防災ブログ Let's Design with Nature

北風より太陽 ソフトなブログを目指します。

マスコミ報道と地すべり

2009年08月12日 | 災害の記憶と想像力
先日の地すべり学会誌に、「地すべり災害による被害と注目度」という論文が掲載されていました。これは新聞紙面の報道量や社会的注目度を定量化を試みた論文でした。この論文によれば、地すべり災害発生後10日間は注目度が高く、その後応急対策等の進捗等に伴い、注目度が低くなるということでした。

地すべりで注目されたと言えば、1985年7月26日に長野県で発生した地附山地すべりを思い出します。テレビ中継もされました。当時私は中学2年生でしたが、結構インパクトがありました。今年で24年目、すなわち”ふたまわり”になります。老人ホームが被災し、多数の犠牲者がでたことで、いわゆる災害弱者関連施設の避難体制についても注目されました。

そして、この記事を書いている8月12日といえば、日航ジャンボ墜落事故の日でもあります。このインパクトはあまりにも強烈でした。もちろんマスコミ報道も、こちらに一辺倒になりました。

また、地すべりのマスコミ報道といえば、今年の春先~初夏にかけて顕著な活動が認められた山形県鶴岡市の七五三掛地すべりがあります。こちらは犠牲者こそ出ませんでしたが、”おくりびと”の映画効果という、特殊な要因が重なって注目を浴びた災害でした。でも最近はとんとマスコミにでません。

本当は被災したあとの生活再建や2重ローンの問題など、長期にわたって普段が戻ってこないほうが深刻な問題なのですが、災害の記憶と想像力の維持管理にいたるまで、国民的関心を仕向けるには相当な努力が必要なようです。

土石流の歴史も繰り返す

2009年08月03日 | 災害の記憶と想像力

活断層の調査では、過去の活動履歴を調べるために、トレンチ調査が行われます。細長い溝をほって、地層の年代を特定できる試料を採取したり、地層のずれ、断層の有無などを確認する調査です。これによって、活断層が過去繰り返し活動してきたことを証明できるわけです。

今回山口県の土石流災害では、過去の土石流堆積物に対する天然のトレンチ調査が行われたようなものでした。過去の土石流の堆砂断面が現われていたのです。年代決定試料は得られていませんが、現在の渓流から10n程度高い平坦面を作っている古い段丘堆積物も同じような土石流堆積物で構成されていることがわかりました。すなわち、最終氷期から同じような土石流が繰り返されて形成されてきた土地であるということができます。このあたりに住む方にとっては、”こんな災害はじめて”だったのかも知れませんが、土石流は繰り返し発生します。

また、今回の災害に関する報道で、老人ホーム、いわゆる災害弱者施設があったのだから、優先的に砂防ダムを整備すべきであったという意見もありました。しかし、それはいたちごっこです。そこに老人ホームを建設するという計画を立てた時点で、周辺の環境を調査して、砂防だけでなく必要な防災対策を老人ホームの建設と同時に行うのが筋だったのではないでしょうか。これも縦割りの弊害のひとつです。

今回の土石流災害では、国が直轄事業として砂防に乗り出すようです。国の直轄砂防事業地域とそうでない地域の砂防ダムには、その高規格さにおいて歴然たる差があります。ところが、土石流が繰り返し発生するといっても数十年に一度のことです。過去に大きな災害を契機として直轄砂防事業化された地域は何箇所もありますが、その後何十年も災害が起こらずだらだらと惰性的に事業費を垂れ流しているところがなんと多いことか。

崩壊したところ、土石流の発生したところは、いわゆる抜け殻なんです。そこに今後災害の予備物質となる土砂がたまるには、また数十年~数百年の時間がかかります。このようなことを考えれば、防災に関わる投資バランスは自ずと見えてこようというものですが、、、、


空中写真で読み解く土地の歴史

2009年07月24日 | 災害の記憶と想像力

山口県の土砂災害被災地の空中写真を見てみました。国土地理院が1970年代半ばに撮影したカラー空中写真は高解像度で、地域によっては耕地整理前の土地利用がのこっており(言いかえれば地形なりに農地がつらなっており)、土地の成り立ちが読み取りやすいのです。

結論から言えば、被害を受けた老人ホームは扇状地上に位置していました。しかし、いわゆる教科書的な(土石流危険渓流の看板の絵にあるような)扇状地ではありません。老人ホームの上流域には段丘化した扇状地があり、その上流域が山地になってます。そして、渓流は真尾(まなお)川に合流し、真尾川はさらに大河川である佐波川の低地に扇状地を作っています。

このことは国土地理院が撮影した空中写真をみるとさらによくわかります。
http://photo.gsi.go.jp/topographic/bousai/photo_h21-0721ooame/orthophoto/image/C1_N.jpg

災害は確かに悲惨な出来事です。しかし、こうしてみてみると、災害となる現象は、私たちが暮らしている土地を形成するヒトコマであることがよくわかります。


砂防ダム

2009年07月23日 | 災害の記憶と想像力

山口県の豪雨災害では、砂防ダムが決壊した例や、逆に砂防ダムが機能を発揮した例が報告されました。

途中2カ所に設置された砂防ダムが機能せず下流まで流れ込んだとみられる
http://www.daily.co.jp/society/national/2009/07/23/0002155307.shtml

砂防ダムが機能を発揮した例は牛山先生のホームページにUPされていました。

想定を超える土砂量が、、と記事にはありますが、実際に土砂量の想定は実に難しい(本当は不可能)のです。しかし、その流域や地形がどのような成因をもっているか、ということは想定できます。数字にした方が確かに事業は成立しやすいのですが、質的な側面を考える機会を奪ってしまいます。


山口県の豪雨災害(2)

2009年07月22日 | 災害の記憶と想像力
牛山先生のブログにこんなコメントがありました。

  • 老人ホームの被災によるまとまった犠牲者の発生は,1998年那須豪雨の福島県西郷村での事例と共通しているように思われる.

    1998年の豪雨災害では、障害者施設が被災しました。渓流の勾配は10度程度だったものの、かなり土壌化、風化した凝灰岩がういた状態で滑ってきたのでした。

  • 山口県で豪雨災害

    2009年07月21日 | 災害の記憶と想像力
    山口県で豪雨災害がありました。まだ詳しいことは分かりませんが、かなり花崗岩の深層風化が進んだ地域の崩災によるものと思います。地形を見る限り、堆積性(扇状地の一種)のなだらかな斜面が広がっているようで、多分歴史時代に数回程度、同じような大崩壊があったのかと推察します(表層崩壊なら多分にあるでしょう)。

    ニュース映像を見る限り、1997鹿児島針原、2003年熊本宝川内の災害に似ているような印象を受けます。被災された方のお見舞いと、一日も早い復旧を願うばかりです。

    ワサビ田と土石流

    2009年07月15日 | 災害の記憶と想像力

    わさび沢 隠れ径 小夜時雨 寒天橋

    これは名曲『天城越え』の歌詞の一部です。いま、伊豆の渓流調査を行っていますが、このような情景は失われつつあるような気がします。

    それこそ、隠れ径をさかのぼっていると、明かにかつて”わさび沢”だったと思しきところが放棄され、杉た竹やぶになっています。それどころワサビ沢を取り囲んでいた石垣が崩壊して土石流堆積物と混然一体とたっている箇所さえあります。

    「自然との共生」という言葉が出る以前の方が、自然と共生しており、無意識のうちに防災にも貢献する知恵があったのでしょう。妙なコンクリート構造物よりはるかに効果的です。


    10年に満たない観測史 - 牛山先生のブログから -

    2009年07月06日 | 災害の記憶と想像力
    牛山先生が河川情報センター講演会の記事を公開されていました。一部抜粋します。
    http://www.river.or.jp/koueki/090611/result.html

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    最近の豪雨災害に関する情報の整備状況、これも今日お集まりの皆さんでしたら今さら言うまでもないわけでありますけれども、例えば国交省の川の防災情報というホームページがありますが、非常に濃密な雨量観測所、それから水位観測所のデータといったものが、我々は簡単に見ることができるようになったわけであります。ほんとうにもう今すっかりこれが当たり前になりましたけれども、こんなふうになったのはまだ10年たっていないんですね、それだけ大きな変化が生じたわけです。川の水位も非常に懇切丁寧に出るようになってきたというのは、ほんとうにこれは今は当たり前になっちゃったんですけれども、これもごく最近のお話であります。
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    観測史は、これほど浅いものです。観測史上最高を記録という文言に、安易に流されるなということです。私が今言っている現場も、昭和33年狩野川台風が語り継がれていますが、その当時と比べて観測網が随分拡充されているので、今後も新記録が出るかもしれませんが、そういった情報に過去の災害の記憶が流されることのないようにしたいものです。

    旧陸軍の地図(外邦図)の公開

    2009年07月04日 | 災害の記憶と想像力

    東北大学の地理学教室が、旧日本陸軍が軍事目的で極秘に作成したアジア太平洋諸国のの地形図約6000枚をインターネットで公開するそうです。地形図や空中写真の公開されている日本では、過去の地形から地形や土地利用の履歴を調べ、環境調査や災害地形の調査を行うことは日常的ですが、他の国ではなかなかそうも行きません。

    東南アジアは世界史を変動させるほどの火山噴火や地震、洪水災害も多発する地域です、その恩恵として豊富な果物や豊かな生態系もあるわけですが、これからいろんなことが明らかになると思います。

    http://dbs.library.tohoku.ac.jp/gaihozu/


    都市圏活断層図の公開

    2009年07月03日 | 災害の記憶と想像力
    国土地理院が都市圏活断層図を公開しました。
    http://www.gsi.go.jp/common/000048807.pdf

    もちろんIT技術的にはもっと昔から可能だったはずなので、結構遅かったなというのが実感です。しかし、そまま公開されましたね。活断層だけ抽出して公開するのかと思ったら、地形分類も一緒になっていました。この地形分類と活断層との関連性を、一般の人はなかなな理解できないでしょう。逆に専門家はもっと高度な分類をしろといいそうですし、その前に購入して手元にあるし。。

    いまの活断層研究では、活断層として目立つ場所(リニアメント)は結果論であって、その原因としての震源断層を突き止めること、このために地質構造を広域的かつ3次元的に調査する方向にあります。もちろん空中写真判読でリニアメントを探すことは基本でありスタートなのですが、公表するならやはり90年代のほうがタイムリーだったと思います。

    九州北部豪雨(2)

    2009年07月02日 | 災害の記憶と想像力
    今回の九州北部豪雨で、私の故郷柳川市で犠牲者が出てしまいました。牛山先生のレポートにもありましたが、”様子を見に行く”という行動でなくなる方は後を絶ちません。この方がどのような行動をしておられたのかは詳しくは知りませんが、本当に心が痛みます。

    七五三掛地すべり

    2009年06月10日 | 災害の記憶と想像力
    おくりびとの舞台となった七五三掛地すべりの被害状況が、連日報道されています。一日10cm程度というハイスピードで動いているのですから、当地の方々は大変だろうと思います。

    七五三掛地すべり地には1000年以上の歴史を持つお寺があって、そこに地変の記録は一切のこっていないのだそうです。このことが正しいとすると、明治時代に活動した庄内平野東縁断層系による地震時にも動かなかったということになります。では、なぜいま。。。

    少し考えているのは、2004年新潟県中越地震、2007年新潟県中越沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震、地質年代のスパンで言えば3連発といってもいい直下型地震で、岩盤(といってもかなり土砂化しているのですが)がかなり劣化していた、そこに豪雨があったということだろうということです。

    それにしても新旧の地すべりが幾重にも重なっています。地すべりと田園風景は表裏一体であることを、改めて認識させられます。

    「危険と判断」した後の価値へ - 宅地耐震化進まず -

    2009年06月04日 | 災害の記憶と想像力
    いよいよ明日から長期優良住宅に関する法律が施行されますが、水をさすかのようなニュースがありました。

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    宅地耐震化:自治体の66%検討せず - 工事費負担が障害に -
    http://mainichi.jp/select/today/news/20090603k0000m040139000c.html
       対象の147自治体に聞き取り調査したところ、昨年度までに事業を開始したのは、21自治体のみ。今年度新たに予算をつけたのは7自治体で、「前向きに検討」と答えたのは22自治体にとどまった。

     障害になっているのは、原則として対策工事費の半分を住民が負担する点だ。多くの自治体が「工事をしても完全に被害を防げるとは言い切れず、住民の合意を得るのが困難」と説明する。造成地を「危険」と判断した場合、土地の資産価値が下がることを懸念する自治体も多かった。国の補助率が調査費の3分の1、工事費の4分の1と低いことへの不満も出ている。
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    相変わらずだなあという印象です。まず、「工事をしても完全に被害を防げるとは言い切れず、、」という部分ですが、”完全に防ぐ”というところが、まず自然現象をイメージできていないと思います。コンクリートモルタルで急斜面を覆ってしまえば、がけ崩れは完全に防ぐ事ができるというのと同じ発想ではないでしょうか。自然は複雑系であって、土砂や水、植物がいろんな規模でいろんばペースで動きます。マニュアルどおりには行きません。

    そして、これも相変わわらずなのですが、「「危険」と判断した場合、土地の資産価値が下がる」という間隔です。これは宅地耐震化事業に始まったことではなく、地すべりや土石流、活断層についても伝統的に言われてきたことです。

    しかし、一度被災して多くの人が二重ローンを組む場合がもっと深刻です。エコブームでは"自然とうまく共生しよう”といいますが、地震は「来るべき」現象です。日本の豊かな自然は、地震や豪雨のたまものなんです。自然は”強制”
    するものではないのです。

    要は最悪の事態だけを避ければなんとかなるのです。危険と判断されたあとに、安全にする努力をすることが、最高の資産価値とはいえないのでしょうか。


    平成の大合併とはなんだったか

    2009年05月26日 | 災害の記憶と想像力
    もう終わるんだそうです。

    平成の大合併終幕
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090526-00000577-san-pol

    「平成の大合併」開始前の平成11年3月に3232あった市町村は現在、1776まで減少した。来年3月23日には1760まで減る見込みだ。ただ、人口1万人未満の自治体も471残る。このため、答申案は合併せずに複数の自治体が連携して生活基盤を維持する「定住自立圏」構想の推進や、都道府県が自治体の事務を補完する新たな仕組みの検討も提案した。
     また、合併による財政基盤の強化は「今後もなお有効」とし、特例法の期限切れ後も自発的な市町村合併を支援する新法の検討を求めた。答申案は地方議会や監査機能の強化にも触れ、議員定数の上限撤廃、複数の市町村が共同で外部監査組織を設置できる制度の導入を提言している。
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    少なくとも生活実感としてのメリット、それ以前に変化がなかったと思います。そしてとにかく画一的でマニュアル的でした。防災に関していえば、合併後の自治体の範囲が広すぎて基準雨量が違うなどといった混乱もあったようです。災害の履歴を調べていると、旧市町村単位での記録なので、結局同じこと。郷土資料室の通うわけです。なかには貴重な記録のいっぱいある市町村史もあるのですが。。。画一的、マニュアル的な大合併は不便な結果しか残しませんでした。