、ここ熊ノ平駅跡から軽井沢駅までの残る廃線区間約7キロに関しても、遊歩道の整備つまり「アプトの道」の再延長を検討する動きはあったようですが、その後の行政側の姿勢の変化、地元の経済状況の変化などが影響し、またコロナ禍もあったためか、現時点では整備計画すら策定されていないそうです。 (続く)