介護はイヤだ

両親への積極的な介護をしていなかった(両親は平成24年度に相次いで死亡)、ダメな子供の戯言を書いています。

介護していません

2011-04-30 14:41:38 | 日記
土曜日なので、父のところへ行ってきました。本日も30分程度。珍しく、ご機嫌は上々でした。

出掛けに向かいに住む小父さん(注1)が車を洗車していたので、何時もの様に挨拶をすると「今日は何処へ」と聞かれたので、毎週土曜日には父のところへ行っていることを話し、施設の場所を聞かれたので「穏亡家の秀さんのところ」(注2)で通じてしまいました。

そういえば、父方の叔母の一周忌が1月に行なわれ、久しぶりに叔母4名(父は、兄1名と妹5名の7人兄妹。最近、親戚の話で知ったのですが、本当は姉に当たる方が1名いるそうです)が全員集まりました。同じ町内に住んでいる一番年下の叔母[60歳は越えている]が「秀こうのところだよな。春になったら、皆でお父さんの所へ見舞いに行くから、そのときには案内してよね。」と言っておりましたが、今のところ連絡がありません。

さて、2週間続けて施設の2階へ上がると父が通路を横切って食堂へ向かい姿を見ていたので、母と二人で『今日も横切るかな~』と話しながら数秒の間ですが通路を見ると・・・だれも通りません。
食堂手前にある職員詰め所のカウンター陰で頭が良く見えない方が、だれか1名が食堂に向かって居ますが、父であればもう少し頭が見える筈。案の定、別の方でした。
では、今、父は食堂か?部屋か?とりあえず、母を職員詰め所前の長椅子に座らせて、私が食堂を見に行きましたが、食堂には居ませんでした。では、『部屋に行きましょうか』ということで、職員詰め所から通路をすこし歩いた所、通路の東向き窓の前で日向ぼっこしておりました。
近付くと、本日もご機嫌が良い様で、手を挙げてニコニコしています。車椅子の横にはユキノシタの鉢植え(注3)。でも、この鉢、水浸しでユキノシタが水没状態。今に始まった事ではないのだけど、水が多すぎる事を指摘すると、いつもの父であれば『そんなにたくさんの水が溜まっている訳が無い(水没させて、鉢植えを幾つ駄目にした事やら)』『俺は植木を育てるのは上手い。草花しか育てた事の無いお前達に何がわかる。(あの~ユキノシタも草なんですけれど)』と怒り出すのに、今日は『遣る事が無いから、つい、水を足してしまう』としか言いませんでした。
『天気も良いし、偶には散歩に行こうと』と外出を進めたのですが、「特に話す事が無いから、もう帰れ」との指示なので、逆らわずに退散。

(注1)
 以前書きましたが、住んでいる町は村社会が残っている町でして、昔、大地主だった「三井」一族が一番偉く、町に残っているのは1件のみ。次に村の東と西を管轄していた「岩崎」「住友」の両一族が偉く、町に残っているのは4件程度。残りが私の一族で、町に数10件あります。ですので、私の一族は同族内での婚姻が多く、どの家も何らかの形で親族であり、『廻り一家』を形成している事の方が当たり前です。(尚、一族名は当然に仮称です)
 さて、この小父さん。父の祖父の妹が嫁いだ先の家の出で、その嫁いだ妹から見たら孫に当たります(たしか・・・子供のときにそう教わりました)。ですので、「父親から見たら祖父の妹の孫」⇒「父の祖々父母から見たら、父とその小父は曾孫同士」
 と言う事で、「遠い親戚より近くの他人」と言う慣用句がありますが、「遠い親戚・近くの小父さん」です。
(注2)
 「穏亡家」は屋号。読み方は「おんぼや」。漢字は当て字だと思います。
 屋号の謂れは、昔、火葬の仕事や仕事をする方々を「おんぼ」と呼んでおり、この家の初代がその仕事をしていたかららしいです。
 尚、地方によっては「おんぼ」は別の意味であったりするし、火葬の仕事を別の呼び名を使っている所もあると思います。他意は御座いませんが、もし、気に障るような事がありましたらお許し下さい。
 因みに、職業から付いた屋号には「紺屋(コウヤ・染物業の事)」「油家(アブラヤ)」「桶屋(オケヤ)」「籠家(カゴヤ)」「神主」「床屋」「大工」等がありますが、どの家も現当主は屋号とは関係ない仕事をしております。
(注3)
 父は、元気な頃は盆栽や植木作りが好きだったので、この施設の職員の方が半切りにしたペットボトルに水苔を詰めた簡易な鉢に、ユキノシタを入れた物を用意してくれた。


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