ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

「海流の中の島々」ヘミングウェイ

2018-09-01 06:59:45 | 小説


ヘミングウェイの有名な作品「日はまた昇る」から「老人と海」までの作品は一度は目を通しても再読することはなかったのですが、この小説だけは何度も読みかえしています。
今wikを見たらこの小説は生前未発表だったようですね。
主人公の男性は小説ではなく絵を描いている、ということ以外はヘミングウェイ本人をイメージさせる人男性・トマス・ハドソンが主人公です。


以下、物語に触れますので、ご注意を。




 
バハマ・ビミニ島でのハドソンの生活は素晴らしい。財産があるため二人の別れた妻に生活費を渡してなお悠々自適に暮らして好きな絵を描いていける、夏休みに三人の息子が遊びにきてくれることを楽しみにしている男。周囲の人々は気さくでハドソンを尊敬しているし、息子たちはそんな境遇にも関わらず父親を慕っている。好物の砂糖抜きフローズン・ダイキリをたっぷり飲む。息子たちの中でもとりわけお気に入りの次男が大物のメカジキを釣り上げようとするのを誇りに思う。
夢の中のように美しい光景です。この第一章「ビミニ」にヘミングウェイの姿を重ねて憧れる人も多いのではないでしょうか。

それが第二章キューバになるとやや落ち込んだトーンに変わりました。出だしは猫のボイシーの話なので微笑ましいのですが、そのあとに続くハドソンと女たちの話はあまり好ましくないように思えます。章のおわりの悲しさだけは印象的に残りますね。

第三章「洋上」はハドソンのもう一つの姿、戦争の男です。第二次世界大戦の一部を彼は担っています。妻を手放し、息子を失った絶望感がハドソンを死へと急がせる。行動を共にする男たちは皆ハドソンに敬意をもち慕っている。

ヘミングウェイの生き方を写したような小説なのだろうと思います。「ビミニ」に描かれるハドソンは身勝手ではあるでしょうが、それなりに理想の男の生活のひとつとも思えるし、なんといっても海や食べ物や酒の描写が素晴らしく男同士の交流にもヘミングウェイの好みが見えます。
ただ、この小説が今は通用しないと思えるのは差別的視点が男らしい男の当然の意識として書かれていることでしょう。女性の類型的な描写にもそれを感じます。
次々と女性を変えながら最初の女性を今も愛しているということに男らしさを見ている、ということ。親切にしてくれる同性愛の男を最後に切り捨てる冷酷さ。絵を描く、という繊細さを持ちながら戦争で活躍する男であり、周囲の男たちに過剰なほどの慕われ方をしている男ハドソン。息子たちには限りない愛を注ぐ男であり、女たちには変態ではない男らしい抱き方をするハドソン。酒を愛し、猫を愛し、自由な生き方を愛する男。
だが、最後には自分がなにもかも失ってしまったと気づき死を迎え入れる。
男らしい男の時代は終わりました。
彼は自分自身の死をもってそれを表しました。

この小説を読んでいるととても心地よい部分とはっきりした差別描写で嫌悪を感じる部分があるのです。しかもそれを悪ではなく男らしい良い感情として記している。
女性たちの描き方は男らしい男として当然の投げやりなものであり、男同士の交わりは濃厚に描かれていくのが彼の美学であり、魅力なのです。自分としてもそこに惹かれるところもあり、うんざりもします。

ヘミングウェイは未来残っていくのでしょうか。未来の人々を惹きつける力をもっているのでしょうか。
現時点、フローズンダイキリと猫が好きだった、というイメージだけが語られている気もします。